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第2章 幼年編
456 3年春〜再びのキーサッキー
しおりを挟む代打?司厨長として交代の2日め。
朝ごはんを食べる前に。食堂に来た人たち皆んなが告知用の掲示板をしげしげと見るのが早くもお約束になったんだ。
「なになに。昼ごはんはイカ焼きそば。夜ごはんはイカメンチ(ツクネ)。明日の朝ごはんはイカフライサンド。
1日中キーサッキー尽くしです?
うへっ!マジか?
キーサッキーなんか食わされるのかよ⁈」
「食えるのかあんなキモい魔獣」
「「「あ~‥‥」」」
そんな落胆の声をあげているのはほぼすべてが軍人ばかりなんだ。
ところがその一方で。商人たちが10人集まってヒソヒソと話し出した。
「昨日のカレースパ。そして今日の昼からのキーサッキー尽くし‥‥」
「もしかして‥‥」
「「なぁ」」
「「「ああ」」」
「かれえはすごかったってロジャー様の披露宴に出た冒険者たちが熱く語っていたからな。
そしてキーサッキーのツクネといえば王国のヴィヨルドだろう。
この船は王国から出航‥‥」
「いよいよそうなんじゃないか」
「俺は確定だと思うがな」
「「俺(わし)もだ」」
そのとき1人の商人が隣に座る水兵見習いに尋ねた。
「水兵さんよ。司厨長さんの名前はなんて言うんだい?」
「アレクだよ」
「その‥‥アレク司厨長さんはヴィヨルド領学園のご出身かい?」
「そうだけど‥‥」
「「「やっぱり‥‥」」」
「これはいよいよ昼メシと夜メシで答えがでるな」
「退屈な船旅が一攫千金のヒントになったわ」
「「「そうだな」」」
そんな話をしているとはつゆしらず。
軍人たちのキーサッキーへのマイナスイメージ、概念が覆されたのはすぐのことだったんだ。
そうそう。朝ごはんは昨日のカレーをスープにリメイクして堅いバゲットを1/3ぐらいまるっと浮かべたんだ。スープを吸ってやわらかくなったパン粥だよ。
「「ウマッ!」」
「「朝から目が覚める旨さだね!」」
「昨日のカレーが蘇るよ!」
「「昨日はうまかったよなカレー」」
「「金曜また食えるんだろ」」
そりゃカレーそのものに比べたら物足りないだろうけどね。
でも船上食だから食材も無駄にしないし洗いものも少なくしたいんだ。
▼
昼ごはんはイカ焼きそば。焼きそば用にはキーサッキーのゲソを使った。たっぷり5体分使ったからイカ焼きそばがサイコーに楽しめるよ。
なんてったってキーサッキーはタダだし小麦粉だけはたくさん積んであるからね。焼きそばも大盛どころか特盛ってか1人3杯くらいお代わりしてもいいくらい作るよ。今日もお腹いっぱいになってもらえるよう美味しいものを作るんだ。
「リリアーナ。タマネギーを昨日のカレーみたくざっくりと切ってくれ。人参は半月でいいぞ」
「うん‥」
リリアーナは昨日以上に不審な顔してるよ。そりゃキモいって先入観のある魔獣キーサッキーだもんな。俺からすればただの巨大マイカなのに。
「ベックは昨日のパスタマシーンを頼むな。昨日の倍くらいガンガン麺を作ってくれよ」
俺の好みの焼きそばは太麺仕様なんだ。
本当は麺にかんすいを加えたいけどないものねだりもできないからね。しっかりと練った生地を1晩熟成させてモチモチ感をだしてるよ。
「わかったよアレク。でもキーサッキーなんだろ‥
こんなにたくさんの麺も残るんじゃ‥」
「まあ俺を信じろって」
「ああ‥‥」
ベックもそうだ。キーサッキー=キモい魔獣としかみてないよ。
製麺したら蒸して準備万端。
あとはどんどん焼きそばを作るのみ。
その前に。
賄い焼きそばを食べてもらおうかな。
味は塩味。持参してきた白湯顆粒を少々追加してコク深さを加味。キーサッキーオイルに持参したごま油を少し滴らした中華風なんだ。
狭い厨房にごま油の食欲をそそる香りがたちこめる。
「さあ2人とも食べてみろよ。お代わりしていいからな」
「お、おお‥」
「え、ええ‥」
フォークで巻いて焼きそばを食べようかどうしようかと悩んでる2人。
この絵図だけはイマイチだよね。本当はやっぱ箸だよな。
「騙されたと思って食べてみろよ」
「「おお(ええ)‥」」
まあ先に俺が食べるとこを見せるか。
モグモグモグモグ‥
モキュッ モキュッ モキュッ‥
「ウマッ!」
旨い!
イカ独特のモキュッってする弾力がいいな。これがイカならでは旨さなんだよ!
ごくんっ。
そんな俺の様子を見た2人もようやく焼きそばを口にしたんだ。
モグモグモグモグ‥
モキュッ モキュッ モキュッ‥
「「えっ!?」」
「ウマッ!?」
「おいしいっ!?」
「「うんうん!」」
「「うまいうまいうまーーーーーいっ!」」
ガタッ
ガタッ
ガンッッ!
「痛えっ!」
「懲りろよベック」
ワハハハハハ
ふふふふふふ
わははははは
「マジかよ?キーサッキーってこんなに旨かったんだ!」
「キーサッキーが食べられるなんて知らなかったわ私!」
「こんなに旨いなんて!イカってのは古い文献で見たって言ってたよなアレク?」
「あ、ああそうだよ」
「お前は勉強家だよな!」
「ホントね!」
「あははは‥」
「「うまー(おいしー)!」」
口をモギュモギュさせながら口々にキーサッキーを賞賛する2人。
「焼きそばは昨日のスパとは違うのね」
「これも昨日のすぱと同じくらい旨いぞアレク」
「だろー」
「お前らお代わりするか?」
「「とーぜん!」」
2人が大盛のイカ焼きそばをお代わりしたのは言うまでもない。
そんなキーサッキーのイカ焼きそば。
海兵たちも歓喜したのは言うまでもないんだ。
「「「ウマッ!」」」
「「「歯ごたえっていうか食感もいいな!」」」
「「「まさかキーサッキーがなぁ」」」
「「「旨ーーーい!」」」
「「「うめーーー!」」」
熱狂しながらわいわいと食事をとる海兵たちとは対照的だったのが商人さんたちだったんだ。
「アレク君商人さんたちおかしいよね?」
「みんなアレクを見ながら黙々と食ってるよ」
ジーーーーッ
ジーーーーッ
ジーーーーッ
なんだろうねこの熱い視線。狭い厨房に向けてくるこの感じ。
「「「司厨長ごちそうさま」」」
「「「うまかったよ」」」
「「「ありがとう」」」
「「「メシが楽しみで仕方ないよ」」」
「「「お粗末さま」」」
「夜ごはんもキーサッキーなんだろ司厨長?」
「夜ごはんはイカメンチ。キーサッキーのツクネだよ」
「「「夜が待ち遠しいよ」」」
「ありがとう。期待に応えられるよう頑張って作るよ」
「「「楽しみだなぁ」」」
▼
「アレク夜ごはんもキーサッキーなんだろ?」
「ああ。夜ごはんはイカメンチ。王国ではみんなツクネって言ってる料理だよ」
「あーツクネね」
「私も知ってるわ」
「お前らツクネを知ってるのか?」
「ああ。帝国でもこの何年かで定番になった料理なんだよ。どこの食堂に行っても食べられるんじゃないか」
「ええ。ツクネがサンダー王国のものだとは聞いてたけど‥‥これまさか‥‥アレク君の発案なの?」
「マジか?」
「そうだよ」
「「えぇーーー!?」」
「驚きだよなぁ」
「本当よねー」
2人とも心底驚いていたんだ。
「じゃあさっそく夜ごはんの支度をしようか」
「「おう(ええ)」」
キーサッキーが旨いとわかった2人もヤル気をだしてくれてるよ。夜ごはんも美味しく作られなきゃね。
キーサッキーのイカメンチ
その昔まだ俺が村にいる時分に発現したミートチョッパー(挽肉器)は売れいきこそ減ったものの今も順調に売れ続けているんだ。
ミョクマルさんの話によれば魔獣肉のツクネを扱う中原中のどの国の食堂にもほぼ間違いなくミートチョッパーがあるっていうしね。
「リリアーナは刻みタマネギーをどんどん作ってくれ。ベックはキーサッキーをこのミートチョッパーに入れてミンチを作っていってくれ」
「「了解!」」
「ツクネってこんなふうにできてたんだなあ。知らなかったよ」
「ホントねー」
2人がミートチョッパーを見ながらしきりに感心してくれてる。だけど俺的にはツクネっていう名前だけが少し残念なんだよね。最初はハンバーグって言ったのにいつのまにかミンチ肉の料理全体を総称してツクネって言うようになったもんなぁ。
キーサッキーのイカメンチ
刻んだキーサッキーに刻みタマネギーを加え塩を入れてよくもみ込んでいくとどんどん粘りがでてくるんだ。これは肉も魚介類も同じ。
あとは全体に粉を纏わせてパン粉をまぶしてきつね色に揚げたら出来上がりだよ。
アツアツをそのままでももちろんおいしいけど味変の調味料もほしいよな。
厨房にあるもので作れるソースは‥‥瓶には酢がたくさんあったんだ。
この酢に刻みタマネギーを加えて煮詰めていくとだんだん酸気が抜けてトロッとした甘いソースになるんだよね。これをソースに味変してもらおうかな。
マヨネーズも少し出そう。マヨネーズは数が限られてるからお皿に少しだけかな。
そういや1年のダンジョンではゲージ先輩やセーラがマヨネーズを直飲みしてたよな。
思い出す度に今も笑えてくるよ。楽しかった思い出だよな。
「じゃあ賄いのイカメンチ。ああツクネか。食べてくれよ」
ザクッ
ガブッ
「「旨ーーーい!」」
賄いのイカメンチ。2人は旨い旨いと大絶賛だったよ。
もちろんそのあとのみんなも大絶賛してくれたんだ。
「「「旨すぎるぞ‥‥」」」
「「「ああ‥‥」」」
ただ商人さんたちの静かな絶賛と期待に満ち満ちた熱い目線が怖かったけどね。
「「「司厨長今日もごちそうさま」」」
「お粗末さま」
食堂を出ていく人みんなが最後に掲示板を食い入るように見つめてから帰っていく。
「「「明日の朝のイカフライサンド‥‥楽しみだなぁ」」」
ーーーーーーーーーーーーー
「おい夜当番」
「ん?どうした?」
「司厨長から差し入れだ」
「差し入れ?」
「ああ。眠くてどうしようもなくなったらこれ噛んでたら目が覚めるってよ」
「?なんかわかんねえけどありがとな」
キーサッキーのエンペラ(ミミの部分)を細く切って風魔法で乾燥したスルメを作ったんだ。
スルメにする前にはたっぷりの唐辛子液に浸けてあるよ。
だから噛めば噛むほど旨いけど‥‥口がビリビリするくらい辛いんだ。
「「あ~~目が覚める~~」」
寝ずの夜当番にこのスルメは大好評だったらしいよ。
たくさん渡しといたから当分はいいと思う。
ーーーーーーーーーーーーー
「じゃあイカフライサンドの仕込みに入るね」
「「はい司厨長!」」
もう阿吽の呼吸で司厨長と助手の会話だよ。
「リリアーナ昨日と一緒だ。タマネギーのスライスをどんどん作ってくれ」
「わかったわ」
タマネギーを薄くスライス。そのまま空気に晒して時間をおけば苦みも抜けて水に晒す必要もないんだ。
本当はサニーレタスくらいほしいけどないものねだりを言っても仕方ないしね。
「ベックはパンをカットしてからこの霧吹きで全体に吹きかけといてくれ。カットしたときにこぼれ落ちたパン屑も使うからな」
「いいけど?」
「ああ。こうすると堅いパンもやわらかくなるんだよ。パン屑も料理で使うよ」
「へぇー」
堅いバゲットも半分にカット。さらに真ん中に切れ込みを入れて早めにサンドの具材を作っておけば中から具材の水分が染み渡ってさらにやわらかくなるからね。
「できたぞアレク。次は?」
「ありがとう。次はこのカチカチのパンを2、3本粉にしたいんだ。ちょうどベックが切ってくれたあとにあるパン屑くらいにね」
「よしわかった」
ベックには俺が金魔法で発現したミートチョッパーをパン粉用にしてもらったよ。
ガリガリガリガリガリッ‥
「すげぇな。カチカチのパンが粉になるんだな」
カチカチのバゲットがどんどんパン粉になっていくよ。
「(なあリリアーナ。アレクの奴水魔法だろ、火魔法だろ、土魔法だろ、金魔法‥‥そんな奴の話って聞いたことあるか?)」
「(気にしちゃダメよベック。アレクはゴブリンの字を書く変な奴なんだよ)」
「(そ、そうだな‥‥)」
「「ワハハハ(フフフフ)」」
そんな2人の話に聞き耳を立てていたシルフィが独言た。
「シシシッ。ようやくここまできたわ。あと少しよ。」
キーサッキーは昨日のうちに下拵えをしておいたからあとは早いよ。粉をつけてから水溶き小麦粉を潜らせてからパン粉を纏わせてから揚げるだけ。
キーサッキーの油で揚げるから相性は当たり前に良いよね。
ソースは卵から作ったタルタルソース。これはもうフライ系には最強でしょ!
「じゃあ賄いで俺たちも食べようか。揚げたてを食べられるのは俺たちだけの特権だからね」
「「やったー!」」
もうキーサッキーをキショい魔獣とは一切思わない2人がいたんだ。おそらくこれから食べるみんなもそうだろうね。
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