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誤解
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「私の事はいい。澪、君は私達が政府から依頼を受けて捜索している人魚と外見の特徴が酷似している。差し支えなければ、君の事を政府に報告し、該当する人魚か照会をしたいのだが?」
曜一のその一言に、か弱い印象だった澪の金色の瞳に、警戒の色が点った。素早く立ち上がると、身を守るように自らの肩を抱きしめている。そして、強い口調で魁利達を非難する。
「貴方達は、私を捕まえに来たんですね。っ、政府だなんて、そんな事。あの人の手先なんですか!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。捕まえるんじゃなくて、依頼されて保護しにきたんだって」
澪は大きな誤解をしている。それを解こうと、敵意はないのだと示すために魁利は両手を頭の上にやって、まるで降伏しているようなポーズをとる。曜一は立位のまま、事の成り行きを見守っている。
「俺達は、澪を傷つけないから。なあ、信じてくれよ」
しかし、澪は魁利の言葉を拒絶し、表情を固くした。
「助けてくれた時は、優しい人だと思ったのに……。私は捕まる訳にはいかないんです。このままにはしておけない。私がやらないと。貴方達の思い通りにはなりません!」
並々ならぬ決意が澪から感じられた。彼女は身を翻すと、その華奢な体つきからは想像もつかない速さで逃げていく。何も悪い事をしていないし、驚かせた訳でもない。急に逃げられ、呆然としている魁利に、冷静な曜一が、どうでもよさそうに言う。
「あー……。逃げましたね。どうします、お坊ちゃん」
「馬鹿! 追うに決まってんだろう!」
逃げていく澪を追走する。彼女は夜の細い道をとにかく遠くへと走っている。闇の中、ひるがえる白い髪は目印のようであり、足に加速の効果のある呪術を纏わせた分、追いつくのも時間の問題だと魁利は算段していた。いくら人魚の気配が水と同じだろうと、彼女の手を握りさえすれば、勝機はある。
「これは、少々まずい」
曜一の声が耳に届く。何が、と走りながら尋ねれば、
「この先には、川がある。飛び込まれたら、もはや水の中から彼女を探す事は不可能に近い」
工場地帯を滅茶苦茶に走っているように見えて、その実、澪は最も効果的に自身の身を隠せる場所を目指していたのだ。先程、不良グループに絡まれた時も、同じように川を目指していたのかもしれない。
白い髪のその先に、欄干が見えた。恐らくその下は川だ。
「曜一、幻術は!?」
「発動する前に川に飛び込まれるぞ」
「あー、もう!」
便利なようで、まるでそうではない呪術のもどかしさ。指を動かせばすぐに何でも叶う魔法ではなく、発動させるには集中力と時間を要する。肝心な時に頼れるのは、自分の脚力だ。
魁利は懸命に手足を動かす。
あと五歩。四歩。三歩。あと少し、あと少しで澪の手を捉えられる。
しかし、――そのあと少しが足りなかった。澪は一切の躊躇なく、欄干に手をかけると、勢いそのままに眼下の川へと身を投げた。
水飛沫の音が響く。
「澪!」
魁利は彼女の名を叫び、欄干から身を乗り出すと暗い川底を凝視した。
夜目のきく目でも、彼女の白い姿を確認できない。もっと、もっと探さなければ。足を浮かせて欄干の向こうに手を伸ばしたところで、ぐいっと首根っこを掴まれて道路側へと戻された。
「何するんだ、離せよ曜一!」
「もう無理だ。一端水の中に入られたら、私達ではどうしようもない」
「でも」
「嫌だぞ、私は。お坊ちゃんが川に落下し、あげくに風邪をひいたと。そんな情けない話を本家の当主様に報告するのは」
「なんで俺が風邪引く前提で話してんだよ、この仮面野郎!」
「体が弱いのは、昔からだろう。一週間あれば、三日は床に臥せっていた。何度、私が看病したと思っている」
「何年前の話を持ち出してんだ、クソ! もう破茶滅茶に元気だっての!」
曜一の言う通り、幼少期の魁利はとても体が弱かった。呪術を習うごとに、体力と精神力は摩耗し、命を削るようであった。本家の当主ーーつまりは、魁利の父親は、それでも一向に構う様子がなかった。虚弱な息子に、さらなる試練を与えては、真宮家の培ってきた呪術を伝える事に拘った。
父は、繰り返し魁利に言った。愛を囁くようにして。
――真宮の家には、強い子を。
――強い子を愛そう。
――魁利。強くおなりなさい。
それも子供の頃の話だ。少し、嫌な事を思い出してしまった。
やれやれ、と魁利の首を掴んだまま、曜一が深々とため息をつく。いい加減にしろと言っても、魁利が川に飛び込むのを警戒してか、曜一はなかなか手を離してはくれなかった。まるで子犬扱いだ。
「……とにかく、政府のエージェントに式神を飛ばそう。あの澪が、例の人魚なのか、確認をとるべきだ」
それには魁利も異論はない。けれども、今は正論ばかりの曜一に従うのが癪であった。
「……政府への式神、お前が作れよ。あれ、作るの面倒だから。これ、本家の命令」
「こんな時に、命令か?」
「なんだよ、不満でもあんの?」
「……御意に」
鬼の仮面の下。曜一も面倒がっているのが、魁利には手に取るように分かった。
曜一のその一言に、か弱い印象だった澪の金色の瞳に、警戒の色が点った。素早く立ち上がると、身を守るように自らの肩を抱きしめている。そして、強い口調で魁利達を非難する。
「貴方達は、私を捕まえに来たんですね。っ、政府だなんて、そんな事。あの人の手先なんですか!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。捕まえるんじゃなくて、依頼されて保護しにきたんだって」
澪は大きな誤解をしている。それを解こうと、敵意はないのだと示すために魁利は両手を頭の上にやって、まるで降伏しているようなポーズをとる。曜一は立位のまま、事の成り行きを見守っている。
「俺達は、澪を傷つけないから。なあ、信じてくれよ」
しかし、澪は魁利の言葉を拒絶し、表情を固くした。
「助けてくれた時は、優しい人だと思ったのに……。私は捕まる訳にはいかないんです。このままにはしておけない。私がやらないと。貴方達の思い通りにはなりません!」
並々ならぬ決意が澪から感じられた。彼女は身を翻すと、その華奢な体つきからは想像もつかない速さで逃げていく。何も悪い事をしていないし、驚かせた訳でもない。急に逃げられ、呆然としている魁利に、冷静な曜一が、どうでもよさそうに言う。
「あー……。逃げましたね。どうします、お坊ちゃん」
「馬鹿! 追うに決まってんだろう!」
逃げていく澪を追走する。彼女は夜の細い道をとにかく遠くへと走っている。闇の中、ひるがえる白い髪は目印のようであり、足に加速の効果のある呪術を纏わせた分、追いつくのも時間の問題だと魁利は算段していた。いくら人魚の気配が水と同じだろうと、彼女の手を握りさえすれば、勝機はある。
「これは、少々まずい」
曜一の声が耳に届く。何が、と走りながら尋ねれば、
「この先には、川がある。飛び込まれたら、もはや水の中から彼女を探す事は不可能に近い」
工場地帯を滅茶苦茶に走っているように見えて、その実、澪は最も効果的に自身の身を隠せる場所を目指していたのだ。先程、不良グループに絡まれた時も、同じように川を目指していたのかもしれない。
白い髪のその先に、欄干が見えた。恐らくその下は川だ。
「曜一、幻術は!?」
「発動する前に川に飛び込まれるぞ」
「あー、もう!」
便利なようで、まるでそうではない呪術のもどかしさ。指を動かせばすぐに何でも叶う魔法ではなく、発動させるには集中力と時間を要する。肝心な時に頼れるのは、自分の脚力だ。
魁利は懸命に手足を動かす。
あと五歩。四歩。三歩。あと少し、あと少しで澪の手を捉えられる。
しかし、――そのあと少しが足りなかった。澪は一切の躊躇なく、欄干に手をかけると、勢いそのままに眼下の川へと身を投げた。
水飛沫の音が響く。
「澪!」
魁利は彼女の名を叫び、欄干から身を乗り出すと暗い川底を凝視した。
夜目のきく目でも、彼女の白い姿を確認できない。もっと、もっと探さなければ。足を浮かせて欄干の向こうに手を伸ばしたところで、ぐいっと首根っこを掴まれて道路側へと戻された。
「何するんだ、離せよ曜一!」
「もう無理だ。一端水の中に入られたら、私達ではどうしようもない」
「でも」
「嫌だぞ、私は。お坊ちゃんが川に落下し、あげくに風邪をひいたと。そんな情けない話を本家の当主様に報告するのは」
「なんで俺が風邪引く前提で話してんだよ、この仮面野郎!」
「体が弱いのは、昔からだろう。一週間あれば、三日は床に臥せっていた。何度、私が看病したと思っている」
「何年前の話を持ち出してんだ、クソ! もう破茶滅茶に元気だっての!」
曜一の言う通り、幼少期の魁利はとても体が弱かった。呪術を習うごとに、体力と精神力は摩耗し、命を削るようであった。本家の当主ーーつまりは、魁利の父親は、それでも一向に構う様子がなかった。虚弱な息子に、さらなる試練を与えては、真宮家の培ってきた呪術を伝える事に拘った。
父は、繰り返し魁利に言った。愛を囁くようにして。
――真宮の家には、強い子を。
――強い子を愛そう。
――魁利。強くおなりなさい。
それも子供の頃の話だ。少し、嫌な事を思い出してしまった。
やれやれ、と魁利の首を掴んだまま、曜一が深々とため息をつく。いい加減にしろと言っても、魁利が川に飛び込むのを警戒してか、曜一はなかなか手を離してはくれなかった。まるで子犬扱いだ。
「……とにかく、政府のエージェントに式神を飛ばそう。あの澪が、例の人魚なのか、確認をとるべきだ」
それには魁利も異論はない。けれども、今は正論ばかりの曜一に従うのが癪であった。
「……政府への式神、お前が作れよ。あれ、作るの面倒だから。これ、本家の命令」
「こんな時に、命令か?」
「なんだよ、不満でもあんの?」
「……御意に」
鬼の仮面の下。曜一も面倒がっているのが、魁利には手に取るように分かった。
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