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仮面野郎と腹黒祖父の探り合い

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   カーテンを締め切った薄暗い部屋の中、テーブルの上で蝋燭の炎が揺れている。椅子に座り、曜一は水差しを手に取った。目の前には異能者の陶芸作家が作り上げた特別な平皿があり、そこに水を薄く注ぐ。水が落ちつた頃合いになって、蝋燭の揺らめきが反射する水面を覗き込んだ。
 水鏡となったその場所に、うっすらと着物姿の人物が映し出される。屏風を背に、座布団に座している白髪の老人だ。矮小な体とは言え、その眼光の鋭さには水鏡越しであっても恐れを抱く。彼は曜一の祖父で、真宮曜堂と言う。表向きは隠居をしているが、こうやって曜一を通し、情報を集める事に余念がない人物であった。

「お爺様。お加減はいかがですか。風邪を召されたと聞き及びましたが」

『大事ない。それより報告を』

 しゃがれた声が、曜一の気遣いなどまるで興味がないと物語る。それはこちらも同じであるので、特に気分を害する事も無かった。形骸化した挨拶を早々に切り上げ、曜一は口を開いた。

「魁利様ですが、特にお体に異変も無く、健やかに過ごしておいでです」

『よろしい。そのように本家にも伝えておこう。たまには本家当主のご機嫌伺いもしておかねばなるまい』

 わざわざ出向かずとも良いだろうに。老いてなお、本家との繋がりを誇示したいのか、あるいは良からぬ企てがあるのか。血縁者であっても、曜一はまるでこの人物を信用に足りる人だと認識した試しがなかった。何せ、己の孫でさえ政治の道具にしたのだから。
 この本家と分家を巡るくだらない政争は、真宮の始祖が百目鬼村に根を降ろした三百年前から始まっている。

 伝承によれば、百の目を持つ鬼を始祖が成敗した折り、始祖の才覚を認めた鬼が、自ら首を差し出し、その血肉を始祖に捧げたと言う。多くの力を譲り受けたと同時に、始祖は鬼の残忍さまでも継いだとされている。
 真宮家においては、生まれ落ちた際に遺伝した鬼の力が正義とされ、そうでないものはまるで空気のように扱われるようになってしまった。本家と分家の差も、その血の濃さの格差から生じたものだ。
 ――より強い子を。より力を。その為には、手段も倫理も問わない。
 あくなき欲望は、今となっては呪いとして凝縮されている。

 血族同士の争いもさることながら、異能の一族としては比較的浅い歴史を持つが故、真宮の人間たちは他の一族を貶め、謀略にかけ、まさしく成り上がってきた。その過程で恨みをかった一族の数を数えるのも面倒な程。そうやって、あらゆる手段を用いて現代まで生き延びてきた。
 詰まる所、真宮家は権力を得る為には手段を選ばない、薄汚れた家なのだ。

『して、お前はどうだ、曜一』

「私の事ですか? お蔭さまで、魁利様の子守という立派なお役目を果たしておりますが。何か問題でも?」

 くくく、と曜堂は肩を震わせる。孫可愛さに、近況を尋ねたのではあるまい。曜一は仮面の下の目を苛立ちながら細めた。何が可笑しいのかと視線に込めれば、曜堂は掠れた声で

『ああ、実に健気なものだな。お前がその鬼の仮面を外せぬのは、他でもないあの――本家の、何も知らぬ小童のせいであるのというのに』

 考えるよりも先に、手が動いていた。曜一はテーブルの上の平皿を薙ぎ払っていた。水をまき散らしながら落下した皿は床にぶつかって粉々に砕ける。当然に呪術は途切れ、部屋には静寂が戻った。

「あんな陳腐な挑発に乗ってどうする。くそっ。あの人の思う壺だろうが」

 あの祖父の事だ。わざと曜一の神経を逆撫でしたのだろう。あれでどこまで踏み込めば、曜一が本気で攻撃してくるのかを探ったに違いない。それでこそ、謀略と幻術とを得意とする真宮の分家とも言える。
 同じ流派、同じ系統、同じ思考。
 それが流れている自分の体にも嫌悪感が止まない。それを緩和させたいのか、無意識に鬼の仮面を引っ掻いている事に気付き、また僅かに腹が立った。
 皿の破片と水が散らばる床を見て、曜一はため息を吐く。

「未熟者め。……お坊ちゃんを迎えに行く前には、どうにかしないとな」

 蝋燭を吹き消し、部屋の明かりをつける。
 自制心の無さの反省の為に、式神を使わずに己の手で片付けると決めた。
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