虚実

101の水輪

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虚実

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 種川莉央は15歳の中学校3年生。仲間とガヤガヤするよりも、どちらかというと1人でいるのを好む。一方、落ち着き穏やかな性格で他人を思いやり、さらに成績が優秀なことをひけらかすことがないので、クラスメイトからの支持は抜群だ。
 なぜか学業成績が優秀な生徒イコール模範生と見られ、学級代表の選挙となれば勉強ができる生徒が選ばれがち。先日の選挙ではまたしても莉央が選ばれた。
「2組の後期の代表は、前期に引き続き富田君と種川さんに決まりました」
 莉央も慣れたもので、さも何もなかったかのごとくこれまで通りの日常を繰り返す。

 放課後、莉央は部室で友人の前川花梨と話してる。
「莉央、さすがだね、また学級代表に選ばれるなんて」
「別にたいしたことないって」
「私もそんなこと言ってみたい。きっと入試でも有利じゃん。あっ成績がいいから莉央には関係ないか」
「それより、作品は出来上がったの?締め切り間近だよ」
 ここは美術部だ。莉央は勉強はピカイチだが、からっきし運動は苦手なため、部活動は迷わず文化部。それも得意な絵の才能が活かせる美術部にと入学前から決めていた。
 その美術部では、玲奈が部長で花梨は副部長を務める。
「出品締め切りまであと一週間。私たち3年生にとって最後の大きなコンクールよ」
「私も賞取りたい。莉央はいいよね、勉強だけでなく絵も上手いから」
 確かに莉央は各種コンクールで上位入賞の常連でさも平然と構えているので、部員たちからは憧れの存在だ。
「そんなに何でもできて、将来何になるつもり?」
「夢とかはない。そのときしたいことかな?」
「いいよね、どうせいい高校いくの決定だし、私なんて何の取り柄もないし」
 花梨だけでなく、中学校3年生の10月ともなれば、誰もが進路に悩む時期だ。
『そんなの、私にだって悩みはあるんだから』
 周りから見れば余裕に見えても、本人にしか分からない苦悩はある。
 莉央の心からのつぶやきは、花梨に聞かれることもなくさっと消えていった。

 夜10時、莉央はいつものように塾から帰ってきた。
「莉央、お帰り。ご飯食べなさい」
 母の智奈美は、莉央の帰宅をいつも待っててくれる。
「保護者懇談会では、頼むから余計なこと言わないで」
「分かってるけど、もう決めたんでしょ?もちろん三葉高校よね」
 私立三葉高校は屈指の進学校で、毎年多数の有名大学へ合格者を出している。莉央の実力からしたら、智奈美だけでなく周囲が期待するのも納得できる。
「また?ちゃんと決めるから」
 どうやら莉央はその話が嫌なようで、いつもはぐらかしてくる。
「分かった、とにかくあと少しだからがんばって。期待してるわよ」
  それを聞いて莉央は不機嫌そうな表情で部屋に入って行った。

 12月になりいよいよ進路選択が間近に迫り、今日は進路決定直前の保護者懇談会がある日。そのため生徒たちのそわそわ感が伝わってくる。
 さっそく花梨が、莉央をつかまえて話してきた。
「莉央はもう決まってていいなあ」
「そんなのまだだって。それよりお祭りの方をお願いね」
 莉央が言う“お祭り”とは、年に1回開かれる同人誌即売会のことだ。3日間通しての催しには、海外からも含め延べ30万人もの参加者が見込まれるオタクたちの一大祭典で、莉央はそのお祭りに出品することになっている。
「よくアニメなんか描いてられるわね。賢い人は違うわ」
「とにかく1日だけでも手伝って、バイト代弾むから」
「でもこの前みたいにコスプレだけは嫌よ、ホント恥ずかしかったんだから」
「あんまり大きな声出さないで、ママに聞こえる」
 以前からの常習者は智奈美には内緒にしているが、今は大事な進路選択の時期なだけに大丈夫かと心配されてしまう。そのとき待っている莉央が呼ばれた。
「私の番みたい、行ってくる」
 そう言うと、莉央たち親子は教室へと吸い込まれていった。

 その日の夜、塾帰りの莉央を智奈美が待ち構えていた。
「莉央、すぐこっちに来なさい」
 かなりお冠で、その怒りを察したのか莉央は恐る恐る顔を出してきた。
「いったいどういうこと?懇談会でまだ志望校が決まってないって!」
「だから決まってないってこと」
「何言ってんの?三葉に決めたんじゃなかったの?」
「そんなときもあったけど、今は迷ってる」
「迷うって?まさか他?どこ?そこって三葉よりいいの?」
「それも考えて、三葉でいいのか、いやそこでやることがあるのか」
「三葉に行けるなんて贅沢よ、受けたくても受けられない人がほとんだなんだから」
「やりたいことが他に・・・・・」
「分かった分かった。そんなことは三葉に行って、いい大学行ってからで十分だって」
「だから悩んでるの、このままでいいのかと。あんまり口出ししないで」
 莉央が智奈美に口答えし反抗したのは、恐らく彼女の人生で初めてだった。それだけに智奈美の方も唖然としてしまった。

 サブカルチャーの祭典当日を迎えた。同人誌やゲーム、コスプレと、この日ばかりは世界中から愛好者が集結して来る。莉央はそのお祭りに、日ごろ描きためたアイドルキャラクター“シーナ”を主人公とする同人誌を出品した。そして約束通り花梨も手伝いに来てくれ、驚いたことにあんなに嫌がってたシーナのコスプレまでしてどこかノリノリになっている。
「シナモンさんですね。ファンです、ガンバってください」
 ブースに並んだ大勢のファンの1人が、莉央に声をかけきてくれる。どうやら“シナモン”とは莉央のペンネームのようだ。
 販売が終了し予想を越えての売れ行きだった。花梨も気分もかなりハイとなり、
「莉央、来年も絶対に来ようね」
と口にするほど浮かれてしまっている。

 莉央が鼻歌交じりのご機嫌で帰宅すると、いつも以上の智奈美の金切声声がしてきた。
「あんた塾へ行かず、どこ行ってたの?正直に言いなさい」
 智奈美のかなりの切れ具合に、莉央の方は圧倒されてしまう。
「どこって?塾に決まってたよ」
「ウソつかないで、さっきテレビであんたが映ってた!」
 何とコミケの様子がニュースが取り上げられ、莉央たちのブースが映ってしまったようだ。ピンときた智奈美が莉央の部屋を探ったところ、これまでの同人誌や描きかけのセル画が、ベッドの下から大量に出てきてしまった。
「前々からおかしいと思ってたけど、まさかここまでとは・・・」
 あまりのショックに、智奈美は言葉を失ってしまう。さすがに莉央もマズいと思い黙りこくったため、長い長い沈黙の時間が流れていった。
 1時間も経っただろうか、莉央がようやく重い口を開いた。
「ママ、こっそりやっててゴメン。でも止められなかったの」
「そうよね、受験ってはストレスが大きいからねえ。まあ息抜きと考えれば。でも勉強は本腰を入れてやってよね。そもそもあんたは頭がいいんだし」
「そのことなんだけど、話しとかなければならないことが」
「何?三葉じゃなくて他にするの?」
「そうじゃなくて、高校へは行かないでおこうかなって」
「えっどういうこと?あんた自分で何言ってるか分かってんの?」
「アニメの専門学校で勉強したい。そして漫画家の安森真知先生の元でアシスタントを」
「何バカ言ってんの!マンガでどうやって食べてける?それって大学出てからでも」
「ううん、もう決めた。早ければ早いほうがいいの。自分のやりたいことをやる」
 その後は再び長い沈黙に戻ってしまった。
 
 今の自分、それはあなたが本当になりたかった自分だろうか? 
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