絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 213: 急速に閃きが灯る壮年

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《バイオリアクター》組織の増殖、発達のために用いる機械の総称。Sm製品を生み出すための基幹装置であり、小型の工場のような扱いを受ける。

 








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 マシューは薄紅ともオレンジ色ともつかぬ色彩を呈する薬品の入った容器を揺さぶった。

「仮にこれを”細胞分離薬”と呼称する。これにさらされたSmの細胞は、元から持っている接着細胞のたんぱく質を分解する能力を亢進こうしんさせて、組織を自壊するようになる」

「それって、ヒュドラデスビタールに近いね。いや、あれが起こす作用の1つを取り出したって感じか?」

「よく知ってるな。そうだ。まさしく俺はそれを目指した。これを使えば細胞同士が分離し、溶液中に個別に浮遊する。そのあと、それぞれの細胞を任意の薬剤を混合した培養液に浸して……」

 すると、マシューは、今度はさらに奥のほうから機材を取り出す。床に雑に降ろされたそれは、業務用の大型のミキサーの上に金属製ウォータージャグを増設したような機械だった。

「こいつが、俺が設計した新しいバイオリアクター……いや、バイオデベロッパーだ!」

「バイオデベロッパー?」

「そうだ! 少し意味が違うかもしれないが。従来のバイオリアクターは、投入された1種類の細胞を製造するか、大きくても1つの臓器、あるいは1種類のSmを規定されたSmNAに従って作ることしかしなかった」

「そのほうがコスパがいいからね」

「ああ、だがこれは違う! これによって誕生するのは! 数種類の異なるSmNA配列を持つ製品! 異なる出自の細胞を1つにまとめて、それを発生させて形成する! それを1つの容器で完結させる」

 おおおお! とソーニャは遠大な計画に目を輝かせ興奮した。

「今まで発達の段階では、異なるSmNAを由来とする組織を統合するには、一旦、それぞれを発達させて人の手で組み上げるか、SmNAの統合を検討して何とか1つのSmにしていたけど。完全に分離した組織の発生を同時に、しかも自動化ですると!? でもそれって、いわゆる胎生製造と一緒なんじゃ?」

「いいや、Smの自己増殖器官を用いて複製する胎生製造の場合、逃げ出した時のリスクがあるし、生まれてくるSmの器官は、母体となるSmが元来持つSmNAによって左右されるし、さっきお前さんの説明にあったように、あらかじめ異なるSmNAを統合しておく必要もあって、それには膨大な検討にかかる時間とコスト、さらには発達不良のリスクを伴い、途中で人の手を加えることも難しいから。何らかの修繕、または変更をする場合、最悪、一から母体を作り直す必要が出る」 

「ああ、確かに、母体に発生をコントロールするための投薬をしても、母体が分解したり、場合によっては薬品の分子結合が母体を介するうちに変質して、結果、意図しない作用によって、意図しない機体が生まれることもある。だから、母体を最初から品種改良して、そのあと余計な変質が起こらないように管理する必要がある。最近だと増殖器官を丸々取り出した機材もあるけど……」

「それだって同じだ……。今の技術では、発生したSmもはいの状態で外部からSmNAを加えた場合でも、現状のニーズに応えた機体を完成するために、最後は人の手による修繕やら接合を必要とする。おまけに機体の大きさも母体に依存する。一気に完成体を作れない。しかし、このバイオデベロッパーは、これ一台で、健全なSmNAを持つたね細胞さえあれば、製造したいものを制限なく一から作り出すことができる上、発生段階を観察し、途中で変更を加えることも用意だし、機械だから増設も簡単で、最初から大型の容器を作ってしまえば、小型機さえも製造を可能とする。細胞を分離して薬品に暴露する撹拌機かくはんきの部分とは別に、ビニールとか柔らかくて大きさを変えられる素材で作った容器の中であれば、より機材と発育する製品の自由度を広げられるだろう」

「なるほど。育成する場所を柔らかい素材にすることで自由な発育を推し進めると。それなら、容器を少しつぶして、使う素材、培養液の量を削減できるかも……。あれって、結構お金かかるから、使いまわすと、発達不良の危険もあるし」

 そうだな、と頷くマシューの脳裏には大きな施設が見えてくる。
 洗練された工場では、金属の円盤型の金具で四隅を支えられた巨大な透明の袋があり、金具の中心にある管から液体が供給され、さらには金具から生えたアームや電極が育成に必要な手順を遂行する。巻き取り機に支えられたワイヤーが透明で柔軟な容器を安定させ、時に容器が膨らむ一助となり、その中で大きなものから小さなものまで、樹状に見えるものから、シンプルな形状の塊まで何でも作ってしまう。

 目を閉じてイメージに浸っていたマシューは、傍らの試作機を見下ろす。

「Smの胎生増殖器官と違い、内部環境を安定させることができるから、その分のコストもカットできる。
 これが完成すれば新しい工学の道が開ける。それも、大規模な施設を造らずとも、一般家庭でも行えるほど簡単な作業で必要とするものを製造できる。そのために、Smの細胞をばらばらにし、それらの細胞が持つ細胞番地を書き換え、形成を自由に思うままにする必要がある。この溶液とデベロッパーがその第一段階なんだ」

 説明しよう、とマシューは機械と溶液を強調する。

「まず、デベロッパーの上部にある水槽に培養液と培養する細胞を投下し、それを撹拌して、俺の作った薬剤で細胞をバラバラにする」

「ふんふん! そんでもって下のチェンバーに薬品を投下して、望んだ発生を促すの?」

 そうだ! とマシューはデペロッパーの容器の底部にある扉を開いた。
 ウォータージャグといったが、内部を見ると下半分は溶接によって鍋の形の装置と接合されており、内部の底にはミキサーの刃とそれとは別のプロペラ。そして、側面には斜めに配置された羽がついていた。金属の羽は容器に合わせて歪曲しており、軸を中心に角度を変えられる。そして、底の刃は、一枚に限らず。中心のものは四枚の刃がそれぞれ角度を変えられ、一種の獣の爪のような印象を与える。

「まず底の刃で海流を作り、投下した組織を断片にする。ここで重要なのが、あまりにも粗雑に破壊したら細胞自体が破壊されて再生されないってことだ。だから、さっきの薬品の効果との兼ね合いが重要になる。これがうまくいけば、細胞を破壊することなく、なおかつ容器内部にある電極から放たれる電流の+とーによって細胞の分別を行えるし、側面の羽の助けもあって、組織がほどけて対流に乗っかり中心に集まる。そこで組織は互いに連携し、お互いが作る組織の網で絡み合って、細胞をくっつける。このころになると、最初に投下した薬剤は分解されている……と予定している」

「なるほど……。底部にある穴は、空気の取り込み口かな? 空気中の炭素を与えて骨格形成を促進するだけでなく、内部の不要な気体や可燃性のガスの排出もするの?」

「そうだ。空気中の炭素を効率よく取り込み、内部で生成された気体の排出を促すポンプも内蔵して、様々な段階で発生を促し、余計なものを取り除く。戦争のせいか、ここ最近の空気中の二酸化炭素濃度も増大しているから、実験も、いつもよりうまくいくかもしれん」

「すごい、発達に必要な機能が満載だ。けど、これってかなり大がかりだから、こんなにコンパクトだと制御が大変なんじゃ?」

「まあな。これは撹拌と対流の効果、それと最適な刃の形状を調べるためのプロトタイプだ。そんでこっちが、実際に細胞が形成される段階を試験する試作品」

 そう言ってマシューが次に出したのはミキサーだったが、底には刃ではなく、切ったゴムベラで作った羽が、軟組織なんそしきのドーナツを囲んでいた。
 ソーニャは頷く。

「この組織のドーナツは、床ってやつだよね? いわゆる組織が定着して、そこから植物みたいに成長するための」

「そうなんだ。こいつは一種の原初生体みたいなもので、外来のSm組織との拒絶反応も少なく、順応期間もほぼゼロ。俺が作り出したんだ……。一部似た特許を参照したが、違いを見比べた程度だから問題ない。はず。ただ、薬剤とその他の変異誘導ファクターを細胞に浸透させた後、細胞が沈殿して床に定着するまでに時間が必要でな。その定着前に、せっかく組織の網でまとまった細胞に分化と発育が始まると、思ったような発育が実現しない」

「そうか……撹拌したものが降下するのに時間がかかるなら、逆に、上のほうから対流を起こして押し込むのはどうかな?」

「ああ、一度、蓋のほうにスクリューをつけて試したんだが、うまくいかなくてな」

「それじゃあ……。ホースで吸い上げて直接床に吹きかけるとか」

「なるほど……まとまりが崩れる可能性もあるが、今度はそれを試してみるか。ゆっくりとした吸引と流出なら細胞のダメージも少ないだろうし。なんなら、空気を噴霧して、波を起こして……。うん、ありかもしれない……」

 考えが広がるマシューに、ソーニャは容器の底にある組織のドーナツを指さし、案を出す。

「この床に、小さなポケットみたいな構造を作るなんてどう? 対流に乗った細胞がそこに入って、簡単に床から外れることなく定着するんじゃないのかな。昔、マイラに……滝壺には人の死体が水流によって押し込まれてるんだよ、って聞いたことがあるから。それと似たようなことが」

「なるほど! そいつはいいアイディアだ!」

「となると、いろいろ装置も改良と試験が必要だよね。ソーニャの知り合いのデイビットっていう人も廃材置き場とかジャンク屋さんとかで、部品を調達してたなぁ……。いっつも失敗してるけど」

 彼女は今は遠くにいる友人を思ったが、手に持っていたスコープも思い出し、スロウスのところまで行き、内視鏡を口に咥えさせた。
 マシューは、使い込んだノートを開き、一番後ろの僅かな余白に、滝壺に死体が……、と直近のアイディアをまとめる。 
 モニターの電源を入れたソーニャは、内視鏡検査を始めつつ。

「もし、その原初生体モドキのサンプルが欲しいなら、好きなだけ使って実験してよ。持ってても手に余りそうな予感がするからね」
 
 本当か! なら遠慮なく! そう言ってマシューは、今しがた触手から原初生体モドキと命名され、果ては、ちびロック、というあだ名をもらった寄生物から数種類の組織片を採取し、それぞれシャーレに入れる。
 その過程で、マシューは内臓の表面に発生する枝のような器官を目にとめた。その成長速度は目で追えるほど早く、マシューは枝の先端をメスで切断し、シャーレに入れる。成長が止まったが、シャーレをもって電子レンジのような機械を開く。中には、管が接続し、底にスクリューを備えた透明な容器が合計3つ設置されており、そのうちの右端の容器のファスナー留め金具を外して、ピンセットで成長の止まった細胞を入れる。そして再び容器を密閉した。次にボタンを操作し、ダイヤルを回し、レバー倒すと、組織入り容器の中に薄紫色の液体が充填され、途端に組織は活動を再開する。
 マシューは目を見張った。
 細胞は溶液の中で屈曲し、容器の底で泳ぎそうなほど動き出す。次にマシューはダイヤルを回して、再びレバーを倒す。すると、別の管から、光を反射する粒子が放出された。粒子は溶液中を沈下して、底に到達する直前に液体に溶けた。
 闊達かったつな切片は動きを変える。屈曲から緩い拡縮をして、蠕動運動へと移行し、膨らみ始めた。
 マシューは施術台に振り返り、また驚愕する。あの縛られていた原初生体モドキが動き出していた。もちろんベルトによる固定は幾重にもされて、触手も束ねられている。だが、それでも元気に藻掻く。

「なんてこった、ヒプノイシンの効力がもうなくなったのか? この大きさで200ミリ入れられたってのに。普通なら機能不全を起こしても不思議じゃない分量だぞ?」

 ソーニャも振り返り、物音の正体に目を大きくした。今まで内視鏡につながるモニターでスロウスの腹を見ていたが、施術台の事態に釘付けとなり、手を止める。
 マシューは顔を上げ、少し試してもいいか? と少女に尋ねた。
 何をするつもり? と恐れを胸に秘め聞き返すソーニャへの返答は、遠くからの砲撃音だった。
 2人はシャッターのほうへ目を向ける。正確な音の所在地は分からないが、遠くもなく、近くもないような気がする。
 マシューは。

「俺も、この戦いに対して、無関心じゃいられない。かと言って、できることは限られてるし……」

「けど、知識と技術と経験を生かして工場の手伝いを……」

 マシューは深刻な顔を下げる。

「……そう、思ってたんだが、その……。娘と飯の味付けで、大喧嘩になって……」

「うん分かった……みなまで言わなくていい」

「恩に着る。で、まあ、それに……。どうせなら、どうせならッ、ほかの誰にも真似できない自分にしかできない働きで貢献して、俺の真価を発揮して、敵に目にものを見せつけたいと思ってたんだ。けど、今まで肝心かんじんかなめの要素を欠いて、足掛かりもなかった……けど、やっと巡り合えた。マスターピースに」

 マシューの視線は縛られた存在へと向けられる。









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