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言えないひとこと
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神坂佳美はどこにでもいるような女子中学生で、友だちとは服やコスメの話題で盛り上がっている。そんな佳美の今一番の関心事は彼氏作りで、いかに男子から注目を浴びるかが頭の中を占めているからか、勉強にも力が入らずお世辞にも成績は良いとはいえない。
今日は佳美にとっては最も憂鬱な1日で、ちょっとしたことでもイライラする自分がいた。
〝 ああ、学校へ行きたくない 〟
午後から年に一度の保護者参観があり、もともと勉強嫌いなことはあったが、それ以上に理由があった。
その参観授業は、担任教師の数学。
〝 よりによって一番苦手な数学だなんて、授業1時間がほんと長い 〟
「今日お家の方で、来られるのはどれくらいいる?」
担任の呼びかけに20人が手を上げた。3年生ということもあって親たちの関心は高い。
そんな中で、佳美は手を上げていない。
〝 だから嫌なの、親が来るのって 〟
どうやら佳美が憂鬱になってるのは、このことが原因のようだ。
すかさず隣の席に座ってた優衣が、佳美に声を掛けてきた。
「あれっ、あんたの親って、小学校のときから毎回来てたじゃん」
「言ったでしょ。今日が嫌だって!」
佳美の不機嫌具合は、すでにMAXに達している。
午後1時半から5時間目が始まり、続々と保護者が教室に入ってきたかと思うと、あっという間に教室の後ろがいっぱいになった。
「さあ授業始めます。たくさんのお母さんが来ておられるので、みんないつも以上に張り切るように」
いや、担任のあなたが一番緊張しているでしょう。
「ではこの問題を解けた人いますか?」
生徒たちからはいつもの元気さが消え、誰も問題に答えようとしない。仕方なく教師からの指名に移った。
「では神坂さんにやってもらおうかな?」
〝 やっぱりきた! 〟
みんなが静まりかえってしまうと、なぜか当てられてしまうのが佳美だった。それでもいつもなら答えられる内容が、今日だけは違う。
そのまま黙って立っていると、隣の優衣が小声で答えを教えてきた、が!。
「えっと、解りません」
やはり佳美は答えようとしない。
「おいおいこれは1年生のところだぞ。まあいい、代わりに高橋君答えてみて」
授業を終えたとたん、すぐに優衣が佳美に駆け寄ってきた。
「ねえどうして答えなかったの?せっかくお父さんが来てくれてんのに」
「だから嫌なの。授業参観のこと知らなかったはずなのに。いったいどこで聞いたのか」
「有名じゃん、佳美のお父さんが毎回の参観日に来るのって。それほど心配なんだよ。だって親1人子1人でしょ」
「恥ずかしいのなんの。見たでしょ?お母さんたちの中で家だけが父親」
神坂家は、父1人で子どもを育てるシングルファザーの家庭。佳美はそんな環境にコンプレックスを抱いていた。
放課後になると、佳美の生活が一変する。小さい頃からギターを弾いてきた彼女は、自分で曲を作り、路上で披露するストリートミュージシャンの顔をもっていた。アップテンポからバラードまで、その数は100曲以上に及び、音楽業界ではちょっとした有名人。
今夜もターミナル駅前での演奏が始まろうとしていた。開始五分前には、すでに親衛隊と見られるファンが待機している。
「それでは聞いてください。〝大切なひとこと〟です」
♬ 今 歩く道 その先に
あなたの未来が 陽炎と優しさが交差する 愛に包まれて ・・・ ♬
そろそろ午後8時となろうとしていた。本日予定の5曲を歌い終えた佳美が、家路を急いだ。
家では、父の佳介が自分も食べず佳美の帰りを待っていた。
「お帰り佳美、ごはんできてるよ」
そんな佳介の言葉にも、イライラをぶちまける。
「いらない。ていうより自分で食べるからもう作らないで!」
捨てゼリフを吐くと、自屋のドアを強く閉めた。
「佳美、早く風呂に入れよ」
この言葉が佳美に伝わったかどうかは分からないが、佳介は佳美を見守り続けていくつもりだった。
ただ、最近の佳美の言動がやけに反抗的になってきてるのは、薄々気づいていた。
〝 まあ年頃だし当たり前か。これも思春期ってやつ 〟
数日後、いつもは夜9時前には帰宅してくるはずの佳美が、10時になっても帰って来ない。
佳介は気が気でならなかった。
〝 何かあったのか。メールしたのに返事ないし 〟
そのときだ、佳美が帰ってきた。
「何時だと思ってんだ、遅れるときはメールぐらいしろ!」
佳介は怒りが抑えられず、ついつい怒鳴りつけてしまった。
それでも無視して通り過ぎようとしたので、佳介は佳美の手を思いっきり引っ張り、そのまま椅子に座らせた。
「何すんの!」
それ以上の言葉は出てこず、佳美はただただ泣きじゃくてしまう。
「あっ腕を引っ張ったのはゴメン。言うことを聞かないからつい。それにしても最近の態度おかしいぞ。どうしたんだ?いったい」
「・・・・・・」
一切口を開こうとしない。こうなると佳介も余計に心配になってきた。
「パパに悪いところがあれば直すよ。何か不満でも?言ってくれ」
長い沈黙の後、ようやく佳美が堰を切ったように話し始めた。
「どうしてママと離婚しちゃったの?どうして私といるのは、ママじゃなくパパなの?どうしていつも授業参観に来るの?恥ずかしいからもう来ないで。どうして私に口出ししてくるの?どうしてパパとママの一文字をとった名前なの?どうして肝心なとき相談相手がいてくれないの?どうして、どうして、ねえどうして」
そこまで言うと、佳美は自分の部屋に駆け込んでいき、引きこもってしまった。
今回ばかりは、佳介も言葉を失ってしまった。
〝 仕方ない。ここは時間をかけて 〟
バトルの後のリビングには、静寂さと佳美が忘れていった紙バックだけが残っていた。
〝 何だこの紙バック?まあ今は無理だし、後で渡そう 〟
それから時間が経った2月に、佳美は人生のターニングポイントを迎えた。彼女の才能を見抜いた東京の音楽事務所から、スカウトの声が掛かったのだ。
申し分けなさそうに伝えてくる佳美に、佳介は笑顔で答えようとしている。
「良かったじゃないか、パパは大賛成」
「でもそうなると、この家から出て行くことになっちゃうけど、いいの?」
「いいも何も、佳美の人生。お前がやりたいようにすればいいよ」
佳介の言葉はどこか涙交じりだったが、笑顔で送ってやろうと心では決めていた。
初めて親子の心が繋がった瞬間だったのかもしれない。
3月上旬、佳美は晴れて卒業式を迎えた。
卒業証書 神坂佳美 中学校の過程を修了したことを証する 令和・・・
この言葉を、佳介の隣で涙ぐみながら聞いている女性がいた。
「おめでとうございます。これまでお疲れ様でした」
「いやこちらこそ、来てくれてありがとう。本当に感謝するよ」
そこにいたのは、元妻の美佐だった。おそらく最後のけじめとの思いからだったのだろう。
式を終えた佳美は、そのまま東京への直行となる。
駅へと急ぐ車の中には、久しぶりに顔を合わせた3人がいた。いつ以来だろう?親子3人が同じ車に乗るのは。
緊張感が漂う中、佳美が口を開いた。
「パパ、何か照れくさいけど言うね。今まで」
そこまで聞くと、桂介は耐えきれず佳美の言葉を遮ってしまった。
「いい、もういい。聞いちゃうと別れが辛くなっちゃう。それよりも、今日はおめでたい佳美の旅立ちの日。とにかく、いいか、パパは泣かんぞ!」
ラジオの音が響く車内で、3人はじっと前だけを見つめていた。
新たな人生がスタートする。
佳美を見送り美佐と別れた佳介は、リビングで席に着こうとしたところ、部屋の隅っこに忘れ去られていたあの紙袋に気づいた。
〝 あっそっか。これって佳美の袋だった。渡すの忘れてた 〟
その上袋の中には、手書きのメモと缶ビール2本が入っていた。
誕生日おめでとう 照れるから文字で伝えるね
パパいつもありがとう♡
言葉にしなくても伝わることがある。
そう、今日は父の日。
今日は佳美にとっては最も憂鬱な1日で、ちょっとしたことでもイライラする自分がいた。
〝 ああ、学校へ行きたくない 〟
午後から年に一度の保護者参観があり、もともと勉強嫌いなことはあったが、それ以上に理由があった。
その参観授業は、担任教師の数学。
〝 よりによって一番苦手な数学だなんて、授業1時間がほんと長い 〟
「今日お家の方で、来られるのはどれくらいいる?」
担任の呼びかけに20人が手を上げた。3年生ということもあって親たちの関心は高い。
そんな中で、佳美は手を上げていない。
〝 だから嫌なの、親が来るのって 〟
どうやら佳美が憂鬱になってるのは、このことが原因のようだ。
すかさず隣の席に座ってた優衣が、佳美に声を掛けてきた。
「あれっ、あんたの親って、小学校のときから毎回来てたじゃん」
「言ったでしょ。今日が嫌だって!」
佳美の不機嫌具合は、すでにMAXに達している。
午後1時半から5時間目が始まり、続々と保護者が教室に入ってきたかと思うと、あっという間に教室の後ろがいっぱいになった。
「さあ授業始めます。たくさんのお母さんが来ておられるので、みんないつも以上に張り切るように」
いや、担任のあなたが一番緊張しているでしょう。
「ではこの問題を解けた人いますか?」
生徒たちからはいつもの元気さが消え、誰も問題に答えようとしない。仕方なく教師からの指名に移った。
「では神坂さんにやってもらおうかな?」
〝 やっぱりきた! 〟
みんなが静まりかえってしまうと、なぜか当てられてしまうのが佳美だった。それでもいつもなら答えられる内容が、今日だけは違う。
そのまま黙って立っていると、隣の優衣が小声で答えを教えてきた、が!。
「えっと、解りません」
やはり佳美は答えようとしない。
「おいおいこれは1年生のところだぞ。まあいい、代わりに高橋君答えてみて」
授業を終えたとたん、すぐに優衣が佳美に駆け寄ってきた。
「ねえどうして答えなかったの?せっかくお父さんが来てくれてんのに」
「だから嫌なの。授業参観のこと知らなかったはずなのに。いったいどこで聞いたのか」
「有名じゃん、佳美のお父さんが毎回の参観日に来るのって。それほど心配なんだよ。だって親1人子1人でしょ」
「恥ずかしいのなんの。見たでしょ?お母さんたちの中で家だけが父親」
神坂家は、父1人で子どもを育てるシングルファザーの家庭。佳美はそんな環境にコンプレックスを抱いていた。
放課後になると、佳美の生活が一変する。小さい頃からギターを弾いてきた彼女は、自分で曲を作り、路上で披露するストリートミュージシャンの顔をもっていた。アップテンポからバラードまで、その数は100曲以上に及び、音楽業界ではちょっとした有名人。
今夜もターミナル駅前での演奏が始まろうとしていた。開始五分前には、すでに親衛隊と見られるファンが待機している。
「それでは聞いてください。〝大切なひとこと〟です」
♬ 今 歩く道 その先に
あなたの未来が 陽炎と優しさが交差する 愛に包まれて ・・・ ♬
そろそろ午後8時となろうとしていた。本日予定の5曲を歌い終えた佳美が、家路を急いだ。
家では、父の佳介が自分も食べず佳美の帰りを待っていた。
「お帰り佳美、ごはんできてるよ」
そんな佳介の言葉にも、イライラをぶちまける。
「いらない。ていうより自分で食べるからもう作らないで!」
捨てゼリフを吐くと、自屋のドアを強く閉めた。
「佳美、早く風呂に入れよ」
この言葉が佳美に伝わったかどうかは分からないが、佳介は佳美を見守り続けていくつもりだった。
ただ、最近の佳美の言動がやけに反抗的になってきてるのは、薄々気づいていた。
〝 まあ年頃だし当たり前か。これも思春期ってやつ 〟
数日後、いつもは夜9時前には帰宅してくるはずの佳美が、10時になっても帰って来ない。
佳介は気が気でならなかった。
〝 何かあったのか。メールしたのに返事ないし 〟
そのときだ、佳美が帰ってきた。
「何時だと思ってんだ、遅れるときはメールぐらいしろ!」
佳介は怒りが抑えられず、ついつい怒鳴りつけてしまった。
それでも無視して通り過ぎようとしたので、佳介は佳美の手を思いっきり引っ張り、そのまま椅子に座らせた。
「何すんの!」
それ以上の言葉は出てこず、佳美はただただ泣きじゃくてしまう。
「あっ腕を引っ張ったのはゴメン。言うことを聞かないからつい。それにしても最近の態度おかしいぞ。どうしたんだ?いったい」
「・・・・・・」
一切口を開こうとしない。こうなると佳介も余計に心配になってきた。
「パパに悪いところがあれば直すよ。何か不満でも?言ってくれ」
長い沈黙の後、ようやく佳美が堰を切ったように話し始めた。
「どうしてママと離婚しちゃったの?どうして私といるのは、ママじゃなくパパなの?どうしていつも授業参観に来るの?恥ずかしいからもう来ないで。どうして私に口出ししてくるの?どうしてパパとママの一文字をとった名前なの?どうして肝心なとき相談相手がいてくれないの?どうして、どうして、ねえどうして」
そこまで言うと、佳美は自分の部屋に駆け込んでいき、引きこもってしまった。
今回ばかりは、佳介も言葉を失ってしまった。
〝 仕方ない。ここは時間をかけて 〟
バトルの後のリビングには、静寂さと佳美が忘れていった紙バックだけが残っていた。
〝 何だこの紙バック?まあ今は無理だし、後で渡そう 〟
それから時間が経った2月に、佳美は人生のターニングポイントを迎えた。彼女の才能を見抜いた東京の音楽事務所から、スカウトの声が掛かったのだ。
申し分けなさそうに伝えてくる佳美に、佳介は笑顔で答えようとしている。
「良かったじゃないか、パパは大賛成」
「でもそうなると、この家から出て行くことになっちゃうけど、いいの?」
「いいも何も、佳美の人生。お前がやりたいようにすればいいよ」
佳介の言葉はどこか涙交じりだったが、笑顔で送ってやろうと心では決めていた。
初めて親子の心が繋がった瞬間だったのかもしれない。
3月上旬、佳美は晴れて卒業式を迎えた。
卒業証書 神坂佳美 中学校の過程を修了したことを証する 令和・・・
この言葉を、佳介の隣で涙ぐみながら聞いている女性がいた。
「おめでとうございます。これまでお疲れ様でした」
「いやこちらこそ、来てくれてありがとう。本当に感謝するよ」
そこにいたのは、元妻の美佐だった。おそらく最後のけじめとの思いからだったのだろう。
式を終えた佳美は、そのまま東京への直行となる。
駅へと急ぐ車の中には、久しぶりに顔を合わせた3人がいた。いつ以来だろう?親子3人が同じ車に乗るのは。
緊張感が漂う中、佳美が口を開いた。
「パパ、何か照れくさいけど言うね。今まで」
そこまで聞くと、桂介は耐えきれず佳美の言葉を遮ってしまった。
「いい、もういい。聞いちゃうと別れが辛くなっちゃう。それよりも、今日はおめでたい佳美の旅立ちの日。とにかく、いいか、パパは泣かんぞ!」
ラジオの音が響く車内で、3人はじっと前だけを見つめていた。
新たな人生がスタートする。
佳美を見送り美佐と別れた佳介は、リビングで席に着こうとしたところ、部屋の隅っこに忘れ去られていたあの紙袋に気づいた。
〝 あっそっか。これって佳美の袋だった。渡すの忘れてた 〟
その上袋の中には、手書きのメモと缶ビール2本が入っていた。
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