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第2章 幼年編
327 心肺停止
しおりを挟む「ゲージ先輩!」
「リズ先輩!」
「どうしたんですか!早く、早く起きてください!」
目を背けたくなる惨劇。
リズ先輩は本陣からここまで這ってきたんだろう。それはリズ先輩が這いずった跡にくっきりと残る血の道すじ。這うような状況でさえも自身を顧みず、ただゲージ先輩を助けようと這いずった跡がこの血の道すじだ。
「うっ、ううっ‥」
俺は涙が出て止まらなかった。
ゲージ先輩はゲージ先輩で壮絶な姿となっていた。全身に矢を浴びてたんだ。しかも、傍にはあの太い尻尾が転がっていた。それは鋭利な刀でスパッと斬られたようだ。これはあいつがやったんだろう。
そんなゲージ先輩はリズ先輩の上から覆い被さっていた。リズ先輩を守る、ただその一念を体現した形で。
それなのに‥‥なぜ?
2人ともどうしてそんなに穏やかな笑顔なんだ。ゲージ先輩もリズ先輩も微笑んでいるように見える。仲睦まじくて、仲睦まじくて、仲睦まじくて‥‥ううっ。なんなんだよ!かくれんぼでもしてるんじゃないか?そんな2人の姿に俺は泣きながらただ心を打たれていた。この2人の尊さは一体なんなんだと。
「うっうっ‥‥」
「うっうっ‥‥」
「うっうっ‥‥」
「うっうっ‥‥」
「アレク!約束したよね?もう怒りに身を任せないって。闇落ちしないって!」
シルフィが俺の目をしっかり見つめながら言った。
「‥‥‥‥」
俺もシルフィから目を逸らさなかった。ただ言葉を発するまで時間がかかったのは許してほしい。
俺の‥‥俺の、もう決して諦めない気持ちに変わりはないんだ。怒りに身を任したりはしない。強い、絶対に折れない意志を持ってこの局面を乗り越えてやるんだ。
だから。
もう少しだけ考える時間がほしいんだ。
「‥‥ああ。もちろんだよシルフィ」
「シルフィ。俺今から集中しまくるからその間守っててくれる?」
「もちろんよ。任せといて」
「サンダーバレット!」
「サンダーバレット!」
「サンダーバレット!」
「サンダーバレット!」
グギャッ
ギャッッ
ガアアッ
ゴフッッ
ガルッッ
ギャッッ
グギャッ
ギャッッ
ガアアッ
ゴフッッ
ガルッッ
ギャッッ
機関銃のような雷の雨で面制圧。先ずは周囲の魔物を殲滅する。
よし。
俺はまだ諦めない。てかこんなくそみたいな運命に抗ってやる。こんなところでかくれんぼしてるゲージ先輩とリズ先輩。2人をそのまま隠れたまんま、逃がしてなんかやるもんか。2人を見つけて絶対にまた俺たちと一緒にいてもらうんだ。
ぐううっっっ
俺はゲージ先輩の背中に刺さる矢を1本引っこ抜く。
ペロッ
ペッッ!
やっぱり毒矢だ。寄ってたかってゴブリンアーチャーがゲージ先輩に浴びせた毒矢だ。しかも至近距離で。でなきゃゴブリンアーチャーの矢が皆中なんてあり得ない。
倒れ伏すゴブリンアーチャーの背には天狼の毛皮が覆われていた。
おおかた天狼にカモフラージュして一気に接近したんだろう。こんなことを画策するやつはやっぱりあいつしかいない。ゲージ先輩の尻尾も斬ったのもあいつだろう。どうせ混乱に紛れてゲージ先輩の尻尾を斬って、ビリー先輩に見つかって慌てて逃げたんだろう。
「‥‥見つけた」
探知にひっかかったのは200メル先のゴブリンソルジャー。
また自分だけ高みの見物かよ。
「サンダーボウ!」
ギユユユュュュューーーーーーンッッッ!
あいつに向けて1発撃っておく。
待ってろよ。後でこの報いは受けてもらうからな。
俺はゲージ先輩の手首を丹念に触って確かめる。
ドクンドクンドクン‥
やっぱり!
ヨシ。微かな胸の鼓動は聞こえるぞ。ゲージ先輩はまだコト切れていない。
ゲージ先輩とリズ先輩。お互いを守る姿勢とさらに双方の気持ちからわかったんだ。特に回復の魔力を有して、下にいるリズ先輩なら絶対にこうするだろって。リズ先輩なら絶対自分の生命と引き換えに最後に回復魔法を発現したんだろうって。
ズズズーーッッ
ゲージ先輩を囲う土のかまくらを発現する。当座は安全だろう。
あとはセーラに任そう。てか俺、解毒魔法も回復も魔法もできないし。これは絶対帰ったら回復魔法ができるように特訓だな。
帰ったらリズ先輩に教わろう。
【 シルフィside 】
うん。アレクの顔つきが元に戻ったわ。あれなら大丈夫ね。何をやるのかわかんないけど、絶対何かをやってくれるわ。アレクならもう大丈夫。あの子はいつだって現状をひっくり返してきた。今だって。奇跡だってきっと……。
【 ビリーside 】
タイガーは気力を奮い立たせ、ギリギリ踏みとどまって闘い続けている。オニールは‥‥既に心が折れている。わからなくもない。仲間内でも特に仲の良いゲージと、互いに恋心を抱くリズ。その2人の変わり果てた姿を前に。人一倍優しい心のオニールが堪えられるはずもない。
今のオニールはただ身体が修練で覚えたままの動きを駆使して天狼に対峙してるだけなんだ。
たださえ劣勢なのに。このままでは僅かに保たれている戦列も破綻してしまう。
僕の矢もこれだけ至近距離となると十全の力は発揮できない。
くそっ!
リズとゲージがあんなふうになったのは僕のせいもある。僕がもっと早く敵の意図に気付いていたら。
くそっ!
後悔しかない。
学園ダンジョン初のケース。このままではそれが現実となる。だけど‥‥きっと何かが起こる。アレク君が何かをしてくれるんだと思うんだ。
いち早く駆けつけてくれたアレク君。彼の姿を見たらホッとしたんだ。1年の後輩なのに。
それからなぜか目頭が熱くなったんだ。ちょっぴり恥ずかしいんだけどね。
「シルフィ下から風をお願い」
「わかったわ」
そーっとそーっとリズ先輩をゲージ先輩の下から出す。リズ先輩にはまだほんのりと温かさが残っている気がした。
ズズズーーッッ
リズ先輩を囲うかまくらも発現した。手術台よろしく、土の台も発現してその上にリズ先輩をのせた。
「リズ先輩手触りますよ」
脈をとる。そして念のため、呼吸もみる。
ダメ。間違いない。
「アレク、残念だけど魔法使いの子‥‥」
シルフィが心の底から気の毒そうに、言い難いことを口にした。
「わかってるよシルフィ‥‥でもね」
最悪のことが起こってからまだ10分も経っていない。でもセーラが来てからでは間に合わない。
これしかない。
そして俺は賭けにでることにした。賭けに勝ったら。この会話は繋がるはずだ。
「あおちゃん聞こえる?あおちゃん聞こえる?」
俺は脳内で大声を上げてあおちゃんを呼んだんだ。
「あおちゃん聞こえる?」
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