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第2章 幼年編
669 戻った日常
しおりを挟む俺より先にヴィヨルドに帰ってきたというカーマン。
「学園長、カーマンの奴は何って言ってたんですか?」
「それがねアレク君、彼はたしかにこの部屋まで詫びにきたよ。
ただ‥‥クックック、カーマン君は長袖長ズボンに手袋をして、仮面を被り、首にはマフラーまでつけていたよ。
ヴィンサンダー領特有の風土病に罹ったんだって。カーマン君曰く、全身が爛れる病気らしいよ。クックック‥」
「プッ。そんなの聞いたことねぇわ!」
「クックック。ただねアレク君、本学の教師5、6人がね、無断欠席を続けたカーマン君を擁護する姿勢をみせていてね‥‥」
「えっ?なんでですか?」
「まあ籠絡されたんだろうね」
「お金ですか‥‥」
「うん。ただね、学園としてもカーマン君の行為が学園の評価を著しく下げたり、実害を生んだわけではないからね。
職員会議の席上、彼を不問とすることにしたんだよね‥‥アレク君には面白くない結末だがね」
「いえ、学園長がわかっててくれるだけで俺は大丈夫です。全然気にしてません。カーマンなんてノー眼中です」
「ハッハツハ。じゃあカーマン君のことはそう言うことでね。学園としてもあと半年、今度こそ何事もなく彼にも卒業してもらいたいからね」
「はい学園長」
学園長も俺も。あのときもっとカーマンについて深く掘り下げるべきだったんだよね。
でもさ、まさかカーマンの奴があんなことをするなんて……。
―――――――――――――――
慌ただしくも充実した、楽しい日常が戻ってきたんだ。
狂犬団の仕事というかクラブ活動も、俺が戻ってきたら早くも具体的になってたんだよね。
俺がいない間もみんながちゃんと考えて運営してくれてたんだな。
学園組が動くことができるように、最初は学外組も一緒に協力するんだって。
最初に手掛けたこと。
学園用の各教室と主要な施設に拡声魔法を伝えるスピーカーを設置したんだ。もちろんミスリル蜘蛛の有線。
(わずか数日だけど、俺がご領主様から依頼を受けた公的機関の糸電話よりも早い敷設だよ)
このスピーカーがあれば、もしなにかの緊急事態が起こっても学園内の全生徒に連絡もつけれる。緊急時には同時に鐘が鳴る仕様にもしてあるんだ。
「でこれが放送室です。団長」
職員室の隣。俺たち狂犬団の部室の一角を遮断した放送室を作ったんだ。
放課後は新設の放送クラブの生徒がこのシステムを使って有効活用してくれるみたいなんだ。
「ステラ‥‥これは避難訓練の答え?」
同級生のステラに聞いたんだ。ステラは座学1位。頭脳明晰で座学だけで1組入してるからね。
「ええ。ヨーク君の考えよ」
「ヨーク君これ、いいじゃん!」
「えへへ。ありがとうございます団長」
2年1組のヨーク君は座学でもいきなり頭角を現したステラと並ぶヴィヨルド学園の頭脳なんだよね!
もう1つ。学園内にコンテナ型の購買部を4つ発現したよ。
売るのは、ノートや鉛筆の筆記用具がメイン。もちろんパンも売るけどね。
おもしろい物では武具も販売するんだ。高性能で高額なものは無理だけど、なりたての学生冒険者でもなんとか買えるような武具や防具を販売するんだ。刀や防具、獣人用の木爪に鉄爪も販売してるよ。
購買の当初のメイン商材はやっぱりパンなんだ。
で、今からそのパンの試食会をやるってわけ。
「甘い匂いね。これが揚げパン?」
「ライラ先輩、甘いの好きでしょ」
「そりゃ好きよ団長。てか好きじゃない女の子っていないわ」
揚げパン
この世界でのパンはカチカチのバゲットしかないからね。
外皮(ブラン)も挽くのは身体に良いけど、味よりも日持ち優先なんだ。
短い発酵時間で、水分量も低く塩分も高く焼き過ぎと、詰め込めばこの世界風のとにかく堅くて不味いパンになる。
粉を細かく挽いて、加水率高く、塩分も控えめにして1晩発酵を促せば、短時間で驚くくらいに白くて柔らかいパンは焼けるんだよね。
まだ俺が元気なころは、夏休みに遊びに行った東北の爺ちゃん婆ちゃん家で、婆ちゃんと焼くパンがめちゃくちゃ美味かったんだ。
「アレク、あたしに感謝しなさいよ!」
「はいシルフィさん」
シルフィの見る俺の頭の中のアーカイブ。パンの焼き方ももちろんバッチリだからね。
コッペパンを油で揚げてから、ハケでメイプルシロップをパン一面に塗ると揚げパンの完成なんだ。
「どうライラ先輩?」
「おいし~い!甘くて最高ね!」
ぺろぺろぺろぺろ‥‥
ライラ先輩が手についたメイプルシロップを舐めてるよ。
ムフゥゥゥーーーッッ!
「ダーリン顔が変態にゃ!」
ギユュュューーーッッ!
「イタタっ!すいませんシナモンさん‥‥」
そうなんだ。香辛料でシナモンそっくりのシナーモを合わせてあるからね。まんまシナモン味の揚げパンだよ。
「「この卵サンドもおいしいわ!」」
「「こっちのポテサラサンドもうまい!」」
コッペパンの真ん中に切り込みを入れて。たっぷりの卵ペーストを入れた卵サンドも、ポテサラを詰め込んだポテサラサンドも間違いなくおいしいよ。
「ステラ、ヨーク君。このパン3つ、売店で1個150Gで売れるよね?」
「団長。売れるけど利益は少ないわ」
「僕もそう思います」
「いいんだよ。製造チームが慣れてきたら、修練場の外に領民用の販売所を作るから。そこで1個250Gで売ればいいんじゃね?」
「それなら賛成するわ」
「僕もそれならいいと思います」
こうして帝都学園でも大好評だった購買名物のパンを領都学園でも販売を始めたんだ。
『パン1人2個まで』
今月は揚げパン・卵サンド・ポテサラサンド
12点鍾の鐘が鳴ったら、すぐに購買に走る姿が恒例の風景になったんだ。
―――――――――――――――
「あゝ忙しい忙しい!でもやっぱり平和が1番でちゅよねー、メロンちゃん」
くんかくんかくんかくんか‥‥
「てめー!毎日毎日、人ん家に来てくつろぎやがって!てめーのせいで娘が懐かねぇだろうが!」
「アレクお兄ちゃんは今日も大忙しでちたよ」
くんかくんかくんかくんか‥‥
「アレク早く帰れよ!このままじゃ妹がお前を兄と思うだろ!」
「(ちょっとモーリス)」
「(なにヘンリー兄さん)」
「(アレク君はほんとに‥‥その‥‥モモが‥‥)」
「(だろ兄さん。こいつは幼児大好きの変態なんだよ)」
「(お前も似たようなものだがな‥‥)」
「(えっ!?)」
―――――――――――――――
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