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第2章 幼年編
351 学園長の想い
しおりを挟む帰省する前。
何度かサミュエル学園長のところへ遊びに行ったんだ。
なんでかって?
やっぱり親近感が半端ないんだよね。なんて言うか仲のいい親戚の叔父ちゃんみたいな感じ?モロに身内って感じがするんだよ。それはたぶん学園長も同じだと思う。
今日もなんちゃって日本茶をいただきながらいろいろと話をした。日本茶は学園長自らそれらしき茶葉を育てて作ってるそうだ。うん、美味いなあこのお茶。
「学園長はどうして進んでる日本の文化や文明を伝えなかったんですか?」
「うーん、それはね‥」
俺はこっちの異世界に俺たちがいた日本の文化や文明をけっこう積極的に広げている。
それに対してサミュエル学園長は転生前の文化や文明を移すのに慎重(懐疑的)だって言ったんだ。
「誤解してほしくないんだけどね、アレク君がやってることを否定はしてないんだよ。ただね、僕がいた昭和の日本は行き過ぎた文化文明を追うあまりに人心は荒廃して公害も頻発してたと思うんだよ」
「水俣病とか四日市ぜんそく、多摩川から魚がいなくなったとかですよね」
「そう。多摩川はもちろんだけど横浜の海なんかもヘドロ臭くてね」
「今の東京湾は結構きれいになって江戸前の魚もまた獲れてるんですよ」
「そうかい。自然が戻ってきたのかい。それはいいことだよね」
「でも世界的には環境破壊が続いてるんですよね」
「元々ある自然は‥魔物といえど狩り尽くさずに残したいものだね」
「魔物もですか?」
「そうだよ。魔物であっても生存してきた理由があるはずだからね」
「あはは。そういう考え方もあるんですね」
「突拍子のない話かもしれないけど存在してる限りはその理由があるはずなんだよね。それはアレク君や私もそうであるように」
「存在の理由ですか……。そうそう学園長、今の多摩川はすごいんですよ」
「ん?」
「基準値ではきれいになったんですけど飼えなくなった熱帯魚を捨てたりして本来居ない魚が繁殖しちゃったんです。だから一部ではアマゾン川みたくタマゾン川って言われてるんですよ」
「ははは。それはまたナイスなネーミングだけど複雑だね」
「私がいたころの横浜の海はとにかくヘドロ臭かったからね。今は改善されたのかな」
「少なくとも臭くはないですよ」
「それはよかった。まあ話は戻るけどね、私は積極的に(日本の文化文明を)広めなかったからね」
「行き過ぎた文化文明ですか‥」
「私はねアレク君、自分を代表的な無神教の日本人だと思っていたんだよ。それでもそんな私が女神様のご加護をいただき、この世界に転生した。
私がこっちに来た意味‥その意味を考えるとね、戦後の昭和日本が招いた誤った進歩の先‥行き過ぎた文化文明の誤りを再びさせないことに尽力すべきじゃないかって思っているんだ」
「はい‥」
「もちろん親友のデュークを最も近い位置で待つって目的が1番なんだけどね。
それでもこのヴィヨルド領の若者に、ひいては王国中の若者に正しい行いができる大人になってほしいんだよ」
「はい」
学園長の理念に俺はすごく共感した。誰もが共生できる社会。俺もそんな社会を作る一助になれたらって思ったんだ。
▼
「そうそう、時計塔はすごくいいね。まるでロンドンだよ。ははは」
「ですよね学園長」
「何が良いってねアレク君。あの時計塔のおかげで学園生はもちろんヴィヨルドの領民もますます時間を気にしてくれる。人は時間に正確であるべきだと私は思うんだよね」
「俺、学園長が時計と鐘を領内の各教会に設置することに尽力したって聞きましたよ」
「ああ、毎時間ちゃんと鐘が鳴ってるよね。あれは何度も何度も先代ご領主様にかけあってようやく実現したんだよ」
「学園長がやったんですよね」
「微力ながらね」
「ははは。すごいです!」
「領内の教会に時計1個買ってもらうのでさえ苦労したんだよ。時計は貴族ご用達の高価な物だからね」
「あはは‥」
「やっと付けてはもらったんだけど、音が小さいんだよね。教会周辺しか聞こえないのには不満だらけだけどね」
「それでも俺のヴィンサンダー領の人たちより断然ヴィヨルド領の人たちのほうが時間に正確です」
「ははは。モンデールも苦労してるだろうね。なにせ待合せの誤差の許容範囲が1時間以上だからね」
「元の俺たちじゃ考えられませんよね」
「ははは。毎回1時間遅刻してたら社会人なら失格だよ」
「だからねアレク君、今回のドロップ品の時計は私もすごく嬉しいんだよ」
「はい俺もです」
「あの澄んだ音なら領都中に響き渡るからね」
「実はあの時計で学園長にお願いがあるんですけど」
「なんだい?」
「あの時計をダンジョンから出すときに一旦バラしましたよね」
「ああ。アレク君が言ってたよね。壊れたときも修理交換ができるって」
「はい。部品もすべて揃ってます。時間さえあればもう1個2個はすぐに作れます」
「ははは。それはすごいね。アレク君はなんでもできるなあ」
「あはは‥」
「で、相談っていうのは?」
「はい、時計の構造もそのままでもう少しサイズを小さく変えて領内の各町にも設置できるようにしたらどうでしょう」
「ほお」
「振り子時計とゼンマイ時計になりますけど鍛冶屋街の人たちの協力を仰げば新たに時計産業として成立できますよね」
「ああ。それは長野県の諏訪岡谷あたりだね。メイドインジャパンのSEIK◯時計もね」
「はい。鍛冶屋街の技術の向上にもなりますし、懐中時計ぐらいまでなら中原中にも今より廉価で売れると思うんです」
「なるほど!ああそれは素晴らしいな」
「であとお願いなんですが‥‥」
俺はレプリカ用に作った時計の部品をもらっていいかとお願いしたんだ。帰省したときにヴィンサンダー領にも設置したいって。
「ああもちろんいいよ。商売するわけじゃないし、誰にも迷惑をかけないんだからね。ああ、独占禁止法に触れる悪徳業者は嫌がるだろうけどね」
「ははは。取り締まる役人がいないですけど」
こうして俺はサミュエル学園長の厚意で時計のレプリカをもらう許可を得た。ヴィンサンダー領の学校やうちの村の教会にもこの時計を置きたいな。時計全般のことは春休み中に商業ギルドとご領主様に話をしといてくれるって。
「そうだ。アレク君帰ったらモンデール学校長に手紙を渡してくれないかな」
「はい。必ず手渡しします」
「じゃあ頼んだよ」
「はい」
「じゃあ気をつけていってくるんだよ」
「はい」
そんな話をしてお別れしたんだけどね。卒業式の前日に先輩たちと食事会をしたよね。余り物で失礼なんだけど、そのときに握ったおにぎりと炒飯を学園長に差し入れとして持っていったんだ。
そしたらね、学園長はこっちの世界にきてからこれまでで1番うまいって大喜びだったよ。塩むすびを日本茶を注いでお茶漬けだって喜んでた。
学園長は学園内にも米を植えるための水田用の敷地を手配してくれるって。
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