アレク・プランタン

かえるまる

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第2章 幼年編

280 それぞれのトラウマ(前)

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 「セーラとシャンク先輩は無事かなあ?」

階層主戦のあと、40階層主の椅子に座って1人足をぶらぶらさせながら仲間を待つアレクである。


 この階層主戦に5人の仲間全員が勝つと再び仲間と会えて休憩室への扉が開かれるのだ。逆に1人でも敗れると再び階層主の前の扉に移るという。
それは各個人が闘った25階層主戦にも似ているという。


 「大丈夫よ!みんな実力で勝つわよ。たまたま勝ったアレクとは違ってね!」
 「くっ!たまたま言うなよシルフィ‥‥」





 「あー‥‥ふぅー‥‥」

椅子に座り1人足をぶらぶらさせるアレクである。

 「あーヒマだ‥‥」
 「落ち着きがないわね」
 「だってヒマだもん」
 「待つしかないわよ」




 「あっ!そうだ!久しぶりに1人椅子取りゲームをやろう!」
 「ま、まさかアレク‥‥」


🎵ちゃらららーらららーちゃらららーらららーマイマイマイマイマイムちゃららー🎵

腰をふりふり、1人椅子取りゲームを始めるアレク。

 「やめてよアレク!あんたまだ闇落ちしてるわね!それ悪魔の歌よね!!」

ちゃらららーらららー🎵

きゃああぁぁぁぁーーーやめてぇー!

アレクの歌声とシルフィの悲鳴が階層主の部屋中に響いていた……。



アレク、マリー、キムと3人が順当に階層主戦を撃破する。
(1人たまたまかもしれないが)

残る2人はセーラとシャンクである。




 【  セーラside(前)  】


 「すまないねセーラ。今はこうすることしかお前の生命を護る術がないんだよ」
 「父さま‥‥」

独り密かにヴィヨルド領に旅立った。深夜。父の知己の冒険者を頼って人知れず逃げるように商隊の馬車に合流した日のことは今も忘れない。

 「いつかお前が成人となるころには帰ってこれるようにするからな。それまでは無事でいなさい。女神様のご加護があらんことを」


 『成人になるころには帰れる』

あのときの父の言葉を支えに、誰も知らないヴィヨルドの土地での厳しい暮らしにも耐えてきた。ただ偏に女神様の信仰心だけを頼りに努力と研鑽を重ねてきた。愛する父親に再び会う日を待ち望んで。


セーラが名を伏せ、見ず知らずのヴィヨルド領の教会に来た理由。
尚武の誉れ高いヴィヨルド領に宗教国家たる法国の影響が他国他領よりは格段に及び難いことは言うまでもなかった。
つまりはヴィヨルドの地が法国から訪れた要人の暗殺リスクが低いと父親が判断したからなのである。

3歳女児。その存在が明らかになれば妾腹ながら法国法皇の実子たるセーラは充分に要人と言えた。ではその3歳の要人を亡き者としたい人間は誰か。
それはセーラの叔父であった。父親を除くたった1人の血縁者。
発端は法皇である父親とその実弟である叔父との確執(政争)である。そこに生命の危険性を孕んでいったことは未だ幼いセーラにも肌感覚として感じるものだった。

以前は心優しい叔父さんだった。セーラを背中に乗せて走ってくれる、大好きだった叔父。あの叔父さんがなぜ……。
記憶の中。最後にセーラが見た叔父の顔は冷酷にセーラを見つめる目だった。


40階層の階層主戦。
トラウマとの闘い。

椅子に座って待っていたのは叔父だった。

 「久しいなセーラ」
 「叔父さま‥‥」

あのときのまま。冷酷にセーラを見つめる叔父がいた。




 【 シャンクside(前)  】


シャンクのトラウマ。それは奴隷商との関わりに起因している。

4歳下。弟分としてかわいがる従兄弟のトールと2人、領都ヴィンランドの商業区を離れて貧民街にまで「探検」をしているときに事件は起きた。


 「おい見ろ。熊のガキが2匹もいるぞ」
 「ハッハッハ金の成る木が向こうからやってきたかよ」
 「よしとっ捕まえろ」


 「やめてよ、やめてよ!フガフガフガ‥」
 「やかましい!静かにしろ!」
 「トール大丈夫かトール!フガフガフガ‥」

気がつけば2人とも口も手足も縛られて麻袋に入れられていた。



貧民街で偶々奴隷の集荷作業をしていた人攫いに捕まった2人。
人攫いを生業とする者たちにとって獣人の子どもは金の成る木といえた。
そんな中、屈強な熊獣人は男女問わず肉体労働に適しているため需要があった。とくに幼いころから「教育」を施した熊獣人の子どもの需要は高かったのである。


ガタンガタンガタンッ

何も見えない麻袋の中。一定に揺れる音から馬車に乗せられていることだけは理解できた。
そして。
いつのまにか意識も薄れていった。




 「おい、そこのガキ2匹の麻袋を剥いどけ」

同じ獣人の若者から麻袋を出された。

 「ここは?」
 「シャンク兄ちゃん?」
 「トールよかった。どこか痛くないか?」
 「うん。でも‥‥なんか臭いね‥」

そこは糞尿やら血の入り混じったすえた匂いが不快な檻の中だった。
松明の灯りが先々にまで見える。微かに風も吹き抜けている。どうやらここは洞窟内のようだ。

 「お前らも人攫いに捕まったんだよ」
 「えっ?!」
 「運が悪かったな‥」

麻袋から出してくれた若い男は犬獣人だった。捕まる際に暴力を受けたようだ。顔も腫れ、手足も乾いた血糊がつく若い男が遠い目をして呟いた。

 「運が悪かったんだよ‥」

犬獣人の若者には足枷が付けられている。
どうやら年かさのある獣人には皆足枷が付けられている。


あーーーーーー
助けてくれーー
お母さーーーん
やめてーーーー


あちこちで悲鳴が聞こえる。
洞窟内には幾つもの檻があるようだ。
多種多様な獣人や人種が押し込まれた檻が幾つもある中に自分たちも収監されているのだ。

 「なぜ‥‥?」

これまで人の悪意とは無縁で育ってたシャンクとトールには理解できない今の境遇。



ガンガンガンガン‥

バケツを片手に手桶で檻を叩く女が近づく。

 「ほら飯だよ。ありがたく食っとけ!」

鉄の檻の外から、手桶でお椀にスープが乱暴に注がれていく。
それはクズ野菜とわずかばかりの魔獣肉を煮たスープだ。

 「ああ今日も臭いわねぇ」

給仕をする高齢の女は小柄だった。ピンと立った耳と油断なく辺りを窺う瞳は忙しなく左右を動いている。痩せ型。いかにも小悪党然とした年配の女。その女は狐獣人だった。

狐獣人の女がシャンクたちの檻にもやってきた。

 「ほらそこらのお椀を持って外に出しな」
 「なぜ?おばあさんも獣人じゃないの?」
 「はぁ?」

なぜ同じ獣人が檻の内外にいるんだろう?
シャンクは自然と高齢女性に問うていた。

 「なぜ同じ獣人に酷いことをするの?」
 「うるさい熊のクソガキだねぇ!お前は奴隷で私は雇い主なんだよ!それがすべてさね」
 「だっておばあさんも獣人‥」
 「あーうるさいクソガキだ!」

ドンドンドンッ!

「うるさい!うるさい!うるさい!うるさいガキめ!」

手桶の柄で何度も何度も突かれた。

 「痛い、痛い、痛い!やめてよ!」
 「その減らず口を閉じな」


トールに向かって吠えるように言う高齢の女。松明に照らされたその女の顔は今も忘れられない。なぜ同じ獣人なのにあんな酷いことができたんだろうかと。







 「おやお前は?あのときの熊のガキかい?」

階層主の椅子に座っていたのは小柄な狐獣人の女だった。



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