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第2章 幼年編
187 魔力を纏う
しおりを挟むゴゴゴゴゴゴォォォーーーー
魔獣ゴリラが座っていた椅子の後ろの壁が揺れて、中から扉が現れた。
各階層主を攻略すると、次の階層へと至る扉が現れる。
その扉の先にはセーフティエリアと呼ばれる休憩室もある。
倒した階層主(5階層は魔獣ゴリラ)は丸1日後に再び蘇るという。
なので後行のチームはそれまでにこのセーフティエリア(休憩室)にたどり着けばいいわけだ。
俺は、後行のチーム(ブーリ隊)が来るまでに、お楽しみパーティーができるような食事を準備すれば良い。
休憩室(セーフティエリア)に入る。
ドアノブの付いた片開きの開戸を開ける。
ギギギーーーーー
「お邪魔しまーす」
「フッ。誰もいないぞアレク」
なぜかキム先輩に笑われてしまった。
「おぉー!」
広さは30畳ほど。
長テーブルが真ん中に据えられ、椅子もなぜか人数分の10脚!
キッチンのような場所にはシンクのような凹みや塵捨て場的な穴まである。
床にはお金持ちの家に敷いてあるような絨毯まで。しかも部屋全部がめっちゃ綺麗なんだよね。
誰か掃除してくれてたのかなぁ。
お掃除ロボはもちろん見当たらないし、空調設備も見当たらない。隠しカメラも見つからない‥。
あーダメだダメだ。そんなこと考えちゃ。
そう、これも「こんなもんだ」って思わなくっちゃな。
「ブーリ隊が来るまでゆっくりしようか」
そう言ったマリー先輩が椅子に腰掛けた。キム先輩、シャンク先輩、セーラも後に続く。
俺はシャンク先輩に担いでもらってた鞄からお茶セットを出して、お茶の用意をする。
「アレク君、ぼくも手伝うよ?」
「あーシャンク先輩はのんびりしててください。俺、こういう準備するのが好きなんで」
「アレク私は?」
「うん、セーラも座ってて」
「フフ。アレク君、良い奥さんになれるわよ」
マリー先輩が言った。
「あははは」
俺、奥さんにはならないと思うんですけどね。
ここはこうだった、あそこはこうだったと振り返りながらみんなで話をする。
比較的順調に進んできたと思うから、みんなの雰囲気も良い。
そんな話をしながら、お茶とクッキーを用意する俺。
学園ダンジョンに潜る前、クッキーは沢山作って持ってきたんだ。
残った仲間たちやレベッカ寮長、ナタリー寮長、ミューレさんにも渡してあるよ。
クッキーはカウカウのミルクとコッケーの卵で生地を練ったオーソドックスなもの。もちろんメイプルシロップを使って甘くしてあるけど、元の世界の人が食べたら「ふつう」の味だと思う。
でも甘味がほぼない世界だからね、ここは。
「アレク、すごく美味しい!」
セーラが目を輝かせて言った。
「本当、美味しいわ!」
「うまいな」
「こんな甘いお菓子、ぼく初めて食べるよ!」
みんなが喜んで食べてくれると嬉しいな。
ぽりぽりポリポリぽりぽり‥‥
シャンク先輩。大きな熊さんが小さなクッキーを頬張る姿は、なんか癒されるわー。
お菓子を食べながら、ひと息入れていると、だんだん落ち着いてきた。
あー和むよー。
「キム先輩、どうやったら壁にひっつけるんですか?」
魔獣ゴリラとの戦闘中、キム先輩は足を壁に付けて垂直になっていたもんな。
「ああ、あれも闇魔法の応用だ。地面に圧をかけるスキル『金剛』はアレク、お前も使えるよな?」
「はい」
「感覚は違うが、簡単に言えばあれを天井でやるんだよ」
「へぇー‥?」
うん、ぜんぜんわかんない。
「セーラは『フライ』を使えるよな?」
「はい」
「セーラ、アレクをちょっと浮かしてみてすくれ」
「はいキム先輩。アレクいい?」
「いいけど‥?」
「じっとしててね。目を閉じててもいいよ」
「うん‥」
速攻で目を閉じ、直立不動となった俺。なんとなくバンジージャンプを想像したんだ。自慢じゃないけど高所恐怖症だから‥。
「フライ!」
セーラがそう言うと、俺はゆっくりと宙に浮いたみたいだ。足下を踏みしめる感覚がないもん。傾いてる?
そーっと薄目を開ける。
「あわわわ。浮いちゃってるよ!」
横向きになっている俺の傍らにセーラの顔がある。
恐っ!恐っ!
フフッ
わはは
ふふふ
浮いたまま慌てふためく俺を見て、先輩たちが声を上げて笑っている。
「セーラ、そのままアレクの足をこっちの壁につけてくれ」
「はい」
スーッと俺の身体の向きが変わり、足が壁に向く。
あー!
今の俺、リアルUFOキャッチャーだよ!
ハイルがレベッカ寮長に持ち上げられるやつと同じだよ!
ウィーンって持ち上げられるやつ。
「アレク、金剛で足に力を入れ、壁に付いていられるか?」
「やってみます。金剛!」
「・・・」
ぜんぜんダメ。
壁に付く感覚がない。
膝から脹脛、足裏までの身体が硬直した感覚になるだけだ‥。
「キム先輩、できません」
「気にするな。最初からできるわけはない。
ただ、今の足裏と壁をよく見とけ。ここに魔力を纏わすんだからな」
トントン トントン
キム先輩が俺の足裏と壁を交互に触る。
「はい」
「足裏と壁がひっつくのもイメージを強化するところからだ。セーラ、もういいぞ。ありがとう」
「はいキム先輩。アレク下ろすよ」
「ああ、セーラありがとう」
ウィーンと床に着いたよ。
キム先輩が言うには、闇魔法も聖魔法もすべて、魔力を使って思ったとおりのことを発現することなんだと言う。
壁に立つのも、足裏に魔力を纏わせて壁に吸着する、それだけのことなんだと言う。
それだけのことだと、簡単に言うキム先輩。あーでも今の俺には、そんなに簡単じゃないよ。
壁に立つにはまだまだほど遠い俺だけど、魔力を足裏に纏わせるということは理解できた。
キム先輩とセーラのおかげだ。
日々努力をしていけば、これもいずれはできるようになるだろう。
「アレク、今日1日の索敵は聴くことに集中したな」
「はい」
キム先輩のアドバイスのおかげで、聴力が上がってきたような気がする。微かな音にも気をつけるようになったから。
「明日からは魔力を広げることを意識して聞いてみろ」
「はい?」
「足下に魔力を纏わせるのと同じだ。今日お前がやったのは聴くことに集中してたよな?」
「はい」
キム先輩が両手手のひらを両耳にあてるジェスチャーをする。
「外からの音を身体に取り込む意識だっただろ?」
「そうですキム先輩」
うん。俺、耳が掃除機になったようなイメージで微かな音を拾おうとしてたから。
「明日は魔力を外に広げる感覚でやってみろ。明日はうるさい音がするところだからな」
「はいキム先輩!なんかキム先輩が言ってる意味が解りました!」
うん。これはイメージがつき易いな。
モニター画面上の丸い円が広がっていって、ピコーンっていうやつ。
映画でレーダーに敵の飛行機とかが映るやつだよな。
或いは池に石を投げたら波紋が広がるみたいなやつだ。
あと、昔シスターナターシャが教えてくれた魔石に魔力を込めるやり方の応用だ。
魔石から魔力を吸いとるイメージ。
これが今日やった聴くイメージに通じるだろう。
外から魔力を吸いこむように、掃除機に自分がなるやつだ。
明日からやる魔力を広げるのは、これとは真逆。
魔石に俺の魔力を注ぐやつだ。
広くレーダー探知機に自分がなるイメージに通じるだろう。
自分を中心に薄く広く、レーダー探知機のように魔力を広げるんだ。そして探知に引っかかったものを集中して探るんだよな。
後々解ることだが、俺のこのイメージ作戦は、ピッタリ大正解だったようだ。
手始めとして俺は椅子に腰掛けたとき、足裏から魔力を放出することをイメージし、その放出した魔力が接着剤のように接地した床に貼り抜くことをイメージしだした。
繰り返し、繰り返し、何度も何度も反復して。
魔石だけじゃなく、身体に魔力を纏わすことや、魔力を放出することもこの日から始めた訓練だ。
お茶を飲みながらキム先輩が言った。
「アレク、今日はよくやった。また明日からがんばれよ」
「はい、キム先輩!」
たしかにキム先輩は口数が多いほうではない。その代わり、1つ1つの言葉が重いんだよな。
俺は言葉の意味を理解しようと集中するし。
ついついあれこれ喋ってしまう俺は、キム先輩のような寡黙なところはないもんな‥。
「じゃあ俺、ブーリ隊の先輩たちが戻ってくるまでメシ作ってます」
「ああ、頼むぞ」
「アレク君よろしくね」
「アレク、僕もなんか手伝うね」
「シャンク先輩、ありがとうございます」
「アレク、私にもお料理を教えてくださいね」
「そうだ!セーラ、一緒に料理作るか?」
「はい!」
笑顔いっぱいになったセーラ。
でも‥なぜかマリー先輩とキム先輩が顔を顰めた‥。
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