462 / 722
第2章 幼年編
463 デーツ
しおりを挟む「デーツ様こいつはアレク。今日から一緒に暮らす子さね」
「‥‥」
ほんのわずか。
俺をチラ見しただけでデーツは絵を描く作業に戻ったんだ。
キャンバスにのみ集中しているデーツが描いている絵は肖像画。
「へぇー上手いじゃん」
穏やかな優しい笑みが印象的な女性。
栗色の髪にブルーの瞳の女性。綺麗な大人の女性だ。
これはアリサとクロエのお母さん。デーツの母親の絵だな。
「今日から世話になる。よろしくなデーツ」
「‥‥」
「ほら握手」
「‥‥」
「握手しねぇと帰らねぇぞ」
こう言ったら無表情のまま握手をしてきたデーツ。
ガシッッ!
手のひらデカっ!
ああこいつも魔力はあるな。魔法には向いてないけど。
ギュッギュッギユユュュッッッ‥
おおっ!はね返してくるじゃん。握力もけっこうあるじゃん。
でも‥‥まだまだだな。
ギユユュュュュュッッッッッ!
俺も力を込めてやり返してやった。
「クッ‥‥」
顔を歪めるデーツ。
「デーツよろしくは?」
「‥‥」
「よ、ろ、し、く、は?」
「ヨロシク‥」
声小っさ!
デーツはひょろっとした背が高い男だった。俺の2級上の帝都学園の5年5組。
学園の中でいえば武力も標準的な生徒だ。
魔力はそこそこあったけど火水土金風の5属性の発現にはむいてないな。でも魔力の体内循環をちゃんと覚えたらそこそこ強くなるんじゃね?
「いくよアレク」
「あ、ああバブ婆ちゃん」
バブ婆ちゃん曰く、この5年間でもほとんど口を開かない長男デーツは学校にもたまにしか行かないそうだ。
誰か友人と交流しているのを見たこともないらしい。
ただペイズリーさんの娘さんが同級生で幼なじみらしく、5年前には頻繁に来てくれてたらしいけどこの数年はまったく音沙汰がないという。
「あんな意気地もないひ弱な男なんざ見限ったのさ」
そうかもな。
「でもデーツって5組なんだろ」
「そうなんだよ。学校にもたまにしか行かないわりにはずっと5組なのさ」
「ふーん」
▼
「バブ婆ちゃん1階の左側の部屋って使ってないんだよな?」
「あああんたの好きにしな」
「じゃあ好きにするよ」
さて夜までには時間があるからな。
まずは庭の水場に行ってみるか。
玄関の脇には小さな噴水が見えたんだ。
雑草だらけの庭の中でこの一角だけが僅かに花も咲いてて綺麗に手入れされてたんだ。
「やっぱり‥‥いるよ」
そんな綺麗な庭だからいるかなって思ったら予想どおり水の妖精(ウンディーネ)が1人だけいたんだ。
「あら私が見えるのねヒューマン」
噴水に脚をつけて俺を見たウンディーネ。
なぜかな?ウンディーネってみんなお淑やか系美人さんなんだよな。
「なんか言ったかオイ?」
「いえシルフィさん。何も言ってません!」
「フン」
「あら風の子と仲良しさんなのねヒューマンの君は」
「うん。ところでどうして1人でいるのウンディーネ?」
「ここはね以前ヒューマンの女性が毎日毎日花にも噴水にも声をかけてくれてたのよ。
旦那が忙し過ぎて子どもたちに優しくないとかって愚痴をこぼしながらね。
とっても朗らかで前向きな人だったのよ。私たちが見えないのに毎日声をかけてくれてね。
だから居心地もよくてね。私以外何人もここに居たのよ。
でももう5年くらい来てくれてないんだけどね。仲間もだんだん離れちゃって。
だから最後に残ったのは私だけなの」
「そっか‥‥」
「そろそろ私も他所へ行こうかしら」
「ねえウンディーネ。もう少し待っててよ。たぶんまた居心地もよい場所になるからさ」
「‥‥ええそうね。あなたからも心地良い風が流れてるからもう少しいようかしら」
「ありがとうねウンディーネ。それとさ、ここどのくらい掘ったらお湯が出てくる?」
「そうね‥‥ヒューマンの単位で200メルってとこかしら」
「熱い?温い?」
「ヒューマンの言う温泉にちょうどくらいの温度よ」
「そっか。ありがとう。噴水の水はこのままでいい?」
「もう少し掘ってくれるとうれしいわ」
「わかったよ。じゃあもう少し掘っとくね」
「ええ。また仲間も集まる楽しい場所になるのね」
「そうだよ」
よーし。1階の空いてる部屋に掘るか。個人宅用の温泉を。
デーツとアリサのトレーニング用の地下運動場も作らなきゃ。
「ノームいるー?」
あら。ノームはいないなあ。仕方ないか。
水田も畠も作らなきゃな。
あっ!そうだ。
ついでにチューラットも全部駆除しとこうかな。肉も食えるし。それから雑草は風魔法で刈りとろう。
部屋と廊下は水魔法で汚れを取りつつ風魔法で乾燥して綺麗にしよう。熱風殺菌もしなきゃな。
穴空いたり剥がれたとこはリホームも急ピッチでやらなきゃいけないな。
▼
「いただきます」
夜ごはんは塩漬肉を戻しただけの肉と干し野菜のスープにカチカチのカビが生えはじめたパンが2切れ。
冒険者の粗食と変わらないものだった。
モグモグモグ‥‥あはは‥‥
バブ婆ちゃんの作ってくれた夜ごはんは控えめにいっても美味しくなかった。
朝ごはんは昨日の残りのスープに茹で芋1つ。
朝ごはんも夜ごはんと同様の不味さだった。
ちなみにクロエは口元までスプーンを運べば口を開けるらしい。
「アレク。とっとと食って学校に行きな」
「ああ。バブ婆ちゃん。今日の夜から朝晩の食事とクロエの昼メシは俺が作るからな。
婆ちゃんはクロエの昼メシだけ口に入れるの手伝ってくれよ」
「なんだい。あたしはもう用済みってことかい」
「違うよ。朝晩は俺が作るしクロエの昼飯も作っとくからさ。
婆ちゃんは洗濯と掃除だけをやってくれよ。バブ婆ちゃんと俺で家事の分担をしようぜ」
「そりゃいいけど食費はどうすんだい?」
「婆ちゃんは今までどおりでいいよ。食費は俺が出すからバブ婆ちゃんは洗濯と掃除だけやってくれたらいいよ」
「そうかい。そりゃ楽してお給金ももらえりゃあたしはいいさね」
「バブ婆ちゃんも家族の一員なんだからな」
「家族の一員かい。ヒッヒッヒ」
「じゃあ今日の夜からよろしく」
(おもしろい子だねこのアレクって子は)
バブ婆ちゃんに言ったあと。デーツとアリサの部屋に行ったんだ。
「デーツ今日の夜ご飯からは呼んだら下の食堂に降りてこいよ」
「‥‥」
「来なかったらお前のその絵や絵の具はぜんぶ捨ててやるからな」
「クソ ッ!ヤメロー!」
ダッ!
ダッととびかかってきたデーツ。
俺はその手をとってそのまま倒して関節をキメる。
バターーンッッ!
ミシミシミシッッッ!
「イタイイタイイタイ‥‥」
「いいなデーツ。わかったなら俺の腕を叩け」
パンパン!パンパン!
「ヨシ。それからなデーツお前もそのうちちゃんと学校に通えよ」
「ナンデオ前ナンカニ命令サレナキャイケナインダ」
「なんか文句あるのか?」
そう言ったら途端下を向いたデーツだった。
▼
「アリサ。今日の夜ごはんは呼んだら下の食堂に降りてこいよ」
「なんであんたなんかの命令を聞かなきゃいけないのよ!」
「うるさい!お兄ちゃんの言うことは絶対だ!」
「嫌よ!」
「メシは俺が作る。呼んですぐに食堂に来なきゃお前の分はないからな」
「‥‥」
「バブ婆ちゃんにも言っとくからな。来なかったら洗濯もしねえからな」
「なんであんたが勝手に決めるのよ!」
「なんでって兄ちゃんだからな」
「お兄ちゃんじゃないわ!」
「うるさい!俺はお前らの兄ちゃんだ。それと洗濯する服はあとで出しとけ。俺が洗濯しとくからな。
あっ、下着はやめろよ!絶対だぞ!」
「なによこの変態!」
「アリサお前はせっかくかわいいんだからそんなヨレヨレの服なんか着るな。明日からは俺が綺麗にしてやる。繰り返すけど下着は絶対だすなよ!」
「バカー!出てけー!」
「アレクあんた妹の下着洗濯して鼻血出したら本物の変態だからね!」
「出すわけないだろシルフィ!
ってかだから下着は出すなってくどく言ってんだよ!」
「アレクあんたね‥‥」
ーーーーーーーーーーーーーー
わずか1日だけどわかったことがあるんだ。
長男のデーツは自分の殻に閉じこもっている。無言のまま周りを拒絶しているんだ。
長女のアリサはいつも怒りの感情を爆発させている。怒りで周りを拒絶しているんだ。
次女のクロエは初級学校(教会学校)が始まって1ヶ月経つけど1日も登校していない。
喜怒哀楽すべての感情を押し殺している。無になって周りを拒絶しているんだ。
そんな3人の姿はまんま転生前の俺そのものだった。
長男のデーツは感情を押し殺すことで周りを拒絶。
アニメやゲームなど自分のやりたい世界にだけ没頭していた俺自身なんだ。
長女のアリサは怒りの感情に満たされることで周りを拒絶。
常に自分だけは正しいと思い込んでいた俺自身なんだ。
次女のクロエは感情のすべてを放棄することで周りを拒絶。
苦痛なく静かに消え去ることだけを願った俺自身なんだ。
そしてこの3人の兄妹は過去の俺自身を表す実像なんだ。
「どうするか決まったのねアレク」
「ああシルフィ」
「あいつらの現実を全部ぶち壊してやる。すべては今日下校してからだよ」
―――――――――――――――
いつもご覧いただき、ありがとうございます!
「☆」や「いいね」のご評価、フォローをいただけるとモチベーションにつながります。
どうかおひとつ、ポチッとお願いします!
10
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説

なんか黄金とかいう馬鹿みたいなスキルを得たのでダラダラ欲望のままに金稼いで人生を楽しもうと思う
ちょす氏
ファンタジー
今の時代においてもっとも平凡な大学生の一人の俺。
卒業を間近に控え、周りの学生たちは冒険者としてのキャリアを選ぶ中、俺の夢はただひとつ、「悠々自適な生活」を送ること。
金も欲しいし、時間も欲しい。
程々に働いて程々に寝る……そんな生活だ。
しかし、それも容易ではなかった。100年前の事件によって。
そのせいで現代の世界は冒険者が主役の時代となっていた。
ある日、半ば興味本位で冒険者登録をしてみた俺は、予想外のスキル「黄金」を手に入れる。
「はぁ?」
俺が望んだのは平和な日常を送るためだが!?
悠々自適な生活とは程遠い、忙しない日々を送ることになる。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~
はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。
俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。
ある日の昼休み……高校で事は起こった。
俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。
しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。
……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

どこかで見たような異世界物語
PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。
飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。
互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。
これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる