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第2章 幼年編
524 狐仮面・ウド・チー
しおりを挟む「じゃあドン、新設されたっていう港区の貧民街を見てから行こうか」
「あの団長‥やっぱりその‥デーツさんには危ないっていうかその‥‥」
「あーいいのいいの。デーツもこの国に住む人間なんだから国の裏の顔も知っといていいと思うよ。だいたい自分の身は自分で守るって約束してきたから。なぁデーツ」
「ウ、ウン」
「‥‥わかりました団長。俺、デーツさんをちゃんと守りますね」
「頼むねドン。こいつすぐに小声になるから。自信ないのバレバレだって」
「ウルサイ」
「それとな。グランドと帝国の船に乗ってる以外では仮の名前で呼び合うぞ」
「はい」
「アレクなんでだよ!?俺は嫌だ」
「お前なぁ。敵対した奴等に逃げられて名前覚えられたらどうするんだよ。ずっと覚えられるとたいへんだぞ?」
「あっ!そうなのか!」
「デーツ‥‥お前ホントに大丈夫か?
一瞬の油断で死ぬことなんか普通にあるぞ?ドンはわかるな?」
「はい!俺はあのときもその後も、油断してました‥‥」
「3度もラッキーはないと思えよドン」
「はい団長。肝に銘じます!」
「デーツ。ぼうっとしてたら死ぬこともふつうにあるんだぞ。四六時中俺はお前の面倒は見れないぞ?」
「ダイジョブサ」
「デーツ‥‥また小声に戻ってるぞ。
やっぱお前だけ船見たら帰るか?マリアンヌ先輩に見守られながら家で過ごすか?」
「大丈夫だ!俺もちゃんとする!」
「ヨシ。頼むぞ」
「オ、オオ!」
「じゃあ俺はここからはこの仮面でいくからそのまま『狐仮面』だ」
「「はい(わかった)」」
「デーツは『ウド』、ドンは『チー』だ」
「「はい(わかった)」
「間違うなよ?わかったなウド、チー?」
「ウド、チー、狐仮面、ウド、チー、狐仮面、ウド、チー、狐仮面‥‥」
「声出さずに覚えろよウド!」
「うん‥‥」
▼
「なあアレじゃなかった!狐仮面、チー君。その‥‥港区ってなんでそんなに危ないの?」
「あーそれはウドさん、団長がバァムの館を潰しましたよね」
「うん。それは俺も聞いたよ」
「それにプラスして非合法には違いないんだけど、うちの海洋諸国みたいに帝都の裏社会に生きるゼンジー一家がいまして」
「うん」
「そのゼンジー一家は悪いには悪いんだけど、団長と話をした結果、筋を通す任侠の集団に戻ったっていうわけなんです」
「うん?」
「てことで元々北区にいたややこしい輩は居づらくなって北区から他所の区へ引っ越すわけですよね」
「うん‥‥?」
「そうしたら当然引っ越したそれぞれの区で元からいる奴らと新しく縄張り争いとかも起きるわけです」
「あーなるほど‥‥」
「それで結局、そうして弾き出された輩が新しくできた港区に流れ着いたというわけなんです」
「じゃあなんで港区が危ないの?」
「元々の東西南北の各区は帝都騎士団がそいつらを把握しています。だから危ない奴らも危ない奴らなりの線引きがあるんですよ。
ここまではいいか、ここからはやめよう、騎士団に目をつけられるからなって」
「あーなるほど!」
「そうなんです、ウドさん。
新設の港区にはその線引きがないから輩にとってはやりたい放題なんです」
へぇー。やっぱチー(ドン)は俺より頭もいいな。説明もわかりやすいじゃん。
「字も上手いしな」
「はうっ!止めてよシルフィさん!」
「アレク‥‥アンタいつまで経ってもゴブリンじゃん」
「ゴブリンは字書けないじゃん!」
「アンタ書けるじゃん!」
「ううっ、ひどいよ‥‥」
「今日は出発前ですから貧民街の入り口くらいで止めときましょう団長」
「わかったよチー」
「なんでだよチー君、狐仮面。お前ら強いんだろ?だったら悪い奴らはみんな倒しちゃえばいいじゃないか!」
「あのなウド。わかっちゃいねぇな。
じゃあなんで悪い奴は悪いんだ?生まれつき悪いのか?
貧民街に生まれたから悪いのか?」
「えっ‥‥それは‥‥」
「だろ。生まれつき悪い奴なんていないんだよ。そしてな、こうして旅に出る前のちょっとした時間で解決するほど甘くないんだよ」
「そ、そうなのか」
「まぁとにかくだ。お前はこの2ヶ月、見たことも聞いたことも体験したこともない世界をいっぱい見ろ。いっぱい体験しろ。そしてどうしたらいいのかよく考えろ。
幸い説明も上手なチーもいてくれるからな」
「わかったよ‥‥」
▼
炊き出しでクロエが笑うようになった南区の教会の前を過ぎて。さらに橋を渡ってすぐに。
新設の港区に入ってからは景色も空気もどんどん変わっていったんだ。
「く、臭いなア、、狐仮面」
ウドが服の袖で鼻を隠している。
新設とはいうものの、港区の貧民街は南区の貧民街でさえまだマシに思えたんだ。臭いさえもぜんぜん違ったんだ。目が沁みる臭さってわかるかな?臭さの最上級みたいな。そんな臭さなんだよ。
でもさ、だんだんその臭さにも慣れてくるんだよね。嫌だけど……。
港区は南区より空気もさらにどんよりとしていたよ。
ただ、ぼんやりと座ってる人は橋を渡って港区に入っただけでさえ、さらに酷くなったんだ。
道端に座ってる人。
南区の貧民街に座ってる人たちは、老若男女、辛そうなんだけどまだときどきは笑顔も見られたんだ。青空を見上げたりしてね。
だけど……。港区に座ってる人は目線は下か虚空を彷徨う絶望しかない人、あるいはギラギラした目を通りに向ける人しかいなかった。
まだ朝ってせいもあるんだろうけど、歩いてる子どもや人はまったく見えなかったんだ。
一言で言えばゴーストタウン?誰かにに支配された貧民街?
それはお年寄りでさえそうだった。
「こらっ!きれいな服着てるんじゃないよ!その服寄越しな!」
通りがかりの俺たち3人に向けて、いきなり訳もなく怒鳴り散らかすお婆ちゃん。
「テメーらぶっ殺すぞ!」
座ったままで杖を地面に叩きながら威嚇するお爺ちゃん。そんな人たちがふつうにいたんだ。
「な、なんなんだよ?!俺がなんかしたのかよ?!」
「ウド良く見とけ。これが帝都の裏側の、ごくごくさわりだよ」
「‥‥」
そんな貧民街のバラックを歩く。家は鍵もないものばかり。
「アーあーァーあー」
病いにかかってる人かな。
「こんちくしょう!こんちくしょう!」
家族で罵り合う人。
隙間からは室内がまる見えだった。そんな室内にもただ茫然と座っている人もいれば、朝から人目を気にせず獣のようにまぐわってる人もいた。まさにカオスだよ。
「(団長)」
「(チー、わかってるよ)」
「(はい)」
俺たち3人の後方から後をつけてくる男たちが数人いたんだ。
そんな尾行してくる奴らは少しずつ増えていった。
バラックが終わりに近づいている。港に向かって歩いているときだった。
「この先は行き止まりだぜ」
ばらばらっと通りを塞ぐように前後を囲むように現れたのは10代後半から20代前半の男たちだった。獣人ばかりだ。
「きれいな服着てるじゃねぇかガキども。まさか素通りってわけじゃねぇよな」
貧相で小柄な男が話す。
忙しくなく動く左右の小さな目と鼻から飛び出た10メルほどの髭が話すたびに揺れている。細長い尻尾。そいつがネズミ獣人であることはすぐにわかる。
そんなネズミ獣人が3人。上半身裸、中肉中背の5人は犬や狐、猫系の獣人だな。
細長い舌をチロチロと出し入れして俺たちを見定めるようにしている鱗肌の男は蛇獣人だ。
その場で脚をかきあげているのは、やたらと背が高く馬面な馬獣人だ。
そんな獣人の中で一際目立ったのが金色の長い体毛が全身から垂れ下がる猿系の獣人男だった。鼻筋から口元にむけて大きく膨らんでいるタラコ唇。コイツは‥‥オランウータンの猿獣人だな。
「とりあえず捕まっとけよテメーら!」
猿獣人が呟いたその瞬間。
「来るぞ!油断するなウド!」
ダンッッ!
1足飛びに4メルほどを飛びかかってくるオランウータン男。手には刃こぼれした刀。
手脚に魔力を纏っているのが見える。
「魔力かよ!」
「金剛!」
背の刀を抜き、咄嗟に脚を踏ん張って迎え撃つ。
ガンッッッ!
「キッキッキッ!やるな狐仮面!」
「お前もな。獣人にしては魔力をつかえるのは、ミックスか?」
「よくわかったな」
対峙するのは後方も同じだった。
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
石礫がいくつも飛んでくる。
「ウド(デーツ)さん!」
軽々と避けながら注意を喚起するチー(ドン)だったが。
ゴンッッ!
「イテェ!」
頭に石礫を受けるウド。
「ウド、石だと思って油断してたらダメだぞ!」
「い、痛い‥‥」
手を額に当てて蹲るデーツ。その額からは血が流れていた。
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