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第2章 幼年編
541 沈みゆく船
しおりを挟むそのころ船上では。
ガタロの侵入を必死に食い止めるべく、船に乗るすべての人間が闘っていた。船長、船員、司厨長、冒険者、商人を問わずに。
それでも。
多勢に無勢。だんだんと劣勢となる人族。
「「「グギャグギャグギャグギャ‥‥」」」
「いったいどんだけいる!?」
ザスッッ!
「ギャーーッ!」
「離せこの野郎!」
ザスッッ!
「グギャーッ!」
「グギャッ!」
「離せ離せ離せ!痛い痛い痛い痛い!」
指先を噛みつかれて食いちぎられる者。背中から抱きつかれて、耳を噛み切られる者……。
必死になって抗う男たち。それは捕まったら最後、生きながらガタロの食餌となるからである。
「「グギャッ!」」
「「グギャッ!」」
「「グギャッ!」」
「やめろやめろ!助けてくれー!助けて‥‥」
「「「グギャギャッッ!」」」
手足に食いつかれ、倒れ伏した者には、もれなく悲惨な運命が待ち受ける。5体10体のガタロの群れがその食餌めがけて馳せ参じるから。
「来るな来るな来るな!」
マストを伝って逃げようとする若者にしがみつくガタロ。一旦手足にしがみついたら離れない。
「グギャーーーッッ!」
中には両手を斬られてさえ、咬合力のみで手足にしがみつくガタロさえいた。すべては魔獣の本能のまま。
「「「離せ!離せ!やめろ!やめろ!」」」
「「「うわあぁぁぁーーーっ!」」」
ドボーーーンッッ!
複数のガタロに抱きつかれ、水に放り込まれた者にはさらに悲惨な運命が待ち構えていた。
「「「グギャギャギャッ!」」」
ドボーーーンッッ!
ドボーーーンッッ!
ドボーーーンッッ!
ドボーーーンッッ!
ドボーーーンッッ!
水面に落ちた若者を追いかけて我先に飛び込むガタロが生き餌に群がる。
「やめろー!や‥‥め‥‥ろ‥‥」
あっという間に水面が赤く染まる。水中で人族は、まったくガタロの敵ではなかった。
「こりゃ何もするまでもねぇな」
「そうね」
「でどうする姫?」
「そうね。2、3人は助けましょうか。船長や商人からは詳しく話も聞きたいし」
「よっしゃ。それでいこう」
「ええ」
「さぁはりきっていくわよデーツちゃん!」
「ウ、ウン‥‥」
「ドン君はよいかの?」
「はい師匠!大丈夫です」
「よう言った!さすがは海洋諸国人じゃ」
▼
「「!」」
「「「!」」」
隣に接近する海賊船に必死に助けを求める男たち。
「助けてくれー!」
「頼む!たすけてくれー!」
「助けてやってもいいけど金は出せるのかい?」
その船に乗る者たちが皆、狐の仮面を付けているのを違和感として感じる者など1人もいなかった。
そのくらい切羽詰まっていたから。生存の可能性は唯一彼らに託されたのだから。
「出す出す!必ず出す!だから助けてくれ!」
「ホントかよ?」
「生命にかけて本当だ!生きて王都まで戻りさえすれば俺たちは大金持ちになれるんだ!」
「そうだ。助けてくれ!金ならいくらでも出す!
なんなら俺はお前たちを専属護衛として雇ってもいい。だから助けてくれ!」
「その言葉嘘じゃねぇな?」
「ああ誓う!」
「こっちの船にゃあ契約魔法を使える魔法士もいるんだぞ。それでもいいのか?」
「ああ誓う!だから早く!早く!」
「ヨシ。じゃあ助けてやるよ」
ダーンッッ!
沈みゆく船に飛び乗る狐仮面はコジロー。
身長180セルテ。ブロンドの短髪が似合う一見して優男。元帝都の裏社会から冒険者へ。
ユニークな経歴を持つこの男は実力でデグー一族を支える幹部となっただけに実戦に適った卓越した剣技を有する。
着地と同時に両手剣を振るう。
ザンッッッ!
グギャーッ!
グギャーッ!
ザンッッッ!
グギャーッ!
グギャーッ!
グギャーッ!
辺りを油断なく目配りをしながらも1振に2体、3体とガタロを斬り伏せていく。
ダーンッッ!
次いで降り立つのは身の丈2メルのマッチョな狐仮面。
へそ上丈の透け透けTシャツと短パンから覗かせるのは丸太のような手足。胴体を含めて、そこには一切の体毛を綺麗に剃り上げてある。(唯一臍から短パンへと一直線に伸びる
体毛のラインが彼女のこだわりである)
紫色のアイラインの漢女こそレベラオスその人。帝国にその人ありと知られるデグー一族の幹部。体術の達人、戦乙女レベラオスである。
「いらっしゃい」
「「グギャッ グギャッ グギャッ!」」
一部の愛好家には妖艶に見える笑顔で両手を広げるレベラオスに吸い寄せられるガタロたち。それは誘蛾灯に引き寄せられる蛾のような末路を辿るとは知らずに。
ギユユュュューーッッッ!
「「「グギャギャギャギャ‥‥」」」
レベラオスの鋼の胸板でグチャグチャに潰れていくガタロたち。
ダーンッッ!
小さな身体は一見して海洋諸国人。その実
、人族には似つかわしくないずんぐりとした寸胴な体型。白髪ながらも体毛に覆われたその姿は狐仮面でもわかる、紛うことないドワーフ族。
グランドのデグー一族だれからも愛されるドワーフのマルコ。狐仮面マル爺である。
ガンッッッ!
グシャッッ グシャッッ グシャッッ‥‥
手にした小鎚でアーケードゲームのようにガタロの頭を叩いていくマル爺。
ゴオオオォォォーーーッッ!
「「「グギャーーーッッ‥‥」」」
何体も群れたガタロには青白い高温の炎をぶつけていく。
すっっ。
音もなく甲板に立つのはみごとな肢体の女性。
コジロー、レベラオス、マル爺のそれぞれが変遷を経てデグー一族を支える幹部となったのに対して。
生まれながらに海洋諸国人としての英才教育を受けてきたこの狐仮面の女性こそがアリアナ・デグー。
グランドの一族を束ねる姫、その人である。
シュッシュッシュッシュッ!
「ギャッッ!」
「ギャッッ!」
「ギャッッ!」
踊るように細身のレイピアが自在に宙を舞うそのたびに。細かく刻まれていくガタロたち。
アリアナ姫もまた一族を束ねる戦乙女、武人であった。
すっっ。
アリアナ姫と同じように音もなく甲板に立つ小柄な狐仮面。
ドン・ガバスもまた次代を担うべく英才教育を受けた海洋諸国人だ。
アレクが来るまでの帝都学園3年1組首席だった実力は伊達ではない。
ザスッッッ!
「グギャーッ!」
ザスッッッ!
「グギャーッ!」
クナイ片手にガタロの急所を1突きにしていくドンもまたこの船上のガタロでは敵足りえなかった。
ドンッ。
最後に降り立ったのは狐仮面の男性。
175セルテ。身の丈こそあるが、ひょろりとした体型は未だ筋肉質とはいえぬ未完成なもの。帝都学園5年5組デーツである。
ガクガク ガクガク‥‥
ブルブル ブルブル‥‥
アレクが見ればその姿を産まれたての仔鹿に喩えたであろう。凄惨な船上の戦場においてただ1人場違いな存在感を醸しだしていた。
(ど、ど、どうしよう‥‥やっぱり来なきゃよかったかな‥‥)
「グギャッグギャッグギャッ‥‥」
「ヒッ‼︎こっ、こっ、こっちくんな!」
(アレクはまだか!?早く帰ってきてくれよ!!ううっ‥‥)
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