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第2章 幼年編
317 クインテット(五重奏)③
しおりを挟むオニールとビリー
の場合‥‥
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド‥‥
ブーリ隊の進行方向右側奥からも土煙を上げながら天狼が駆けてくる。2体が並走しているようだ。
「おうおう、ずいぶん速え犬っころだなぁ」
槍を手に待ち構えるオニールが独言る。
「オニール、右の天狼は僕が相手をするからね」
「そんなこと言わねえで両方とも相手してくれよビリー」
「別に良いよ。でも僕がオニールより2体上回ることになるけどね」
「あーそうだった!くそ、やっぱ俺に1匹くれよ」
「ははは。じゃあ左はオニールに任せるからね」
「おおよ。ありがとな」
軽口を言い合う2人。だが本来天狼はその1体に対して、鉄級冒険者ならばベテランの鉄級冒険者を複数人配して相対すべしと推奨されている魔獣である。
オニールとビリー。2人とも180セルテ(㎝)と長身ながらいまだ成人前の未成年である。そうは言ってもヴィヨルド学園生のしかも6年1組に在籍しているのだ。ヴィヨルド領に多少なりとも明るい者であれば学園生の6年1組の所属ならばその身体能力の高さは十分刮目に値するのである。
ギュッギュッギュッ
戦闘靴を踏みつけ、地面と足裏の感覚を確かめるように膝屈伸をするオニール。さらには全身をだらりと脱力してから槍を頭上でぐるぐるとゆっくり回す。丹田に気を集めるよう呼吸もゆっくりとしながら。それはオニールならではの戦闘前のルーティン。
ダッダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
みるみるうちに天狼が急接近してきた。
目を細め半身で構えるオニール。先ほどまでの軽口はどこへやら。鋭い眼光と隙のない構えは見習いながら歴戦のモンク僧の風格さえ漂うオニールである。
ガルルルーッ ガルルルーッ シャーーッ
この雰囲気には天狼といえど警戒の構えをみせる。通常であれば10メル手前の射程圏から一気に飛びかかるのを常としている天狼でさえもオニールに警戒心を抱いた。それは野にある獣ならではの野生の勘。それほどまでにオニールとオニールが手にする槍に対して警戒心を抱いたのだ。
ウゥーガルルルー ウゥーガルルルー‥シャーーッ シャーーッ
ジリジリ ジリジリ ジリジリ‥
「チッ‥」
警戒の唸り声を上げながら、ジリジリと少しずつ少しずつ接近を試みる天狼。
対して。半身の構えのまま微動だにしないオニール。
もしここまでの一連の流れをアレクやセーラが目撃していたのならば‥‥
2人ならこうハモって叫んでいるはずだ。
「「かっけー!」」
そして。
ついにオニールが動いた。
「うわーーっ!犬っころ、あっちいけーー!怖えーだろ!」
ブンッ!ブーンッ!シュッシュッ!シュッ!
「あっちいけー!」
槍を振り回したり、或いは突いたりする挙動は天狼の接近を心底怖がるオニールの素振り。その槍先はまるで天狼に届いていない。
ウゥーガルルルー ウゥーガルルルー‥??
これには相対する天狼自身が驚いた。
どういうことだ?先ほどまではあれほどの殺気を孕んでいたはずなのに。届きもしない武器を闇雲に振りまわすだけではないか。これでは蹂躙するだけのただの弱者だと。
ガーーッ
大きく吠えた天狼がそのまま無造作にオニールに向かって飛びかかった。
「だから犬っころは馬鹿なんだよ」
ダンッダンッッッ!
グンッッッ!
ダンッと音がするくらい強く踏みこんだオニールがその長身いっぱいにぐんと身体を伸ばし切る。それは怯えて振り回していた槍とは、長さも速さも何より強さも格段に違うものだった。そんなオニールの前に無防備な姿を晒した天狼に生き延びる機会はもはや欠片もなかった。
シュッッッ!
槍先は天狼の喉元を貫いた。刀を鞘に戻すように。構えを元に戻すタイミングに合わせて倒れ伏す天狼だった。
ドンンンーーッ!
「あーくそっ!犬っころめ。骨がめちゃくちゃ硬いな。こりゃ上手く加減しないと早々に詰むぞ」
槍先を見ながらこう呟くオニール。鈍化が気になるのはタイガーと同じであった。
「はは」
そんなオニールを片目に見ながらのビリー。このときビリーはすでに番えた矢を放ち終えたあとだった。
「おおっ‥‥いつもながらカッコいいな」
呟くようなオニールの独言。それは矢を射たあともすっくと立ち続けるビリーの構えにあった。
武芸を嗜む者誰もが思わず惚れ惚れとするその立ち姿は残心。弓道の世界では最も肝要とされる形である。それは矢が離れたあとも集中を切らさないこと。洋の東西、世界は違えど弓を志す者誰もが目指す頂を体現する理想形が残心。射たあとも変わらない集中力。それは落ち着き澄み渡った心の果てにある世界。此の岸と彼の岸を繋ぐ道(射筋)。
『自分としっかりと向き合い、平常心を保ちなさい』
それは弓を教えてくれた師の教えを今も忠実に守るビリーの姿。
ドンンンーーッ!
オニールが倒した横に並ぶように倒れる天狼。その眉間には正確に射抜かれた矢があった。
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