アレク・プランタン

かえるまる

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第2章 幼年編

339 ラプソディシャンク

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 ニヤッ

刺されたビリー先輩の後ろであいつが笑ったんだ。
えっ!?
死んでなかったのか?
いや俺は絶対に倒したぞ。ついさっき俺は間違いなくあいつを袈裟懸けにした。
じゃあなぜ生きてる?
生き返った?
アンデットじゃあるまいし、そんなことあるわけない。だいたいアンデットがあんなに躍動感溢れてるなんて有り得ない。
死んだあいつと生きてるあいつ……。
違うあいつ?!
まさか‥‥双子か!?

 「アレク、油断シタナ」
 「テメー!」
 「ヤットココマデ着イタノニ残念ダッタナ。オマエタチハココデ全滅ダ」

間違いない。あいつは双子だったんだ。

 「ギャッギャッギャッ。アレク、オマエガ絶望スル姿ヲミレテ楽シイカッタヨ。ギャッギャッギャッギャッ‥」

片脚がないままのゴブリンが両手をヒラヒラさせて愉快そうに言った。

 「ギャッギャッ ギャ‥」
 
 ザスッ!
 ダーンッッ‥

 顔に笑顔を浮かべたまま、真っ赤な瞳から光が消えた。
 そこにはゴブリンにクナイを刺したキム先輩。そして先輩が大きな声で言った。

 「アレク時間がない。どうするか決めろ!」

どうするったって‥‥。

ドドドドドドドドドドドドドドドドド‥

ギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッギャッーーッッ

後方から再び100体を超える多数のゴブリンが襲来してきた。休憩室まではあと10メルなのに。なんなんだよ、これは!

タイガー先輩もマリー先輩もオニール先輩もビリー先輩もみんな毒矢を受けて動けない。リズ先輩は死地をだっして目が覚めたばかりだ。
動けるのはキム先輩、シャンク先輩、未だ全快にはほど遠いゲージ先輩と俺、闘うスキルのないセーラだけだ。黙ってたけど正直、俺も魔力も体力も限界に近い。たかがゴブリンといえど、この数に今の俺たちでは抗えない……。

 「アレク、もう魔力も残り少なくなってきたでしょ!体力もダメダメよね?マジでやばいわ!どうするのよ!」

シンディも慌てている。ヤバいな。うん、俺もけっこう慌ててるよ。魔力欠乏も心配だけど何より体力がヤバい。手も脚も筋肉がブルブルしてるし。これじゃ剣を振りまくるなんてできない。ゴブリンソルジャーはやっぱりそれなりに強敵だった。

 「ど、ど、ど、どうしよう?」

するとシャンク先輩が言ったんだ。

 「アレク君、僕が蜂蜜を使うからね。あとは任せてよ」

シャンク先輩はどこか明るさを感じる言い方でそう言った。
あれ?たしか蜂蜜酔いってあれだよな。学園でトールが蜂蜜酔いだって判明したときのあれだ!そういやあのとき。トールの幼なじみでもあるハンスやシナモンがマジでガタガタ震えてたもんな。あんな2人は初めてみたよな。モーリスも言ってた。シャンク先輩がまだ小さなころ、捕まった大人の違法奴隷商をたった1人で壊滅したんだって……。蜂蜜酔い、すごいんだろうけど‥‥やっぱ実物を見たことがないからイマイチ現実味に欠けるんだよな。熊に蜂蜜っていったら、黄色い熊さんが蜂蜜壺を抱えてるイメージしかないから。

 「シャンク先輩大丈夫なんですか?なんか、その‥‥あんまり身体に良くないって俺、聞いたから‥‥」
 「うん。大丈夫だよ。だってね、蜂蜜酔いの間は何にも怖くないんだよ。しかも何にも痛くないんだよ」

いやいやそれはマズいだろ!それじゃあタイガー先輩やゲージ先輩たちが言うバーサーカー(狂戦士)だよ!

 「シャンク先輩無理しないでくださいね!」
 「うん」

俺はそんな月並みな言葉しか言えなかったんだ。シャンク先輩が明るくふるまってくれるのをいいことにして。

 「アレク君、キム先輩やみんなと一緒にセーラさんの障壁の中に入って。できたらアレク君の土魔法でみんなから見えなくしてほしいな。隠し事のない仲間だけどね、僕の蜂蜜酔いの姿は見てほしくないんだ」
 「アレク、早く!どうするか指示して!このままじやマジでだれかは死ぬわよ!」
 「わかりました‥‥シャンク先輩お願いできますか?」
 「アレク君、僕がみんなを守るからね」
 「はい‥‥シャンク先輩気をつけて!」

シャンク先輩が腰に下げた小袋のもの(たぶんこれが蜂蜜なんだと思う)を舐めたのを目にしたあと。俺はみんなからシャンク先輩が目に入らないように障壁の上から土塀で囲ったんだ。

 「土塀!」

ズズズズズーーーッッ!

何も見えなくなった。

 ドーンッ!
 ドーンッ!
 ドーンッ!
 ドーンッ!
 ドーンッ!

それは夏の花火の特大版、隅田川や新潟の花火大会の目玉3尺玉(1m)が破裂するときような音だ。
 ドーンッとした音は耳からというよりお腹から響いてくるようなそんな重低音だ……。
見えないけど、「見える」のは仲間1体の圧倒的な力の体現。それは短い時間で一気に燃え尽きるような、生命の煌めき。

 「ア、アレク‥あれは‥シャンクの蜂蜜か?」

横たわったタイガー先輩が俺に聞いた。

 「はい‥‥シャンク先輩です‥‥」
 「そうか‥‥」
 「タイガー先輩は熊獣人の蜂蜜酔いを知ってるんですね?」
 「ああ‥‥蜂蜜酔い中の熊獣人の強さをな。あれは‥蜂蜜酔いのときの熊獣人は‥すべての獣人の中で群を抜く‥とんでもない強さだ‥‥」
 「でもそれって‥‥」
 「ああ‥‥バーサーカー‥狂戦士だ。一歩間違えたら死ぬ‥‥」
 「シャンク先輩は‥‥」
 「生命を削って‥熊獣人族秘匿の技で俺たちを守って‥闘ってるんだ」
 「「「‥‥」」」

 ドーンッ!
 ドーンッ!


 ドーンッ!





 ドーンッ!

音はだんだん少なくなってきた。
それに応じて探知に見えるゴブリンの数も急速に減っていった。

 「アレク‥」
 「はい‥」

目を覚ましたリズ先輩が俺の目を見ながらはっきりと言ってくれた。

 「シャンクは私が絶対に助けるの」

リズ先輩に応じるようにセーラも言う。

 「私もがんばります!」

 「2人とも‥‥お願いします!」





やがて一切のゴブリンの気配は無くなった。

それなのに。

 ガンガンガンガンッッ‥‥
 ガンガンガンガンッッ‥‥
 ガンガンガンガンッッ‥‥

障壁が揺れているのは‥‥おそらくシャンク先輩だ。前後不覚の自傷行為だと思う……。




あたりには魔物の気配はすべてなくなっていた。

 ガンガンガンガンッッ‥‥


 ガンガン ガンガンッッ‥‥




 ガン ガンガン ガンッッ‥‥






 ガン  ガン  ガン  ガンッッ‥‥







 「アレク開けますよ」
 「ああ、俺も開ける」


――――――――――――――


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