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あといくつ寝ると ー 受験生の日常 ー

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 2学期からは中学3年生にとっては進路一色となり、年が明けると推薦試験が始まる。まさに追い込み、マラソンでいえばあと5kmに迫ってるといったところだ。同時に義務教育最後の1年を共に過ごした仲間と共有できる残された期間ともいえ、大切な友人たちとの別れが間近に迫ってくる。

 梶原中学校3年1組34人は、男女問わずとても仲がいいクラスだ。それだけに、卒業式までの約2カ月を思い出一杯にしようと、みんなでアイデアを出し合っていた。
「さよならパーティーを開くのってどう?」
「どこでやるんだよ、それも受験が控えてるこの時期に」
「やっても卒業のあとじゃない?」
「だと第一志望に落ちた人は来られないんですけど」
 結局、案は没。20歳過ぎてからの同窓会に持ち越しとなった。
「じゃあ球技大会ってどう?ビーチバレーなら男女でやれそう」
「何を今さらそんなこと」
「手でもケガしたらテストのとき鉛筆持てなくなっちゃう」
「そんなこと言ったら何にも出来ないね」
 あれほど仲が良かった1組だったが、受験間近なためかみんなピリピリしているのがよく分かる。見かねた加賀野恵麻が、みんなに呼び掛けた。
「ねえどうしたの?うちのクラスあんなに仲良かったじゃない?」
「そもそも何で今さら全員でしなきゃいけないんだ」
「だから思い出として何か残そうかと」
「面倒なことは止めてくれ。暇じゃないんですけど」
 恵麻はバラバラになりそうなクラスを何とか一つにしたい考えた末、ギリギリのラインで提案してみた。
「じゃあ、よくあるパターンだけど、カウントダウンカレンダーって作らない?」
 何かフレンチレストランでフルコース料理が運ばれてくるのを期待していてが、時間が無くて前菜しか食べられず、気持ちだけは完食に浸ったようだ。
「仕方ない、それくらいはしてやるか」
 無気力な男子たちからも了承がでたとき、担任の玉田が通ったので恵麻は確認してみた。
「先生、クラスで卒業カレンダー作ることにしました。あと何日で卒業ですか?」
「えっと、確か土日を抜いて45日だと思うけど」
 さっそくその日のうちに、恵麻はカレンダー作成用の画用紙を準備し、クラスメイトに配った。
「いい、明日まで何か関係する絵を描いてきてね」 

 次の朝、恵麻はみんなからカレンダーを集め黒板の右端に掛けてみると、力の入れ方には大小はあるが、全員が書いてきてくれたことに喜びを感じた。
「毎日これをめくって、卒業までの日々を大切にしようね」
 しかしこんな呼びかけをしても、みんなはシラ~としている。
「卒業まであと44日か」
 玉田がしみじみとつぶやいたが、生徒たちの関心は当然のごとく受験一色。
「そんなの俺たちに関係ないし。それよりも」
「そうだなあ、入試まですぐだもんな。3月5日が入試で3月9日が卒業式か」
 
 このころになるとすでに合格者が出てきて、教室内での学習に対するモチベーションに差が出始めてきた。
「おい、最近授業に身が入らない奴が増えてるぞ、一生懸命やってる者に迷惑だ」
「は~い」
 この軽い返事から、決まった者たちはからは、まったく気にしてる素振りは感じられない。
 そんな中でも、黙々と勉強している生徒がいた。桃井夏希である。休み時間も惜しんで問題集に取り組んでいて、さすがの恵麻も一目置く存在だ。
「なっちゃん、いつも勉強してて、すごいね」
 恵麻がさり気なく声を掛けても反応がない。
 こうなると、あまりの集中ぶりに恵麻は話しかけるのをためらってしまった。
「江戸時代の三大改革は享保の改革と・・・・・」
 ぶつぶつ独り言を繰り返してる夏希に、だんだんと回りの生徒たちも距離を置くようになっていった。
 
 恵麻が帰宅したのは、塾が終わっての夜の10時だったが、母の昌子は料理を作って待っててくれた。今夜は恵麻が大好きなオムライス。
「おいしそう、ママいつもありがとう」
 この機会にと、恵麻は気に掛かっていた最近の夏希の様子について打ち明け始めた。
「夏希ちゃんって知ってるでしょ?あの小学校のときから同じの」
「もちろんよ、あんたと仲良かったじゃない。夏希ちゃんがどうかしたの?」
「別にたいしたことじゃないんだけど。様子がおかしいっていうか」
「受験が近いからじゃない?夏希ちゃんだけじゃないと思うよ。恵麻だってプレッシャーかかってるでしょ、それが普通だって」
「そうかなあ?でもただ事でないみたいだし、どこか殺気立ってるっていうか」
「気になるなら直接聞いてみたら?それで夏希ちゃんも何か話してくれるかもしれないよ」
「うん、そうしてみる。それで私も安心するかもしれないし」
 よっぽど気になってたんだろう、恵麻にとっては寝付きの悪い夜となった。

 次の日の放課後、恵麻は夏希を誘って一緒に帰ることにした。
「なっちゃん、勉強の調子ってどう?私なんてぜんぜんはかどらなくて」
「どうって?普通よ。それよりも最近よく私によく話しかけてくるよね、今日だって」
「どうして?そんなの前から話してたじゃない・・・そう、じゃあズバリ聞くね、何か心配な事でもあんの?」
「何言ってんの、受験間近だよ。そりゃ心配に決まってるでしょ」
「そうね、でももっと深い理由があるんじゃないかと思って。あっ気になったらごめん」
「・・・・・・」
「止めよ止めよ。こんなデリカシーのない話」
 そのとき恵麻がふと夏希の横顔を見ると、大粒の涙を流しているのに気付いた。
「ほ~んとごめん。そんなに気にしてると思ってなかった。だから今までの話は」
 すると夏希は、いきなり恵麻の言葉をさえぎり、自分のことを語り出した。
「ありがと。本当は聞いてもらえるとうれしいんだけど、でもこんな話を人に話すなんて」
「そ、そんな大切なことなら無理に言わなくても」
「違う、ぜひ聞いてほしいかな。じゃあ言うね。・・・家って両親が離婚して母1人子1人の2人家族。ママはパートを3つも掛け持ちしていて、帰宅するのはいつも夜中の12時近く。なのに私に不便を掛けまいと働きづめ。自分のことはがまんして、私の好きなようにさせてくれてきた。高い塾まで通わせてくれてね。〝いい学校行ってママの分まで幸せになってね〟と〝女の子は自立しなきゃ〟が口癖だったかな?知らないかもしれないけど、私って中学受験してるの。女子御三家の一つの松陽女子中学校。結果は不合格。そんときママの顔を見られなくて。でもママったら〝がんばったね〟しか言わなくて。思ったんだ、もう失敗は許されない、高校受験では絶対受かんないとって。何よりもママを笑顔にしてあげなくちゃって。あと私立ってお金かかるじゃん、だから公立の松陽一本。リベンジってとこ」
 こんな重い話を、堰を切ったように話し終えたあとの夏希の顔からは、どこか険がとれたように思えた。
「そうだったんだ。それじゃストレスもたまるよね」
「まあここまでは、受験生だったら大なり小なり誰にでもあてはまることなんだけど。問題はこのあと。どうしてもあのことが気になって」
「あのことって?」
「えっ知らないの?クラスLINEで回ってたじゃない」
 そういえば、恵麻は受験を終えるまで、クラスLINEは見ないようにしていた。
「梶原中の伝説らしいんだけど、卒業まであと5日にあたる日に、毎年困ったことが起こるんだって。〝5日前の不吉〟っていうらしいよ」
「聞いたことない。そんなのデマに決まってるじゃん」
「恵麻ちゃん分かるよね、その5日前ってのが公立高校受験の日に当たるって」
「それでだ、最近のクラスの様子が何か急に変わっきたと思ってた」
「あっ聞いてくれてありがとうね。話せて何かすっきりした気分。私がんばるから恵麻ちゃんもがんばって」

 数日後、受験も無事に終わり、恵麻も夏希もほっと一息。
「なっちゃんどうだった?私いつもより出来たみたい。手応えはバッチリ」
「私も、何か今日は調子よくて、かなり自信はある」
「ねえ、そう言えば今日って例の5日前だったよね。今から学校へ行ってみない?みんな来るって、LINEが回ってた」
 2人が到着すると、他の仲間たちも教室に来ていた。そこでの話題はやはり〝5日前の不吉〟のこと。
「誰だよ、あんなフェークニュース流したのは。この中にいるんだろ!」
  だまされたクラスメイトたちが、怒りのもって行き場に困っています。
「まあいいじゃない。結局は何も起こんなかったんだから」
 
       卒業まであと5日
  
 そのとき恵麻が黒板に掛かってるカレンダーをマジマジと見てみると、あることに気付いた。
「あれ、今日って卒業式の4日前じゃない?このカレンダーの5日って。もしかして卒業式当日を1日プラスして数えてる!」                                      
「そうだ、ということは昨日が5日前だったんだ。もう過ぎてんじゃん。何だあんなに心配して損した」

 思い込みは、往々にして人心心を左右する。しかし心配事の多くは、過ぎてしまえば〝なんだ〟で終わることがほとんど。
 
 受験はこれまでの積み重ね。迷信に囚われず、自分の力を信じいつも通りの実力を出しきれば、自ずと結果は着いてきて、すばらしい春を迎えられるはず。    
 がんばれ受験生。
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