北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
上 下
164 / 417
夏休みの部活

ユルイ部活

しおりを挟む

 田舎から帰って来た僕を待っていたのは、夏休み中のユルイ部活だった。
久しぶりの登校。
ゆるみついでに昼から顔を出そうかとも考えたが、この炎天下に校門へと続く坂道を歩くのが嫌だったので少しでも涼しいと思われる朝から登校する事にした。しかし、朝は朝でやはり暑い。日差しとセミの鳴き声がウザい。ただ昼間よりは涼しいのは明らかだと自分に言い聞かせながら坂道を歩いて行った。

 校門をくぐるといつもは聞こえている管楽器の音が聞こえなかった。どうやら我が校の吹奏楽部の夏は市大会で終わっていたようだ。その代わり微かにヴァイオリンの音が校内に響いていた。
もう何人かの部員が来て練習しているようだったが、この音から察すると一年生がほとんどだというのはすぐに分かった。

 校舎の中に入ると久しぶりに嗅ぐ学校の匂いがした。学校に来た実感が湧いた。
人影のない校舎。夏休みを実感する。

「おはようっす」
と言って音楽室の扉を開けるとヴァイオリンの音が止まり一年生が一斉に
「おはようございます」
と挨拶を返してきた。

 ちょっと嬉しい。本当に新鮮だわ。この感覚。
音楽室には予想通り一年生部員だけだった。

 一年生唯一のヴァイオリン経験者の東雲小百合が、未経験者の他の同級生に基礎的な練習をさせていた。

ユルイ部活のはずなのに一年生は案外真面目に練習しているようだ。全員登校していた。

「あ、これ田舎のお土産なんやけど後で食ってよ」
と言って僕は本家からの帰りに買ったお菓子を東雲小百合に渡した。

「ありがとうございます。藤崎先輩」
と言いながら東雲小百合はそれを受け取った。
「うわ、なんだかおいしそう。後で他の先輩も来たら頂きます」
と言ってそれを彼女は教卓の上に置いた。
 笑顔が可愛い女の子だな。と思ったが、同時に彼女と口をきいたのはこれが初めてだという事にも気が付いた。

「うん。そうしてよ」
と言って僕はピアノの前に座った。

 ピアノ蓋を開けながら
「他の二年生はまだ来てないんや?」
と僕が聞くと水岩恵子が
「今日は藤崎先輩が上級生で一番乗りです。瑞穂先輩と立花先輩がもうすぐ来られると思います。今日はお二人が担当ですから」
と教えてくれた。

「ふぅん。そっかぁ」
後輩たちにそうやって聞いたものの、実はそんな事はどうでも良かった。昨日の夜に宏美に電話して今日は部活に行くと知らせていたので、宏美も来ているかと思っていたのだが彼女はまだ来ていなかった。それが気になっていただけだった。今日は来ないのかもしれない。

 僕はバッハの楽譜を広げると暫くその楽譜をじっと見ていた。

――ここで一発目にこの曲を弾くのもなぁ――

 僕はバッハに心の中で謝りながら、おもむろにエヴァンゲリオンのテーマソング『残酷な天使のテーゼ』を弾き始めた。
何故かそんな曲が弾きたくなった。今日は朝一からバッハを弾きたい気分ではなくなった。

 昨日YuoTubeで格好いいアレンジで弾いている映像を見つけたので早速その真似をして弾いてみたのだが、案外ややこしい……と言うか『見て見て! このテクニック!』と言わんばかりのどうでもいいおかずがちりばめられたアレンジだったが、『こんなもの、俺でも弾ける!』とムキになって完全コピーしてしまった。

――まったく意味のない事しているなぁ――

と自分に呆れながらも、でもこのアレンジは格好いいよなぁ……と、このネットで見つけたピアニストに少しばかり敬意を表しながら僕はこの曲を最後まで弾いた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

悪妻と噂の彼女は、前世を思い出したら吹っ切れた

下菊みこと
恋愛
自分のために生きると決めたら早かった。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...