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第2章 幼年編
378 指名依頼
しおりを挟むシルカさんの要請に応える形で久しぶりにサウザニアの冒険者ギルドに来た。
何かことがあったときにはシルカさんがギルドとの「繋ぎ」になってくれるって話だったけど。なんだろう?
モンデール神父様に言われて冒険者ギルドに登録したのは6歳のときだったな。最初の仕事は指名依頼。といってもそれは郵便屋さん。手紙のお使いだね、うん……。
月日が経つのはめっちゃ早いわ。受付のマリナさんも当時はギリ三十路目前だったよなたしか。
金髪ストレートのロングヘアが似合う、相変わらず綺麗な人なんだけどな。うん残念賞。
15で成人を迎えるこの世界では30を超えての独身はなにかと生き辛いんだろうな。
冒険者ギルドに登録したときの俺は当たり前だけど最下級の青銅級(5級)だった。最弱のホーンラビットでさえ危険だからって狩れせてもらえなかったんだよね。仕事は薬草採りか郵便屋さんのお使いくらい。まあ最初の仕事が指名依頼なんてそんな冒険者はそうそう居ないよ。郵便屋さんのお使いだけど……。
そんな俺もいつのまにか鉄級(3級又はC級)になっていた。首から下げる認識票も木札から鉄板に変わってるし。鉄級ランクからはいろいろな仕事が受けられるんだよね。VIPの護衛任務や緊急クエストなんてのもできる。護衛任務かあ。かっけえーよなあ。鉄級からはそんなのにも参加できるんだけど。まあそんな仕事は俺には来ないだろうな。チクショー!
「ちーす」
「! アレク君‥」
受付にはいつもと同じようにマリナさんがいた。一瞬驚いた顔をしたマリナさんはキッとしたお怒りモードになった。久しぶりなのになんでだよ?
「あなた解体が下手過ぎるのよ!」
いきなりの大声の叱責だ。
「へっ?」
「そんなんじゃ話にならないわ!解体主任のところへ謝りに行くわよ!さっ早く!」
「ええっ?」
なんだ?俺なんかやったのか?肩を怒らせたマリナさんに引き連れられて裏の解体場に行ったんだ。そこには久しぶりに会うグレン(グレンフラー)さんがいた。
こくん
こくん
マリナさんとグレンさんが目配せをした。
「解体主任すいませーん。例の子どもを連れてきましたー。解体指導をしていただけますかー?」
ん?何やら小芝居が始まったぞ?これは俺も参加しなきゃいけないやつだよね?
「解体主任すいませーん。俺の解体が下手なばっかりに迷惑かけましたー」
「ああ。お前が悪いぞー。じゃあーとりあえずこっちに来てもらうかー」
「さあ行くわよぉー」
小芝居を繰り広げながら解体場の奥の小部屋に通されたんだ。
「久しぶりねアレク君」
「アレク元気そうだな」
「グレンさんもマリナさんも元気そうでなによりです」
「学園ダンジョンの活躍は聞いたわよ」
「あはは」
「急ぎですまんなアレク。さっそく要件に入るぞ。もうお前も気づいてるだろうが冒険者ギルドも今ちょっときな臭い流れになっていてな。ギルド内じゃここくらいしか話も満足にできねぇんだ。まあ俺よりも話がわかりやすいだろうからな。マリナ」
「はい。じゃあ早速話をするわね」
「う、うん‥」
「鉄級のアレク君にヴィヨルドの冒険者ギルドからの指名依頼よ」
「えっ指名依頼?俺に?しかもヴィヨルドから?」
「ああ。ロジャーのおっさんから聞いたがお前はガキのくせに早くも鉄級になったらしいな」
「フフフ聞いたわよ。いきなり学園ダンジョンで歴代2位の記録をたたき出したんだってね」
「あはは‥」
「鉄級も早々とな。しかも鉄級らしからぬ圧倒的な力らしいな」
「アレク君、ヴィンサンダー領の鉄級冒険者くらいじゃ歯が立たないらしいわね」
「いえ、その‥‥あはは」
「ロジャーからは安い銭でもお前は断らないって聞いたからなガハハ」
(なんでそんなことになってんだよ!俺だって春休みだから断るぞ!しかも‥‥たぶんタイラーのおっさんかロジャーのおっさんが笑い話として話したのか?てことはまさか‥‥ライラ先輩のブラを剥いだ話まで知られたのか!?)
「う、うん。でも違うよ!俺変態じゃないからね!」
「変態?どこからそんな話になるの?」
「あ、いやなんでもないデス‥‥」
「それで俺は何やったらいいの?」
「なに大したこっちゃない。商人の護衛依頼だ」
「護衛依頼!」
ガタンッ!
思わず俺は立ち上がって叫んだんだ。
キターー!
ついに来たよ!冒険者ギルドのあるある依頼のテンプレ「商人護衛の件」だよ!
やったやった!
ついにきた!
ありそうでなかった冒険者ギルドのテンプレ案件だよ!
今度こそ馬車に隠れて乗っている第2か第3皇女様とラブロマンスだよ!
「やるやる!ぜったいやる!タダでもやる!」
「お前‥‥相変わらず訳のわからんところで盛り上がんだな‥‥」
「フフフ」
「で誰のどこまでの護衛?俺春休み中だから10日くらいしか時間がとれないけど」
「フフフ。もちろんそれを知った上でロジャー顧問からの指名依頼なのよ」
「あーなるほど」
「でもさグレンさん。魔獣は問題ないけど俺、人は経験が少ないんだ。だから木刀じゃなくってこいつなら手加減できないかもしんないよ?」
俺は背の刀を指差して応えたんだ。
クックククッ‥
クックククッ‥
グレンさんとマリナさんが顔を見合わせて笑い始めた。外に声が漏れないように必死で口を抑えてるよ。
「大丈夫よ。襲ってくるのは夜盗だから斬り捨てても問題ないわ」
「アレクお前ダンジョンでサスカッチやバブルスライム、金のゴーレムと闘ったらしいな」
「うん。けっこう‥‥死にかけるくらい苦戦したけどね」
「えっ!」
息を飲むマリナさん。
「なっマリナ。だから今回の依頼に心配はいらねぇって」
「アレク君、それで魔獣の魔石は取ってきたんでしょうね?」
「へっ?無いよ?」
「「‥‥」」
「クックック。なっマリナ。だからこいつは昔から変わらない阿呆なんだって」
ぐりぐり ぐりぐり ‥
「痛い痛い!頭ぐりぐり しないで!」
「ロジャー顧問の言ってた『鉄級らしからぬ』って意味がわかったわ」
なぜか2人から生暖かい目で見られていた。昔から大人が俺を見る目だよ……。
ヴィヨルドからの要請。まあロジャーのおっさんは俺が春休みでヴィンサンダーに帰省してるの知ってるからな。
「この休養日明けからなんだけど3日か4日、時間は取れる?
アレク君への指名依頼はそれなのよ」
「なんでロジャーのおっさんからなの?」
「おっさんってねーアレク君。ロジャー顧問は『救国の英雄』なのよ!」
「だっておっさんはおっさんじゃん」
「ワハハハ。たしかにアレクにとってはそうなるわな。で今回の護衛はなアレク、お前が参加することはこのギルド内では俺とマリナしか知らないんだ。商人からヴィンサンダー領の冒険者ギルドへの護衛依頼は鉄級冒険者を3人だけだ。ちなみに3人は一応知られだした若手鉄級冒険者の『鉤爪』だな」
「『鉤爪』って?!」
「ああ。お前がヴィヨルドに行く前にコテンパンにのした3人組だ」
「あーあの3人組!」
「なぜか俺たちはアレク君の兄貴分だってふだんから言ってるけどねフフフ」
商人の護衛依頼。
同行するのは懐かしい鉤爪の3人だ。昔一悶着あってからいつの間にか「俺たちゃアレクの兄貴分」って言ってたもんな。最後のほうはよく一緒に修練したし。まあ俺もあの3人は嫌いじゃないけどね。
「今回の商人からの護衛依頼には2つの隠し玉があんだよ。1つは依頼主自らが雇った一騎当千の強い護衛、そしてもう1つがお前なんだよ」
「えっ?!なにそれ!なんかカッコよくない俺?」
「カッコいいかだと?あーやっぱりお前は頭がゴブリンの阿呆だわ」
「ホント!いつからそんなふうに誰彼ともなく噛みつくような戦闘狂になったのよ!」
「え~俺戦闘狂じゃないし誰にも噛みつかないよ!」
「ウソおっしゃい!ヴィヨルドで獣人の女の子のブラを無理やり剥いだんですって?」
「おお『ヴィンサンダーの狂犬』だろ?」
「あーーーやめてえええぇぇぇーーー!」
ガハハハハハ
フフフフフフ
「まあ冗談抜きでだ。いいかアレク、この護衛依頼はロジャーから出てるってことを考えろ。つまりはヴィンサンダー領サウザニアの冒険者ギルドでは長いこと姿を見せていない隠し玉がお前なんだよ」
「じゃあそれってサウザニアの冒険者ギルドの中には‥」
「ああ。残念ながら身内に内通者がいる」
「マジ?」
「ええ‥」
たしかにな。ヴィンランドの冒険者ギルドではみんなと仲がいいけど、サウザニアギルドではマリナさんや他の受付嬢、解体場のグレンさんとその部下の人たち以外、ギルド長の名前も知らないし付き合いもないもんな。なんかおかしいなってずっと思ってたんだよな。そういや商業ギルドもだ。ピーナさんたち受付嬢以外誰も知らないや。
「ロジャー顧問からも戦力に不足なしって推されてるんだからねアレク君」
「なんかわかんないけど‥‥指名依頼の期待には応えるからね」
「よし。よく言ったアレク」
「それでだ。今回はこの仮面をずっと付けていろ。お前という存在は依頼主以外には知られてはならねぇからな。鉤爪にもだぞ」
「うんわかった」
グレンさんから手渡されたのは狐獣人のお面だった。仮面といえばおかめかひょっとこが定番じゃない?ひょっとこのお面で刀鍛冶なんてまんまアレじゃない?鬼退治!
でも狐かあ。なんかイマイチだな。
▼
家族とシャーリー、ミリアにはギルドの仕事で1週間ほど留守にすると伝えたよ。もちろん詳しくは言ってないよ。単にギルドとしかね。商業ギルドだって勘違いしてほしいな。やっぱり母さんを心配させたくないからね。
ーーーーーーーーーーー
休み明けの早朝。
領都サウザニアの西門で。集合時間少し前。狐のお面を被った俺は待ち合わせ場所に着いた。
うーんなんかカッコ悪いよな。
「アレク、早く私のも作ってよね!」
「わかったよシルフィ」
でもなぜかシルフィはこの狐のお面を気に入ったんだ。しかも自分の分も作れ作れとうるさかった。
待ち合わせ場所。
そこには2頭立ての馬車が2台いた。周りには護衛の馬もいる。デケェ馬だな。これなら1日に4、50
㎞か5、60㎞は余裕で走るだろうな。
「来たか新人」
あっ、久しぶりの「鉤爪」の兄ちゃんたちだ。
「なんか変なお面を被りやがって。しかも背中に刀を背負いやがって生意気な奴だな」
「弟分のアレクみたいだな」
「「ああ」」
「自己紹介しとくか。まあ3日くらいのことだがな。仲良くいこうぜ。俺たちはサウザニアで今話題のルーキー『鉤爪』だ。俺がリーダーのジェイブだ」
「フランクリンだ」
「ゲイルだ」
しまった。名前を決めてなかったよな。うーん‥‥ふと頭に浮かんだのは寮の同室ハイルだ。なぜか鬼のようにいびきがうるさいハイルが浮かんだんだ。
「ハイル。ヴィヨルドから来た。よろしく」
「ハイルだな。よし。今回の依頼は護衛だ。俺たち3人が外を見張るからハイル、お前は馬車の中で依頼主の横に付いていろ」
「わかりまし‥‥わかった。ところで依頼主は?」
「ああ依頼主はもう馬車の中で待機してるぞ。そういや依頼主も仮面を被ってたな。依頼主は女と執事の爺さんだ」
「わかった」
「お前も馬車に乗ってろ。なんかあっても俺たち3人に任せろ。依頼主もお前も守ってやるからな」
鉤爪の3人も騎乗する。目的地までの休憩も野営もすべて「鉤爪」の3人に任されているそうだ。
鉤爪の3人。なんか真面目になったよな。
「ハイル。お前も依頼主のそばに行け。出発するぞ」
「ああわかった」
「失礼します」
馬車の中は猫獣人の仮面をつけた女性と犬獣人の仮面をつけた執事風の男が座っていた。
猫仮面の女性は‥スタイル抜群だよな。へへっ。
犬仮面の男性は‥あーこの人恐ろしく強いわ。漏れでる魔力からわかるよ。うん、めちゃくちゃ強いな。しかも……。
猫仮面の女性が仮面を外しながら話した。
「仮面を取っていいわよアレク君。久しぶりね」
「えっ?!あっ!サンデーさん!」
それはサンデー商会のサンデーさんだった。
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