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第2章 幼年編
300 44階層 延々と②
しおりを挟む春夏秋冬を1日で巡るという階層。春は蜻蛉、スカラベー、アラクネがひっきりなしに襲ってきた。時間でいえば朝から3点鐘ほどなんだ。でも溜まりに溜まった疲れは3点鐘でさえ息も絶え絶えになる。
「はーはーはー‥」
「ハーハーハー‥」
「はーはーはー‥」
「ハーハーハー‥」
「キツー‥」
ガタロの魔石が入った水筒もガブ飲みが続いている。これでまだ春なんだよね?こんなんじゃ夏は熱中症になるよ!
リアカーに積んである食糧もだんだん心もとなくなってきた。せっかく春なんだから山菜を現地採集したかったけどそんな暇さえまったくなかった。
出てくる魔物や魔獣にしても食用に適したやつは1体もいなかった。
しかもアラクネのように糸が使える魔物でさえも、解体して糸を採集する隙もなかった。
ビリー先輩の推測どおりだ。ここからは新たな食糧や資源でさえも渡すまいとするダンジョンの意志や意図が働いているんだと思う。だから補充することなしに現在あるものだけで耐えなければならない。
リアカーに積んである食糧は保ってあと1ヶ月だ。いよいよ人が生きていくのに最低限必要とされる食糧も枯渇するタイムリミットが近づいてきている。これも踏まえてダンジョン探索の難しさなんだろうな。
「ハァハァ‥だんだん暑くなってきたわね」
「はーはー‥夏が近づいてるんですね」
「ええそうね‥」
季節は盛りの春から初夏になったみたいだ。
それは奈落を通ってカミからシモへ行くように、舞台そのものが変わったみたいなんだ。そういやさっきの春の終わりには魔物は現れなかったような気がする。たぶん今は「初夏」になってるんだと思うけど、やっぱりまだ魔物は現れない。でもあと1エルケ(1㎞)も歩いたら初夏も「盛夏」になるし、魔物も出てくるんだろうな。
セーラとリズ先輩という体力面に不安のある2人にはリアカーに乗ってもらっている。障壁も出来るだけ発現してほしくないからね。そのおかげもあって、「春」の滞在時間は体感で3点鐘くらいで済んだんだと思う。本来なら5点鐘はかかっていたはずだから。過去の記録よりかなり良いスピードで進んでいるはずだ。夏も3点鐘くらいで終われたら理想的だよ。
「さあここから夏よ。春同様に頑張って行きましょう」
「「「はい!」」」
「セーラ大丈夫か?」
「はい。でも私だけ何もしなくて申し訳ないです」
「いいんだよ。いずれ聖魔法を発現できるセーラにしか太刀打ちできない場面が絶対来るんだから魔力もそれまで使わないようにしなきゃ」
「でも私だけ‥‥」
「いいのよセーラさん。なんだったら寝ててもいいのよ。見えないかもしれないけど後ろのリズなんか籠の中で早々と爆睡中よ」
「えっ?」
「フッ。あいつはこれまでも寝てばかりだからな」
「ふふふ、そうね」
マリー先輩もキム先輩も目がめちゃくちゃいいな。リズ先輩の寝てる様子も見えてたんだろうか。でもリアカーで爆睡中ってどういうことなんだろう?
「セーラも気にせずに寝てろよ」
「はい‥‥」
セーラには悪いけどこのまま「鳥籠」に居てもらう。とにかく急いでこの階層をクリアしたいから。
「ハァハァ、シャンク先輩暑いですね」
「はあはあ、うん、1日で季節が変わるって本当だったんだね」
毛皮は着てないけど、シャンク先輩たち獣人の先輩たちは暑いだろうな。
「びっくりですよね」
「うん。でも夏だから夕立ちが降って涼しくなったら良いよね」
「ど、どうなんでしょうね‥‥」
あ~これはフラグをひいたな‥‥。獣人と人族の違いあるあるなんだけど、獣人は雨が降って濡れることを厭わないんだ。むしろ喜んでるくらいに。それに対して人族は雨で濡れるのは好きじゃない。
「アレク、夏はゴブリンライダー、擬装毒蛇、ゾンビだ。索敵で頭を使い過ぎるな、疲れるぞ」
「はいキム先輩‥」
学園ダンジョンの意図は「疲れさせる」ことにあるんだろうから、きっとますます疲れるんだろうな。
「!」
「!」
「!」
「!」
「さっそく現れたぞ」
「シャンク先輩は進行方向右手を、マリー先輩は左手を、前方の擬態毒蛇はキム先輩がお願いします。ゴブリンライダーは俺がいきます」
「「「了解!」」」
本当は俺よりもキム先輩やマリー先輩の指示のほうが的確で間違いないんだろう。だけど2人の先輩はいつも俺の指示どおりに行動してくれる。自分たちのことより後輩の俺たちの成長を考えてくれてる。ありがたいよな。
索敵に引っかかるのは前方の石と枯枝に擬装した2メルほどの毒蛇2体。ゴブリンライダーは前方、左右からそれぞれ2体ずつ。ゾンビは9時から2時の方向から6体。
ズルズルズルッ ズルズルズルッ ズルズルズルッ‥
ゆっくりゆっくりと近づいてくるゾンビは「緩」。
ダッダッダツダッダッダッダッ‥
先陣をきって一目散に駆けてくるゴブリンライダーは「急」。
‥‥ ‥‥ ‥‥ ‥‥
石や枯れ枝に擬装。踏みこんでくるのをひたすら待ち構える毒蛇は「待」。
この階層の魔物は緩急織りまぜた嫌らしい攻撃をしてくる。春の季節同様、1体1体は強くないんだ。それこそ学園ダンジョンの低層階から中層階レベルの魔物が多い。なのに常時おし寄せる波状攻撃は気が休まる隙がない。これまでのように、たとえば100体の魔物に囲まれたらアドレナリンがドバドバ出まくりで集中しまくる戦闘モードになれるのに。ここではまったく違う。弱い魔物の緩急織りまぜ攻撃が延々と続く。精神的にも宜しくない。
ザクッ!
擬装毒蛇はその擬装を解く間もなくキム先輩の苦無で倒される。
シュッ!
シュッ!
シュッ!
シュッ!
前からはもちろん右からのゴブリンライダーも弓矢の連射で射抜いていく。
「アレク君ありがとうね。あとのゾンビは僕が倒すからね」
「シャンク先輩お願いします!」
機動力のあるゴブリンライダーはできるだけ早く倒したほうがいいからな。
ザンッ!
ザンッ!
ザンッ!
ザンッ!
シャンク先輩の鉄爪は‥‥うん、相変わらず怖いや。ゾンビなんか頭から真っ二つに切断されてるんだもん。
この後も続く魔物たち。
‥‥ ‥‥ ‥‥ ‥‥
ズルズルズルッ ズルズルズルッ ズルズルズルッ‥
ダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
‥‥ ‥‥ ‥‥ ‥‥
ズルズルズルッ ズルズルズルッ ズルズルズルッ‥
ダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
‥‥ ‥‥ ‥‥ ‥‥
ズルズルズルッ ズルズルズルッ ズルズルズルッ‥
ダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
‥‥ ‥‥ ‥‥ ‥‥
ズルズルズルッ ズルズルズルッ ズルズルズルッ‥
ダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
擬装毒蛇・ゾンビ・ゴブリンライダーの緩やかな波状攻撃は終わらなかった。
――――――――――――――
春以上の嫌らしさは1エルケごとに続いた。ボル隊、ブーリ隊の縦列形態もこれまでとは違い思ったほど効果を発揮していない。ブーリ隊にも同じような攻撃が続くんだ。
「「‥‥」」
「「‥‥」」
「「‥‥」」
「「‥‥」」
「「‥‥」」
そしていつしか誰も口をきかなくなった。ブーリ隊も同じ。あのオニール先輩でさえ軽口を言わなくなっていた。
――――――――――――――
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