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第2章 幼年編
266 バブルスライム(中)
しおりを挟むガアァァァンンンッ
大型車の正面衝突のような激しい衝撃音とともにキム先輩は後方へ吹き飛ばされた。
「「キム先輩!」」
「キム!」
「キャー」
このまだと危険だ。シルフィより2列めに位置するシンディのほうが近い。
「シンディ!」
「任せて!」
すかさずキム先輩の背中に緩衝の風魔法エアクッションをかけるシンディ。なんとか地面に叩きつけられることだけは回避できた。
「シンディ?」
「‥‥良くないわ。意識もないし」
首を左右にふるシンディに愕然とする俺。
「キム!」
「「「キム先輩!」」」
「シャンク君!キムをセーラさんの下へ」
「はい!」
ダッダッダッ
シャンク先輩がキム先輩を抱えてセーラの下に走る。
「キム先輩大丈夫ですよ。僕がすぐにセーラさんのところに運びますからね!」
返事はおろか身動きさえもしないキム先輩。
あの体当たりの衝撃で一瞬のうちに10メル吹き飛ばされたのだ。キム先輩の口元からは吐血のあとも見られる。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい!)
ドクドクドクドクドクドク‥
心臓が早鐘のように鳴り始め、手足が震えだす。キム先輩が?キム先輩だぞ?どうしてこうなった?油断してたのか?いや、油断なんかしない。しかも俺じゃなくてキム先輩なんだぞ。俺なんかより圧倒的に強いキム先輩が油断なんかするもんか。
ダンジョン探索で倒れるのはいつも俺のほうなんだ。だからキム先輩が倒れるなんて想像もできない。あるわけない。
あいつがいけないんだ。あいつがバブルスライムが悪い。
シャンク先輩に意識もなく抱えられたキム先輩を見ているうちにどんどんマイナス感情や恐怖の感情、憤怒の感情がごちゃ混ぜになったものが台頭してきた。目の前がどんどん黒い感情に支配されていくのがわかる。それは仲間のみんなにさえ隠してる俺の負の感情……。
ヒューヒューヒューヒュー‥
息が辛い。空気が満足に吸えない。過呼吸が始まった。
「しっかりして!アレク!アレク!」
遠くでシルフィの声が聞こえるような気がする。うん、これはよくできた夢かもしれないな……。
悪夢は終わらない。
ピョーン ピョーン ピョーン ピョーン‥
「かかってこいよ!」
俺に注目を集めるように大声を出すが……。
とびはねるバブルスライムは俺を無視してシャンク先輩に向かう。
「テメーかかってこい!オラオラ!」
半狂乱になって叫ぶ俺の想いとは関係なくシャンク先輩をターゲットに据えるバブルスライム。
「シャンク先輩早く!早く障壁の中へ!」
セーラが悲声のようなをかける。
「シャンク君!」
「シャンク先輩!」
俺は怒鳴る勢いでシャンク先輩に声をかける。
「う、うん‥」
だが、嫌な予感はことごとく当たる。キム先輩を抱え背中を見せたまま無防備のシャンク先輩を見逃すはずのないバブルスライム。
「「シャンク先輩早く!」」
刹那。再びバブルスライムがシャンク先輩の背中に向けて急発進した。
ギユュュュンンッッッ!
ガアァァァンンンッ
「うっ‥」
障壁までは、キム先輩をセーラに運ぶまでは倒れるものかと左足1本でセーラの障壁に入ったシャンク先輩とキム先輩。
ついには障壁の中へゆっくりとキム先輩を下ろしたシャンク先輩。
最期にシャンク先輩自身が横向きに倒れ伏した。
「キャーーーーーーーー!」
長い長いセーラの悲鳴が響いた。
障壁の中にはおびただしい量の鮮血が溢れだしている。倒れ伏すているのはキム先輩とシャンク先輩、そして‥‥少し離れて右足の戦闘靴。
倒れこむシャンクの右足は膝から先がなかった。
「うう、痛いよ‥」
「キャーーーーー!」
セーラの悲鳴が続く。
ガアァァァンンンッ
ガアァァァンンンッ
ガアァァァンンンッ
障壁内に入れなかったバブルスライムが何度も何度も見えない障壁の前で侵入を試みている。今にも破れそうな障壁。この間わずか1分にも満たない時間。
さっきまで海辺のリゾートだったんだぞ。キム先輩はコナの実を落としてくれたし、シャンク先輩はぷかぷか浮いてたんだぞ……。
どうしてこうなったんだ。なぜだ?俺たちが悪いことをしたのか?俺たちからけしかけたのか?なぜこんなに酷いことをする?なぜだ‥‥。
ヒューヒューヒューヒュー‥
息が辛い。
「アレク君落ち着いて❗️」
「聞いてる?」
「‥‥ク、‥レク、アレク!」
「しっかり‥‥」
マリー先輩、シンディ、シルフィの3人が俺を呼んでいる。
聞こえてるよ。
落ち着いてるよ。
てか、どんどん冷静になってきたって自覚してるよ。不条理だよな。世の中ってほんとに不条理だよな……。
【 you ブーリ隊side 】
先行のボル隊の混乱する状況がみてとれる。裸眼3.0以上と隊のだれもが視力が良いのだ。
「おい‥‥いいのか?」
「遺物の救援要請がない以上はな」
「だってよタイガー‥‥」
「心配な気持ちはみんな同じだ。だからこそ‥」
「仲間を信じなきゃね」
「そうだぞギャハハ」
「仲間を信じるの」
「ああ‥‥そうだな」
「「「がんばれ・がんばれ・がんばれ・がんばれ・がんばれ・がんばれ」」」
仲間を信じ、後方待機のまま仲間を応援するブーリ隊隊。
がんばれがんばれと何度も何度も声を出すのだった。
【 ゴブリンソルジャーside 】
待機中の魔物群は不思議なくらい統制が取れていた。魔獣特有の叫び声や話す声(私語)がまったくないのである。その数300を超える魔獣の群れ。先頭に立つのはまるで小柄な人族の子どもの出立ち。
ボル隊がバブルスライムに苦戦している間。その3エルケ(3㎞)前方にいた者。それはアレクをつけ狙うゴブリンだった。
対人戦を生き延びたゴブリンソルジャーはさらにゴブリンサージェント(軍曹)を経てゴブリンキャプテン(大尉)へと進化をした。人族の言葉を話し、人族の武器を扱い、人族の戦略を理解するゴブリンキャプテン。数百体の魔獣を意のままに操れる能力を有したゴブリンである。
学園ダンジョンの歴史上、初めて生まれた「怪物」がいよいよ牙を剥こうとしていた。
「立て!」
ダッッ
指示を違える魔獣などもちろん1体もいない。
「前進!」
ザクザクザクザクッ‥
ザクザクザクザクッ‥
ザクザクザクザクッ‥
ザクザクザクザクッ‥
命令一下。騎士団のように魔獣の進軍も始まった。
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