九死に一勝を

101の水輪

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九死に一勝を

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 高川町には、500年以上も続く、夜通しで村内を神輿が練り歩く祭りがある。それは75年に一度開かれるため、前回を覚えてる者はいない。
 神輿には担ぎ手が必要であり、それに選ばれることはとても名誉であり、その家の誉れ
となり後世まで語り継がれる。
 そんな担ぎ手になるには条件がある。それがこれだ。
  
担ぎ手になるための九つのさだめ
・ 担ぎ手となる9人と輿に乗る1人
・ 代々、村内在住である村民の血を受け継ぐ者
・ 玉川村と葛川村のいずれかの村の出身者
・ 戦に出たことがない者
・ 西が吉となる者
・ 村の伝説を諳んじることができる者
・ 猫の力を活かせる者
・ 腕っ節が強く力じゃ負けない者
・ 14歳以下の者              
 
 人数と対象年齢だけは村民の誰もが知るところだが、他の条件はある1人を除いて、知る者はいない。
 その1人とは村の長老で、神輿を奉納する工藤神社の神主でもある竹橋源。ただその源三にしても他言無用で、それを漏らすのは御法度。
 ようするに源三が了承しな限り、担ぎ手にはなれないという習わしだ。

 ある日の夜、玉川村では寄り合いが開かれていた。もちろん議題の中心は、祭りの“担ぎ手”をどうするかである。
「やはり中学生くらいじゃないと厳しいですよね。となると対象は15人かな?」
「で、その中で実際にできそなうな子は何人いるんだ?」
「そんなこと言ってられませんよ。この際、用事が無い限り全員に出てもらいましょう」
「そうだな、葛川にだけは負けちゃいかんぞ。絶対に。これには玉川村の命運がかかっていると心してくれ」
 玉川村の葛川村に対するライバル心は半端ない。むろんその逆も然り。
 そうなったのにも理由があった。それは江戸時代中期からのことで、以来因縁のバトルが繰り広げられてきた歴史がある。
 きっかけは些細なことだった。それまでは玉川村と葛川村は仲良く暮らしていた。というより暮らさざるを得なかったという方が、正しいかもしれない。なぜなら米作りをするには仲違いは禁物。隣接する二つの村は、好むなくても協力していかないと生活できないという現実があった。ところが台風や長雨で、両村の間をぬける川が氾濫し、玉川村が水浸しになったのに、合い接する葛川村が知らぬ顔を決め込んだため、それ以降は、両村は犬猿の仲になってしまったといわれている。
  
 いよいよ、担ぎ手9人と、神輿に乗る1人の合計10が選ばれるときとなった。場所は町のシンボルである工藤神社の境内で、玉川村と葛川村から総勢30数名が集まった。 村の総代が、気合いを入れる。
「葛川には絶対に負けるな。死ぬ気でやれ。玉が取るぞ!」
「玉川だけには、いいな、葛ぞ!」
 双方の応援はすでに頂点に達していて、殺気さえ感じさせらる。
         
 担ぎ手9人の位置は、左側に4人、右側に4人、そして大うちわを仰ぐ気合い入れ担当が1人となる。
 まずは左前の1人を決める。玉川と葛川から、それぞれ代表者1人が出てきた。仕切り役の源三が、対戦種目を叫ぶ。

  一回戦はトンチ。分かった者からすぐに答えること。まずはこの絵を見よ

a 大きなカエル b 中くらいなカエル c 小さいカエル

 ここで問題じゃ。a、b、cで子どものカエルはどれだ?

「ハイ、こんなの簡単じゃん“c ”!」
 チーム玉川の代表が、自信をもって答えた。ところが。
「カエルの子はオタマジャクシ。答えは“いない”お手つきで勝ちは葛川」
 観衆からドッと笑いが起き、チーム玉川は先手を取られた。

 2回戦は川柳。この句を完成せよ
     朝陽差し 昼に渡りて 蝉が鳴き 夕陽が沈む ・・・・・
 
 これは村に伝わる有名な句で、村民なら知ってて当然。
「夏の高川」
「正解じゃ、これは知ってて当たり前、サービス問題だったのう」
 またまたチーム葛川が勝った。これで左前二も葛川。それでもまだ8回の戦いが残されていて、玉川のここからの挽回に期待がかかる。

 2回戦は捜し物じゃ。大きな“えん ”を持ってこい。時間は三分
 それぞれの代表者が一斉に走り出した。まずは玉川が戻って来て、遅れること葛川が帰ってきた。
 まず玉川から。
「これ家にあったフラフープ、大きい円でしょう」
 次は葛川。
「私は中学校の英語指導員のケイトさんを連れてきました。国を越えた縁です」
 源三は大きくうなずき、葛川に軍配を上げた。
「うまい、勝ちは葛川」
 またまた葛川村の勝ちで三連勝となった。
 さすがに玉川村も、このままではおもしろくない。
「おい、玉川。しっかりしろ。葛川になんか負けるな」
 応援団にも、一段と熱が入ってきた。

 続いて4回戦、次は腕相撲

 力自慢を想定して格好の人物を揃えていた玉川にもチャンスが巡ってきた。
「きたきたきた、これを待ってました」
 玉川が秘密兵器として送り出したのは、中学3年生にして身長180cm、体重90kgの柔道部の主将で、この競技にはもってこいだ。それに対し葛川の代表は、見るからに小柄でひ弱そう。
「さすがにこれは勝つでしょう」
 誰もがそう思った瞬間、葛川代表の二の腕を見て、みんながく然としてしまう。筋肉隆々の力こぶは、すでに相手を圧倒してしまっている。
「やる前から終わったな」
 観衆の予想通り、玉川が負けてしまった。
 さすがにここまでくると、チーム玉川を奈落に落とには十分なインパクトだった。
 まずいと思ったか、玉川の総代がみんなを集めて作戦を授ける。
「ここまで4連敗。次負けると、あと全部勝っても引き分けだ。もう負けるわけにはいかん。とにかく死に物狂いでぶち当たれ、気合いだ気合い」
 作戦会議と言っても具体的なことではなく精神論。これではさすがに心許なく先が思いやられてしまう。
 
 その後も負け、負け、負け。玉川の負けが続き、手の施しようはなく9連敗。こうなると、玉川への応援団にも力が入らなくなっていった。
「全部負けてやるか、それはそれでおもしろいかも」
 冗談とも付かない自虐のささやきが聞こえてくる。一方で、葛川の方は余裕をかまし、もう負ける気すらしない。
 
 いよいよ最終戦を迎えた。9戦全敗の玉川だったが、それでもラストに賭ける。何せ最後の闘いで神輿の乗り手、いわゆる祭りの華が決まる。

 これが終わり。一番大事な乗り手を決める。そのお題は“西が吉となる者”。時間は3分、さあかかるがよい
 
 源三の腹から発するドスの利いた声があたりに響き渡った。

 さすがに両村とも困りはてる。そもそも問いの意味が分からない。
「おい、誰か意味分かるヤツいるか?」
 そのときチーム玉川から1人が名乗り出てきた。それは先日越してきた転校生だった。
「僕が出ます」
 玉川は、他に出る者がいないので、その人物に賭けることとした。一方、葛川は完全にお手上げ、ギヴアップ状態。
 源三が聞いた。
「どうしてお前なのか?」
 その少年は自信たっぷりにこう答えた。
「僕は二週間前に東京からこの高川村に越してきました。東京出身だから僕だと思います。なぜなら“西に吉”は反対の“東は凶”となります。そう東の凶はズバリ東京です」
 変なこじつけだったが、観衆は妙に納得してしまった。そして源三も、
「お見事、玉川の勝ち!」
 と、高らかに宣言すると、歓声がうねりとなって広がっていく。
 これで玉川の9連敗のあと、一番大事な戦いに勝利したのだ。
 ここで、玉川の総代がぽつりと呟いた。

 葛川が下で担ぎ、うちが上に乗るなんて爽快じゃないか。9勝と1勝はどっちが強いかって?ときには1勝ってことも。これぞ終わり良ければすべてよし

 9勝と1勝では、普通に強いのは9勝。しかし、その逆もあるのが人生・・・かも。
 
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