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第2章 幼年編
195 11階層
しおりを挟む例年通りならば、15階の階層主は大蛇だという。その名はヒュードラ又はヨルムンガー。
直近10年。
学園ダンジョンパーティーが到達した平均的探索階層は15階層。
多くの学園パーティーがこの15階階層主に時間、魔力、体力をかけ過ぎた結果、その後は撤退を余儀なくされるという。つまりはこの先の学園ダンジョンの探索を有利に進むか否かの試金石が15階の階層主だと。
「勝てなくはないのよ。でもね、ここで力を使い果たすチームが多いの。だからこのあとの階層はジリ貧になるのね」
マリー先輩が言った。
「本当だぞ。去年も何本切り落としたら気が済むんだというくらい頭を切り落としたからな」
苦々しげにオニール先輩が言う。
「ああ、何本矢を射たことか。しばらくすればすぐに復活するんだからね」
ビリー先輩が胸の前で両手を上げるポーズ(よく大人が俺にやるポーズだよ)をしながら言った。
15階階層主。その蛇の名をヒュードラ又はヨルムンガーと言った。
自在に動く多頭蛇の魔獣だ。
名前はまさしく俺が知ってる神話世界の大蛇そのもの。ヒュドラ、又はヨルムンガンドだ。
頭を斬り落としても、何度も何度も再生すると言う。
この魔獣の生命力の強さとダンジョンのチームのタフさとの勝負。
お互いが削りあう耐久力勝負に陥りやすいのがこの15階階層主戦だという。
「アレク、俺たち6年生はこの階層主との闘いは、お前に期待してるんだよ」
キム先輩が言った。
「そうなの。アレクなら何かやってくれるかもって思ってるの」
リズ先輩が。
「そうだよアレク君」
ビリー先輩が。
「オイもだぞアレク」
ゲージ先輩が。
「デカい蛇をうまい食いもんに変えてくれよアレク」
オニール先輩が。
「さっさと倒してくれよ。アレク、お前ならできる」
タイガー先輩が。
「この15階層、6年の私たちはアレク君に期待してるのよ。勝手だけどお願いね」
最後にマリー先輩が言った。
「はい!俺、頑張ります」
長く病床にいた俺はVRゲームやラノベの異世界転生ものの知識がある。
女神様は転生する俺に「チートはありませんよ」って言ったけど、考えようによってはこの知識そのものがチートなのかもしれない…。
ならば、15階階層主の大蛇ヒュードラ(ヨルムンガー)を倒せるヒントが記憶のどこかにあるのかもしれない。
▼
11階層に着いた。
ぱっと見は平和な雑木林だ。家の裏にある林に近いかな。
落葉樹中心。
密ではなくまばらな木々。
そういや家の裏の林で、ヨゼフ父さんとよく木の実拾いをしたよな。
まだ、スザンヌもヨハンも生まれる前。
ヨゼフ父さんとマリア母さんと3人、朝から晩まで一緒にいた。家族で食べる質素な食事。あの頃は木の実でさえ、ごちそうだった。
日がなやせ細った畠の石拾いをしていた。それでも小さな芋しかできなくって。
毎日が幸せだった。俺を本当の子どもとして愛してくれるヨゼフ父さんとマリア母さんがいた。
スザンヌが生まれて、ヨハンが生まれて、家族も村もどんどん豊かに幸せになった。
あの頃があるから、今の俺があるんだ。
だから俺は、この先何が待ち構えていても頑張れる。
11階層は、日本的な雑木林が広がっていた。
ザクッ ザクッ ザクッ サクッ
落ち葉を踏みしめて歩く。ここでも微かに残る痕跡ような道筋を進む。
先を行くキム先輩を斥候に、前衛の俺、長距離砲もあってオールマイティに精霊魔法を発現できるエルフのマリー先輩、聖魔法士のセーラ、ポーターと後衛の熊獣人シャンク先輩から成る本隊のボル隊だ。
ここでも索敵をしながら先頭を進む俺。
ヒューと爽やかな風が感じられる。
魔獣が出なきゃ、ここは家の裏の林っぽくっていい場所なんだけど‥‥
タッタッタッタッ…タッタッタッタッ…タッタッタッタッ…タッタッタッタッ…
「アレク!」
うん、これはわかるかも。
「ゴブリン3人とワーウルフが3頭…ああ、ゴブリンライダーが3組だねシルフィ」
「正解!できるじゃん!」
「あざーす」
「ようやくダメダメちゃんからダメちゃんになったわね」
「はは。厳しいなシルフィは」
俺にとって好ましい雑木林のような雰囲気にリラックスできたのかな。
今回は魔力を伸ばして探していくというか、魔力を留めて引っかかってくるのを待つ感じで索敵できた。
何でもかんでも前のめりで索敵してちゃダメなのかな。良い意味で受け身で引っかかるのを待つのもアリなんだ。
タッタッタッタッ…タッタッタッタッ…タッタッタッタッ…タッタッタッタッ…
100メル(100m)以上先から駆けてくるゴブリンライダーが3組。
150mくらいの位置で俺の探索の網に引っかかった。
「ゴブリンライダー3組接近中!」
◯ゴブリンライダー
ワーウルフやブッシュウルフに騎乗するゴブリンをゴブリンライダーと称する。ゴブリン自体にはない機動力があるペア。通常は2組以上のゴブリンライダーで行動する。
その機動力ゆえに2組であっても単独の鉄級冒険者にはかなり危険。
10組以上のゴブリンライダーを群れと言う。30組以上に群れたゴブリンライダーはギルドのレイド(多人数参加型のクエスト)対象。
食用不可。
タッタッタッタッ…ダッダッダッ…ダッダッダッ…ダッダッダッ…ダッダッダッ…
俊敏なウルフを自在に操るゴブリンライダーは、とにかく疾い。
強さ自体は大したことはないんだけど、後手にまわると厄介なんだよね。
だから魔法、弓矢ともに正確に放つことができなきゃダメなんだ。
俺は肩に下げた矢を2本番え、ゴブリンが騎乗するワーウルフに向けて速射する。
風の精霊シルフィのおかげで、1度に2本放っても威力のある矢を放てるんだ。
3組のゴブリンライダーのうち2頭のワーウルフに1射2本。
次いで1本を射る。
シュッ!
ガーッ
シュッ!
ガーッ
シュッ!
ガーッ
ワーウルフが倒れ、ゴブリンは勢いよく前方に放り出される。
ワーウルフ3頭さえ倒せば、心配は要らない。騎乗する狼さえ倒してしまえばただのゴブリンだから。
タタタタターーッ!
ザンッ!
ギャッ
ザンッ!
ギャッ
ザンッ!
ギャッ
ゴブリンに駆け寄り、そのまま3体も斬り伏せる。
もちろんこの間も索敵を疎かにしないよ。
このゴブリンとワーウルフの組合せ。コイツらには、魔石も魔獣肉も価値は無い。そのまま捨て置いてOKだ。
「行くよみんな」
「「「了解(です)」」」
11階層の雑木林は開けた空間が多いだけに、索敵もしやすかった。
サクサクッ…サクサクッ…サクサクッ…サクサクッ…サクサクッ
「アレクあれは?」
「ジャイアントアント5匹にソードビートル3匹?」
「あたり!」
「へへっ」
ピッタリ当たると嬉しいな。
◯ジャイアントアント
昆虫、蟻の魔獣。50㎝ほどの大きさ。集団行動をする魔獣。その危険性は、群れの数に比例する。100匹を超える群れは危険。1,000匹を超える群れはレイド対象。
魔法耐性は無い。火魔法が効果大。食用不可。
◯ソードビートル
昆虫、クワガタムシの魔獣。80㎝ほどの大きさ。刃物(鍬)のような一対の牙を持つ。防具
のない四肢で噛まれれば鋭利な刀を使用したように切断される。稀に上空から飛来する個体もいる。
火魔法が効果大。
表皮は硬く、裏面からの刺突も効果的。
牙は武具として転用できる。食用不可。
概して昆虫の魔物は火魔法に弱い。
この場合も火魔法フレアの一発で片付けられるけど、火はダメだ。
ソードビートルの一対の牙がほしいから。あれを研磨したら、良い矢になるんだ。
サクサクッ…サクサクサク…サクサクサクサク…サクサクサクサク…
地を這い、どんどんと近寄るジャイアントアント5匹とソードビートルが3匹。
20メル、10メル、9、8、7、6、5…
ズドーンッ!
土魔法で地面を隆起。ソードビートルをひっくり返す。ジャイアントアントはひっくり返らなくても構わない。
ザンッ!
ギャッ
ザンッ!
ギャッ
ザンッ!
ギャッ
魔石を含めて利用価値のない蟻の魔獣はまとめて刺突。ひっくり返ったソードビートルは丁寧に刺突を加えていく。愛刀が刃こぼれしたら嫌だからね。
「ちょっと待っててくださいね」
そのまま鍬のような牙を回収する。3匹だから6本の矢が出来るよ。
この後も、襲い来る魔獣は退けて進む。ソードビートルの牙だけは集め続けて。
▼
さすがに1日1階層踏破が目標となるだけはある。
11階層も距離が長いこともあるけど、魔獣が途切れないんだよね。
100メル歩くか歩かないうちに、魔獣が襲ってくる。強くて困ることはないんだけど、途切れないんだよなぁ。
ロープレですぐに会敵して先に行けない感じと一緒だよ!
いっそのこと、キム先輩みたいに忍者や隠密的にコソコソ行けたらいいのになぁ。
あっ!
ひょっとしてジャイアントアントが使えるかもしれない!
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