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第2章 幼年編
175 連帯(後)
しおりを挟む「ア、アレク君‥やっぱり私恐いわ。いきなり変な人に絡まれないかしら?」
先にアポを取ってきた。俺は冒険者ギルドでの打合せにミランダさんと来た。
犬猿の仲とも言われる商業ギルドと冒険者ギルドだから当然その職員同士に繋がりは無い。
さっきからガクガクブルブルしているミランダさん。
ミランダさん本人も含めて。ふだんからカチッとした身なりの人を見慣れているミランダさんにすれば昼間っから呑んだくれた冒険者の姿なんて刺激的だろうなあ、きっと。
扉を開けて冒険者ギルドの中へ。
「ヒューこれはこれは場違いに綺麗なねぇーちゃんじゃねーか!」
おっ!いきなりの洗礼だよ!俺にはなかったギルドテンプレの発動じゃん、羨ましい!
「綺麗なねーちゃん、綺麗なねーちゃん、綺麗な‥」
呪文のように唱えているミランダさん‥。心なしか口角が上がっているよ。
だめだ、こりゃ。
「綺麗なねーちゃん、こっちきて一緒に呑もうぜー」
ヨロヨロと立ち上がった背の高い酔っぱらいが3人。
「「!」」
その内2人が、俺の顔を見て即座に立ち止まった。
「あ、アニキ!」
その1人がアニキと呼ぶもう男の腰を抱えて必死に止めた。
「アニキ、マズイ!」
「何がマズイだーヒック。俺は鉄級冒険者のフォックス様だぞーヒック」
もう1人の男は早々に硬直して俺と目を合わせないように、じっとしている。
未だ怪気炎を上げる酔っぱらい、自称フォックス様がそのとき俺の顔を見た。
瞬時に違う意味で蒼い顔になったフォックスだ。
「ア、アレク!アレク‥さん」
そう酔っぱらいの冒険者3人組は訓練場で闘り合った男たちだった。
(おい学園の狂犬だぞヒソヒソ)
(こないだは獅子獣人の女の子を手篭めにしたってよヒソヒソ)
聞こえてるよ!
変な2つ名やめてくれよ!
しかも手篭めって、なんでそんな話になってんだよ!
「す、すまねぇアレクさん。ねーちゃんがお前さんの連れとは知らなかった‥」
即座に詫びを入れたのはサーマル副ギルド長の腰巾着 狐獣人の鉄級冒険者フォックスだった。
「いーよ別に。ねえフォックス先輩。この人のこと、ねーちゃんの前になんて呼んだんだっけ?」
「あ、ああ。綺麗なねーちゃんと言った。本当に本当に悪かった!」
言うや否や、すごすごと、引き下がるフォックスと取巻きの狐獣人3人衆だった。
「ミランダさん、ごめんね。でも綺麗なねーちゃんだって!」
「そうよ!アレク君、ちゃんと聞いたよね?綺麗なお姉さんよ、綺麗な!」
ふんすと胸を張るミランダさん。
なんか違うんだけどな‥。
まあ本人が喜んでるならいいか。
「ヒロコさんちーす」
「ああアレク君。聞いたわよ、武闘祭で3位になったんだってー?」
「あはは」
「今日は真面目な話があるんだって?ギルド長も顧問も待ってるわよ。で、そちらの方は‥?」
「うん。こちらは商業ギルドの受付のミランダさん。ミランダさん、こちらは冒険者ギルドのヒロコさん」
「「はじめましてヒロコ(ミランダ)です」」
「2人とも‥同じだね」
(おお2大お局様が揃いぶみだよ!)
「「どういう意味よ!」」
ユニゾンで絡まれてしまった。
「えっ!?りょ、両ギルドを代表する綺麗なお姉さんが揃ったなあって思っただけだよ!」
「「まっ、綺麗だなんて正直ねっ!」」
(相変わらずチョロ!2人ともチョロいわー)
実際、2人とも綺麗なお姉さんではある。
世界が違えば、間違いなくモテモテだろう。
冒険者ギルドの受付嬢ヒロコさんはカジュアルな服装の美人。ジーンズにカウボーイハットなんか絶対似合うだろうなあ。
商業ギルドの受付嬢ミランダさんは制服フォーマルの美人。
キャビンアテンダントなんかの制服着たら最高に似合うだろうなあ。
でも‥15歳で成人するこの世界で「アラサー」はやっぱり‥‥残念賞!
▼
「よおアレク、10傑の3位だってな。タイガーには体術で負けたって?馬鹿かお前は。変なとこにこだわりやがって。まあ、嫌いじゃないがなワハハ」
「でなんだ?タイラーだけならまだしも俺まで呼びつけやがって。しかもなんか綺麗なねーちゃん連れやがって」
ぱあっと口角が上がるミランダさん‥。
俺はミランダさんを紹介する。
「えーっと紹介するよ。こちら商業ギルドの受付で俺の担当やってもらってるミランダさん」
「ヴィンランド商業ギルドのミランダです。お2人には貴重なお時間をいただきましてありがとうごさいます」
「ああどうも。冒険者ギルドのタイランドだ。一応ギルド長をやってるよ。であっちがロジャー」
「ああどうも。一応顧問って肩書きもらってるロジャーだ」
「救国の英雄‥」
ミランダさんの呟く声が聞こえた。
「で、商業ギルドの綺麗どころを連れたアレク工房さんは冒険者ギルドに何の依頼ですかね?」
(なんだよ、嫌味ったらしい言い方しやがるオッサンだな)
「バカヤロー聞こえるぞアレク!」
「ワハハ。タイラー、嫌味ったらしいオッサンだってよ」
「うるせー!ロジャーは俺よりオッサンだろ!」
(どっちも一緒のオッサンだよ)
「「きこえてるぞアレク!」」
「「フフフ」」
ミランダさんとヒロコさんの2人が声を揃えて笑った。
どうやら緊張しているミランダさんをリラックスさせるオッサンなりの気配りなんだろう。
「で?」
タイランド冒険者ギルド長が問いかけた。
「うん。相談したいのは、これなんだけどね」
駆け引きとか無しで、俺はいきなり本題に入った。
「はい、これ」
「はい、これ」
「はい、これ」
俺は小瓶に入れたメイプルシロップとスプーンを3人に配った。
「舐めてみて」
「・・・」
無言のまま、3人が小瓶の蓋を開けて、メイプルシロップを舐める。
「あめーな」
タイランドギルド長が眉を顰めて言った。
「「あま~い!」」
嬉々としてロジャー顧問とヒロコさんが叫んだ。
まじか!このオッサン甘党なのか!
「俺は酒さえあればいいが、ロジャーは酒も蜂蜜も大好きだからな‥」
タイランドギルド長が呆れ顔で言った。
「これ、黒い森で採れるメイプルシロップっていうんだ。黒い森の中にある木から樹液を採って精製すると、この甘いものができるんだ」
真顔になったロジャー顧問が聞いた。
「アレク、どのくらい採れるんだ?」
「特殊なやり方になるんだけど、1日採って1人水桶1杯くらいかな」
「どれくらいある?季節とか関係はあるのか?」
ロジャーギルド長が続く。
「全部は確認してないけど、おそらく1度に10人や20人くらいは採れるよ。木をちゃんと管理していけば、1年中たぶん何10年と採れる」
ロジャーギルド長が続けて言った。
「アレク、黒い森ならお前1人で大丈夫だろ。学園辞めて本格的にやったらどうだ?」
「やるわけないだろ!」
「ワハハ。聞いたかタイランド。やるわけないってよ」
「ガハハ傑作だよ、アレク。やるわけないか!」
「「フフフ」」
「当たり前じゃん!」
即答する俺に、ギルド長も顧問も、ヒロコさんもミランダさんもみんなが大笑いした。
「俺、今までのものならこれまで通りミカサ商会さんで売ってもらうんだけど、それだと今度はまずいと思ったんだ」
「それで?」
ロジャー顧問が笑いながらも話の続きを促した。
「できたら冒険者ギルドと商業ギルド、ヴィヨルド領の合同の形でできないかな?」
「ん?どういうことだ?」
「例えば、メイプルシロップの収穫を冒険者ギルドが請負う。その間の護衛は領の騎士団で請負う。採ったものは商業ギルドで製造を請負う。最後の販売は商人が請負う、みたいな」
「なんだお前、ヴィンランドつーかヴィヨルド全体でやるってことを言ってるのか?」
「うん」
ここでミランダさんが話に加わった。
「この件に関しまして、ヴィンランド商業ギルド長カミール・ミョクマルからお言葉を承っております」
「ほおミランダさん、カミールから言質を得てるのか?」
「はい」
「ちょっと待てロジャー。商業ギルド長とは知り合いなのか?」
「ああ、昔ちょっとな」
「すまんねミランダさん。話の腰を折って」
「いえ」
「でカミールは何と?」
「はい。カミールギルド長からは『商業ギルドはロジャー顧問に一切を一任すると伝えてくれ。領主と会う必要があれば同道する』と」
「ワハハ。傑作だよ、傑作!大傑作だ!ヴィンサンダー領の農民の息子がヴィンランド領を動かすか。
タイランド」
「ああロジャー。冒険者ギルドはお前さんにすべて任せるよ」
「で、アレク。お前、持ってきたのは話とこのメイメイ何とかいうシロップだけか?酒か何かはねぇのか?」
「メイメイじゃないよ!メイプルシロップだよ。
あっ!忘れてた!ちょっと待ってて」
俺は商業ギルドでやったのと同じように、パンケーキを焼いてメイプルシロップをかけたものをみんなに配った。
メイプルシロップが流通すれば近い将来、こうして食卓にふつうに上がることになると。
「あめーな‥」
「甘ーい。おいし~い!ギルド長いらないんですよね。私が代わりに食べてあげます」
ヒロコさんが嬉々としてお代わりをしていた。
「たしかになアレク、これは砂糖に張りあえるものになるだろうな。
何せ場所が場所だからある程度は強くないと行けないから、冒険者ギルドも騎士団も黒い森は実力をつけるにはもってこいの話になる。その上で莫大な利益を生むんだからな」
「じゃあミランダさん。今後のことはうちのヒロコからそちらには連絡をいれますから、よろしくお願いしますよ」
「もちろんです。ロジャー顧問」
「アレク、もうねえのか?」
「はぁ?」
「だからもうねぇのか?タイラーの分はヒロコが食っちまいやがったし」
「もう無いよ。食いたきゃ森の熊亭に行けば食えるよ」
「マジか!」
「「「おいおい」」」
まさかロジャー顧問がこんなに甘党だとは知らなかったよ‥。
後に。
カミール商業ギルド長とロジャー冒険者ギルド顧問が連れ立ってヴィヨルド領の前領主ヘンドリック・フォン・ヴィヨルドと、現領主ジェイル・フォン・ヴィヨルドに面会をした。
その上で、メイプルシロップの生産を領を挙げて取り組むことが決まった。
黒い森でのメイプルシロップの採取は領都ヴィヨルドの冒険者ギルドの管轄で。その警護には領都ヴィンランドの騎士団の管轄で。
採取したメイプルシロップの精製から製品化まではヴィンランド商業ギルドの管轄で。
販売はヴィンランドの商業ギルドに籍を置く商店がする形で。
ほぼアレクの願いとおりとなったのである。
ほぼ甘味料のないこの世界において、メイプルシロップは王国内はもちろんのこと、中原中の諸国家から圧倒的に支持をされた。
結果、広くヴィヨルド領全体の経済力は増加した。元々武力優先に見られていた領の発言力は政治力も高まるのであった。
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