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第2章 幼年編
463 デーツ
しおりを挟む「デーツ様こいつはアレク。今日から一緒に暮らす子さね」
「‥‥」
ほんのわずか。
俺をチラ見しただけでデーツは絵を描く作業に戻ったんだ。
キャンバスにのみ集中しているデーツが描いている絵は肖像画。
「へぇー上手いじゃん」
穏やかな優しい笑みが印象的な女性。
栗色の髪にブルーの瞳の女性。綺麗な大人の女性だ。
これはアリサとクロエのお母さん。デーツの母親の絵だな。
「今日から世話になる。よろしくなデーツ」
「‥‥」
「ほら握手」
「‥‥」
「握手しねぇと帰らねぇぞ」
こう言ったら無表情のまま握手をしてきたデーツ。
ガシッッ!
手のひらデカっ!
ああこいつも魔力はあるな。魔法には向いてないけど。
ギュッギュッギユユュュッッッ‥
おおっ!はね返してくるじゃん。握力もけっこうあるじゃん。
でも‥‥まだまだだな。
ギユユュュュュュッッッッッ!
俺も力を込めてやり返してやった。
「クッ‥‥」
顔を歪めるデーツ。
「デーツよろしくは?」
「‥‥」
「よ、ろ、し、く、は?」
「ヨロシク‥」
声小っさ!
デーツはひょろっとした背が高い男だった。俺の2級上の帝都学園の5年5組。
学園の中でいえば武力も標準的な生徒だ。
魔力はそこそこあったけど火水土金風の5属性の発現にはむいてないな。でも魔力の体内循環をちゃんと覚えたらそこそこ強くなるんじゃね?
「いくよアレク」
「あ、ああバブ婆ちゃん」
バブ婆ちゃん曰く、この5年間でもほとんど口を開かない長男デーツは学校にもたまにしか行かないそうだ。
誰か友人と交流しているのを見たこともないらしい。
ただペイズリーさんの娘さんが同級生で幼なじみらしく、5年前には頻繁に来てくれてたらしいけどこの数年はまったく音沙汰がないという。
「あんな意気地もないひ弱な男なんざ見限ったのさ」
そうかもな。
「でもデーツって5組なんだろ」
「そうなんだよ。学校にもたまにしか行かないわりにはずっと5組なのさ」
「ふーん」
▼
「バブ婆ちゃん1階の左側の部屋って使ってないんだよな?」
「あああんたの好きにしな」
「じゃあ好きにするよ」
さて夜までには時間があるからな。
まずは庭の水場に行ってみるか。
玄関の脇には小さな噴水が見えたんだ。
雑草だらけの庭の中でこの一角だけが僅かに花も咲いてて綺麗に手入れされてたんだ。
「やっぱり‥‥いるよ」
そんな綺麗な庭だからいるかなって思ったら予想どおり水の妖精(ウンディーネ)が1人だけいたんだ。
「あら私が見えるのねヒューマン」
噴水に脚をつけて俺を見たウンディーネ。
なぜかな?ウンディーネってみんなお淑やか系美人さんなんだよな。
「なんか言ったかオイ?」
「いえシルフィさん。何も言ってません!」
「フン」
「あら風の子と仲良しさんなのねヒューマンの君は」
「うん。ところでどうして1人でいるのウンディーネ?」
「ここはね以前ヒューマンの女性が毎日毎日花にも噴水にも声をかけてくれてたのよ。
旦那が忙し過ぎて子どもたちに優しくないとかって愚痴をこぼしながらね。
とっても朗らかで前向きな人だったのよ。私たちが見えないのに毎日声をかけてくれてね。
だから居心地もよくてね。私以外何人もここに居たのよ。
でももう5年くらい来てくれてないんだけどね。仲間もだんだん離れちゃって。
だから最後に残ったのは私だけなの」
「そっか‥‥」
「そろそろ私も他所へ行こうかしら」
「ねえウンディーネ。もう少し待っててよ。たぶんまた居心地もよい場所になるからさ」
「‥‥ええそうね。あなたからも心地良い風が流れてるからもう少しいようかしら」
「ありがとうねウンディーネ。それとさ、ここどのくらい掘ったらお湯が出てくる?」
「そうね‥‥ヒューマンの単位で200メルってとこかしら」
「熱い?温い?」
「ヒューマンの言う温泉にちょうどくらいの温度よ」
「そっか。ありがとう。噴水の水はこのままでいい?」
「もう少し掘ってくれるとうれしいわ」
「わかったよ。じゃあもう少し掘っとくね」
「ええ。また仲間も集まる楽しい場所になるのね」
「そうだよ」
よーし。1階の空いてる部屋に掘るか。個人宅用の温泉を。
デーツとアリサのトレーニング用の地下運動場も作らなきゃ。
「ノームいるー?」
あら。ノームはいないなあ。仕方ないか。
水田も畠も作らなきゃな。
あっ!そうだ。
ついでにチューラットも全部駆除しとこうかな。肉も食えるし。それから雑草は風魔法で刈りとろう。
部屋と廊下は水魔法で汚れを取りつつ風魔法で乾燥して綺麗にしよう。熱風殺菌もしなきゃな。
穴空いたり剥がれたとこはリホームも急ピッチでやらなきゃいけないな。
▼
「いただきます」
夜ごはんは塩漬肉を戻しただけの肉と干し野菜のスープにカチカチのカビが生えはじめたパンが2切れ。
冒険者の粗食と変わらないものだった。
モグモグモグ‥‥あはは‥‥
バブ婆ちゃんの作ってくれた夜ごはんは控えめにいっても美味しくなかった。
朝ごはんは昨日の残りのスープに茹で芋1つ。
朝ごはんも夜ごはんと同様の不味さだった。
ちなみにクロエは口元までスプーンを運べば口を開けるらしい。
「アレク。とっとと食って学校に行きな」
「ああ。バブ婆ちゃん。今日の夜から朝晩の食事とクロエの昼メシは俺が作るからな。
婆ちゃんはクロエの昼メシだけ口に入れるの手伝ってくれよ」
「なんだい。あたしはもう用済みってことかい」
「違うよ。朝晩は俺が作るしクロエの昼飯も作っとくからさ。
婆ちゃんは洗濯と掃除だけをやってくれよ。バブ婆ちゃんと俺で家事の分担をしようぜ」
「そりゃいいけど食費はどうすんだい?」
「婆ちゃんは今までどおりでいいよ。食費は俺が出すからバブ婆ちゃんは洗濯と掃除だけやってくれたらいいよ」
「そうかい。そりゃ楽してお給金ももらえりゃあたしはいいさね」
「バブ婆ちゃんも家族の一員なんだからな」
「家族の一員かい。ヒッヒッヒ」
「じゃあ今日の夜からよろしく」
(おもしろい子だねこのアレクって子は)
バブ婆ちゃんに言ったあと。デーツとアリサの部屋に行ったんだ。
「デーツ今日の夜ご飯からは呼んだら下の食堂に降りてこいよ」
「‥‥」
「来なかったらお前のその絵や絵の具はぜんぶ捨ててやるからな」
「クソ ッ!ヤメロー!」
ダッ!
ダッととびかかってきたデーツ。
俺はその手をとってそのまま倒して関節をキメる。
バターーンッッ!
ミシミシミシッッッ!
「イタイイタイイタイ‥‥」
「いいなデーツ。わかったなら俺の腕を叩け」
パンパン!パンパン!
「ヨシ。それからなデーツお前もそのうちちゃんと学校に通えよ」
「ナンデオ前ナンカニ命令サレナキャイケナインダ」
「なんか文句あるのか?」
そう言ったら途端下を向いたデーツだった。
▼
「アリサ。今日の夜ごはんは呼んだら下の食堂に降りてこいよ」
「なんであんたなんかの命令を聞かなきゃいけないのよ!」
「うるさい!お兄ちゃんの言うことは絶対だ!」
「嫌よ!」
「メシは俺が作る。呼んですぐに食堂に来なきゃお前の分はないからな」
「‥‥」
「バブ婆ちゃんにも言っとくからな。来なかったら洗濯もしねえからな」
「なんであんたが勝手に決めるのよ!」
「なんでって兄ちゃんだからな」
「お兄ちゃんじゃないわ!」
「うるさい!俺はお前らの兄ちゃんだ。それと洗濯する服はあとで出しとけ。俺が洗濯しとくからな。
あっ、下着はやめろよ!絶対だぞ!」
「なによこの変態!」
「アリサお前はせっかくかわいいんだからそんなヨレヨレの服なんか着るな。明日からは俺が綺麗にしてやる。繰り返すけど下着は絶対だすなよ!」
「バカー!出てけー!」
「アレクあんた妹の下着洗濯して鼻血出したら本物の変態だからね!」
「出すわけないだろシルフィ!
ってかだから下着は出すなってくどく言ってんだよ!」
「アレクあんたね‥‥」
ーーーーーーーーーーーーーー
わずか1日だけどわかったことがあるんだ。
長男のデーツは自分の殻に閉じこもっている。無言のまま周りを拒絶しているんだ。
長女のアリサはいつも怒りの感情を爆発させている。怒りで周りを拒絶しているんだ。
次女のクロエは初級学校(教会学校)が始まって1ヶ月経つけど1日も登校していない。
喜怒哀楽すべての感情を押し殺している。無になって周りを拒絶しているんだ。
そんな3人の姿はまんま転生前の俺そのものだった。
長男のデーツは感情を押し殺すことで周りを拒絶。
アニメやゲームなど自分のやりたい世界にだけ没頭していた俺自身なんだ。
長女のアリサは怒りの感情に満たされることで周りを拒絶。
常に自分だけは正しいと思い込んでいた俺自身なんだ。
次女のクロエは感情のすべてを放棄することで周りを拒絶。
苦痛なく静かに消え去ることだけを願った俺自身なんだ。
そしてこの3人の兄妹は過去の俺自身を表す実像なんだ。
「どうするか決まったのねアレク」
「ああシルフィ」
「あいつらの現実を全部ぶち壊してやる。すべては今日下校してからだよ」
―――――――――――――――
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