なにくそ

101の水輪

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なにくそ

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♬ ウーウーウー ♬
  
試合終了。世界一は日本の藤沢ボーイズです。圧倒的な強さでの優勝で、二連覇を果たしたチームは過去にはありません。MVPは今年もやはり前田選手で、昨年同様に圧倒的な存在感を示しました。エースでキャプテン、五試合を一人で投げきり、それもすべて完投勝利という快挙です
 
 スポーツチャンネルのアナウンサーが、興奮気味に絶叫している。

 前田和樹は中学2年生、地元では一番有名な中学生かもしれない。彼が所属する野球チームの玉沢ボーイズは、アメリカで行われたU15の世界野球大会で2年連続優勝し、そこでのMVPが和樹だった。その活躍ぶりは、本場アメリカでも話題となり、未来のメジャー選手のスター候補として持ち上げらた。帰国したその日にはパレードが催され、ヒーロー見たさに沢山の人が押し寄せるほど。国内のマスコミも、彼を追っかけて連日報道を繰り返す。
  
 朝、和樹が登校してくると、二人の女子生徒が待ち構えていた。
「前田さん、写真撮ってもらえませんか?」
 和樹も慣れたもので、二つ返事でOKし、LINEの交換までしてしまう。
「えー本当にいいんですか?ずっと応援しています。がんばってください」
 世界一に決まって以後は、毎日のように見られる光景だ。
 
 そのとき和樹のスマホが鳴った。
「あっ和樹、今いいか?」
 電話の主は、社長の下倉。ハーフの彼は、そのフェースやスタイルからモデルとしても活動し、“エブリスター”という芸能事務所に所属している。
「先日話していた映画の件、決まったぞ。詳しくは今夜に話すから」
 和樹の銀幕デビューが決まった。いずれは役者の世界に入りたいと思ってたけど、それがかなり早まった。輝かしい未来が確実に待っている和樹には、死角は見当たらない。

 放課後はいつもはボーイズでの練習だが、今日は他に行かなければならない所がある。
「社長、おはようございます」
 訪れたのはエブリスターだった。
「待ってたよ、大スター。さっそくだが・・・・・」
 下倉の説明が始まったが、少し事情が違っていた。
「えっそうなんですか?」
 和樹が驚いたのも無理はない。映画の話は本当だったが、出演ではなくオーディションを受けるだけらしい。それでも和樹にとっては、オーデション自体が初めてなので、嬉しさに変わりはない。
「社長、大丈夫です。絶対に受かってみせますから」
 その日から、二頭を追う和樹の新たな生活が加速していく。

「和樹さん、お久しぶりです」
 芸能活動に軸足を置き始めてた和樹が、数日ぶりにボーイズの練習にやってきた。
「おい、久しぶりはないだろ。ここは俺の家だぞ」
 和樹と話してるのは、後輩でクラブのマネージャーの伊勢賢。最初は野球が好きでクラブに入って来たが、自分の技術レベルに限界を感じてしまった。そんなとき、監督からマネージャーの話があり、以後は裏方としてがんばっている。
「聞きましたよ、映画のオーデションを受けるんですって?」
 いつの間にか、オーディションの話が広まっている。
「知ってた?そうなんだ、俺がビッグになるチャンスってか?」
「でも野球の方は大丈夫なんですか?練習の方は?」
 マネージャーに言われたくない気持ちで一杯になる。
 
 お前誰に言ってんだよ 天下の前田和樹様だぞ ハハハ

 確かに練習が疎かなのは事実だが、気にする素振りは一切ない。
「では野球でもするとすっか」
 和樹の自信は微塵の陰りもなく、グラウンドへと向かっていった。

 いよいよ来年度の世界大会への予選会が、数週間後に迫っている。
「これまでの実績はゼロと考え、これからの練習や紅白戦で選手を選ぶからな」     
 監督の松倉の檄が、選手たちを奮い立たそうとするが、和樹にはまさに上の空。 
 
 どうせ俺がエース

 和樹の実力は突出しており、それは周囲も認めているところ。
 全体練習を終えた後、ピッチャー陣はブルペンに入り、キャッチャーを座らせての投球となる。和樹は受ける相手に、正捕手の塚田修平を指名した。
「よーし和樹、このミットめがけて投げてこい」
 修平がミットを構えた。
 
 了解 俺の球が受けられるかな?

 和樹が自信たっぷりに一球目を投げた。ところが、
 
 あっ

 キャッチャーを越えてとんでもない方向へ。
 投球を待ちわびていた仲間たちは、一瞬にして静まり返ってしまう。
「悪りい、冗談冗談。みんな笑かそうと思って」
 今度は真顔に変わり、いつも以上に気合いが入る。ところが。
 
 えっ ヤバ

 何と再び暴投。それも一球目より、はるか彼方に投げてしまった。
「和樹、そこまでだ。着替えて病院へ行ってこい」
 
 何かに気づいたのか、松倉がすぐに和樹をスポーツ専門の整形外科に行かせた。    
 地元じゃ有名な整形外科で、和樹は診察結果を聞いている。
「野球イップスといい、本来の力を発揮できなくなります。前田君の場合は、急にストライクが投げられなくなったような、基本的な動作ができなくなることですね。原因は精神的なものと言われてるけど、根本的な治療方法はありません」
 和樹も“イップス”という言葉は知っていたが、まさか自分がなるとは。

 これで野球人生も終わった

 和樹は悔しさを握りこぶしに込め、すぐに気持ちを切り替えた。
 
 まあいいか。かえって芸能活動に専念できるし

 和樹のイップスは、ネットニュースでも取り上げられるほど、あっという間に野球界に広がっていく。
 その後、和樹を取り巻く環境は一変した。キャーキャー騒いでいた女子たちは、全く見向きもしなくなり、あれほど持ち上げていたマスコミも、おもしろおかしく取り上げたことで、SNSでも和樹への中傷の嵐が吹き荒れ出す。
 
 調子に乗るな 大した力もないくせに

 和樹は、しばらくスマホの電源を入れることができなくなってしまう。

 不幸は続くもの。何とエブリスターの社長が、脱税容疑で逮捕されてしまう。和樹は事務所に電話を掛けるが、

 この電話は現在使われておりません

と、無機質なメッセージが繰り返し聞こえてくる。この瞬間、映画デビューの話も完全に消え去ってしまった。ここまでくると、さすがに和樹も動揺を隠しきれない。
 
 俺ってどうなっていくんだろ
 
 それからというもの、スマホに入っていた応援メッセージがとんと届かなくなり、道端でサインを求められることもなくなった。ついには、これまで和樹に張り付いていた者たちが、潮が引くように離れていった。

 目標を失った和樹の足は、自然とボーイズクラブのグラウンドへと向かっていた。ただ、練習を止めてかなり日数が経っていて、おいそれとみんなと合わす顔がない。
 和樹も仕方なく、河川敷グラウンドでやっている練習をボーッと堤防上から眺めていた。
 
 みんな楽しそうに野球やって あのころは俺も楽しかったな

 そのときだ。聞き慣れたダミ声が、和樹に掛けられてきた。
「おい、なにサボってんだ。ぐずぐずせず早く練習に戻れ」
 それは松倉の怒声だった。驚いた和樹だったが、にわかに動くことなんてできない。
「だから何してんだって。早くチームに戻れ」
「でも監督、それって無理です。俺なんてもう投げられないんですから」
 
 今さらどんな顔をしてもどれるというのか

「誰がピッチャーをやれといった!」
「えっ、だって今チームに戻れと」
「他にもあるだろ。マネージャーも大事な仕事だ」
 居場所をなくしてた和樹には思いがけない一言だったが、人から必要とされている自分に初めて気づいた気がした。
 和樹には、はっきりと光が見えた。
 
 なにくそと思うか、どうせと逃げるかで、その後の人生は変わっていく。 
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