みんな一緒

101の水輪

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 津田川中学校の卒業式は、3月13日に行われる。3月の頭にほとんどの生徒の進路が決定していて、あとは13日を終えると、晴れて義務教育からの卒業だ。
 この日も、卒業式がスムーズに進められるように、事前の学年練習をしている。
「卒業式は、今年は全員マスクなしで行うからな」 
「え~そんなこと急に言われても」
 こんな声が出たのは、特に女子からだった。
「とにかく決まったんだから。従ってもらうからな」
 式を仕切っていた学年の教諭の松本は、“とにかくやるよ”の一点張りだ。
「ただし事情があってどうしてもはずせないという者は、事前に担任の先生に申し出ておくこと、いいな」
 その後に行われた卒業証書の受け方のやり方や、学年合唱などの練習は、どこか落ち着かない気分のまま終えていった。

 式練習が終わって戻ってきた教室には、生徒たちの不満が渦巻いていた。
「ねえ、何で今さら取らなきゃいけないの」
 大声で上野心彩が叫びちらしているのを、富田純菜がなだめている。
「そりゃそうよね。今さら言われても」
 そんなやり取りは、男子からも聞こえてくる。
「ラッキー、やっとマスクから解放されるぞ」
とどちらかとうと、外すということに賛成意見が多いようだが、中には、
「俺は取りなくない。素顔を見られたくないし」
 男子でさえこうなので、女子に至ってはなおさらだ。
「そうそう、そうでしょ。私の顔なんて、そんなに見たい?ハハハ」
 確かに感染予防のためという理由もあるが、女子の多くは“マスク美人”で、外せば素顔が見られることを嫌っている。特に今の3年生は、入学したときからマスクをすることがスタンダードで過ごしてきてたので、全くもって“今さら”感が満載だ。
「どうせなら今年の卒業式の後からにしてくれたらよかったのに。よりによって私たちのときにやらなくても」
「そう、思い出多き卒業式にしたかったのに、何でこんなことで悩まなくちゃならないの」 
そこに4組担任の佐藤が、教室に入ってきた。
「さあみんな席に着いた着いた。マスク取るの何か国の方で決まったみたい。それにしても急だよね。まあマスクで覆われた三年間から開放してあげたいという親心からじゃないかなあ」
「そんな親心なんていらない。ここは親より子の心を考えてほしいわ」
「うまいハハハ」
 大喜利のようだけど、生徒たちは真剣そのものだ。
「じゃあ今の時点でいいけど、外そうと思ってる人って何人いる?」
 アンケートの結果は、,30人クラスで8人が外したい、16人が外したくない、残り6名が迷っているだった。
「かなり外したくない人が多いなあ」
「ほら、やっぱりみんな嫌がってるんじゃない」
 生徒に聞いたことが、図らずも逆効果になってしまった。
『このままでは、せっかくの卒業式が台無しになってしまう』
 佐藤の不安は、募っていくばかりだ。      
 
 佐藤は松本とともに、学年主任の松崎に相談することにした。
「うちのクラスの半数以上が、マスクを外したくないって言ってるんですけど」
 松崎はその答えを予想してたかのように、
「そりゃそうなるだろうなあ。まあ無理を承知で管理職に掛け合ってみるか」
と勇んで校長室へ入っていたけど、数分してあっさりと戻ってきてしまった。
「松崎先生、どうなりました?」
 佐藤が待ち切れず、問い詰めてみた。
「何か、自由なんだって。生徒たちの意思に任せてもいいみたい」
 それを聞いた佐藤は、安心して教室にすぐにもどり、生徒に知らせることにした。
「おい朗報だ、つけるつけないは自由でいいんだって」
 ところがもどってきた答えは、
「え~最悪!」
「それが一番困るんですよ。どちらかに決めてもらわないと」
と猛反発を受けてしまった。
『おい、いったいどっちにしたいんだよ』
 佐藤は頭が混乱してしまう。よかれと思ったことが、かえってあだとなってしまった。

 式を明日に控えながら、マスクをどうするか決めかねてる生徒が、まだまだかなりいる。
 その日登校してきた生徒たちの話題も、これ一色だ。
「そりゃ外したい人がいれば、つけたい人もいるんじゃねえ。そもそもそろえること自体無理」
 心彩もまだ迷っていて、みんながどうするかに全神経を集中させている。それでも、どうやら外すことにした生徒が、多くなってきたみたいだ。
『私もはずすか?でも顔を見られるのも嫌だし。服を着てないような気分』
 その様子を察知した純菜が、心彩に探りを入れてきた。
「ねえ心彩はどうすんの?」
『それが決まってれば世話ないわ』
「ううん、分かんない。純菜はどうすんの?」
 結局は純菜も決めかねている。
「私?みんなに合わせようと思ってんだ」
 出た、日本人特有の同調行動だ。逆らってまで自分の意見を通すより、多数のみんなの意見に合わせようとしてしまう。
「じゃあ私も外そうかな?もう面倒くさいからおいいや」
「あれ?心彩は外したくなかったんじゃなかったの?」
「そりゃ顔を見られたくないに決まってんじゃない。でも長いものに巻かれろっていうでしょ。みんなで渡れば恐くない・・・てね」
 あんなにキャンキャン吠えていたが心彩が、大人しくなったというか、牙を抜かれたというか。
『本当は思うようにしたいに決まってるし。でもあとで潰されるのも面倒なだけ』
 最終的には、本来は自由意志であったはずのマスクが、4組の全生徒がつけないで参加することになった。心彩は当然納得はしてないが、取りあえず従うことにした。これこそ日本人。

 その日の夜、心彩は大好きな父の幸平に、相談を持ちかけている。
「ねえ、どうして日本人って人に合わせようとするの?」
「まあパパの会社でも、自信をもって発言する人なんてあまりいないなあ。あてられても“それでよろしいです”がほとんど。とにかく目立たぬよう息を潜めてるって感じ」
「どうしてそうなの?」
「昔から、日本では〝みんな〟を重んじきてね。“和をもって何とか”って知ってるかな?そもそも農耕民族の日本人は、米を作るにもみんなで耕し、みんなで水を引き、みんなで刈り取らなければ、生きてこられなかったんだ。だから目立たぬよう、みんなの足を引っ張らぬようにして生きてきた。もし勝手なことでもしようものなら村八分」
「だから学校でも、みんなでみんなでって言われ続けてるのね。みんなに迷惑かかるって」
「ほんと言えば、人それぞれ姿や形、考え方は違うはずなんだけど」
「それこそ十人十色ね」
「そしてその集団からはみ出そうものなら、徹底的につるし上げられてきた歴史」
「だから残念なことに、この国民はとにかく空気を呼んで生きてく術を覚えたんだ」
「まあそれでも昔ほどではないけど。それでも他国と比べると、まだまだ周りに合わせる事が、美徳だと信じて疑わないのが日本人」
「互いに言わなくても感じ合う“あうん”の呼吸ってやつね。ああ本当に面倒くさい」

 卒業式が始まろうとしている。合わせるように生徒たちは一斉にマスクを外し始めた。
「嫌な人もいると思うけど、全員でマスクを外す。4組の一致団結をみせようぜ」
  学級代表がそう呼び掛けると、みんなにやけに気合いが入ってきた。
「よし、わかった。俺たちの顔を見てもらおうじゃないか!」
 しかしそのとき心彩は、ポケットからマスクを再び取り出した。
『これが私の生きる道・・かな』   
   彼女1人だけがマスクをつけ、堂々とスポットライトが当たる花道を歩いて行った。
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