アレク・プランタン

かえるまる

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第2章 幼年編

214 タイガー

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【  タイガーside  】

スライムを抱えて棺に入ってすぐに記憶が落ちた。

目が覚めた今。
これが夢なのか現実なのかは定かではない。


ギギギギギーーーー


棺を開け、起き上がり外を見渡すタイガー。
目線のその先には自分と同じく棺から出てくるタイガーが1人。

2人のタイガーだけがいる階層主の部屋。


 「また今年もお前か」

 「ああそうさ。俺はお前で、お前は俺だよ」

 「フッ」

 「お前は俺に勝てるのかな?」

 「勝たねば先へ行けまい。ならば勝つのみ」

いつものように、両手の爪を立て、前屈みに構えるタイガー。

 「フッ。まるで鏡を見るみたいだな」


昨年もここに来たことは覚えている。ここで自分自身と闘ったことも。
だがどう闘って、どう勝ったかの記憶は一切ない。
それを思い出そうにも、まったく思い出せないのである。


やるしかあるまい。
そう思うタイガー。

ダッ!
ダッ!

5メルは楽にある距離を一足飛びに飛びかかる。
もう1人のタイガーもそうだ。

ガキキキキキーーンッ!
ガキキキキキーーンッ!

まるで金属同士を叩きあわせたような甲高い音。

バババババーーーンッ!
バババババーーーンッ!

バリバリと両手の爪牙で相手を切り刻もうとする。
しかしこれがシンクロして鏡の前と鏡の中のような動きになる。

ガンッ!ガンッ!
ガンッ!ガンッ!

2合、3合、爪で打ちあう。

ドウッ!ドウッ!
ドウッ!ドウッ!

拳をぶつけて殴りあう。

ギユユュュューーッ!
ギユユュュューーッ!

がっぷり四つに組み合い体術に持ち込む。

シュッ!
シュッ!

一旦間合いを取り、離れたところから急速旋回で足蹴りする。

タイガーからタイガー
に。
タイガーからタイガーへ。
すべての攻撃が同等の力で反発してくる。

ドウッ!
ドウッ!
ギユユュュューーッ!
ギユユュュューーッ!
バババババーーーンッ!
バババババーーーンッ!

同等。互角の争いが延々と続く。
それが凡そ3点鐘余りも続くと、さすがのタイガーにも疲れが見えてきた。

 「ハーハーハー。フッ、強いな」

 「俺はお前だからな」

 「だが俺は負けない」

 「何に対して負けないんだ?」

 「もちろんお前に対してだ」

 「では俺に勝ったらどうする?」

 「お前に勝ってダンジョンの先へ進むだけだ」

 「なぜダンジョンの先へ進みたい?」

 「何を訳のわからんことを。ダンジョンの先を目指すのが10傑になった者の使命。すべての学園生から託された願いだからだ」

 「使命、願いか。お前はその他人から託された願いとやらに疑問は抱かないのか?」

 「疑問などあろうはずがない。俺の目標は弟の夢を叶えることにも通じるからだ」

 「ほお」




タイガーには2歳年下の弟がいた。
周囲でも評判の仲の良い兄弟であったのだ。

が、弟は病いで亡くなった。ゆっくりと全身が衰えていく病い。
この世界ではわりとよくある病い。

裕福な家庭であれば医師、薬師の医学的な処方で治癒したことだろう。或いは聖魔法士等の回復治癒魔法であればたちどころに治癒しただろう。

だが、貧しい市井のタイガー家が魔法士を招聘するお金はもちろんない。手に入れられる安価なポーションでさえも、貧しいタイガー家には決して安価とは言い難い。
月に1度教会で施される無料のヒールだけが弟の命綱であった。


 「おれも早く病気を治して学園に行くんだ。そんでもって1組になって、10傑にもなるんだ」


 「兄ちゃん、学園に入ったのか!しかも1組かよ!すごいすごい!」


 「おれも再来年には学園に入るぞ!兄ちゃんと一緒にダンジョンにも行くんだ」


 「それから大人になったら領都騎士団にも入るんだ。それからそれから……」

 
 「今年の教会バザーは行けなかったけど、来年は行きたいなあ。魔獣肉の串焼きも食べたいなぁ」


 「兄ちゃん、今年も1組なんだよな。すげぇなぁ!」


 「もうすぐ武闘祭だろ。兄ちゃん、今年こそ10傑に入れよ。2年生で10傑になれたらめちゃくちゃすごいぞ!」



 「兄ちゃんおれもう治らないのかな…」



 「兄ちゃん、今年は10傑になっておくれよ。
おれの代わりにもっともっと強くなってくれよ。おれを学園ダンジョンにも連れてって……」




 「兄ちゃんおれもう…」



発症から2年余りを経て。
家族が見守る中、弟はこの世を去ったのである。



仲の良い心から大事な弟だったからこそ、弟の分まで精一杯生きようと決めたタイガー。

弟の死後は、ただひたすら武術修練に励んだ。
強くなるために。

学園10傑、学園ダンジョン探索と弟の夢を着実に果たしてきたタイガー。
今年が最後の学園ダンジョン探索である。
卒業後は弟が憧れていた領都騎士団に入ることが次なる目標だ。


 
 「タイガー、お前が欲しいのは名誉か?」

 「ふん。名誉などは要らん」

 「女か?ダンジョン記録を作れば女も好きに選べるぞ」

 「フッ。そんな色欲になぞ誇り高き虎の獣人は溺れはしない」

 「金か?深く進めば学園から報奨金も貰えよう」

 「弟が生きていれば金はいくらでも欲しかったがな。
今は日々食えればそれで十分だ」


 「ではお前を突き動かす原動力はなんだ?」

 「原動力?」

 「ああ」

 「弟に恥じぬよう、強く誇り高く生きることだ」

 「わかった」

もう1人のタイガーがここに来て初めて笑顔を見せた。

 「タイガー、お前の揺るがないその目的意識は歴代のチャレンジャーの中でも有数だよ。
良かろう。
お前は認定条件をクリアした。これで終わりだ」

 「いいのか?」

 「ああ。行くがいい。ここでの経験はすべて消去されるけどな。最後にお前の最高の一撃を以って己の道を切り開け」

 「ああ。俺も6年生。もうお前と会うことはないがな」

 
 向かいあうタイガーとタイガー。

 「「じゃあな」」


 ダンッ!
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