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第2章 幼年編
702 歴史は繰り返す
しおりを挟む「あろうことか、この村にお越しくださる友好的な方々をお迎えする宿泊施設での盗難。
同じく日ごろの疲れを洗い流してほしい温泉の脱衣所での盗難。
商品の販売から村の作物の買取までしてくれておる店での万引に、ツケ払いまでしてくれておる村唯一の酒場でまさかの未払いが100万Gを超える者……。
これはもうダンジョンのスタンピードよの。平和なデニーホッパー村からありとあらゆる犯罪が湧き出てきおったわ」
「「「‥‥」」」
「「「‥‥」」」
「「「‥‥」」」
「神父様‥‥わしらはなんとしたらよいものか?」
おろおろと応える村長のチャン。
「チャン村長、お主のこれまでの温情はもはや通らんぞ」
きっぱりとディル神父が告げた。
「‥‥」
「一言よいかのシスターナターシャ?」
「はい老師」
「ディルよ。これまでに村の存続さえ危ぶまれるような危機的状況はあったかの?」
「老師、あったというくらいではないの。大規模な盗賊団に襲われたこともあつた。つい先ごろは大規模な干ばつもあったわ‥‥」
「ふむ。今のディルの話と、わしがここまで来た意味を正確に理解できる村の者はおるかの?」
「「「??」」」
「今回の事件が先々どうなるのか見通せる者はおるか?」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「2つ名を持つほどの知恵者シスターナターシャが、おいぼれのわしにまで足を運ばせて憂慮しておる理由がわかるか?」
「「わかりません‥‥」」
「「私もわかりません‥‥」」
「「老師様‥‥」」
「今回の事件はある意味、このデニーホッパー村開村以来、最大の危機と言ってよいじゃろうな」
ごくんっ
ゴクンッ
ごくんっ
会議室にいるすべての者の唾を飲む音でさえ聞こえるほどの静寂……。
「そして‥‥こう言っては申し訳ないんじゃが、辺境のこの村の現状。
国が興っては滅んでいく様によう似ておるわ。長らく数多の歴史を観ておるこの年寄りに興味が尽きぬ話じゃわい」
「それはいくらなんでも言い過ぎよ老師!」
「言い過ぎなことなどないわ。なぁケイト、サンデーちゃん」
こくこく
コクコク
「それでも言い過ぎよ‥‥」
「老師様。恥ずかしながらわしは村長を任されてはおるが、学もなければ礼節も知らん、ただの農民じゃ。
失礼を承知で学のないわしに噛み砕いて教えてはくれませぬか?
この恥ずかしい事件のどこが最大の危機なんじゃ?」
「村長、そのほう名はなんと申す?」
「失礼しました。わしはチャン。この村のできた10年ほど前に移住ししてきた者でございますじゃ」
「チャンよ。何も恥ずかしいことはないぞ。それどころかお主は立派じゃよ。
知らんことを知らんという、それがどれほど価値のあろうことか」
「へぇ‥‥」
「少し話は長くなるぞ。よいかなシスターナターシャ?よいかな皆の衆?」
こくこく
コクコク
こくこく
「もちろんです老師。そのために遠路はるばるお越しいただいたのですから」
「わかった‥‥」
話を聞く最前列には。一心不乱にノートをとるシャーリーの姿もあった。
「村長チャンよ。今回の事件、盗みをした者が判明したならばお主はどうする?」
「もちろん謝らせますじゃ」
「ふむ。では万引をした者はどうする?」
「子どもやご婦人であれ、もちろん謝らせますじゃ」
「ふむ。そうなるよの。ではツケ払いでツケを払わんかった者はどうする?」
「これももちろん謝らせますじゃ」
「ツケはどうする?100万Gじゃぞ?」
「そ、それは‥‥」
「ではチャン、盗みをした者が謝ってなお、再び盗みをしたらどうする?万引をした者が2度3度と繰り返したらどうする?詫びれば許すか?」
「そ、それは‥‥」
「チャン、お主の考えは間違ってはおらん。ここにおるディルやシスターナターシャならば女神様の名の下に、幾度でも反省を促すであろうよ」
こくこく
コクコク
「ではの。滞納してツケ払いを返さぬ者はどうする?100万Gを返せるか?
それともお主が代わりに払ってやるか?あるいはできるまで待ってくれとサンデーちゃんに頼むか?」
「うっ‥‥」
「金というものはなにもせんでも日々利益を生むものぞ?
本来の100万Gがあればサンデーちゃんならば、村のためになることをなにかしてくれておったのではないかの?
ならばせめてその利益利息というものを含んで返させる契約書を作れるか?」
「わ、わしは‥‥」
「チャン村長、100万Gになるまで払わずにきた者が今後心を入れ替えると思うか?さらにはここにおる善良な村人はそれを許してやれるのかの?」
「‥‥」
「許すという者、この場で手を挙げい」
パラパラと手が挙がる。その中にはアレクの母、マリアもいた。
「許せぬ。罪として裁きを望む者は手を挙げい」
サッ! サッ! サッ!
サッ! サッ! サッ!
サッ! サッ! サッ!
サッ! サッ! サッ!
サッ! サッ! サッ!
「罪を犯した者が女神様に懺悔して悔い改める……。さすればこの村はますます栄え、問題はなかろうて。
そうであればなにもわしがわざわざこの地まで来ぬわい」
「「「‥‥」」」
「もうわかるのチャン村長。真面目なお主らと不真面目な者たち。
この村ではやがて2つの考えを持つ者の分断がはっきりとするぞ。
大人でもそうなんじゃ。子どもはどうなるかの、ケイト?」
「はい先生。一昨年前の干ばつの折、村の決まりを破った男親の子どもが真面目な子どもたちから毎日のようにいじめられています」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「分断は大人だけではないぞ。子どもを含んで起こるぞ。
結果的に皆が和気藹々協力しておった村には‥‥‥‥‥‥」
「残念ながら戻れんわ」
「そ、そんな‥‥」
「その上で言う。主ら善良なる者たちが村の正義を貫き通せ。たとえ意にそぐわぬ者が不平を言おうがな」
「「はい!」」
「「はい老師様!」」
ところどころから声が上がる。が、これこそ分断だと気づく者は少ない。
「村長チャン」
「へえ」
「道を誤るでないぞ。信賞必罰。良い者には褒美を、悪き者には罰を。そこをちゃんと区別せぬと取り返しのつかないことになるぞ」
「はい‥‥」
「シスターナターシャ。今回の件、お主の考える着地は農地の売買じゃろ?」
「はい先生」
「「「??」」」
「よいかの善良なる皆の衆。100万Gもの大金を持っておる農民などおらぬ。それどころか10万Gさえ無い者も多いじゃろう」
こくこく
コクコク
「よって今回の事件はその者たちの農地を金銭に変えて支払うことになろう。もちろん嫌ならば奴隷に落ちることも厭うてはならぬ。騎士団は正義を貫けい!」
「「はい!」」
「今後、土地を持ち裕福な者と、土地がなく貧しい者の分断は間違いなく起こる。
真面目な皆の衆は、裕福な者となろう。じゃが裕福になっても決して分不相応に富を消費することを覚えてはならぬぞ。貧しい者を虐めたり、必要以上に下にみるでないぞ」
こくこく
コクコク
「貧富の差はこの村を確実に蝕むことになるからの。くどく言うぞ。よいかの。今がこの村の正念場じゃよ」
「さて、言うことは言ったでの。わしは先に温泉とやらに行くかの。アレク君のお父上、わしを温泉まで連れて行ってくれぬか?」
「はい老師様」
「ケイトとサンデーちゃんも行くかの」
「「はい先生」」
テンプル老師、ケイト、サンデーが退席した会議室で。
「聞いてもいいかしらチャン村長?」
「な、なんでございますかシスターナターシャ?」
「この村は今180戸ほどよね?」
「へぇ‥‥」
「人頭税‥‥ちゃんと全戸納めてる?」
「‥‥」
「チャン!?」
「「チャン!?」」
「まさかお前、村の金で!?」
「‥‥」
「なんで働かない奴らの分までわしらが払うんじゃ?」
「「おかしいだろ!」」
「「昼間っから呑んでる奴らかよ!?」」
「「「どうするんだよ!?」」」
「「「そうだそうだ!」」」
「わ、わしは善かれと‥‥」
「「反省しん奴は反省しんわ!」」
「「「そうだそうだ!」」」
「シャーリー?」
「はい先生」
シスターナターシャが帰省しているシャーリーに声をかける。
未成年ながら村の自治に携わるシャーリーはシスターナターシャの弟子でもあった。
「シャーリー、この10年の各戸の生産量と分類はできてるわね?」
「はい先生。180戸を大別すると‥‥」
「(サンデーさん、もうあやつが望んでおる平和な村には戻れんかの?)」
「(残念ながら‥‥テンプル先生が仰ってました。歴史は繰り返すと)」
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