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図書室
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「図書室の勉強机の利用権って、ここで貰えるんですか?」
「はーーっ、あっ、はぃ……」
刹那、私は自分の世界が停止したのを直感した。
その青年は素朴な眼鏡と、緑のオーバーサイズのパーカーを着こなしていた。英文と一緒に可愛らしいクマのプリントがされていて、男の子が着るにしては珍しいと思った。
黒い髪は、綺麗な直毛。パーマ特有のテカりみたいなものが無いから、こんなにも純粋で真っ直ぐな髪質なんだろうか。
メガネの奥から覗くのは、優しげな黒い真珠のような瞳。その瞳はこれまで見た物の中で3番目くらいに美しいと感じてしまう。一番と二番は……思い浮かばない辺りから、もしかしたら一番美しいのかも。
一瞬の間に、目の前の光景と湧き上がる感情のせいで脳みそが思考停止してしまう。耳には暖房が温風を届ける音と、背後の壁に付けられた秒針の回る音。
と、そんな風に固まる私に青年は首を横に傾げた。左耳のピアスが照明を照り返す。
「……えっと、どうかしましたか? 何か僕の顔に付いてます?」
「あっ、いえ! 大丈夫です、何でもないです……っ。勉強机の利用権でしたよね、すぐ発行します」
「ありがとうございます」
私が焦ったように作業を始めると、そんな優しい言葉を投げかけられる。ふと前髪越しに視線を上げると、彼は窓の外の方へ視線を向けていた。それは詩的な情景でもあり、ありふれた日常を切り取ったフィルム越しの世界のようでもあった。なら、白黒の方が映えるかもしれないけど、緑のパーカーの色ももあるならあった方がいい。
「……学生さんですか?」
「えっ?」
「あっ、……いえ、すみません、何でもないです……」
いつの間にか自分の口から言葉が出ていた。驚いた彼の声と私の焦った声が重なって、咄嗟に謝ってしまう。何でそんなことを聞いてしまったのかという自己嫌悪と恥ずかしさで、心の中がぐしゃぐしゃになるのが分かる。
死にたい、恥ずかしい、この場からいなくなりたい、消えたい、貝になりたい、貝にはなりたくないかも、あぁでもまだ死にたくない、死にたい……と、一瞬の間に思考がループする。
こういう時に、こんな些細なことを劇的な出会いに変えられるのが物語の主人公なんだろう。小さい頃はそんな王子様との出会いに心震わせ、中学生では胸を高鳴らせ、高校生くらいになって現実が分かり始めた。
落とした視線の先には、震えながらも器用に利用券の発券をする手が見えた。もう何年も、何万回も繰り返した動きはこの程度の心の機微では中断されることはない。
「ここからすぐ行ったところの大学に通ってます」
「えっ……?」
「だから、学生です」
「あっ、そう……なんですね」
そこから自分が何を話したのか、何を言われたのか、何と言っても去り際の言葉を言ったのか覚えていない。
胸は自然と高鳴っていた。これだけでもーー大学生の子と話しているというだけでも、私にとってはかけがえのない非日常になってしまう。
「……コホン」
「っ!」
と、いつの間にか自分の背後に立っていた先輩が、咳払いをしてくる。それは「静かにしろ」という暗黙の了解であり、知らず知らずのうちに声が大きくなってしまっていたという証明だった。
(……なんだか、いい日だな)
怒られたのにそんな風に思ってしまう。
こうしてまた、私は非日常へと戻っていく。
「はーーっ、あっ、はぃ……」
刹那、私は自分の世界が停止したのを直感した。
その青年は素朴な眼鏡と、緑のオーバーサイズのパーカーを着こなしていた。英文と一緒に可愛らしいクマのプリントがされていて、男の子が着るにしては珍しいと思った。
黒い髪は、綺麗な直毛。パーマ特有のテカりみたいなものが無いから、こんなにも純粋で真っ直ぐな髪質なんだろうか。
メガネの奥から覗くのは、優しげな黒い真珠のような瞳。その瞳はこれまで見た物の中で3番目くらいに美しいと感じてしまう。一番と二番は……思い浮かばない辺りから、もしかしたら一番美しいのかも。
一瞬の間に、目の前の光景と湧き上がる感情のせいで脳みそが思考停止してしまう。耳には暖房が温風を届ける音と、背後の壁に付けられた秒針の回る音。
と、そんな風に固まる私に青年は首を横に傾げた。左耳のピアスが照明を照り返す。
「……えっと、どうかしましたか? 何か僕の顔に付いてます?」
「あっ、いえ! 大丈夫です、何でもないです……っ。勉強机の利用権でしたよね、すぐ発行します」
「ありがとうございます」
私が焦ったように作業を始めると、そんな優しい言葉を投げかけられる。ふと前髪越しに視線を上げると、彼は窓の外の方へ視線を向けていた。それは詩的な情景でもあり、ありふれた日常を切り取ったフィルム越しの世界のようでもあった。なら、白黒の方が映えるかもしれないけど、緑のパーカーの色ももあるならあった方がいい。
「……学生さんですか?」
「えっ?」
「あっ、……いえ、すみません、何でもないです……」
いつの間にか自分の口から言葉が出ていた。驚いた彼の声と私の焦った声が重なって、咄嗟に謝ってしまう。何でそんなことを聞いてしまったのかという自己嫌悪と恥ずかしさで、心の中がぐしゃぐしゃになるのが分かる。
死にたい、恥ずかしい、この場からいなくなりたい、消えたい、貝になりたい、貝にはなりたくないかも、あぁでもまだ死にたくない、死にたい……と、一瞬の間に思考がループする。
こういう時に、こんな些細なことを劇的な出会いに変えられるのが物語の主人公なんだろう。小さい頃はそんな王子様との出会いに心震わせ、中学生では胸を高鳴らせ、高校生くらいになって現実が分かり始めた。
落とした視線の先には、震えながらも器用に利用券の発券をする手が見えた。もう何年も、何万回も繰り返した動きはこの程度の心の機微では中断されることはない。
「ここからすぐ行ったところの大学に通ってます」
「えっ……?」
「だから、学生です」
「あっ、そう……なんですね」
そこから自分が何を話したのか、何を言われたのか、何と言っても去り際の言葉を言ったのか覚えていない。
胸は自然と高鳴っていた。これだけでもーー大学生の子と話しているというだけでも、私にとってはかけがえのない非日常になってしまう。
「……コホン」
「っ!」
と、いつの間にか自分の背後に立っていた先輩が、咳払いをしてくる。それは「静かにしろ」という暗黙の了解であり、知らず知らずのうちに声が大きくなってしまっていたという証明だった。
(……なんだか、いい日だな)
怒られたのにそんな風に思ってしまう。
こうしてまた、私は非日常へと戻っていく。
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