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第2章 幼年編
432 冬休みの依頼〜終戦
しおりを挟む【 ベルーシュ一族side 】
それは海洋諸国会議にタイコとサイコの兄弟がデビューした7年ほど前に遡る。
小国家連合帯の海洋諸国では次代を担う若者のデビューの歳は早い。
10歳前後になればふつうに親世代に帯同、他一族の未成年者と交流を図ったり他一族の未成年者の力量を肌身で体感するのだ。
タイコとサイコのお目付役は彼が引退する前、口酸っぱくなるくらい2人の兄弟に説いたものだ。
曰く、「アイランド一族に喧嘩を売るな。アイランド一族を怒らすな」だった。
2人にとって。
たしかにデビュー当時からアイランド一族の同世代の者はとにかく怖かった。
特にあのキム・アイランドの冷徹な目に睨まれて何度股間を濡らしたことだろう。
そんな屈辱の歳月も今日ついに終わる。
「タイコいよいよだな」
「ああサイコ兄ちゃん。あのムカつくキムをついに思う存分痛ぶってやれるぞ」
「キャハハハ。とっ捕まえたキムの手脚をバラすだろ。それからデグーの姫を奴の目の前で俺が楽しむんだ。奴にはそれを見てもらうかなあ」
「さすがサイコ兄ちゃんだ。俺も姫と遊ばせてくれよ」
「おおよ。2人してぐちゃぐちゃにしてやるぞ。瀕死のキムの目の前でな」
「「ギャハハハハ」」
【 アイランド一族side 】
あっという間に勝敗はついたんだ。
河戦のあとには‥‥ベルーシュ一族の旗艦以外なにも浮いていなかった。
「シャーーッッ! シャーーッッ!」
「ピーちゃんお腹いっぱいだって」
大きなお腹をしたピーちゃんが満足そうにぷかぷか浮いていた。
「あはははは‥‥」
そして。しばらく見えなくなっていたキム先輩たちが船室から上がってきたんだ。
アリアナ姫が聞いた。
「キムいたの?」
「ああ。船倉の中に隠し扉があったからな。イシル、トマス」
「ほら出ろよ」
「テメーも出ろよ」
足蹴にされながら出てきたのは2人の若い男。
ベルーシュ一族の長男坊と次男坊だ
「ベルーシュ一族の長男サイコ・ベルーシュと次男タイコ・ベルーシュだ」
それは歳の頃は俺たちと変わらないんだけど見事なまでにふっくらした2人だった。
黒髪のモブ顔だけはたしかに海洋諸国の人間だけど。
「や、や、や、やめてくれよ。も、もうゆるしてくれよ」
「勘弁してくれよ」
あちゃー。股間がずぶ濡れだよコイツら。
「よく言うよ。俺たちアイランド一族を皆殺しにする気だったんだろ」
「「ううっ‥」」
「まあ予定狂ったわな。てめえらベルーシュ一族も助っ人に頼んだ悪党どもも皆んな死んじまうんだもんな」
「さて‥‥」
「「ヒッッ‥」」
ガタガタガタガタ‥
サイコとタイコのベルーシュ兄弟が怯えて互いを抱き合う。
「許してやるよ。
契約魔法に応じればな」
そうキム先輩が言ったんだ。
「け、契約魔法?!そんなもんするわけねぇだろ!」
「そうだそうだ!」
「そうか。じゃあ唯一生き残ったお前らもこの場でサヨナラだな」
ガタガタガタガタ‥
「お前ら話くらいは聞いたことあるだろ。海洋諸国若手No.1のキム兄貴は腹芸できないの」
ガタガタガタガタ‥
「だいたい会議の度にいっつもキム兄にビビりまくってたお前らだもんな」
ガタガタガタガタ‥
腰のクナイを抜いてキム先輩が1歩2歩とベルーシュ兄弟に近づいたんだ。
「残念だよ。全員死んだってお前の親父に伝えとくからな。
ああそれともどっちか1人だけでもいいぞ。契約すれば生かしてやるぞ」
「えっ!?」
「!」
「「俺だ、俺だ!」」
抱き合っていたのが嘘のように。途端に我先にとキム先輩の前にしゃしゃりでるベルーシュ兄弟。
「醜いわね……」
「うん」
「わ、わかった。契約する!」
「俺もする!」
「そうか。じゃあ2人とも生かしてやるよ。
この羊皮紙に名前を書いて血判を押せ」
争うように羊皮紙に描かれた契約魔法紙に署名をして指先から血をたらすベルーシュ兄弟。
「「書いたぞ」」
「兄貴に『ぞ』だと?!」
クナイを振りかざしてトマスが追い打ちをかける。
「「か、書きました」」
でもキム先輩っていつのまに契約魔法を使えるようになったんだ?
「マル爺」
「はいはい若。準備はできましたかの」
あーなるほど。マル爺が契約魔法を使えるんだ。
ささっとマル爺が畳1畳ほどの魔法陣を描いた羊皮紙を甲板に敷いたんだ。
「はいはい、お子たち2人はこの上に乗りなされ」
「「はい‥‥」」
ガタガタガタガタ‥
ガタガタと震えながら2人が魔法陣の上に乗ったんだ。
「ではわしのあとを続いて唱えなされよ。わかりましたかな?」
2人の横ではイシルとトマスがいつでも振り抜けるようにクナイを翳している。
コクコクコク‥
コクコクコク‥
「これより先」
「「こ、これより先」」
「我らベルーシュの兄弟は」
「「わ、我らベルーシュの兄弟は」」
「キム・アイランドの質問に」
「「キ、キム・アイランドの質問に」」
「嘘偽りなく‥」
「「嘘偽りなく‥」」
▼
パーンと魔法陣が光り輝いて浮かび上がった契約魔法紙が燃え尽きたんだ。
「お子たちお2人。よう聴きなされよ」
コクコク
コクコク
「今後お子たちはどこであれキム様の問いに答えなかったり嘘偽りを申したりすれば即座にその手が自らの身体を傷つけますからな。
最初の嘘で片方の目、2つ目の嘘でもう片方の目が無くなりますぞ」
マル爺が右手で右目を、左手で左目を抉るジェスチャーをしたんだ。
「そして3度めは舌を自分で噛んで終わりじゃからの。まあ最初で懲りなされよ」
べーっと舌を出したマル爺がそう教えたんだ。
コクコクコクコク
コクコクコクコク
「ああそれとな。万が一若が死んだら自動的にお子たちは自分の舌を噛むようになっておるからの」
「「えっ?!」」
「ほっほっほ。お子たちは長生きしたければ若を生かすように努力しなされよ」
なんだよその契約魔法!リズ先輩のよりめちゃくちゃ怖いわ!
(あとでマル爺に聞いたら最後のは嘘だって)
事実タイコとサイコの兄弟はこの後しばらくしてアイランド一族の帳面管理をしていくことになるんだ。
武力はからっきしないけど帳面には強かったらしいよ。
2人をこっちの船に移してから火をつけるマル爺。
これでベルーシュ一族がいた形跡はすべてなくなっただろうな。
▼
船内に戻った俺たち。明日の朝には王都の港に着くそうだって。
「アレク、姫ちょっと来てくれ」
キム先輩が俺と姫の2人を船長室に呼んだんだ。
「さてアレク。今回はすっかり世話になったな。お前にはまた助けられたよ」
「何言ってるんですかキム先輩。俺がこれまで世話になったことを思えばぜんぜん大したことありませんよ。だいたい‥‥兄弟じゃないですか!」
「フッ。そうだな。
お前とは明日王都の港でお別れになるからな」
「はい。楽しかったです。キム先輩にはまたいろいろ教えてもらいました」
「まだ勉強するんだけどな。今夜は忙しいぞ」
勉強?今夜?なにするんだ?
「アレク、アリアナにはこれからお前のことを話す前に契約魔法を交わさないとな。アリアナ、マル爺を呼んでくれ」
やっぱりキム先輩はここまで考えててくれたんだな。
▼
こうしてアリアナ姫は俺のことを口外しない契約魔法を結んだんだ。
アリアナ姫からは予想どおりの話と驚くべき話が聞けたんだ。
「まず最初に謝らせて。
ヴィンサンダー領、家宰のアダムにノクリマ草の毒薬を売ったのはデグー一族で間違いないわ」
「もう10年ほど前のこと。
アネッポの港経由でヴィンサンダー領に入った私たちは毒薬を家宰に渡したの。私もヴィンサンダー領にまでついて行ったから覚えてるのよね。相手は家宰のアダムで間違いないわ」
「アダム‥‥彼は暗黒大陸の出身だって言ってたわ。詳しくことは覚えてないんけどね」
「ただね狐ちゃん‥‥ここからは注意して聞いてほしいんだけどノクマリ草から生成したデグー一族秘伝の毒薬‥‥この販売ルートは1つだけなのよ」
「1つの国に対して売るルート、顧客は1つに絞ってるのよ。でないと後々何かと問題になるからね」
「王国‥‥サンダー王国には王宮が絡んでるわ」
「ええ王宮よ。王国での販売ルートは王宮からなの。
当時から現在まで。その相手は王弟ドクトル・サンダースね」
「もちろん私も会ったことも話したこともないわ。すべて仲介の草経由だけね」
どういう意味なんだ?
ノクマリ草の製造元は姫のデグー一族。これはわかる。
そして王国でのノクマリ草の販売元は王国だけってこと?
「つまりね王国でデグーの毒薬を販売するには必ず王家の許可と紹介が必要なのよ。
だからヴィンサンダー領のことに関しても王家の誰かは知ってるはずなの」
話をしてくれたアリアナ姫はもちろん、キム先輩も俺もこの先話すことが躊躇われたんだ。
「‥‥厳しいかもな」
「ええ。ちょっと難しいわよね」
「はい‥‥」
「アレク。俺はまだつつくには早いと思うがな」
「はいそうですよね。まだ今の俺には藪蛇を突くだけの力がぜんぜん足りないかな‥‥」
現ヴィンサンダーの3人だけじゃなくって。何か見えない権力者が立ち塞がってるって確信したんだ。そして俺はそんな力に立ち向かうにはまだまだ力がまるで足りていない……。
長い沈黙のあと。アリアナ姫が聞いたんだ。
「狐ちゃん。あとね私から聴きたいんだけどゴームの木のこと。本当なの?」
「はい。本当です」
キム先輩がそのあとを遮るように言った。
「2人とも。それに関しては明日な」
「「明日?」」
「ああ。アレクが世話になってる人と話をしてからだ」
「「?」」
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