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第2章 幼年編
341 懐かしい背中
しおりを挟む「急げ急げ!保健室へ運べ!」
「回復士たちも連絡しろ!」
「すぐに学園長にも連絡を!」
転移の魔法陣に乗って俺たちが帰還したとき、地上では蜂の巣を突いたような大騒ぎになったという。そりゃそうだよな。例年なら仲間の数人が誰か仲間の肩を借りながらでもみんなが自力で外の世界に下山するんだ。
でも‥‥俺たちはみんなぼろぼろになって帰還したんだもん。
警備員としてダンジョン入口に常駐している領都騎士団員が、担架に乗って運ばれていく学生たちの姿を見送りながら話す。
「先輩、俺ここの守衛の任務はまだ2ヶ月なんっすよ。2の月に生徒が戻ってくるなんて珍しいんじゃないっすか」
「ああ、珍しいな。俺は7年この任務についてるが、12の月までに学生さんが戻ってくるのが大半だったんだがな」
「やっぱり!休息日の日帰り探索以外では初じゃないですか!」
「かもしれないな。それにしてもこの子たちは大したもんだよ」
「ええ、ヴィヨルドの誇りですね」
「そうだな」
「俺‥‥一応ここの卒業生なんっすよ」
「フッ。俺もそうだよ!」
「先輩もですか。俺は1組のこの子たちどころか学年300人の下から数えたほうが早かったんすよ。だからこの後輩たちを無条件で誇りに思いますよ」
「俺も変わんねぇよ……。よくこんな永く頑張ってくれたよな。さっ、鰐獣人の子が曳いてきたこの不思議な車も学園に運んどこうか」
「はい先輩。でもこの車なんっすかね?たくさん荷物が載せられそうだよなあ」
「ああ、なんだろうな」
秋に潜ったダンジョン。3ヶ月の予定は5ヶ月にも及んだ。
幸い10人の中に四肢欠損など心身に治らない異常を来たした者はいなかった。
それでも最後の最後に重傷者多数、重体多数となったのが今年度の学園ダンジョン探索だった。リズ先輩とセーラのおかげでなんとか生命に関わるようなこともなくきかんできたけど‥‥みんな疲労困憊のうちの帰還だった。
どんな様子だったかって?
あははは……。実は俺ね、帰還の魔法陣に乗ってからの記憶がほぼないんだよね。
帰還後、自分の足で立って下山したのはキム先輩、ゲージ先輩、セーラだけだったらしいよ。
残りの俺たちはそのまま学園の保健室に運ばれたそうなんだ。
「セーラ、みんなこんな状態だからな。今日はこのまま帰っていいぞ。3日後の昼に10傑専用ルームに集合だ。それまではゆっくりしとけ。あとアレクにも伝えておけ」
「はいキム先輩」
▼
夕方、保健室には男子寮から迎えがきてくれたそうなんだ。
ふんふんふーん♪
温かい背中におぶさる夢を見た。鼻歌が聞こえる。ああ‥‥なんかいい匂いだな。マリー先輩かな?花の匂いだよな。でも‥なんか筋肉質だよな。
「アレク君目が覚めた?お兄ちゃんアレク君が!」
「目が覚めたのね!お帰りアレク君」
それはレベッカ男子寮長とナタリー女子寮長の2人兄妹だった。
「ただいま寮長‥‥」
「あら?また眠っちゃったのね」
「ふふ。よっぽど疲れてたのね‥‥」
「そうね」
「じゃあ今のうちにちゅーしちゃおうかしら」
「やめてよお兄ちゃん。アレク君夢の中でもうなされるわ」
「まっ、あんた失礼しちゃうわ!でもこの感じだと2、3日は起きないでしょうね」
「そうね」
「でもしばらく見ないうちにすっかり男になったわねアレク君。お姉さん本当にちゅーしたいわっ!」
「だからーやめろってお兄ちゃん!」
安心した俺はまた眠ったようなんだ。何にも記憶にないんだけどね。そのまま丸2日間寮の部屋で寝ていたよ。
ガーガーガーガー
目が覚めて見た天井は懐かしい男子寮の部屋の天井だった。
ガーガーガーガー
ハイルのいびきでさえ懐かしいよ。煩いけど……。
部屋の机には手紙が幾つも置いてあった。暗いから明日読もう。
さすがに喉も乾いたし、腹も減った。何かないかと夜半の食堂にまで降りていったんだ。そしたら、レベッカ男子寮寮長とナタリー女子寮寮長の兄妹がいたんだ。
「「お帰りアレク君」」
「ただいま」
「ほら、早く座んなさい。お腹空いたでしょ」
「うん」
あーたぶん2人は俺が起きてくるのを待っててくれたんだよな。
2人が座る椅子の間に座って温かいお茶を飲んだ。
「ゆっくり飲みなさい」
「うん、ありがとう」
「いただきます」
「はい、召しあがれ」
レベッカ寮長が作ってくれた野菜たっぷりのスープ。じんわりと心に染みる優しい味わいが美味しいスープだった。
「おいしいな‥‥」
「そりゃそうよ。私の愛情たっぷりのスープだからね」
「うん、そうだね‥」
「「アレク君‥‥」」
2人の眼差しが温かいな。あー俺、帰ってきたんだ……。
「あのね、ダンジョンではね‥‥」
俺は最初からの流れを思い出しながらゆっくりと話した。2人ともときには笑いながら、ときには目に涙をためながら、ずーっと聴いてくれたんた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
翌昼、迎えにきたセーラと一緒に上級生棟にある10傑専用室に行った。
「お待たせしました」
「ちーす‥‥」
「おぉー3バカの弟、生きてたかぁ」
「ギャハハ」
「「アレク」」
「「アレク君」」
「よおー」
「ん」
なぜかわかんないんだけどね、なんかすっごく気恥ずかしかったんだ、俺。
出発する前と同じテーブルにつく。
「あらためてみんなおつかれさま」
「みんな疲れはとれたようだな」
出発前と同じ、総隊長のマリー先輩、副隊長のタイガー先輩が進行していく。
「あっという間に2の月になったのよね」
「そうだな」
「最後は大変だったけど、いい意味で予定を超えて長く登っていたからね」
「本当にそうだな」
註)ヴィヨルド学園では学園ダンジョン探索をすることを伝統的に「山に登る」と表現する
「でね、シャンク君、アレク君、セーラさんの3人に提案があります」
「今、俺たち6年で話してたんだがな。ビリー」
そう言ったタイガー先輩がビリー先輩に話をふったんだ。
「ちょうど2の月に入ったばかりでしょ。僕たちの卒業式は3の月の頭だからね。残り少ない日々はこのままのんびりしようということにしたんだよ。3人はどうかなっていうのが、提案っていうか相談なんだ」
「えっ!?まだ休んでもいいんですか?やったー!でもそんな特権があるんですか!」
「ばーかアレク。そんな特権あるわけねぇだろ」
「じゃあなんで?」
「それはだなぁ。天才ビリーが考えた素晴らしい計略よ」
「計略?」
「あのねアレク君、例年学園ダンジョンから帰還したら、1週間程度の休息は認められるわ。その後に先生たちの査問会と次年度へ記録を残す日々があるんだけどね」
「で、これが10日続いてもそれからは授業に戻るだろ」
「でも俺たちは卒業式まであと1か月ほどだからな」
「だからプラス20日間休みにする理由が必要でしょ」
「はい‥‥」
「そのための証拠をマリーとタイガーと3人で学園長に提出して許可をもらうんだよ」
「そんな裏技みたいなことって何ですか?」
「はーい。じゃあアレク君今から探索記録を何か書いてみて」
「あっ!私わかりました!」
「僕もわかった!」
「ん?俺わからない‥‥」
「まっ、あれだアレク、お前の書いた探索記録はこのままでは記録としての価値が皆無だろ」
「いやいや皆無ってオニール先輩‥」
「そこでな。ゆっくり人の3倍くらい時間をかけたらなんとか読める記録が書けるんじゃねぇか。だから俺たち6年が指導するってのがビリーの作戦なんだよ」
「アレク、オメーの字がゴブリン並だったのが逆にオイたちを救ってくれるんだぞギャハハ」
「ん。アレクの字はゴブリンより下手なの」
「違いねぇ」
ワハハハハ
ギャハハハ
フフフフフ
そんなことあるかって思ったんだよ。俺の字はたしかに下手かもしれないけどゴブリンと比べるのってどうよって。
結局、俺が書いた報告書を持って3人の先輩たちが学園長のところに行ったんだ。
「どうだった?」
「当然よ」
「「「やったー!」」」
俺が書いた文面を見た学園長は絶句してたという。そしてその場で残りの日々は「授業に出席せずとも認める」が認められた……。
結果としてこの20日間は俺たち後輩にすごく有意義な時間だった。
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