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4話 入ると死ぬ家
しおりを挟む「なんでだぁぁぁぁぁ~っ?!」
ランチタイムが過ぎ、空席が目立ち出した喫茶店の店内で俺は思わず叫んでいた。
「あのぅ~、お客様……他のお客様のご迷惑になりますのであまり大声を出すのはご遠慮ください」
小柄で可愛らしいメイド姿をした店員が額に青筋を浮かべ、俺の行動に釘を刺してきた。
「悪い、さくらちゃん……ちょっと驚いてね」
謝る俺にメイド姿の店員――さくらちゃんは露骨なため息をつく。
「先輩、少し自覚してくださいよ……今日はオフですけど先輩だってこの店の店員なんだから」
そう、さくらちゃんが言う通り、俺はこの店でバイトをして生計を立てている。
当然、常連客の中には俺の顔を知っている客も居るだろう。
「……悪いな。マジで驚いてしまってさぁ……」
「驚いたって、先輩の借りた事故物件のことですか?」
今度は俺がさくらちゃんに驚く番だった。
「……ちょっと待て!なんで、さくらちゃんが俺の部屋のこと知ってんだ?」
「すいません。ちょっと呼ばれたんで戻りますね」
まるで逃げるようにーーいや、これは間違いなく逃げたのだろう。
あからさまに判る嘘をついてさくらちゃんは俺たちの座る席から遠ざかっていった。
「……なんですか、あのコは?お兄さん、また新しいコに手を出したんですか?」
俺とさくらちゃんのやりとりを静観していた深咲が、不機嫌そうに問いかけてきた。
「……なんか勘違いしてるみたいだが、さくらちゃんはただの後輩だぞ」
「……ほんとですか?あのコはかなりお兄さんに好意を持ってるように見えますけど」
「怖いこと言うなよ……」
「……どうゆう意味ですか?」
「言葉どおりの意味だよ。そんなことよりも……」
俺はそう言って、テーブルの上に置かれた資料に目をやる。
そこには、深咲が用意してくれた俺の住む部屋の前住人の資料がプリントアウトされていた。
その資料を読んでいくと必ず記載してある言葉。
入居者死亡の為解約。
それも一件や二件ではなく、ざっと目を通しただけでも軽く十件は越えている。
そのあまりの数に思わず叫んでしまったわけだ。
「……なんでみんな死んでんだよ?!普通に退去してる人間が居ないっておかしいだろ……」
「……私もびっくりしました。てっきり事故物件は隣だけだと思ってたんですけど、お兄さんの部屋もガッツリ事故物件だったんですよね~」
深咲は俺に物件を紹介した建前があるのだろう。衝撃的な事実に苦笑していた。
「てめえ、とんでもない部屋押しつけやがって……やっぱり事故物件じゃーねか!」
「仕方ないじゃないですか?私がこの事実を知ったのは今日ですよ?隣が事故物件ってのは聴いてましたけど、あの部屋もこんなにひどい部屋だったなんて……」
ほんとに知らなかったのか、という疑念はあるが、こんなひどい部屋だと思わなかったというのはおそらく本心だろう。
務めてると言ってもまだ1年目の彼女がこの件を知らされてないとしてもなんら不思議ではない。実際、事故物件だからと言って、全部が全部に障りがあるわけではない。
ただ、その部屋で事件が起こり、不幸にも入居者がなくなった。当然、何事もなく次の人が住んで、リストに載らなくなった部屋だっていくつもある。
金のない俺に事故物件を薦めてきたのもその辺が理由だろう。
実際、契約を取りたいってのもあったのかも知れないが、それは考えないでおこう。
「……あのぅ、お兄さん……もしかして、怒ってます?」
ちょっと長いモノローグを語ってる間、リアルでは無言だったせいか、深咲が顔色を伺ってきた。
どうやら俺が怒っていると勘違いしてるらしい。
「安心しろ……怒ってないから。あの部屋を紹介したのは俺が無茶な注文したからだろ?」
実際彼女には駅から近くて、バス、トイレ付で二万でと注文付けてたからな。アレが余計だったと今では後悔してる。
「……それもありますけど、ほんとに危なそうなんであの部屋出ても大丈夫ですよ?」
「それだと違約金が発生するだろ?」
「……は、はい。ですけど……それお兄さんには影響ないんで問題ないかと……」
それを聞いた俺は、やっぱりなと思ってしまった。
前から一つ疑問に思っていた。
入社一年目の彼女に家賃半年間無料に出来るなんて裁量が出来るはずもない。
もし、それがまかり通っているとなると考えられるのは一つしかない。
「そいつはムリだ。これ以上お前に迷惑はかけられないからな……お前が払ってくれてんだろ、家賃?」
「やっぱりバレてました?」
「大家さんや社長でもない平に勝手に半年間無料にするなんて権限ねーだろ?」
「……ですよね~……」
深咲はぎこちなく笑う。不正がバレてしまったせいでばつが悪いのだろう。
「だから、なんとか部屋を出ないで解決出来る方法を探してみるさ」
「私も出来る限りの協力はします!」
「サンキュー……じゃあ、どうやってあの御札を手に入れるかだな」
入居者が全員死んでるとなると、周辺の関係者を当たるしか方法がない。
普通に考えられば途方もない作業だが、御札が剥がれて藤香たちが被害に遭ったとするなら、藤香たちの前の入居者が貼った可能性が一番高い。
この人物の周囲を聞き込むしかないな。
「深咲、この人の契約書を覗いて、この人物の職場、もしくは通っていた学校がないか調べてきてくれ」
「……この人ですか?」
深咲は合点がいかない様子で俺が差し出した資料を受けとる。
「今判ってることから推理したら、その人物が御札を貼った可能性が高いんだ……頼めるか?」
「判りました……情報が集まり次第またお届けしますね」
そう言って深咲は足早に喫茶店を去った。
「へぇ……あのコが噂の深咲ちゃんですか?可愛いコですね」
「……このくそ忙しいのに訳知り顔で入ってくんなよ」
深咲と入れ替わるように俺の座るテーブルにバックれたはずのさくらちゃんが舞い戻ってきた。
「いや、先輩がまた面白そ……大変そうな事に巻き込まれてるみたいだから、ボク心配で」
「今、さらっと面白そうって言いかけただろうが……」
「てへっ、ゴメンなさい!」
そう言って悪びれた様子もなしにさくらちゃんは笑顔を見せた。
このメイド姿の人物ーー通称さくらちゃんは、本名を作楽司と言う。
名前と容姿からは想像も出来ないがこれでもれっきとした男性である。
「で、今回のボクの出番は?」
「まだ今のところはないよ」
「そっか……じゃあ、またボクの力が必要なときは声かけてくださいね……先輩」
それだけ言うとさくらちゃんはテーブルから去っていった。
さくらちゃんはPCの扱いに長けている。ハッキングの技量もあるらしく、前に俺が事件に巻き込まれたときは力を借りたのだがーー今回は相手が相手だけに無関係のさくらちゃんを巻き込むことに抵抗があった。
あの化物に関わるとどんな障りがあるか判らないからな。
俺はテーブルに出されたコーヒーを全て飲み干すと、喫茶店を後にした。
◇
「……やれやれ、まさかまたこの大学に来ることになるとはな」
大学の敷地に足を踏み入れた俺は思わず嘆息した。
「仕方ないですよ。藤香さんの前の住人はここの学生さんだったんですから」
あれから深咲に調べてもらった藤香の前に住んでいた住人はここの大学生だった。
「……オカルトサークルの奴が不審死したってのは噂で聞いてたけど、まさか原因がアレとはね」
「オカルトサークル?」
「なんかユーチューブに投稿とかもしてたらしい」
そう話すと深咲はなるほどと頷く。
「大方、事故物件に棲んでみたとかやってたんでしょうね」
「興味ないからその辺は判んねーけど、オカルトサークルだったら、御札の入手とか難しくなさそうだしな」
「なら話は早いですね。早速部室に行きましょう」
そう言って深咲は俺の手を引き、駆け出した。
「ったく、場所知らねーだろ、お前は」
◇
「大学辞めた奴が何しに来たのかと思えば、可愛いコとデートかよ?」
オカルトサークルの部室に入った途端、オカルトサークルの部長矢崎が嫌そうな表情で告げた。
「残念ながらそんないいもんじゃないさ。ちょっと聞きたいことがあってここに来たんだ」
「ほう……君がこの私に聞きたいこととは珍しいね」
「悪霊封じの強力な御札が欲しい。どうやったら手に入る?」
そう訊ねると矢崎の表情が変わった。
「……どうして俺にそんなことを訊くんだ?」
「オークカラードってアパートに心当たりはないか?」
「……その名前を出すってことはあらかた調べはついてるんだろ?」
俺は矢崎の言葉に頷く。
「……だが、あの御札は何の効果もないはずだが……」
「それがあったのさ。あの御札が貼られてた期間は何事もなかったらしい。だが、あの御札を剥がした直後、奴が襲いかかってきた」
「なら、どうしてあいつは死んだんだ?」
「さあな。そこまでは判らない」
俺がそう答えると、矢崎は俺の前に一冊の雑誌を差し出した。
それはコンビニの片隅でひっそりと並んでいるような観たこともない名前の雑誌だった。
「………なんだこの雑誌は?」
「知らないのか?みんな大好きHONANAだぞ」
「いや、普通に知らないんだけど?何、その雑誌?」
俺の問いかけに矢崎はただ不敵な笑みを浮かべ、
「行ってみるといい。お前の望むものはそこにあるぞ」
もう答える気ねーだろ、こいつ……。
このオカルト研の面倒なところだ。ヒントだけを与えて、答えを与えるより探させることを美徳としてる節がある。
おそらくこれ以上追及したところで、こいつは答えをくれないだろう。
「……判った。行ってみるよ」
それだけ告げて俺はオカルトサークルの部室を後にした。
「あのぅ……お兄さん。あの方にもっと聞かなくて良かったんですか?」
サークルの部室を後にした直後、深咲がそんなことを訊ねてきた。
「出来ればそうしたいんだけどな……死んだ部員のことなんて出来れば思い出したくはないだろ?」
俺がそう答えると美咲は眉をひそめ、少し困った様子で「そうですね」とだけ告げ、微笑んだ。
◇
「ところでその雑誌……なんなんですか?」
大学を出た帰りのバスの中。
矢崎から預かった雑誌を観ている俺に深咲が訊ねてきた。
「どうやらオカルト雑誌みたいだな」
「……オカルト雑誌?それと御札とどんな関係があるんですか?」
「……よく判らんがご丁寧に印が付けられたページがある。おそらく、ここに行けってことなんだろうな」
俺は印が付けられたページを深咲に見せた。
そこには一軒の古い家が紹介されていた。
しかも、ページにはこう記されている。
現代に蘇った呪○の家。入ると死ぬ家!
そのページを読んだ瞬間、俺は思わずため息を漏らしていた。
それを耳にした深咲は心配そうに俺を見つめる。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
「すまない……ちょっと嫌なことを思い出して」
その言葉で察したのか深咲は引きつった笑顔を見せる。
おそらく、深咲も思い出したのだろう。
あの時遭遇したあの化物のことを。
もしかしたら、同一の個体でないかも知れないが、少なくとも入ると死ぬ家など呼ばれてるくらいだから、これに匹敵する何かが居ると考えていいだろう。
そんなところに入らなくちゃいけないとか憂鬱過ぎるだろう。
「いずれにしろ……ここに行かなきゃ話しにならんな」
「ですね!行きますか!」
「いや、お前も来るの?」
「当たり前じゃないですか!なんでそんこと訊くんです?」
「だって、行くと死ぬ家だぞ?」
「まぁ、そうかもしれないですけど……一度入っちゃってる訳ですから、あんま気になんないんですよね~」
いや、確かにそうだけど……考え方がだいぶフラット過ぎないか?とは言え、来るなって言ってもどうせ聞かないだろうし……やれやれ。
「わかった。けど、ヤバくなったら絶対に逃げること。これだけは守ってくれ」
「はいっ!」
目をキラキラさせて満面の笑顔で答える深咲。
なんでこいつはこんなに嬉しそうなんだよ……。
よく判らない深咲に一抹の不安を感じながら、俺たちは目的の家に向かった。
◇
「で、こいつがその入ると死ぬ家か?」
目の前には中に入ると死ぬ、とされている一軒の空き家がある
庭の草木が手入れされてなく、鬱蒼と生い茂っていることを除けば、さほど変哲のない普通の家に見える。
「……なんか思っていたのと違いますね」
俺と同様の意見を深咲は口にする。
「そうだな。けど、実際は貸し物件として使われてるんだろうから、こんなもんなんじゃないか?」
その証拠に家の入口には空き家と書かれたプレートが取付けてある。
「……確かに。じゃあ、ちょっと入ってみましょうか」
「あ、おい、そんな迂闊に……」
俺の静止も聞かずに深咲は家の扉を開け、中に入っていく。
慌てて俺も後を追い――そして絶句した。
「なっ?!」
扉を開けると奥から高速で何かが這って出てきた。
その何かを視認する間もなく、そいつは俺たちの目と鼻の先まで迫ってきた。
「うわぁぁぁぁぁっ?!!」
俺は驚きの余り大声を張り上げ、とっさに深咲の手を引き、慌てて外に飛び出した。
「お、お兄さんっ!……今のって?!」
「……ああ、間違いない。俺の部屋の隣に居たヤツだ!……なんでここにも居るのか、よく判らんけどな」
表面状、平静を装ってはいたが、実は内心ビビりまくっていた。
正直、入って死ぬ話を信じてなかったからだ。だが、話は真実だった。
しかも、またあの化け物に襲われるとは……これじゃあまるで映画そのものだ。
「どうします?」
「どうしますもなにも、ここを突破しないとどうしょうもないだろ」
俺は意を決して再び玄関のドアを開いた。
しかし、そこで足が止まり、家の中に入ることは出来なかった。
「お兄さん?」
深咲が不思議そうに訊いてくる。
「……参ったな、奴がドアのすぐ傍に張り付いてて入れない……」
映画とかなら家の最深部に入り込んだあたりで出現してくるのだが、奴にはそんな演出をしてくれる気は毛頭ないらしい。
「仕方ない……正面突破は諦めるか」
俺は玄関を離れ、庭の方に足を進めた。
数分間、庭をぐるりと一周し、再び玄関前に待機していた深咲と合流する。
「どうでした?」
深咲の言葉に俺は首を横に振った。
勝手口らしきものはあったが外部の人間の手により、侵入出来なくなっている。
正に八方塞がりだ。
深咲も俺の反応を見て、状況を察したらしく、
「諦めましょう……よく考えても危ないですよ?」
困惑した様子で俺に訊ねてきた。
「諦めるにしても……試すだけはしないとな」
俺はポケットから小さな袋を取り出した。
「その袋ってなんですか?」
「これか?これは矢崎に貰った、お清め用の塩さ」
「そんなものを何に使うつもりなんですか?」
「言ったろ、試してみたいことがあるって……」
俺は袋から取り出したお清めの塩を両手に塗りこんでいく。
「よし、準備万全だ。深咲、悪いけど玄関のドアを開けてくれないか?」
「は、はいっ!」
深咲は俺に言われるまま玄関のドアを開いた。
案の定、開けた瞬間、奴が襲いかかってくる。
だが、それは計算済みだ。
俺は奴の顔面目掛け、思いっきり拳を繰り出した。
拳が奴の顎に触れた瞬間、俺の拳に冷たい硬いものに触れる感触が伝わる。
やったか?!
道を塞いでいた奴が廊下の方へと吹っ飛んでいく。
「ええええぇぇぇぇぇ、霊って殴れるのぉっ?!」
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