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第2章 幼年編
153 寮長から師匠へ
しおりを挟む行きと同じ。
2日で寮に帰ってきた。
途中、魔獣や盗賊にも遭わなかったのはシルフィとドラゴンの魔石のおかげだろう。
「寮長ただいまー」
「アレク君お帰りなさい」
「はうっ!き、今日もお、お綺麗ですね‥」
「まっ、帰ってくるなり正直ねっ!」
(危ない危ない、一瞬レベッカ寮長が「こういう人」だということを忘れていたよ!)
目が覚めるような青く濃いラメ入アイシャドウに真っ赤なルージュ。上半身裸エプロンの下にはモリモリの筋肉が自己主張を止めない。
(それなのにエプロン下の2個ボッチに目がいく俺自身が情けない‥)
夏合宿以来久しぶりに会った気がするんだけど、相変わらずレベッカ寮長はレベッカ寮長だった。
ちょうど何かの足りない食材を取りに来たナタリー寮長にも久しぶりに会った。
「あら、アレク君お帰りなさい」
「た、ただいまーナタリー寮長ー」
(あー久しぶりに見るナタリー寮長はいいよなあ。やっぱり綺麗だよ。温泉ではいい匂いもしてたなぁ‥)
「アレク君‥あんた、この子を見る目とアタシを見る目が違わないかしら?」
(あっ、レベッカ寮長の目つきが変わってきたよ!)
「も、も、もちろん違いません!」
「アレク君あんた‥」
(ヤバいヤバいヤバい!UFOキャッチャーの手がワサワサ動きだしたぞ!)
「あっ、レベッカ寮長!そんなことより、俺寮長にお願いがあります!」
「はぐらかしたわね!まあいいわ。何かしら?」
「暇なとき、俺に体術を教えてください」
「アレク君‥それ本気なの?」
はぐらかしたのは本当だけど、レベッカ寮長に体術を習いたいのも本気だ。実はクラス分け試験のときからそう思っていたんだ。
「もちろん本気です!」
「いいわ。じゃあ授業が終わったら午後に来なさい。その代わり毎日はダメよ。私とは2日おきよ。体術は筋肉や関節をけっこう使うからね。あなたはそれなりに動けるんだけど、まだ成長前で若いんだからやり過ぎちゃダメなのよ」
レベッカ寮長曰く、小さなときから体術をやり過ぎると、背があまり伸びなくなるらしい。
「そうなんですか。わかりました。じゃあ明日からよろしくお願いします」
「お兄ちゃん、将来有望な若いお弟子さんができたわね」
ナタリー寮長が言った。
「ホントよー!かわいいから食べちゃおうかしら?」
極悪魔獣の眼をしたレベッカ寮長が言った。
えっ?大丈夫か、俺?まさかアブナイ体術になるのか?
こうして俺は体術を寮長から習うことになった。
ふだんのハンスとの練習に加えてレベッカ寮長からも体術を習うようになった。
寮長の体術の指導は驚くほど理論的なものだった。
どの関節をどの方向に向けるとどうなるのかとか、どの筋肉を鍛えるとどう効果があるのか等々を懇切丁寧に教えてくれた。
教えてくれるレベッカ寮長は、押してもびくともしない身体の強靭な硬さと驚くほど柔軟な身体の柔らかさが同居していた。
そんなレベッカ寮長の教えに従って、俺は2日おきに頑張るようになった。
寮長が言う間隔を空ける意味もよくわかった。
何せレベッカ寮長から指導を受けた翌日は筋肉痛と関節痛に悩まされまくったからだ。
そんなレベッカ寮長の指導の成果は、当たり前だがすぐには出なかった。
もちろん今年の武闘祭には間に合わなかったのだが、その効果は2年生、3年生と年を追うごとに着実に出始めるのだった。
上級生となる5年生時には、体術では世代No. 1のハンスと闘っても互角になるのだがそれはまだ少し先の話だ。
レベッカ寮長がレベッカ師匠になった。でも俺はレベッカさんをいつまでも寮長と呼んだ。なんかね、そのほうがしっくりくるから。
▼
「アレクお帰り」
「ただいまハイル」
部屋に戻ったら、ハイルが机の前で勉強をしていた。
「おお今日も勉強かよ!」
「おおよ!ヴィンランドの勉強王とは俺のことよ!」
「勉強王な‥」
(なになに『王国民の初めての読み書き』‥)
「ハイル、お前はいつ帰ってきたんだ?」
「俺?帰ってないぞ」
「えっ?なんで?」
「だってお前、10組の最下位だってこと(最下位なんだ‥)帰って村に言えるかよ。恥ずいわ!だから俺、絶対武闘祭ではクラスを上げるんだ」
そう言ったハイルは机の前に向かっていた‥。
寮の談話室では、夏合宿以来仲良くなった先輩と話した。先輩は真面目な顔つきなんだけど覗きになるととたんに人が変わったようになる隊長だ。
「おおアレク君お帰り。今日帰った?」
「はいユーリ隊長、ただいま帰りました」
「そうかい」
隊長はいつも穏やかだ。覗きになると人が変わるけど。
「ユーリ隊長、今月の終わりには武闘祭ですよね」
「ああそうだね。アレク君ならけっこういい線いくんじゃないか?」
「あはは。わかりませんが頑張ります。隊長、俺に改めて武闘祭について教えてください」
「僕が知ってるのはたぶんみんなと同じだと思うよ。
まず武闘祭の特典は知ってるよね?」
「10傑になればってやつですよね」
「そう。学園10傑となれば学園ダンジョンへのアタックが授業中でも許されることだね」
「はい」
ヴィンランド学園の敷地内にある通称「学園ダンジョン」は、広い中原に数あるダンジョンの中でも唯一ヴィンランド学園生にのみ探索が許されている極めてユニークなダンジョンだ。
卒業生はおろか、たとえ王族であっても現ヴィンランド学園生でなければならないとする不文律が固持されているのだ。
学園生の誰にもダンジョン探索が可能なのだが、授業やその他学校行事を不参加(サボる)することは認められていない。
学園に入学する際、学園ダンジョンに関するさまざまな誓約書に署名するのだ。
過去にはこの規約を遵守せずに退学となった者や保護者が莫大な違約金を支払った者もいるという。
現実的なダンジョン探索の日程は、休養日とその前日の2日間に地下1層の途中までを潜ることとなる。もちろん長期休業になる夏休みや冬休み、春休みも探索は可能だ。
そうした期間の探索では行けても地下3層までが限界となる。
探索開始以来50年。未だに全容が明らかにされていない「学園ダンジョン」は、未知なる深層階の探究心とさまざまな制約ゆえに加わる難易度の高さ、それゆえにその深層階への記録更新への渇望は学園生ならびにそのOB、OGの心に深く刻み込まれているのである。
よってその年度の10傑に対する羨望の気持ちは崇敬の念に近いところまで高められているのだ。
「ユーリ隊長、武闘祭はどんな流れなんですか」
「長いよ。3週に渡って続くんだよ」
「えー?長っ!」
武闘祭では上位10傑を選ぶと同時に、学年300人の序列及びクラス分けも決まる。
そんな格闘形式の武闘祭が3週に渡って続くのだ。
因みに加味される座学の採点基準はかなり緩い。
(ハイルが現在10組生なのは、ある意味あり得ないくらいすごいことなのだ)
「武闘祭期間中は異様な盛り上がりとピリピリした緊張感が教室内でも見られるからね」
ヴィンランド学園が1年で1番盛り上がる行事武闘祭。
いよいよ今月の終わりからだ。
「アレク君なら油断はないと思うけど、特にこの1年の武闘祭以降の学年の席次は大切になってくるからね」
「はいユーリ隊長!」
ユーリ隊長は5年2組だった。
1年生にとって武闘祭はクラス分けに直結する正念場といえる行事になる。
もちろんこれ以降も年に1度のクラス分けはある。とはいえ年々その実力もはっきりしてくるため、余程の努力をしなければクラス替えも容易ではないからだ。
武闘祭は学年性別を不問、魔法術も格闘術も剣術もすべてありの個人戦である。
学生なので意図的に相手を再起不能にしたり、その他学園生として相応しくない戦闘行為は即敗退、場合によっては謹慎や退学処分となる。
「アレク君お互いがんばろうな」
「はいユーリ隊長!」
▼
武闘祭を控えたある夜、ハイルがこんなことを言った。
「なーアレク、武闘祭で上位30人くらいまでに入れば1組決定なんだよな?」
「ああ、そうなんだってな」
「知らなかったよー!俺、それがわかってたら勉強しなくてよかったんだよな」
「えっ?」
しまった、しまったとハイルは呟いていた。
「でもなハイル、せめて読み書きと計算くらいはできないとあとで困るぞ‥」
「え?そうなのか?」
「ああ‥。あのなハイル、読み書き計算ができないと学園卒業してからも困ると思うぞ‥」
「わかったよ」
うーん本当にわかっているんだろうか。
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