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夏休みの部活
真奈美
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その声の主はいつの間にか音楽室に戻って来ていた川上真奈美だった。彼女もチェロ奏者だ。
みんなの視線が彼女に集中した。
その視線に気が付いた彼女は顔を赤らめて
「あ、ゴメン。独り言が声に出てしまって……」
と言い訳するように小さい声で謝った。
「謝らんでも良いやん。真奈美には哲也のいう事が分かんの?」
と瑞穂は真奈美にも意見を求めた。
真奈美は僕と同じ中学校出身で一年生の時は僕と同じクラスだった。たまに何かの話をする程度の距離感だったので、それほど親しいという訳では無かった。
ただ宏美と冴子とは仲が良かったような気がする。僕のイメージではいつも同性の友達といる少し赤毛の大人しい控えめな女の子だった。
「え? いや……」
と長いまつげを伏せて言いよどんだ真奈美だったが哲也の
「俺も聞きたい」
と言う言葉を聞いて、少し考えてから話し出した。
話をする前に一度周りにいる僕達の顔を確認するように見回すと
「立花君の音を聞いていると綺麗で正確な音なんやけど、この頃はなんか迷いがあるような音に聞こえててん。だから、『なんでそんな風に聞こえんのかなぁ』とか思っていたんやけど、やっぱり自分でも物足りひんって思っていたんやって。私も立花君とはレベルが違うかもしれんけど、自分の音に納得できなくなる時があるよ。『もっとこう弾いた方が良い』とか分かる時はまだええねんけど、そうじゃなくて漠然と『まだ何か足りないような気がする』とか『もっといい音が出せるような気がする』とかそうい時はめちゃくちゃ不安になるよ」
と一気に話した。今日の真奈美は雄弁だった。
彼女が二文節以上の言葉を発したのを聞いたのは初めてのような気がする。
そして彼女は同じチェリストとして哲也の音を的確に聞き分けていた。
「だから、立花君もそんな感じかなと思っていたんやけど……」
「けど?」
瑞穂が聞き返した。
「うん。でもね。今こうやって話しているうちにそれだけではないなぁっと思えてきてん……」
とそこで真奈美は言葉を切ってから哲也の目を見て
「もしかして『コンクールで審査員にどんな風に聞こえるのやろう』とか『審査員受けする音はどんな音やろう』とかそんな事を考えているんと違うの?」
と聞いた。
哲也の表情が一瞬で変わった。
「いや、そんな事までは……」
間違いなく彼はそんな事まで考えていた様だ。本当に分かり易い男だ。それにしても真奈美は鋭い。
「お前!きっちり、『そんな事まで』考えとるやないか!」
と瑞穂が哲也の顔色が変わった事を見て叫んだ。
「いや……」
「何が『いや……』や。アホか! まだそんなくだらん事考えとん? あんたホンマにアホやろ」
「今頃気が付いたんか、俺はこいつに出会う前から気が付いとったぞ」
と黙って聞いていた拓哉が口を挟んだ。
「うちも哲ちゃんが生まれる前からアホな事は知っていたけど……ここまでアホやとは思わんかったわ。いつまでもくだらん事を考えて……ホンマにアホや!」
と冴子張りに瑞穂は哲也を罵った。冴子の生霊でも乗り移ったか?
哲也と瑞穂は幼なじみで遠慮なく何でも話せる仲だとは知っていたが、今日の瑞穂の怒り具合は強烈だった。
本当に瑞穂は哲也の事が心配なんだろう……と思った矢先、僕は正月に宏美の家での冴子の怒った姿を思い出した。
――あれは、冴子が僕の事を心配していた?……そんな馬鹿な――
哲也と瑞穂のやり取りを横目で見ながら僕はそんな事を考えていた。
「いや……生まれる前からは知らんだろう」
と哲也は小声で反論を試みたが、それに対して誰も反応しなかった。ツッコミさえなかった。
でも僕は心の中で哲也の小さな抵抗に頷いていた。
みんなの視線が彼女に集中した。
その視線に気が付いた彼女は顔を赤らめて
「あ、ゴメン。独り言が声に出てしまって……」
と言い訳するように小さい声で謝った。
「謝らんでも良いやん。真奈美には哲也のいう事が分かんの?」
と瑞穂は真奈美にも意見を求めた。
真奈美は僕と同じ中学校出身で一年生の時は僕と同じクラスだった。たまに何かの話をする程度の距離感だったので、それほど親しいという訳では無かった。
ただ宏美と冴子とは仲が良かったような気がする。僕のイメージではいつも同性の友達といる少し赤毛の大人しい控えめな女の子だった。
「え? いや……」
と長いまつげを伏せて言いよどんだ真奈美だったが哲也の
「俺も聞きたい」
と言う言葉を聞いて、少し考えてから話し出した。
話をする前に一度周りにいる僕達の顔を確認するように見回すと
「立花君の音を聞いていると綺麗で正確な音なんやけど、この頃はなんか迷いがあるような音に聞こえててん。だから、『なんでそんな風に聞こえんのかなぁ』とか思っていたんやけど、やっぱり自分でも物足りひんって思っていたんやって。私も立花君とはレベルが違うかもしれんけど、自分の音に納得できなくなる時があるよ。『もっとこう弾いた方が良い』とか分かる時はまだええねんけど、そうじゃなくて漠然と『まだ何か足りないような気がする』とか『もっといい音が出せるような気がする』とかそうい時はめちゃくちゃ不安になるよ」
と一気に話した。今日の真奈美は雄弁だった。
彼女が二文節以上の言葉を発したのを聞いたのは初めてのような気がする。
そして彼女は同じチェリストとして哲也の音を的確に聞き分けていた。
「だから、立花君もそんな感じかなと思っていたんやけど……」
「けど?」
瑞穂が聞き返した。
「うん。でもね。今こうやって話しているうちにそれだけではないなぁっと思えてきてん……」
とそこで真奈美は言葉を切ってから哲也の目を見て
「もしかして『コンクールで審査員にどんな風に聞こえるのやろう』とか『審査員受けする音はどんな音やろう』とかそんな事を考えているんと違うの?」
と聞いた。
哲也の表情が一瞬で変わった。
「いや、そんな事までは……」
間違いなく彼はそんな事まで考えていた様だ。本当に分かり易い男だ。それにしても真奈美は鋭い。
「お前!きっちり、『そんな事まで』考えとるやないか!」
と瑞穂が哲也の顔色が変わった事を見て叫んだ。
「いや……」
「何が『いや……』や。アホか! まだそんなくだらん事考えとん? あんたホンマにアホやろ」
「今頃気が付いたんか、俺はこいつに出会う前から気が付いとったぞ」
と黙って聞いていた拓哉が口を挟んだ。
「うちも哲ちゃんが生まれる前からアホな事は知っていたけど……ここまでアホやとは思わんかったわ。いつまでもくだらん事を考えて……ホンマにアホや!」
と冴子張りに瑞穂は哲也を罵った。冴子の生霊でも乗り移ったか?
哲也と瑞穂は幼なじみで遠慮なく何でも話せる仲だとは知っていたが、今日の瑞穂の怒り具合は強烈だった。
本当に瑞穂は哲也の事が心配なんだろう……と思った矢先、僕は正月に宏美の家での冴子の怒った姿を思い出した。
――あれは、冴子が僕の事を心配していた?……そんな馬鹿な――
哲也と瑞穂のやり取りを横目で見ながら僕はそんな事を考えていた。
「いや……生まれる前からは知らんだろう」
と哲也は小声で反論を試みたが、それに対して誰も反応しなかった。ツッコミさえなかった。
でも僕は心の中で哲也の小さな抵抗に頷いていた。
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