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第2章 幼年編
320 クインテット(五重奏)⑥
しおりを挟むドドドドドドドドドドドド‥‥
ガルルルーッ ガルルルーッ ガルルルーッ‥
見る間に天狼4体が近づいてくる。
対するタイガーとオニールの2人も腰を低くした臨戦体制だ。
「いいかオニール」
「おおよタイガー」
長い鉄爪を手前に腰を落とし、猫科獣人らしい後ろ足に重心を置く構え。それは今にも飛び出さんと小刻みに身体を揺らすタイガー。
身の丈ほどの槍の柄を腰だめに。
静かにじっくりと相手を見定めながらも柄を微かに握っては緩める動作をするのはオニール。
ともに走りだす瞬発力を含めて初動の速さは学園筆頭格のそれ。2人が待ち構えるのは仲間の合図。合図があれば即座に駆け出すことだろう。
ダッダッダッ‥‥
10メル付近。この辺りから天狼は大きく跳躍して襲ってくるだろう。
それを待ち構えているかのように重力魔法を発現する機会を窺う魔法使いがいた。
合図1発。
「グラビティ」
それはリアカーの上にすっくと立ったリズである。見た目は幼げな女の子。だがその魔力による戦闘力は学園筆頭格。ここというタイミングでリズが重力魔法を発現した。
グラグラグラグラグラグラグラグラ‥
天狼が駆けてきた地面がグラグラと突如揺れ始めた。
!?
!?
!?
!?
慌てて急ブレーキをかける天狼4体。それは直下型地震の襲来。揺れとあわせて泥土のように沈む大地。咄嗟にその場で踏ん張ろうとするのは生物の性。よろけ転ぶまいとする意識にのみ集中した数秒が魔物と人の勝負の分かれ目となった。
かたや立つことにのみ気を配る天狼。
かたややる気満々合図1発飛びだしたタイガーとオニール。勝利の結果は疑うまでもなかった。タイガーとオニールにこの上ないアドバンテージ。
ダンッダンッ!
ダンッダンッ!
揺れのない大地を踏みしめて、一気に天狼4体を急襲するタイガーとオニール。
タイガーは天狼の足下から。
ザスッッッ!
低い位置から飛び上がるような動作のタイガーが尖った鉄爪を天狼の顎下から一気に穿つ。一撃のアッパーカットは指先の鉄爪からタイガーの手首あたりまで天狼の顎から鼻先までを貫いた。
「2体め。次いで3体めもいくぞ」
ガアァァァッッ‥‥
びくんと絶命し、跳ね上がった天狼の頭から鉄爪を抜き去ったタイガー。3体めの今度は、立ち上がった姿勢そのままに、上から下に向けて天狼の頭を貫く。
ザスッッッ!
ガウゥゥッッ‥
何がなんだかわからないままに3体めの天狼も絶命する。
「ふーーーっ。これで合計3体だ」
「俺も負けちゃいられねぇ」
オニールもまた一足飛びに射程圏へと突入する。
「まず1匹」
シュッ!
ザンッッッ!
ガアァァッッーー
真ん中で踏んばる天狼の急所を槍の刺突。これを一撃で粉砕する。
「次!」
ザンザンザンッッ!
ガアァァァーー‥
連撃は立ち上がった天狼の胸部から腹部を何度も何度も貫いた。
「ふーーっ、俺も3匹ーー」
「はは。2人ともさすがだね」
シュッ!
シュッ!
ビリーもまた弓を連射する。
ガアアァァァーーーッッ
ガアアァァァーーーッッ
彼我の距離、未だ20メルを超えた中で。
天狼の射程外からの遠距離攻撃は正確無比だった。
「よーし、僕も3体だよ」
「さすがビリーだ」
「でもよタイガー、ビリーのあの矢は卑怯じゃねぇか?あんな飛び道具でどんどん射かけられたらあっという間に差がつくぞ」
「フッ。実力があるのだからしょうがあるまい」
「くそーっ」
後方では天狼の2体がゲージにも迫りくる。
ダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
ガアァァァァーーーーッッ
ガアァァァァーーーーッッ
天狼2体がゲージに触れる直前で。
「ん。グラビティ」
グラグラグラグラグラグラグラグラ‥
それはゲージを含んでの直下型の揺れ。
地面の揺れと泥土のように柔らかくなった地層の中に対象を沈める重力魔法だ。
ガウガウガウガウ ガウガウガウガウ‥
突然の揺れと沈む地面。攻撃どころか四肢を踏んばるしかできなくなった天狼2体。対してまるで動じないゲージ。
「リズありがとうな」
シュルシュルシュルシュルシュル‥‥
天狼の2体を丸ごと尻尾で巻きつけるゲージ。
ギュッギュッギュッギュッギュッ‥‥
突起した鉄輪の霰(あられ)は容赦なく2体の天狼を締めつけた。
ガアァァァーー‥‥
ガアァァァーー‥‥
「オイも3体だぞギャハハ」
「ん。ゲージはやっぱりゲージなの‥」
嬉しそうな顔をするリズだった。
リズは知っていた。ふだん仲間といるときのゲージはリズのグラビティに「わざと」ひっかかってくれていることを。
ブーリ隊の動きもだんだん忙しなくなってきた。
「リズ、その調子で頼むよ」
ビリーがリズを労う。
「ん」
ニッコリと笑うリズ。
リズ・ガーデン。のちに希代の魔法使いと呼ばれる学園生である。
希代、それは魔法陣の生成のみならず、火魔法、重力魔法、聖魔法と3種の魔法を操るトリプルとしての才が抜きん出ていることの評価による。
ちなみにリズは聖魔法を女神様から与えられた聖職者だけの「聖魔法」とは思っていない。魔法陣同様に正確な設計図(この場合は正確なイメージなのだが)の下に発現できる魔法の1つが聖魔法だと思っている。
正確な設計図を描きさえすればいかなる聖魔法もいずれは発現できるだろうと信じている。故にトリプルともてはやされる自分自身でさえも実は未だ大したことはないと思っている。
たまたま火魔法、重力魔法、聖魔法と3つの属性(系統)の魔法が発現しただけのことだと。そしてその3つは自分自身がわかりやすく設計図を描けた(書けた)だけのことなんだと。
それは学問の構築に等しいもの。故に本心では聖魔法も女神様の恩恵で発現できたものとは思っていない。ただ、それを人前で口にするほど愚かでもない。
「リズが聖魔法を発現できたのは女神様のおかげね」
里の仲間から賞賛を込めて言われたこの言葉にもただ和かに笑うのみである。
ある意味論理的に、理詰めで考察するビリーに近しい思考が魔法を考察するリズなのである。
ただそのリズをしてやはり驚きを隠せないのがアレクであった。正しく設計図を描く(書く)ように緻密に構築していく魔法や魔法陣。時間をかけて少しずつ発現していく自分に対して、いとも簡単に形を成していくアレク。希代の天才と謳われるリズをして真の天才はアレクであると思っている。
もちろんアレクの強みが転生前の世界での実体験やゲーム、アニメ、ラノベの2次元世界の知識にあるとは知る由もないのだが。
「よし行くか」
先頭のタイガーが声をかける。
「行くぞリズ」
「ん」
ごそごそとリアカーの後ろから這い出るリズだ。
先ほどから戦闘が終わるたびにリアカーの下にまわり込んで一心不乱に何かの魔法陣を描いているリズ。
「何の魔法陣なんだリズ?」
「ナイショなの」
「ケチ!ちょっとぐらい教えてくれよ」
「オニールを捕まえておく牢屋の魔法陣なの」
「マジか!怖っ!」
「はは」
(使わなきゃいいんだけどね‥‥)
ビリーが1人呟いた。おそらくリズが構築している魔法陣はあれだろうと理解して。
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