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第2章 幼年編
642 ジェイル・フォン・ヴィヨルド
しおりを挟む薄くぼやけた世界は、また今日も目まぐるしくまわる。疲れきった大衆、雨上がりの雑踏、誰も私の事を気にもとめない。来るはずのない貴方を待ち続ける。ひとりだけ、この世界から取り残されたようで、酷く虚しい。
「帰ろうかな。」
そう呟いた時、目の前を見知った車が通り過ぎる。明るい橙ランボルギーニ。思わず目で追っていた。10数メートル先で止まったそれからは、その人物が降りてくる。予想外の期待に胸が小さく弾んだ。思わず水溜まりを乱す。しかし彼が駆け寄ったのはその助手席。開かれたドアからはオシャレに着飾った小柄な子が降りてきた。
「それじゃあ、また明日!」
数メートルの距離にいるはずの恋人。こちらに気づく様子もなく、2人は抱擁し合う。呆然と立ち尽くす私には、それが醜く美しいものに見えた。駅の中へと入っていく人物と、それを見送る人物。そして、それを見つめる人物。同じ舞台の登場人物なのだろうか。それとも、私はただの見物客に過ぎないのか。
「あれ、やっぱりお前だったのか。もしかして、朝からずっと?」
主人公は、真っ直ぐにこちらへと歩み寄ってくる。口ぶりからして、今日の約束は覚えていたようだ。
「あ、うん、おつかれさま。」
いつものように笑顔を向ける。
「今から帰るところ?良かったら、今からどっか行く?」
殆どの人が帰路に着く頃、あのヒロインもその中の1人だったのだろう。彼の言葉に含まれているものは残酷なものなのだった。
「でも、疲れてるんじゃないの?」
「明日も休みだし、俺は全然構わないよ。お前が嫌なら無理にとは言わないけど。」
「んーん、私も大丈夫だよ。」
違う。明日は講義もバイトもある。
「じゃあ、乗りな。」
ドアを開けてくれる。さっきまで、別の人が座っていた席。微かに香水が漂う。彼好みの甘い匂い。今日の私と、同じ匂い。
「ありがとう。」
私の笑顔の奥には、一体何が孕まれているのだろうか。車に乗り込み、シートベルトを締める。
「どこいくの?」
「いつものところ。」
「そっか。」
もしかしたらという期待も、いとも簡単に打ち砕かれる。
車窓から見える舞台裏は、疲弊仕切っていた。各々が、今日の公演を終えたのだろう。
本来なら、私の舞台も華やかとは言わずとも充実したものなはずだった。10時間遅れの開始。淫猥なシナリオ。道化は笑顔を浮かべる。
妙に肌寒いここは、メインシーンへの馬車の中だろうか。
暫くすると、見慣れた通りが見えてくる。もうすぐお城に到着だ。
「あ、そういえばさ、今日新しい服来てみたんだ!似合うかな?」
「あー、そういやそれ見た事ないな、似合ってんじゃん。」
「ありがとう!」
本当は、よく見てない事も分かっている。惨めな道化は大袈裟に笑顔を作っていた。
「あー、やっぱちょっと疲れた。」
主人公はベットに倒れ込んだ。ぐるりと寝返りをうつ。
「ほら、来いよ。」
その言葉に、ゆっくりと跨り身体を倒す。トキメキも何も無い。冷めた熱が湧き上がった。
「お前上手いよな…。」
「ふふ。」
接吻の最中、そんな会話を交わす。熱は燃え上がると同時に温度を下げていく。
「ほら、して?」
彼がゆっくり擦り付ける。ここの所の流れだ。身体を起こし、ベルトを外す。少し大きくなったそれを口に含み、舌で撫でる。徐々に大きさが増していき、腰の動きも加わった。頭を押さえつけられ、息が苦しくなる。いやらしい音が響き渡り、速度をあげていく。
「ふっ…っあぁ…。」
微かな喘ぎと共に口内に液体が放たれた。嚥下するまでは放してもらえない。残りを吸い出し、吐き気を抑えながら無理やり押し込んだ。
「…口、洗っておいで。」
「うん…。」
その後、どうなるかは分かっている。口をゆすぐと、そっと部屋に戻った。顔を覗き込むと、案の定穏やかな寝息を立てていた。
「…おやすみ。」
高揚すら覚えないそれに自嘲を浮かべながら、隣りに横になる。視界が歪んだ。
「ふっ……ぅう…。」
主人公の演劇はもう終幕だ。起こさぬよう、息を殺しながら嗚咽をこぼす。
その感情の正体は分かっていた。
私とのデートの当日、彼は他の人とずっと一緒にいたのだ。約束の10時間後にその相手と赴いた。そして何食わぬ顔で欲を満たした。そこに愛などある筈がなかった。分かっていて、私はそれを拒むことは出来ない。嫌いになる事すら出来ない。
私には彼しかいない。そうでは無いと、周りに目を向ければ幾らでも他の人はいると、分かっている。しかし、私の事をしっかり見てくれる人は二度と現れない気がする。彼も、1度は私を愛してくれたのだ。体調を崩した日には、泊まり込んで世話を焼いてくれた。彼が困ってる時には相談もしてくれた。頼ってくれた。私には彼以外居ないのだ。私さえ我慢すれば、私はずっと彼の舞台にたっていられるのだ。間違っているとは分かっている。それでも、またいつかを思い出す。
「いっそ、私だけを見てくれればいいのに。」
ふらつきながら起き上がる。隣で眠る彼はそれに気付く素振りもない。ゆっくりとバッグを漁った。それを手に、再び彼に跨った。
「ん…なに…。」
不機嫌そうな声。
「大丈夫だよ。すぐに楽になるから。」
振り上げた腕を下げると同時に、ゆっくりと上体をおろす。
生暖かい液体が溢れ出る。
「………!!!」
彼の唇に自分のそれを合わせる。
みると、既に眼は虚ろだった。
刺した物を引き抜くと、血潮が舞った。
衝動に駆られ、傷口に顔を埋めた。何度も嚥下する。体内に彼が入ってくる。一つになれた。本当の意味で。
熱が増し、温度が上がる。
やっと、私たちは結ばれた。
「帰ろうかな。」
そう呟いた時、目の前を見知った車が通り過ぎる。明るい橙ランボルギーニ。思わず目で追っていた。10数メートル先で止まったそれからは、その人物が降りてくる。予想外の期待に胸が小さく弾んだ。思わず水溜まりを乱す。しかし彼が駆け寄ったのはその助手席。開かれたドアからはオシャレに着飾った小柄な子が降りてきた。
「それじゃあ、また明日!」
数メートルの距離にいるはずの恋人。こちらに気づく様子もなく、2人は抱擁し合う。呆然と立ち尽くす私には、それが醜く美しいものに見えた。駅の中へと入っていく人物と、それを見送る人物。そして、それを見つめる人物。同じ舞台の登場人物なのだろうか。それとも、私はただの見物客に過ぎないのか。
「あれ、やっぱりお前だったのか。もしかして、朝からずっと?」
主人公は、真っ直ぐにこちらへと歩み寄ってくる。口ぶりからして、今日の約束は覚えていたようだ。
「あ、うん、おつかれさま。」
いつものように笑顔を向ける。
「今から帰るところ?良かったら、今からどっか行く?」
殆どの人が帰路に着く頃、あのヒロインもその中の1人だったのだろう。彼の言葉に含まれているものは残酷なものなのだった。
「でも、疲れてるんじゃないの?」
「明日も休みだし、俺は全然構わないよ。お前が嫌なら無理にとは言わないけど。」
「んーん、私も大丈夫だよ。」
違う。明日は講義もバイトもある。
「じゃあ、乗りな。」
ドアを開けてくれる。さっきまで、別の人が座っていた席。微かに香水が漂う。彼好みの甘い匂い。今日の私と、同じ匂い。
「ありがとう。」
私の笑顔の奥には、一体何が孕まれているのだろうか。車に乗り込み、シートベルトを締める。
「どこいくの?」
「いつものところ。」
「そっか。」
もしかしたらという期待も、いとも簡単に打ち砕かれる。
車窓から見える舞台裏は、疲弊仕切っていた。各々が、今日の公演を終えたのだろう。
本来なら、私の舞台も華やかとは言わずとも充実したものなはずだった。10時間遅れの開始。淫猥なシナリオ。道化は笑顔を浮かべる。
妙に肌寒いここは、メインシーンへの馬車の中だろうか。
暫くすると、見慣れた通りが見えてくる。もうすぐお城に到着だ。
「あ、そういえばさ、今日新しい服来てみたんだ!似合うかな?」
「あー、そういやそれ見た事ないな、似合ってんじゃん。」
「ありがとう!」
本当は、よく見てない事も分かっている。惨めな道化は大袈裟に笑顔を作っていた。
「あー、やっぱちょっと疲れた。」
主人公はベットに倒れ込んだ。ぐるりと寝返りをうつ。
「ほら、来いよ。」
その言葉に、ゆっくりと跨り身体を倒す。トキメキも何も無い。冷めた熱が湧き上がった。
「お前上手いよな…。」
「ふふ。」
接吻の最中、そんな会話を交わす。熱は燃え上がると同時に温度を下げていく。
「ほら、して?」
彼がゆっくり擦り付ける。ここの所の流れだ。身体を起こし、ベルトを外す。少し大きくなったそれを口に含み、舌で撫でる。徐々に大きさが増していき、腰の動きも加わった。頭を押さえつけられ、息が苦しくなる。いやらしい音が響き渡り、速度をあげていく。
「ふっ…っあぁ…。」
微かな喘ぎと共に口内に液体が放たれた。嚥下するまでは放してもらえない。残りを吸い出し、吐き気を抑えながら無理やり押し込んだ。
「…口、洗っておいで。」
「うん…。」
その後、どうなるかは分かっている。口をゆすぐと、そっと部屋に戻った。顔を覗き込むと、案の定穏やかな寝息を立てていた。
「…おやすみ。」
高揚すら覚えないそれに自嘲を浮かべながら、隣りに横になる。視界が歪んだ。
「ふっ……ぅう…。」
主人公の演劇はもう終幕だ。起こさぬよう、息を殺しながら嗚咽をこぼす。
その感情の正体は分かっていた。
私とのデートの当日、彼は他の人とずっと一緒にいたのだ。約束の10時間後にその相手と赴いた。そして何食わぬ顔で欲を満たした。そこに愛などある筈がなかった。分かっていて、私はそれを拒むことは出来ない。嫌いになる事すら出来ない。
私には彼しかいない。そうでは無いと、周りに目を向ければ幾らでも他の人はいると、分かっている。しかし、私の事をしっかり見てくれる人は二度と現れない気がする。彼も、1度は私を愛してくれたのだ。体調を崩した日には、泊まり込んで世話を焼いてくれた。彼が困ってる時には相談もしてくれた。頼ってくれた。私には彼以外居ないのだ。私さえ我慢すれば、私はずっと彼の舞台にたっていられるのだ。間違っているとは分かっている。それでも、またいつかを思い出す。
「いっそ、私だけを見てくれればいいのに。」
ふらつきながら起き上がる。隣で眠る彼はそれに気付く素振りもない。ゆっくりとバッグを漁った。それを手に、再び彼に跨った。
「ん…なに…。」
不機嫌そうな声。
「大丈夫だよ。すぐに楽になるから。」
振り上げた腕を下げると同時に、ゆっくりと上体をおろす。
生暖かい液体が溢れ出る。
「………!!!」
彼の唇に自分のそれを合わせる。
みると、既に眼は虚ろだった。
刺した物を引き抜くと、血潮が舞った。
衝動に駆られ、傷口に顔を埋めた。何度も嚥下する。体内に彼が入ってくる。一つになれた。本当の意味で。
熱が増し、温度が上がる。
やっと、私たちは結ばれた。
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