アレク・プランタン

かえるまる

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第2章 幼年編

073 修行中

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「し、師匠ーお、お、お待たせしましたー」

はーはー、ぜーぜー死ぬー。
もうダメ、走れないわー。
俺は外聞もなく倒れ込むようにしてホーク師匠の元に到着した。

やって来たのは黒の森。ヴィンサンダー領からは西の端、隣のヴィヨルド領からは東端に位置する未開の森だ。
強力な魔獣も多いと言う。

早朝に領都を出発、まもなく日も暮れようとしている時間に到着した。
通常の旅人ならば軽く4、5泊は要する距離だと思う。

「アレク、今日はこのままここで一泊。明日はもう少し奥へ入るぞ」

「は‥はいー師匠‥」

あーとにかく疲れたわー‥。
1日中、しかも早朝から暗くなるまで走ったなんて初めてかも‥。

夜営する場所には既にホーク師匠が捕まえた鹿の腿肉がいい感じで焼かれていた。
鹿を捕まえ捌いて、薪をくべ、焼いて、肉が食べごろになっている今の状態。しかも師匠は汗もまったくかかず、平然としている。

「師匠、やっぱり俺はぜんぜん遅いんでしょうか?」

なんとなく居た堪れなくなった俺は、師匠に思わずこう聞いていた。

「ふっ、気にするな。確かにまだまだ遅いがな」

師匠が笑いながら応える。

「やっぱり遅いですよねー‥」

過信はしていないつもりだった。
俺はチートも特典も何も無い、日本の諺で言う井の中の蛙だから。できることは努力に努力を重ねることだけ。過信ではないけど重ねた努力が身を結んでいることに喜びを覚えていたのも事実だ。そんな「自己満足的」成果はホーク師匠の前でものの見事に覆された。
だからこそ、だからこそだ。見栄を張っても仕方がない。今の俺がやれることは師匠の教えを理解してどれだけ成長するのかにかかっているのだから。
ホーク師匠がじっと俺を見つめながら言った。

「アレク、食べるぞ」

「はい、いただきます」

(仔鹿さんありがとう。生命をいただきます)

「旨~っ!」

塩だけで炙られた柔らかな仔鹿の肉。
柔らかくて肉汁迸る。
1日中走った後に食べた肉は、俺が今まで食べたすべての肉の中で1番美味かった。
なんか食べる端から身になっていく感じ。

「師匠、俺が作った塩もつけてみてください」

「塩?お前が作ったのか?」

「はい。香草とか独自にブランドして作ったアレク製塩です」

「アレク、お前‥幅広いな‥」

「はい!」

ちょっぴり呆れ顔だった師匠だったが、アレク塩はけっこう喜んでくれた。



「アレク。お前のここまでの走りは、突貫に風魔法のブーストを自身にかけたものだな?」

「はい、そうです。師匠は違うんですか?」

「違う。突貫にブーストという考え自体は悪くない。特に短時間、短距離ならばな。だが今日のように1日中ならばダメだ」

少し間を空けて師匠が俺に問うた。

「もし今のお前のような状態で敵に出くわしたらどうなる?」

「負けます」

即答だ。ヘトヘトの俺はどんなに弱い相手だろうが間違いなく負ける。

「普段なら勝てる相手ならどうだ?」

「それでもたぶん負けます」

そう、これだけ疲れ切ってたら体力はもちろん魔力も空っぽだろう。だから互角以下の相手でもおそらく負けるだろう。

「その通りだ、アレク」

「はい‥」

「人の体力には限りがある。どれだけ体力自慢になろうがな」

焚べた火がぱちぱちと鳴いている。

「まして連続して実行する魔力の発現は体力以上に消耗する」

「はい‥」

たぶん俺の今の状態のことなんだろう。

「いつか底知れぬ魔力を持った敵と闘うこともあろう。切っても切っても湧いてくる敵と闘うこともあろう。その時に体力、魔力が切れていたら‥‥‥」

一旦黙ったホーク師匠はゆっくりと俺を見つめ、手にした小枝をポキっと折って火に焚べて言った。

「‥終わりだ」

そうなのだ。俺は突貫にブーストの併用では疲れないと思い込んでいた。
というか、ここまで一日中やり続けたことがなかったから。
使えば使うほど体力同様に、やはり魔力も欠けていくんだ。

「魔力の底上げはやっているな?」

「はい。モンデール神父様にこれを貰って」

師匠に小さな魔石を見せた。
後期教会学校に入る前。モンデール神父様から入学祝いとして貰ったドラゴンの魔石の欠けらだ。

「魔力の底上げ訓練は間違っていない。里にいる幼いエルフもやるからな。まだ若いお前は毎日これはやるべきだ。ただお前は‥というかヒューマンという種族は少し勘違いをしている」

こう話したエルフのホーク師匠。
そして師匠が語る内容は、これまでの俺が考えたこともなかった考えだった。そしてそれは俺の新たな飛躍となる革新的な考えだった。

「俺たちヒューマンの勘違いですか?」

「そうだ」

「師匠、それはどう意味なんですか?」

「例えばだ。お前はその歳で火・水・風・土・金の5つの生活魔法を発現できるな?」

「はい」

「お前はそれをおそらく血の滲むような努力の末に獲得した」

「はい、けっこうがんばりました」

これは断言できる。
自分のこれまでやり続けてきた努力を人にひけらかすつもりは毛頭ないが。

「何度も挫折しそうになっただろうことは容易に想像できる」

「はい」

「ただ俺はお前のその魔法を1歳にはできたぞ」

「えっ‥‥」

転生した俺は0歳からの記憶がある。確かに女神様が言われたようにチートも特典もなかったが、この記憶があるだけでもかなりのアドバンテージだと思っていたのだが‥。
もし母上の死、父上の死と相次ぐ不幸が無かったら、あのとき手を差し伸べてくれる人たちがなかったら、俺はどうしただろう。逆に心折れる出来事や生きる気力に欠けることがなく幸せだったら、俺はどうしただろう。

今度こそと腹をくくってやってきたつもりだった。
仮に何くそっと1歳で思ったとして魔法を発現できるような努力を積んだだろうか。
いやいや、それは無い。
ぜったいに。

「師匠。師匠は天才だったんですか‥」

思わず俺はこう口に出していた。
自分1人の努力なんてたかが知れているはずだから。それを超えられるのは天才だけじゃないんだろうか。

「いや、俺は凡人だぞ。才能にも恵まれずのな。姉を、兄を、2人の天才の姉兄(きょうだい)を嫉妬していたぞ‥」

「えっ‥」

どうみても師匠が凡人には見えなかった。

「俺からみれば、師匠はやっぱり天才でしょう‥」

この思いは俺の僻みの感情かもしれなかった。
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