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第2章 幼年編
316 クインテット(五重奏)②
しおりを挟む【 ボル隊side】
緒戦。強く噛まれはしたものの天狼を力任せ
に裂いたシャンク。だんだん動きの無駄もなくなっていく。
ウゥーガルルルーッ ガーーッ
早くも次の天狼がシャンクに襲いかかる。
「もう噛まれないからね!」
ガアァァァァーーーー!
ゆったりユラユラ揺れながら盾を構えるシャンクに緒戦の固さはなくなっていた。
建屋を飛び越えるほどの跳躍をみせる天狼に対してユラユラとした盾の構えで受け流しを図るシャンク。
そこには緒戦で真正面から天狼に相対した固いシャンクの姿はない。盾本来、攻守併せ持つ使い方を理解したシャンクがいた。
ガアァァァァーーーーッッ!
天狼の牙と両手の爪が振り下ろされる。正面の盾に荷重として伝わる直前。
スッ!
シールドバッシュ。瞬時に。盾にのった天狼の荷重を逃しながらも逆に盾ごと天狼の上に乗ったシャンク。
ダンンッッッ!
そのままシャンク自身の150㎏超えの全体重をかけて天狼を押し潰す。
ガアァァァァーーーーーッ!
ゴキッッ!
脊椎動物として曲がってはいけない不自然な方向を向く天狼の首だった。
隊の正面ではアレクもまた天狼を待ち構える。
「いいアレク、魔力を控えめに発現するんだよ。最後の最後にみんなを守るのはアンタとマリーしかいないんだからね」
「わかってるよシルフィ」
ダッダッダッダッダッダッ
ダッダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
天狼との距離は200メルを切った。
「シルフィ俺、矢もシルフィの魔力もまだまだ節約したいんだよね」
「そうねダンジョンは私の魔力も供給されないからね」
自然界と親和性の高い精霊のシルフィでさえ学園ダンジョン内ではなぜか魔力供給がなされない。それは俺と同じだ。辛うじて1晩寝るとなんとか回復するくらいなんだ。
「それでね長い距離を出せれる雷魔法を考えたんだ。雷なら長い距離になってもあんまり威力が落ちないと思うんだよね」
「フフ、そうね。やってみたら」
だからこの子(アレク)はおもしろいんだとシルフィは思う。精霊として永くいろいろな種族の人に憑いてきたシルフィ。そんな彼女にも理解が及ばないくらい、ときに突拍子もないアイデアを考えつくアレクをみて、思わず慈母のような気にもなるシルフィだ。
ダッダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
天狼との距離が100メルになった。
「じゃあいくよ」
指鉄砲のように横向きに構える。でも発現するのは従来の雷魔法サンダーじゃない。
発射のイメージは指先から放出されるレールガン。コインの女の子のアレは50mの射程だったはずだ。だけど俺の魔法はコインなどの物質じゃない。直接指先から弓型の雷魔法を発現するんだ。だから物質を飛ばす距離の倍の100メルは楽にいけるはず。(もちろん月に代わってお仕置きする気もないよ)
俺のオリジナル雷魔法スパークの上位変換スパークボウだ。
「スパークボウ(雷矢)!」
ギュュュューーーーーーーーーンッッ!
指先から発現したのは青白い矢の形のもの。
それはスパークのように、いやスパーク以上に速く一直線に天狼に向かって飛んでいった。俺の目線に沿って、目標を違わずに。
ザンッッ!
ガアァァァァーーッ
「浅いか?!」
スパークボウが直撃した天狼は勢いのまま倒れはしたものの致命傷に至らなかった。すぐに立ち上がり再び走り出した。
「うーん、中途半端なんだよな‥」
一旦は天狼の頭に刺さったスパークボウ。それでも天狼が生きてるってことは穴を穿つほどの矢の威力じゃなかったってことだ。もちろん矢全体を纏う雷自体も致命傷になるほどの高圧電流じゃなかったってことだ。
「アレク深く穴を空けるか雷を強くするかどっちかよ!」
「だよねシルフィ!」
さすがはシルフィだ。現状のサンダーボウの欠点を直ぐに見つけてくれる。
それは俺の考えどおり。矢自体の突き刺さる威力を上げるか高圧電流の圧を上げるかの2択。これはもちろん考えるまでもない。より魔力を節約できるほう、矢の威力UPだ。
ダッダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
ガアァァァァーーーーッッ!
再び走り出した天狼との距離が80メルを切った。
「もう1回いくよ。サンダーボウ(雷矢)!」
今度は矢の威力UPを考えて発現する。それは矢尻自体を鏑矢みたいに大きくイメージしたもの。目標の対象物に当たったらそのまま穴を穿つように矢印(→)のイメージを明確にしたもの。これなら150メルくらい離れた岩石だって穴を穿つことができるはずだ。
ギュュュューーーーーーーーーンッッ!
俺の目線の先。80メルを駆ける天狼の頭めがけて雷矢が一直線に放たれた。
「行け!」
「行っけぇー!」
雷矢が天狼の頭に到達したそのとき……。
ザンッッ!
ドウゥゥゥッッッ‥‥。
穴を穿つどころか、半ば首から上が吹き飛んだ天狼が勢いそのままにしばらく走った後にカーブしながら倒れていった。
「やるじゃんアレク!」
「へへっ。これなら魔力の減り具合も問題ないよ」
「よーし。じゃんじゃん倒しちゃえー!」
そう言いながら月に代わってお仕置きポーズをとるシルフィ。
えーっ!?シルフィぜったい俺の頭の中覗いてるよね?スキャンしてるよね?どうして丈様からうさぎちゃんに変わったんだよ!
でも‥‥その決めポーズ‥‥かっけぇなあ。
【 ブーリ隊side 】
45階層休憩室を抜けてすぐ。その異変はブーリ隊の5人もすぐに察知する。
「ボル隊のおかげなの。前だけは気にしなくていいの」
「そうだよな。ギャハハ」
「じゃあいつもどおり、ビリー指示してくれや」
膝屈伸をしながらオニールが言う。
「最初は天狼だね」
「「「ああ(ん)」」」
後続のブーリ隊でもその左右遥か後方から。土煙と咆哮を上げながら向かってくるのは天狼の数体。
やはり探索をするまでもない。目と耳ではっきりと認識できる魔獣である。
「先を行くボル隊との距離500メルは維持していくからね。前方左側はタイガーに頼むよ」
「わかった」
「右はオニールに頼むよ」
「おおよ」
「後続は僕。撃ち漏らした魔獣と乱戦時はゲージに頼むよ」
「わかったぞ」
「リズは魔法しか効かない魔物をお願いするね」
「ん」
「もう食糧もほとんどないからリアカーは最悪捨ててもいいからね」
「ビリー、オメーの矢は?」
「いざとなる前に最低限は確保していくから気にしなくていいよ。それにたぶんボル隊の矢は僕のために取っておいてくれてるだろうからね」
「そうか」
「ゲージ、リアカーが無くなると困るの」
「そうだな。大事なリズの寝床だからな」
「ん」
ワハハハハ
ギャハハハ
あはははは
「まぁリアカーを捨てて行くことは最悪撤退するときぐらいだけどね」
「だよな。でもよ俺も1度くらいは乗っかって寝てみたいよなあ」
「じゃあオニールも私の横で寝るの」
「ち、ちょっ、横っておま‥‥」
途端に真っ赤な顔になって俯くオニール。
「じゃあオイとオニールでたくさん倒したほうがリアカーで寝る権利を得られるようにしたらどうだ?ギャハハ」
「そうか!ヨシだったら負けられねぇな」
「じゃあ俺も参戦するか」
「僕も参戦しようかな」
「「「わはははは」」」
戦闘前にも関わらず、明るい雰囲気。常に平常運転をよしとするブーリ隊であった。
進行方向左側を守護するのはタイガーだ。
ダッダッダッダッダッダッ
ダッダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
土煙をあげながら急速に向かってくる天狼。迎撃の構えをみせながら、すっくとその場に立つタイガー。
相対する距離10メル弱。
ウウゥーーガルルルルーーッ
それは明らかに弱者を威嚇する天狼の唸り声。それは一撃で倒せられると確信した天狼の勝利を確信した唸り声。
ウウゥーーガルルルルーーッ
逃げれるものなら逃げてみろ。まるでそう言うように唸り声を上げ続ける天狼に向けてタイガーが言葉を発する。
「フッ。陸で虎が狼の後塵を拝することはない」
ついには飛びかかろうと姿勢を低くする天狼。タイガーもまた姿勢を低くする。
ダッ!
ダッ!
一気に跳躍をする天狼。
一気に跳躍をするタイガー。
空中で2つの爪が交錯する。
ザクッ!
ザクッ!
じわあぁぁぁーー
「くっ‥」
着地した先で膝をつくタイガー。胸元からは1筋の血が流れだした。それは天狼の爪が付けたもの。
『どうだ弱者の獣人め!』と言わんばかりに口角を上げて得意げな顔をみせる天狼。
スッと立ち上がったタイガーは再び低く構える。そして確かな口調で言葉を発した。
「そんなものか狼」
言葉は通じなくともその口調から言わんとする意図は読みとれる。
ウウーグルルルーグルッ?
じわあぁぁぁーー
じわあぁぁぁーー
じわあぁぁぁーー
天狼の胸元から流れ出る3筋の血。
グルルルルーーッッ
天狼の余裕の表情はみるみるうちに歯を剥いた怒りの表情へと変わった。
ダッ!
再び一気に跳躍をする天狼。それに合わせて再び一気に跳躍をするかに見えたタイガー。だがタイガーは跳躍をせず、その場で低い姿勢のまま立ち止まる。
ガアァァァァーーーーッッ
飛びかかってくる天狼の掌を抱えたまま受け流し、そのまま首固めに入るタイガー。
ギャンッギャンッギャンッギャンッ‥‥ギャンッ‥‥ギャンッ‥‥ギャッ‥‥
悲鳴を上げて逃れようとする天狼。ジタバタと闇雲に暴れるのだがその爪が体術に秀でたタイガーに届くことはなかった。
時間にして僅か1分ほど。タイガーの圧勝である。だがそこで仲間から要望が出る。
「タイガー、やっぱ一撃で闘ってくれねぇか?」
「ん?」
「コイツら何体か来たら俺1人じゃ厳しいからよ。助けてくれよ」
「わかったよオニール」
そう言いながら、鉄爪を外したタイガー。腰の手提げ袋から新しい鉄爪に装着し直す。それはキムのクナイよりも短い護身用の匕首サイズのもの。見るからに刺突に特化した鉄爪だ。小さな穴から大きな穴を穿つために揃えたタイガーの新兵器である。
「替えは2つしかないからな。どうか保ってくれよ‥‥」
1人呟くタイガーであった。
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