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第2章 幼年編
217 ビリー
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ギギギギギーーーー
棺を開け、外を見渡す。
いささか窮屈だったのか、長身の彼は軽く屈伸をした。
ビリー・ジョーダン。
ヴィヨルド学園の15歳、6年生である。
彼の目線の先には自分と同じように棺から出てくるビリーが1人。
2人のビリーだけがいる世界だ。
「また会ったね」
おそらくそうなんだろう。記憶は無いのだが。
ひょっとして初対面かもしれない。
それでも自然と口から出た言葉を素直に発していた。
「元気にしてたかい?」
『そうだね』
「久しぶりって言うべきかな?」
『はは。どうかな』
天然。
或いは品格の良さが滲み出る会話。
ビリーのペースで会話が進む。
「じゃあ一応自己紹介をしとこうかな。僕はビリー。ビリー・ジョーダン。王都から留学している。6年1組さ」
『僕もビリー・ジョーダン。6年1組だよ』
「はは。そうだったね」
――――――――――――――
王都生まれ。
すぐに、両親からしっかりとした教育を受けてきた。
愛情ももちろんしっかりと注がれてきた。
元来の性格だろう。
サボることは一切なく日々の勉学を真面目に取り組んできた。
文人の家庭のため、本来は武芸との接点もなかった。
「先生、ビリーに勉強だけでなく弓も教えてやってはくれまいか?」
「はあ?」
「ほんの少しでいいんだよ。勉強だけじゃなく、ちょっとだけ身体を鍛えてもらえれば充分なんだよ。勉強だけではひ弱な子になっては困るからねぇ」
「ああ、そういうことでしたら。よろしいですよ」
体力作りのために。
刀よりは怪我が少ないだろうと、両親の薦めで始めた弓矢。
その弓は家庭教師をしてくれていた高齢のエルフに学んだ。
勉強の合間の手遊び程度にと、エルフの家庭教師も最初は考えていた。
「ビリー坊っちゃん、私が幼い頃に使っていた弓を差し上げます。これからは勉強の合間にこれで遊びましょう」
「うん、ありがとう先生」
それが契機となった。
▼
ほんの手遊び程度と大人の誰もが思っていた弓。
ところが、ビリー本人がその奥深さにのめり込むようになった。
「先生弓って楽しいね」
「ビリー坊ちゃんは筋がよろしいですな。私の子どもの頃よりも断然上手いですぞ」
ビリーの家庭教師だった高齢のエルフは、お世辞抜きにビリーの弓術の上達に舌を巻いた。
その高齢のエルフに憑いていた風の精霊もまた、一生懸命に弓に取り組むビリーを愛したのだった。
そんな精霊のいたずら。
時おり幼いビリーの射る矢はことごとく的の中心を射抜いた。
皆中だ。
そしていつしかそれは、ビリー自身の自信へと繋がり、歳を経て家庭教師が去ったあともその技量は落ちることはなかった。
幼少期に始めた弓術は、いつしかビリー自身の技量を文人の手遊びから武人の嗜みへと変えていった。
ヴィヨルド学園への留学を希望したのも、学業と同等に武芸の盛んなヴィヨルド領で弓の技量をさらに高めたいと願ったからだ。
見知らぬヴィヨルドの地の留学生活。
その生活を潤いのあるものにしてくれたのが、1組の仲間たちだ。
真摯。
誰もが真面目に日々の勉強を取り組む姿に触発されたビリーもまた、ますます勉学にも弓にも励むようになった。
6年にわたる留学生活。
弛まぬ努力が生んだものは勉学はもちろん、弓術の技量の向上。
ビリーの弓術の技量の高さは学園筆頭は勿論のこと、ヴィヨルド領内でも学生ながらも屈指の弓士、文武両道の武人となった。
『いつまでも話をしていたいけど、そろそろ闘ろうか?』
階層主でさえ、ビリーとの会話を楽しいと思い、その人物を好ましく思えるようになっていた。
「君とは普通に話もできる。
それなのに闘らなきゃいけないのかい?」
『ああ。そういう決まりだからね』
「…わかったよ。決まりという闘う理由はわからないのは残念だけど」
『で、どう闘りたい?』
「ははは。闘い方の希望も聞いてくれるのかい?ますます闘りたくなくなるよ。
そうだなぁ、1射ごとにお互いが細く位置を指定しようか」
『例えば?』
「お互いが言った場所を狙って射るんだよ。身体の右とか足の間とかね」
コップの片手にビリーは身体のあちこちを指し示した。
『いいよ』
「このコップの口を君に向けるからね。中を狙ってくれるかい」
『そのコップをかい?』
「ああ。じつはね、このコップはなぜか底に鉄が埋めてあるんだ。
とんでもなくぶ厚くなってるんだよね。
たぶん僕はこの日こう闘うって思ってたんじゃないかな。だから正確に射ればコップの中に矢が入るから痛くないのさ」
『外したら?』
「もちろん外したら痛いよ。場所が悪ければ痛いなんてもんじゃ済まないだろうけどね。それでもその瞬間に勝ちは決まるよね」
『わかったよ』
「じゃあ交代でいこうか?僕から射っていいかい?」
『ああ』
『「じゃあ始めよう」』
『いいよ』
25メルほどを空けて。
もう1人のビリーがコップを向けたのは右胸の前あたり。
「はは。最初から勇気があるね。外して左胸に当てたら、僕は負けるけど君もただじゃ済まないよ」
そんなことを言いながら、躊躇うことなく射かけるビリー。
シュッ!
カンッ!コロン
矢は寸分違わずコップの中に当たって、下に落ちた。
『お見事』
「じゃあ今度は君の番だね。うーん、ここにしよう」
ビリーがコップを置いたのは、自身の左胸の上。
もう1人のビリーが的を外して身体に当たれば無事に済まないし、威力が強すぎてコップを突き抜けても限りなく危険である。
「うん、これは…痺れるなぁ…」
『いくよ』
「いいよ」
シュッ!
さすがのビリーも萎縮する思いだが、表面上は笑顔を絶やさないままでいる。
カンッ!コロン
ビリーが左胸に置いたコップに放たれた矢は、コロンと音をたててから落下した。
「お見事」
「はは。本当に痺れるよ、これは…」
『次はここだよ』
もう1人のビリーが、コップの口をビリーに向けて置いたのは額の真ん中あたり。
「はは。これもまた…キツいな」
「僕が外したら、君とサヨナラになっちゃうね」
『そうだね』
ここでも、躊躇うことなく即座に射かけるビリー。
シュッ!
カンッ!コロン
矢はコップの底に当たってから落下した。
『お見事』
もう1人のビリーがビリーに問う。
『ビリー、君のダンジョン探索の目的はなんだい?』
「僕は知らないことを知りたいのが何よりの目的かな。あとは見たことのない魔獣と闘ってみたいって気持ちも正直あるんだ」
『それは?』
「だって行ったことのない階層には知らない風景や知らない魔獣がいるだろ。知らないものを知ることができたらうれしいし、知らない強い魔獣とも闘ってみたいよね」
『一歩間違えたら死ぬとしてもかい?』
「リスクは覚悟の上さ。リスク無しの安全地帯から自分の欲を満たすほど、僕は傲慢じゃないよ」
『君は文人じゃなかったのかい?』
「はは。ヴィヨルドに来てから、僕は自分を文人だとは思ってないよ」
『それは強さへの欲望かい?』
「ないとは言わないよ。階層をひとつ越える度に、強さを実感できることは嬉しいと思うよ。でも僕はタイガーほど純粋に己の強さを求めてはいない」
『ビリー、君は欲張りだな』
「ははは。欲張りか。それは僕にとっては素晴らしい賛辞だよ」
『ふっ。喜んでもらえて良かったよ』
「やりたいことはいっぱいあるし、日々後悔もいっぱいあるよ。
僕を導いてくれたエルフの先生にもっともっと師事していたかったって、今もときどき思うからね。
人の未練や後悔。なかなかどうして…思い通りにならないもんだね」
『そうだねビリー……』
長い沈黙のあと。
もう1人のビリーが口を開いた。
『良かろう。君の勝ちだ。ビリー、この先も進みたまえ』
「ありがとう。ついでながら、このダンジョンの目的は一体なんなんだい?」
『ははは。ダンジョンの目的を聞いてくるか!ビリー、君らしいな』
『25階層はね、個人としてこの先のダンジョンも探索できる力があるか否かの能力確認なんだよ。
あと、なぜ探索するのか明確な目的意識だね。
君はこの設定条件をクリアした。
これで終わりだよ。
と言っても君のここでの経験はすべて消去されるけどね』
「ありがとう。また君と話をしたいけど、もう会うことはないかな。元気で、もう1人のビリー」
『ああ、君もな』
パーンっ!
手のひらを合わせて別れた。
『フッ。このダンジョンができて以来、こんな別れをする子は初めてだよ。本当にすごく良い子だ…』
ビリーの階層主バトルは、1点鐘ほど。
歴代最速だった。
階層主に愛された、稀有な探索者だったことは、誰も知らない。
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