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第2章 幼年編
722 グラシア動乱⑨
しおりを挟む【 ここまでのあらすじ 】
グラシア 7の月 満月の夜
グラシア負の歳時記ともいえる繁殖期のブッシュウルフの襲来は、例年の比ではなかった。しかも古老曰くの百年に一度どころではない……。
事実、グラシアから避難する民衆の数も圧倒的に多く、その避難民すら満足にサカスに到着できていない有様。
アレクたちとブッシュウルフの決戦の時が刻一刻と迫っていた。
―――――――――――
【 グラシア庁舎対策本部会議 】
グラシア庁舎1階の対策本部にはグラシア市長と文官、両市の騎士団長と副官等、同両市の冒険者ギルド長、その他自警団の代表たち総勢30人ほどが集まっていた。
「グラシア市長ワイラーです。まずはお集まりいただいた皆さまに心からの感謝を。特に、身の危険も顧みずサカスよりお越しいただいた兄弟の方々。
此度のご恩、このワイラー言葉で言い表すことなど到底できませぬ。
願わくば明日の夕、勝利の盃を兄弟の皆々様と酌み交わせることを‥‥切に‥‥切に‥‥も、申しありませぬ。いけませぬな、闘う前からこれでは‥‥」
「ワイラー殿。話の腰を折って申し訳ございませぬ」
「これはボイス騎士団長?」
「サカスの騎士団長ボイスです。お集まりの皆々様に‥‥」
ガタッ!
ガタッ!
ガタッ!
ガタッ!
ガタッ!
ボイスの発声に合わせて。ガタガタっと席を立ち、右手を胸に宣誓の構えをとるのはサカス縁の者たち。
ざわざわ
ザワザワ
ざわざわ
話はこれより、ほんの僅か前に遡ることになる。
グラシアに到着したサカスからの救援隊は、無言のうちそれぞれの務めに動き出していた。
ボイス騎士団長が最初に会ったのがグラシアの盟友ハマール騎士団長である。ハマール団長はボイス団長の同期。気心も知れたまさに盟友の関係である。
「ハマール殿!」
「ボイス殿!友よ、よく来てくれた」
互いが互いにに近付き、両手で固い握手を求め合う2人の盟友。
「此度の異常発生‥‥まさか‥‥噂は本当か?」
こくこく
強く肯定したハマールがボイスに真相を伝える。
「市長のワイラー殿とも内密に話をしたが、たしかに例年とおりの駆除費用が予算として支出計上されておる。それも例年以上の額がな。しかもこの何年か‥‥かの御仁の副市長就任以来、例年以上にな」
「うちの冒険者ギルドのゴスペル殿も例年以上の駆除要請は受けておらんというぞ」
「だろうな。うちの冒険者ギルドのバウンディ殿も同じ見解だ」
「「‥‥」」
「この件が片づいたら、ヘンリー様に話すべきだろうな」
「片付いたら、だがな‥‥」
そう盟友に話すハマールの顔には悲痛なまでの辛酸を刻んだものであった。
「ボイス殿、サカスから来てくれる折にご覧いただいたとおりだ。
グラシアは貴公の想像以上にたいへんなことになっている。昨夜だけで1,000を超える民の生命が失われた。近郊の村々は全滅だろう。ひょっとすれば‥‥グラシアは今夜滅びるかもしれん。
友にこれを言うのは心苦しいのだが‥‥ヴィヨルドのため、共に女神様の下へ召されてはくれま‥」
「ハマール殿」
「ん?」
「貴公、3月ほど前。共にヴィンランドに会合で行った際、ヘンリー様との楽しき夜のことを覚えておられるか?」
「忘れようものか!今にして思えば、あの夜の酒のなんと甘美だったことか‥‥」
ハマールの瞳には光り輝くものが溢れていた。
「クックック。そうさな」
「ボイス殿?」
「あの夜、ヘンリー様がさも嬉しそうに話されていた、弟君のモーリス様のご友人のことを覚えておいでか?」
「忘れるものか。隣領ヴィンサンダーからの留学生。生まれは開拓村の農民の子。ディル様を師匠にモンデール様、ナターシャ様の庇護下から領都学園では1年から10傑、昨年は帝都学園に留学、さらに首席となり、領都騎士団員でさえその多くを打ち負かす……。
ヘンリー様ご自身よりも圧倒的な才があるという子。それでいて弟君モーリス様と同様にヘンリー様が愛されておみえ。
まるで絵物語のような話であろう」
「クックック。貴公も忘れようにも忘れられんわな」
「ま、まさかボイス殿!?」
「モーリス様と2人。正確にはヴィヨルド学園4年10傑のお仲間と我らに加勢にお越しいただいたわ」
「モーリス様もか!?」
こくこく
「我らに気を遣わんようにな、アレク君が狐仮面の1号機君だ。モーリス様が狐仮面の2号機君、従者のセバスチャン様が3号機君。さらには聖魔法使いのご学友の猫仮面さん。こう呼ぶようにな」
「な、なんと‥‥」
「我らサカスにて1号機君のとてつもない才を知った。下手すれば‥‥10,000のブッシュウルフに勝てる道筋も見えてきた。これよりはすべて1号機君の指示にてこの局面に取りかかる」
「‥‥」
「モーリス様、2号機君からも『1号機君の指示に1セルテも疑うな』のお下知だ。これはそのままヘンリー様のお言葉である。
よってサカスの騎士団、冒険者ギルドも総意とお考えくだされ」
「ボイス殿‥‥」
「我が盟友ハマール殿。1号機君はな、口だけ達者な我がサカス市の文官を前にこうも言ったよ。『もし策が破れればグラシアにて自身縛首も辞さぬ』とな」
「ボイス殿クックック。その言、話しぶり‥‥まさにいつぞやの夜のヘンリー様と変わらぬな」
「ご理解いただけるか我が友よ」
「友の言葉に疑うなどあろうものか!ボイス以下グラシア騎士団、ヘンリー様のお繋ぎくだされた糸を決して離すまいぞ!」
「「ボイス殿(ハマール殿)!」」
「しかしボイス殿。その1号機君にすっかり惚れたか」
「ハマール殿。ヘンリー様を仰ぐ私がもし20年若く、且つヘンリー様にお会いしていなれば。
もしもう1つの道があるなら、彼の麾下にと願っただろうな」
(まさか、我が友ボイスにそこまで言わすか‥‥)
市長から話を受けたボイス主導の対策会議は、滞りなく進む。
「「「ボイス騎士団長ぜ、全員ですか?」」」
ボイス団長を識るグラシアの騎士団員が口々に質問する。
「全員だ。未曾有の危機に立ち向かう我ら全員。人種も職制も歳も性別も関係なくだ。
本部ということで全権はグラシア市長ワイラー殿、サカス騎士団の私ボイス、グラシア騎士団のハマール団長、サカス冒険者ギルド長ゴスペル殿、グラシア冒険者ギルド長バウンディ殿が取りまとめるがな」
「で、その1号機君とやらは今?」
「副長のアルジャノーンが付いて準備をしてくれてるよ。このあとグラシアの全員が集まってお披露目となるだろうな」
「副長ムスカテ」
「はっ。アルジャノーン殿と共に闘う6人を選抜してくれ」
「はっ!」
「友とはいえサカスに負けてはならんぞ」
「「はっ!」」
―――――――――――
【 キャロルside 】
ハンスとトールを護衛につけて焼け野原のようなグラシアの商店街をひた走るキャロル。
「「マジか‥‥」」
獣人ならではの臭覚は視覚よりも確かに現実を認識している。それでもハンスとトールには目の前の惨状に茫然とするばかりだった。
まるで焼け落ちたかのような商店街。もちろん混乱時の火災も要因の1つではあろうが、ブッシュウルフの凄まじい蹂躙の痕は想像の域を遥かに超えていた。
「前日だろトール?‥‥」
「うんハンス君‥‥」
しばらくして唐突にキャロルが立ち止まった。
「キャロル?」
「キャロルさん?」
「こ、ここなの‥‥」
そこにはトロイ商会の看板が不自然に落ちていた。
「(まさか‥‥みんな逃げたわよね?)」
そこは石造2階建の痕。誰の目にも明らかな、生物の痕跡のまるでない嵐の過ぎ去った痕。
「お父さん?」
「お母さん?」
「ヨンテ?」
「ジュンク?」
「みんな?」
「そんな‥‥」
バッタリ手脚をつくキャロル。
「キャロルみんな避難してるよ」
「そ、そうよね。そうよね!」
くんくんくん‥‥
トールが鼻を嗅ぐ。
「待ってキャロルさん」
「トール?」
「ここ。糞尿の臭いが酷いけど‥‥」
ガサガサ‥‥
獣人トップクラスの嗅覚の鋭さをもつ熊獣人のトールが便所あたりの雑とした木々を取り除く。
「人の息遣いがするんだよ」
瓦礫を除けた先に。トールは頑丈な金属張りの木箱を見つけた。
「鍵がないみたいだから開けるよ」
「ええ。お願いトール」
バリバリバリッ!
「えっ!?ヨンテ!」
箱の中にはキャロルの弟、双子の兄ヨンテがいるのだった。左足首が明らかに欠損してはいるものの確かに息をする弟がいた。
―――――――――――
ざわざわ
ザワザワ
ざわざわ
各門の準備を整えてから、グラシア庁舎に行ったんだ。
グラシアの正門に近い中央広場前には総勢2,500人ほどが集まっていたんだ。
「(上出来だよ2号機)」
「(そうだろうか1号機)」
「(当たり前だろ。自分の生命よりグラシアを守りたいって人が2,500人もいるんだぞ)」
「(‥‥そうだな1号機!)」
「(2号機、先に市長に挨拶してこいよ)」
「(わかった)」
「(アルさん)」
「(なんだい1号機君)」
「(1つだけお願いがあります)」
「(ん?)」
「(もし‥‥今夜戦線が崩壊したら‥‥2号機、モーリスは俺が気絶させますから、モーリスを連れて逃げてください。本当はこんなこと頼んでごめんなさい)」
「(‥‥‥‥わかったよ)」
―――――――――――
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