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保健室の先生
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学校といえばこれまでの担任を思い出す人も多いだろうが、そのほかにも校長、教頭、校舎の修理修繕を行う用務員など様々な教職員がいる。中でも担任と同じくらい世話になったのが養護教諭いわゆる保健室の先生で、個人的な悩みを打ち明けた経験もあるのではないだろうか。
草野恵実は、今年大学出たばかりのそんな保健室の先生だ。教員採用試験に挑んだが合格に至らず、講師として勤務している。ただ正式な採用ではないからといって、手をぬことなど許されず、仕事内容は正規職員と全く同じ。さらに学校内でこの役割の仕事をするのは恵実1人だけとなるので、思い責任がついて回る。
とにかく子どもが好きなのと、小学生のころの保健室の先生のようになりたくて、この世界を目指してきた。
恵実が勤務する桜本中学校は、かつては1000人以上の生徒を抱え、教室が足りないほどのマンモス校だった。しかし生徒が激減し、近年は各学年100人ほどの小規模校となっている。地域には長く住んでる住民が多く、昔ながら下町情緒を残した町だ。また企業経営者などの富裕な家庭がある一方で、1人親のため昼夜を問わず働かなければならない家庭が多いのも、この町の特徴といえる。
ゴールデンウイークを終え、またまた学校がスタートしようとしている。恵実も連休明けのための準備は万端で、まさに生徒たちを迎えようとしている。
また始まるのか
それまでの楽しかった大学生活と違い、いきなり社会人のそれも保健衛生担当の全てを任される責任者としての重圧の中で、4月の1ヶ月を過ごしてきた。
正直、こんな激務だとは思ってもみなかった
恵実の素直な気持ちだ。どの社会でもフレッシュマンはいるが、今まで過ごしてきた小学校から大学までの指導を受ける立場から逆転し、今度は支えることには相当な迷いがあった。それに、最先端の医療知識の取得はもちろん、日々日常でない突発的な事故、事件が当たり前の世界。ベテランの養護教諭でさえ心身が疲れてしまうのに、大学ポッと出の恵実とっては、不安感に襲われる毎日だ。
それでも、自分を頼りにしてくれる生徒や保護者、そして職員室にいる教師たちからの
生生 ありがとう
のひと言を支えにやってきた。
そんな恵実の不安とはお構いなしに、再び学校は再開されようとしている。大人でも〝五月病〟になるといわれるその日は、学校では〝特異日〟と呼ばれている。楽しかった休みを過ごし終え、ほとんどの生徒は、友だちとの再会を楽しているはずが、やはり気持ちが落ち込み、登校を渋り出す生徒が出るのもこのときだ。
みんな元気に登校し来てほしい
恵実だけでなく、学校の教職員全てが最も願う。
「おはようございます」
登校してきた生徒たちからは、元気な挨拶が聞かれる。うれしいことに欠席、遅刻者がなく、全校生徒が無事に自分の教室の席に着くことができた。
1時間目が終わり、恵実は定席である保健室で、この後に行われる発育検査の準備をしていると、そこに男子生徒が担ぎ込まれてきた。
「草野先生、廊下に頭をぶつけちゃいました」
担任教諭に肩を貸された少年が、すぐにベッドに寝かされた。どうやら休み時間に友だちと追かけっこしていて、足を滑らせ頭を打ちつけたのこと。意識はあるが、かなり大きななたんこぶができている。
その知らせを受けた教頭が、血相をかいて駆け込んできた。
「草野先生、ケガの具合はどうですか?」
当然、恵実に最初の意見が求めらることになる。それもそうで、ここでの一番の専門家は間違いなく恵実だ。
「頭のことなので、至急に病院で診てもらったほうがいいかと」
顔を出してきた校長も同意し、直ぐさま病院へ運ばれることになった。
すぐに保護者への事実連絡と、受け入れ先の病院への確認が取られる。
「大丈夫、心配入らないから。やっぱり病院で診てもらった方が安心よ」
保護者を待つ間も、恵実は男子生徒を励まし続けた。
一般社会では、ほとんどお目にかかれないようなこんな緊急事態も、学校では日常茶飯事。それでも瞬時の判断を求められたとしたら、この道30年のベテラン養護教諭と同じように答えを出さなければならないのが、保健室の先生の役割となる。
これで良かった、のよね。いやそう信じよう
処置判断の後は、恵実はいつもこう思うことにしている。
5月も半ばが過ぎようとしていた。
めずらしく今日は来室者がいない。このまま何もなければ
そう思うと決まってこうなる。放課後になると、2年2組の水野文香が保健室にやってきた。
「あら水野さん、どうしたの?」
偶然を装うったが、文香はここの常連だ。これまでも頻繁に足を運んできていて、恵実に話しを聞いてもらっていた。ほとんどはたわいもないことだけど、その数も回を重ねてきていた。最近来室していなかっただけに、恵実も安心していた最中だった。
「・・・・・・・」
どうやら今日は話したくないみたい。そんなときはしつこく問い詰めたりせず、話したくなったら聞いてやることにしている。するとしばらくして、文香はひと言も話すことなく部屋を出て行ってしまった。
「また話したくなったらいつでもおいで」
恵実はそう言って送り出した。そう、保健室はケガの治療するだけの場ではない。
土曜日の夕方、恵実はSNS上で人気のカフェに来ていた。席の向かいには、大学生のころから付き合ってきた彼氏の泉堂慎也が座っている。
「どう?仕事の方は?」
民間の企業に勤める慎也にとって、学校のそれも養護教諭は未知の世界だ。
「もう毎日が大変。プライバシーだから詳しいことは言えないけど、もうくたくた」
このごろ恵実の表情がくすんでることに、慎也も心配していた。
「そっか?そんなに大変なんだ。じゃあ辞めて、俺と結婚でもするか?」
その一言は、まんざら冗談でもない。慎也は大学時代からIT関連の会社を起業し、20代半ばにして従業員30人、年商10億を越える会社のトップに立っている。さらにこれまで何度も、恵実にプロポーズをしてきた過去があった。
「ゴメンね。今はそんなこと考えられる気分じゃないの。もう少しこの仕事をやってみて」
「ちゃんと休み取れてんのか?いつも何時に帰ってんの?」
「早くて8時かな?もちろん学校出るのがね」
「身体壊しちゃうぞ。でも何でそこまでこだわるんだよ」
恵実は口ごもったが、今の慎也なら話せると思い、話を続けた。
「小学校五年のときかな?私クラスの女子からいじめられてて。教室に入れず保健室で一日過ごすこともしばしば。そのときの保健室の笠松先生がね」
そこまで言うと急に話を止め、大粒の涙を流し出した。
「あっ話したくなかったらいいよ」
慎也は慌てて止めようしたが、恵実は再び話し始めた。
「ううん、いいの。そのとき笠松先生がずっと話を聞いてくれたの。今思えば何か答えをもらったわけでないけれど。だから今日あるのは笠松先生のおかげ。私も笠松先生のようになりたくて」
慎也は心を揺さぶられる思いとなった。
「分かったよ。では仕方ないけど、そのときが来るまで結婚はお預けってことだねハハハ」
慎也の心遣いが痛いほど分かり、恵実は救われる思いとなった。
ありがとう慎也・・・でも今ごろ水野さん何してるのかなあ?
こんな一瞬でも、文香の去り方が気になってしかたがなかった。
翌週の月曜日の放課後、再び文香が保健室に顔を出した。ところが今日は、この前と違いやけにニヤケ顔で、先日とは真反対の様子に、恵実も異変を感じ取っていた。
「水野さん。こっちにおいで」
恵実が文香に近づくと、大変なことに気が付いてしまった。
「何、このくさい臭い?あんたまさか!」
恵実は文香が握りしめていたジュースの空き缶を取り上げ、自分の鼻に近づけてみた。
「えっ、これってシンナー?」
そして制服のすそ口に包帯が巻かれているのを見つけた。ここでも恵実のはアンテナにピンと引っかかるものを感じ包帯をほどくと、複数の切り傷の痕が残っているのを確認した。
「よっぽどのことがあったのね」
とにかく文香をギュウッと抱きしめると、恵実の頬から大粒の涙がこぼれ落ちた。
事態を聞きつけた教員たちが大勢やって来て、文香が別室に連れて行かれた。
恵実は、その動きをただただ見守るしかなかった。
「こら~保健室では騒がない。ここは遊び場じゃないの」
保健室を憩いの場として勘違いしている男子生徒たちを、保健室の先生が思いっきり叱っている。
彼女の名は下田恵実で、この神田中学校を最後に、3月に職から離れることになっていた。下田恵実は旧姓草野で、慎也とは結婚せず別の男性と結婚し、下田姓になっていた。結局、最後まで正式採用とはならなかったが、保健室の先生であり続けたことに、今では誇りを抱いている。
「大事なお客さんなんだから静かにして」
その場にいた女性は、照れながらも笑顔で答えてくる。
「やだ、客だなんて。みんな元気がいいわねえ。私も昔を思い出しちゃった」
生徒たちは、その場のただならぬ空気を読んで、スゴスゴと部屋を出て行った。
すると2人きりの思い出話が始まった。
「まさか文香が親になるとはねえ」
客とは水野文香で、先日に生んだ女の子を恵実に会わせたくて来校していた。
「とにかく一番に先生に抱っこしてもらいたくて連れてきたの」
話を聞くと、文香は中学卒業すると定職にも就かず、危ない世界に身を落としかけてたとき、今の夫となる和志が救ってくれ、そして結婚したそうだ。
「じゃあ抱かしてもらうわ。名前なんて言うの?」
文香はごここそとばかりに、うれしそうに答えた。
「あっ先生、おばあちゃんみたい。名は和恵。和志の和と先生の恵実の恵をもらったから」
その言葉に、恵実は若かったあの頃を思い出し、ホロッとしてしまった。
「和志は学はないけど、暑い日も寒い日も、私と和恵のために現場で働いてくれてんの。私たちのこと愛してんだって。ホント和志で良かった。それと先生に助けられたことも一生忘れないよ。だから先生に恩返しするためにも、私絶対に幸せになるからね」
恵実の頭の中には、23年間の教員人生が鮮やかによみがえってきた。
保健の先生でよかった
学校にはいろんな大人がいる。その中の誰かが、必ずあなたを見守ってくれているはずだ。
草野恵実は、今年大学出たばかりのそんな保健室の先生だ。教員採用試験に挑んだが合格に至らず、講師として勤務している。ただ正式な採用ではないからといって、手をぬことなど許されず、仕事内容は正規職員と全く同じ。さらに学校内でこの役割の仕事をするのは恵実1人だけとなるので、思い責任がついて回る。
とにかく子どもが好きなのと、小学生のころの保健室の先生のようになりたくて、この世界を目指してきた。
恵実が勤務する桜本中学校は、かつては1000人以上の生徒を抱え、教室が足りないほどのマンモス校だった。しかし生徒が激減し、近年は各学年100人ほどの小規模校となっている。地域には長く住んでる住民が多く、昔ながら下町情緒を残した町だ。また企業経営者などの富裕な家庭がある一方で、1人親のため昼夜を問わず働かなければならない家庭が多いのも、この町の特徴といえる。
ゴールデンウイークを終え、またまた学校がスタートしようとしている。恵実も連休明けのための準備は万端で、まさに生徒たちを迎えようとしている。
また始まるのか
それまでの楽しかった大学生活と違い、いきなり社会人のそれも保健衛生担当の全てを任される責任者としての重圧の中で、4月の1ヶ月を過ごしてきた。
正直、こんな激務だとは思ってもみなかった
恵実の素直な気持ちだ。どの社会でもフレッシュマンはいるが、今まで過ごしてきた小学校から大学までの指導を受ける立場から逆転し、今度は支えることには相当な迷いがあった。それに、最先端の医療知識の取得はもちろん、日々日常でない突発的な事故、事件が当たり前の世界。ベテランの養護教諭でさえ心身が疲れてしまうのに、大学ポッと出の恵実とっては、不安感に襲われる毎日だ。
それでも、自分を頼りにしてくれる生徒や保護者、そして職員室にいる教師たちからの
生生 ありがとう
のひと言を支えにやってきた。
そんな恵実の不安とはお構いなしに、再び学校は再開されようとしている。大人でも〝五月病〟になるといわれるその日は、学校では〝特異日〟と呼ばれている。楽しかった休みを過ごし終え、ほとんどの生徒は、友だちとの再会を楽しているはずが、やはり気持ちが落ち込み、登校を渋り出す生徒が出るのもこのときだ。
みんな元気に登校し来てほしい
恵実だけでなく、学校の教職員全てが最も願う。
「おはようございます」
登校してきた生徒たちからは、元気な挨拶が聞かれる。うれしいことに欠席、遅刻者がなく、全校生徒が無事に自分の教室の席に着くことができた。
1時間目が終わり、恵実は定席である保健室で、この後に行われる発育検査の準備をしていると、そこに男子生徒が担ぎ込まれてきた。
「草野先生、廊下に頭をぶつけちゃいました」
担任教諭に肩を貸された少年が、すぐにベッドに寝かされた。どうやら休み時間に友だちと追かけっこしていて、足を滑らせ頭を打ちつけたのこと。意識はあるが、かなり大きななたんこぶができている。
その知らせを受けた教頭が、血相をかいて駆け込んできた。
「草野先生、ケガの具合はどうですか?」
当然、恵実に最初の意見が求めらることになる。それもそうで、ここでの一番の専門家は間違いなく恵実だ。
「頭のことなので、至急に病院で診てもらったほうがいいかと」
顔を出してきた校長も同意し、直ぐさま病院へ運ばれることになった。
すぐに保護者への事実連絡と、受け入れ先の病院への確認が取られる。
「大丈夫、心配入らないから。やっぱり病院で診てもらった方が安心よ」
保護者を待つ間も、恵実は男子生徒を励まし続けた。
一般社会では、ほとんどお目にかかれないようなこんな緊急事態も、学校では日常茶飯事。それでも瞬時の判断を求められたとしたら、この道30年のベテラン養護教諭と同じように答えを出さなければならないのが、保健室の先生の役割となる。
これで良かった、のよね。いやそう信じよう
処置判断の後は、恵実はいつもこう思うことにしている。
5月も半ばが過ぎようとしていた。
めずらしく今日は来室者がいない。このまま何もなければ
そう思うと決まってこうなる。放課後になると、2年2組の水野文香が保健室にやってきた。
「あら水野さん、どうしたの?」
偶然を装うったが、文香はここの常連だ。これまでも頻繁に足を運んできていて、恵実に話しを聞いてもらっていた。ほとんどはたわいもないことだけど、その数も回を重ねてきていた。最近来室していなかっただけに、恵実も安心していた最中だった。
「・・・・・・・」
どうやら今日は話したくないみたい。そんなときはしつこく問い詰めたりせず、話したくなったら聞いてやることにしている。するとしばらくして、文香はひと言も話すことなく部屋を出て行ってしまった。
「また話したくなったらいつでもおいで」
恵実はそう言って送り出した。そう、保健室はケガの治療するだけの場ではない。
土曜日の夕方、恵実はSNS上で人気のカフェに来ていた。席の向かいには、大学生のころから付き合ってきた彼氏の泉堂慎也が座っている。
「どう?仕事の方は?」
民間の企業に勤める慎也にとって、学校のそれも養護教諭は未知の世界だ。
「もう毎日が大変。プライバシーだから詳しいことは言えないけど、もうくたくた」
このごろ恵実の表情がくすんでることに、慎也も心配していた。
「そっか?そんなに大変なんだ。じゃあ辞めて、俺と結婚でもするか?」
その一言は、まんざら冗談でもない。慎也は大学時代からIT関連の会社を起業し、20代半ばにして従業員30人、年商10億を越える会社のトップに立っている。さらにこれまで何度も、恵実にプロポーズをしてきた過去があった。
「ゴメンね。今はそんなこと考えられる気分じゃないの。もう少しこの仕事をやってみて」
「ちゃんと休み取れてんのか?いつも何時に帰ってんの?」
「早くて8時かな?もちろん学校出るのがね」
「身体壊しちゃうぞ。でも何でそこまでこだわるんだよ」
恵実は口ごもったが、今の慎也なら話せると思い、話を続けた。
「小学校五年のときかな?私クラスの女子からいじめられてて。教室に入れず保健室で一日過ごすこともしばしば。そのときの保健室の笠松先生がね」
そこまで言うと急に話を止め、大粒の涙を流し出した。
「あっ話したくなかったらいいよ」
慎也は慌てて止めようしたが、恵実は再び話し始めた。
「ううん、いいの。そのとき笠松先生がずっと話を聞いてくれたの。今思えば何か答えをもらったわけでないけれど。だから今日あるのは笠松先生のおかげ。私も笠松先生のようになりたくて」
慎也は心を揺さぶられる思いとなった。
「分かったよ。では仕方ないけど、そのときが来るまで結婚はお預けってことだねハハハ」
慎也の心遣いが痛いほど分かり、恵実は救われる思いとなった。
ありがとう慎也・・・でも今ごろ水野さん何してるのかなあ?
こんな一瞬でも、文香の去り方が気になってしかたがなかった。
翌週の月曜日の放課後、再び文香が保健室に顔を出した。ところが今日は、この前と違いやけにニヤケ顔で、先日とは真反対の様子に、恵実も異変を感じ取っていた。
「水野さん。こっちにおいで」
恵実が文香に近づくと、大変なことに気が付いてしまった。
「何、このくさい臭い?あんたまさか!」
恵実は文香が握りしめていたジュースの空き缶を取り上げ、自分の鼻に近づけてみた。
「えっ、これってシンナー?」
そして制服のすそ口に包帯が巻かれているのを見つけた。ここでも恵実のはアンテナにピンと引っかかるものを感じ包帯をほどくと、複数の切り傷の痕が残っているのを確認した。
「よっぽどのことがあったのね」
とにかく文香をギュウッと抱きしめると、恵実の頬から大粒の涙がこぼれ落ちた。
事態を聞きつけた教員たちが大勢やって来て、文香が別室に連れて行かれた。
恵実は、その動きをただただ見守るしかなかった。
「こら~保健室では騒がない。ここは遊び場じゃないの」
保健室を憩いの場として勘違いしている男子生徒たちを、保健室の先生が思いっきり叱っている。
彼女の名は下田恵実で、この神田中学校を最後に、3月に職から離れることになっていた。下田恵実は旧姓草野で、慎也とは結婚せず別の男性と結婚し、下田姓になっていた。結局、最後まで正式採用とはならなかったが、保健室の先生であり続けたことに、今では誇りを抱いている。
「大事なお客さんなんだから静かにして」
その場にいた女性は、照れながらも笑顔で答えてくる。
「やだ、客だなんて。みんな元気がいいわねえ。私も昔を思い出しちゃった」
生徒たちは、その場のただならぬ空気を読んで、スゴスゴと部屋を出て行った。
すると2人きりの思い出話が始まった。
「まさか文香が親になるとはねえ」
客とは水野文香で、先日に生んだ女の子を恵実に会わせたくて来校していた。
「とにかく一番に先生に抱っこしてもらいたくて連れてきたの」
話を聞くと、文香は中学卒業すると定職にも就かず、危ない世界に身を落としかけてたとき、今の夫となる和志が救ってくれ、そして結婚したそうだ。
「じゃあ抱かしてもらうわ。名前なんて言うの?」
文香はごここそとばかりに、うれしそうに答えた。
「あっ先生、おばあちゃんみたい。名は和恵。和志の和と先生の恵実の恵をもらったから」
その言葉に、恵実は若かったあの頃を思い出し、ホロッとしてしまった。
「和志は学はないけど、暑い日も寒い日も、私と和恵のために現場で働いてくれてんの。私たちのこと愛してんだって。ホント和志で良かった。それと先生に助けられたことも一生忘れないよ。だから先生に恩返しするためにも、私絶対に幸せになるからね」
恵実の頭の中には、23年間の教員人生が鮮やかによみがえってきた。
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学校にはいろんな大人がいる。その中の誰かが、必ずあなたを見守ってくれているはずだ。
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