異世界無宿

ゆきねる

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第三章 無宿人の宿命

第二十六話 宿屋にて

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馬車置場まで移動してから、フレイルにオーガに関しての話を聞いた。

「オーガの魔獣化の原因を調査している所だ」

原因を究明してギルドから発表されるまでに、2~3日は必要らしい。
急激かつ凶暴化する魔獣化は滅多に起こらないらしく、外的要因があるはず…
そう考えているようだ。

俺はマスタングに乗り込んで、リボルバーの弾を実体化させて装填を済ませる。

「予備の弾を実体化を頼む。それと、素早くリロードを出来るようにしたい」

マスタングのグローブボックスが開くと、そこにはスピードローダーが2つと携帯するポーチも一緒だった。

取り出してベルトに装着する。
これで18発は撃てる訳だ。
身支度を整えてから車を降り、カレン達との話に戻る。

「そう言えば、オーガへの回復魔法に手こずっていたな。中級魔法でも時間がかかるとか」

回復魔法にも種類があり、中級の回復魔法が使えれば殆どの戦闘の負傷なら治せる。
そうカレンが説明してくれた。

「そこまでの傷を負わせるとは…イズミよ、どんな魔法を使ったのだ?」

フレイルに睨まれる。
町中で話すのは気が引けるので、話を濁す事にした。

「まだ宿を探せていないのでね。日も暮れるし、詳しい話は明日でも良いか?」

折角ちゃんとした町に来たのだ。
宿で一泊はして身体を休めたい。
車も近場に置ける場所とまでは言わずとも、探せば理想に近しい宿があるだろう。

ならば、とフレイルから宿屋を紹介された。
車も置けるとの事で、カレンには少しばかり後部座席に乗ってもらい、フレイルの案内で宿に向かう。

フレイルは初めての車だからか、馬とは違う視点に混乱していた。


紹介された宿の前でフレイルと別れ、宿に入り取り敢えず一泊で契約した。
銀貨5枚の妥当性は分からないが。
宿の前にある馬車置場へとマスタングを駐車して、宿の主人の先導にて部屋へと向かった。

思っていたより広く、しっかりとしたベッドもあった。
大きなベッドが1つだけなのは誤算だったが。

夕食は宿で取る事にしたが、エルフでも食べられる料理が出て来たのには驚いた。
ちゃんと宿泊客を見て仕様を変更している事に、俺は感心していた。

簡易的ではあるが水浴び場まで備わっていたので、食後に浴びて汗を流そうと思ったが…カレンが疲れた顔をしていたので先を譲った。

俺は部屋でリボルバーを取り出し、布で軽く汚れを拭き取った。
ナイフもシースから抜き出し、まじまじと眺めた。
シースをズボンに着けてみるが、どうもしっくり来ない。

武器屋に頼んでホルスターの右肩側に取り付けてもらうか。
それとも、スボンの背中側に横配置が出来るように頼むか…
そんな事を考えながらナイフを仕舞った。

腕時計を確認すると、夜の8時を過ぎた所だった。
俺はベッドの隣に小さなテーブルを移動させ、銃とナイフ、そして腕時計を置いた。

「戻りました」

カレンが水浴びから戻って来たので、次は俺が水浴びに向かう。

水浴びをさっさと済ませ顔を洗った時、伸びた髭に気になった。
綺麗に生え揃っている訳ではないので、綺麗に剃り落としたい。

着替え終えたらマスタングに頼んで、カミソリを実体化させてみる。

出て来たのは、両刃のカミソリだった。
持ち手部分は金属製で、手に取るとズシリとした重みを感じる。
隣には替え刃を捨てる箱があったが、予備の刃はついていなかった。
小さな桶と髭剃り用のジェルがあったのは、マスタングなりのサービスだと信じたい。

宿屋の主人に確認したが、鏡は無いそうだ。
この異世界では高級品なのだろうか?

マスタングのバックミラーを使って…とも考えたが、そこまでする必要は無い気がしたので止めた。


部屋に戻って椅子に座り、髭を剃る準備を整える。

「イズミさん、何を始めるのですか?」

カレンが興味深そうにカミソリを見つめている。
顔にジェルを塗りながら髭を剃るのだと教えた。

俺は半ば直感に任せて髭を剃り始めた。
カレンはその動きを面白そうに眺めているのが、視界の隅から見えた。

ものの数分で大体は剃り終えた。
剃り残しがあるのは仕方ないと顔を洗おうとしたら、カレンの顔が目の前にあった。

「おぉ!?どうしたカレン?」

予想外の事で驚いてしまい、変な声が出てしまった。

「イズミさん、まだ残ってます」

カレンはカミソリを手に取ると、俺の動きを真似するかのように剃り残しを綺麗に剃ってくれた。

「こんな感じでしょうか?」

顔を洗ってから確認すると、先程より綺麗に剃れていた。

「ありがとう。おかげさまでサッパリしたよ」

久しぶりの髭のない感触が心地良い。
ジェルと水を捨て場へ持って行って処理をしたら、部屋に戻りカレンがベッドで横になっているのを確認してから椅子に座った。

「イズミさんはベッドで寝ないのですか?」

カレンが俺の方を向いて聞いてきた。
1つのベッドに男女で寝るのは…

「俺は椅子で寝るから、カレンはゆっくり身体を休めてくれ」

そう言って笑った見せた途端、カレンが起き上がり俺をベッドへと引き摺り込んだ。

「駄目です!イズミさんも身体を休めないと!!」

俺を意地でもベッドで寝かせたいのか、左腕にしっかりと抱きつかれた。

「私をベベロで助けてくれてから、一度もちゃんとしたベッドで寝てないんですよ!」

思い返せば、マスタングの運転席と、藁を少し集めただけの簡易的な寝床だけだったか。

「…そうだったな。ではせめて、腕に抱きつくのは辞めてくれないか?」

カレンに睨まれ、更に強く抱きつかれた。
俺の理性が飛ばないようにと、俺なりの配慮のつもりだったのだが。

目を瞑って眠ろうとすると、カレンの方から甘い香りがするのに気がついた。
クレンナ村で仮眠を取っていた時と同じだった。

「カレン…香水とか付けているのか?凄く良い匂いがする」

カレンの方に顔を向けると、カレンは恥ずかしそうに顔を背ける。

「それは!…その…多分、汗…です」

ちゃんと洗ったのにな…
カレンの声が小さくなりつつ、最後は消え入るような声で答えた。

「すまん、デリカシーの無い事を言ってしまったな」

忘れてくれ。と謝り、眠る事に集中する。

「…あの。1つ我儘を言っても、よろしいでしょうか?」

なんだ?と軽く聞き返す。

「腕枕を…して欲しいのですが」

カレンと出会ってから、初めての我儘が腕枕とは。
ここは男としての覚悟を決める時なのかもしれない…
そう思いつつ、おぅ。と返事をした。

カレンは抱きついていた腕を解き、俺の二の腕部分に頭を乗せた。
カレンの身体が俺に密着して、異世界に転移してから初めてと言っても良い、他人の肌の温もりを感じる。

俺は身体の疲労感が限界を越えていたのか、カレンの甘くて優しい匂いと温もりを感じながら、意識を手放した。
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