絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 212:粋な家

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《オクトパス》皇国の光学機器メーカー。医療分野では顕微鏡や内視鏡などが世界シェアの約6割に上る。名前の由来は、タコの足のように八方へと需要が広がるように、とのこと。











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 施術台に、暴れ触手が乗せられ拘束される。
 ソーニャもガスマスクを装備したことを確認したマシューは、さっそく触手の胴体にメスを入れた。最初は浅く、そして、ゆっくりと深く刃を侵入させ、鉗子かんしで切り口を拡張する。

「小さいが……必要な器官は揃ってるな。噛砕くための咀嚼そしゃく器、腸管……。ほう、こいつは……ただの原初生体じゃないな」

 その言葉にソーニャの目は大きく開かれ、見てみろ、と指示された内部を覗き込む。
 鉗子によって開かれたのは、触手の根元に埋もれていた口腔くうこうの構造で、外に近い部分には牙の片鱗が並び、そのすぐ下には微細な触手が内壁に密生している。そこから見分けやすい管の途中からは断面ではなく管そのままが保存され、マシューがきれいに暴いた器官に行き着く。

「これって……消化胃嚢いのう? しかも、このカボチャめいた形状は、砂歯嚢さしのう?」

 彼女がゴム手袋で指差し、さらには摘まんで側面を見たそれは、赤茶けた色合いで、形状はクルミくらいの大きさのカボチャと形容できる。その側面に巻き付くように管が蜷局とぐろを描いて後方のくびれが、太い管につながっていた。それ以外にも枝分かれした袋や小さな器官が連結する管も接続する。

「俺の知る限り、原初生体にはこんな発展した器官が複数種類も形成されない。細胞の種類は、こいつに関しては現時点で断定できないが。原初生体なら6つから10種類。臓器にしても腸腔と胃腔が分断される程度だ。だが、こいつは臓器が細分化されている。無駄なくらいな」

「つまり、こいつは、新しいソリドゥスマトン、ってこと?」

 ベテランの頷きに、ソーニャは瞳が震えた。
 スロウスの体内で暴れまわった寄生物の中身をより詳しく検分するマシュー。新たに鉗子で摘み上げたのは、暗褐色あんかっしょくの泡を薄い皮膜で包んだような袋状の構造だった。
 
「こりゃ、肺の形からしてもジズ系統の内部構造だ。たしか、ロックから採取した細胞由来って言ってたよな?」

「うん。これを見るまで憶測だったけど……。けど、実際に見た限りはスロウスのものとも違う。スロウスが発生源ていう仮説は消えたね。スロウスの臓器は完全にオリジナルで、解剖結果とSmNA解析でジズよりバハムート系列に近い発展型だから」

「逆に、組織片が成長したっていう仮説に信憑性が出たな……。牛科型四胃嚢収縮循環型消化の系列に当たる器官は見受けられないようだ……。となると、そのミニッツグラウスって機体のベースであるロックのSmNAをより純粋に受け継いでいると見るべきだな。肺と気嚢が形成しきっていないようだが狭い場所でも酸素を確保する能力はあった。だから、酸欠にならず、ここまで大きくなって……。むしろ、呼吸で摂取した二酸化炭素も組織形成に役立てたかもしれない」
 
「じゃあ、細胞レベルで調べて炭素利用指数を計測したいね……。でも、それでも、こんなに成長するには栄養が足りないような。もしかして、スロウスの体から栄養を? いや、今まで摂取した燃料そのものを補給していたのか。でもそうなるとスロウスが栄養不足になっていないのが不自然……。いやまて、スロウスは、こいつを消化することで栄養にしていたのか?」

「可能性はある。というのも後ろにある組織には、糜爛びらんの兆候が見られるからな。これは消化液によって細胞が崩れて、それを修復した痕跡かもしれない」

 あるいは、と口を開いたマシューは、検体の内部にある二股の袋を指でこする様に摘まむのを止め、砂歯嚢から下の管を指でなぞり。

「こいつが横取りして、そっから出たものをスロウスが食ってたか……」

 マスクの中でソーニャの顔色が笑みとも不快感ともいえぬ顔になる。上げた口角を震わせ眼に影を宿した。それも束の間、振り返る。

「それじゃ、消化物とかで炎症とか起こしてないか確認したほうがいいね。 内視鏡検査が一番いいと思うんだけど」

「それなら、こっちにあるぞ」

 そう言って、マシューは手袋を脱ぐと、背後のクレートを開き、仕切りの間からアタッシュケースを取り出し、傍らの小さな椅子を足で引き寄せ机にする。

「最新型は娘に奪われたが。一世代前のならある」

 ケースを開けると、再びケースがあり、透明なカバーの下では、渦状に格納したケーブルが伺え、隣のクッションの上には拳銃のシルエットと重なる操縦桿めいた器具が横たわる。
 目の色が変わるソーニャは。

「一世代前って言ってるけど、これだって3年前にリリースされた内視鏡だよね? スコープが従来よりも曲がって消化液耐性も非常に高く高精細カメラはそれまでの4倍の拡大率を誇り、おまけに赤外線での撮影もできるって」

 よく知ってるな、と感心するマシュー。
 頷くソーニャは。

「リックが新しいのに買い替えるとき、これを買うか悩んだんだよ。結局、前から使ってた機種の次世代の中古品を買うことになったんだけどね。使わせてもらってもいい? 使用方法は分かるから」

「ああ、まあいいか。話を聞いた限り、ずぶの素人って訳じゃなさそうだし。その代わり俺はこっちの原初生体、というより、ちびロックをもう少し見ていいか?」

「見るだけなら好きなだけどうぞ。なんなら少し組織を取っていいよ」

 そりゃありがたい! とマシューは歳に似合わずはしゃぐ。
 背中を向けるソーニャは、組織でも取ったらまずいのかな? と独り言を述べるが。スコープを手に取ると笑みに代わり、まあいいか、とガジェットを見渡す。
 しかし、すぐ表情を平素にして。

「ただし、何か分かったら全部教えてほしいの。というのも何の薬が使われて、どんな作用が引き起こされたのか分からなくて」

「ああ、了解だ。といっても、そいつはもっと専門的な検査が必要だから、今すぐ判断できないがな」

 でも検査はできるんだ? とソーニャは解剖に集中するマシューから、部屋へと目を向ける。
 暗い中だが検査装置と思われるものが散見される。

「もしかして、ここって向こうの工場よりも検査体制は充実してる?」

「まあな。向こうは検査といっても毒物の有無くらいしか分からない。素材に含まれるたんぱく質やSmNAの検査となると、実はこっちのほうが充実してる。といっても、どれも古い機材を改良したもので結果がでるまで時間もかかる。触ってもいいが壊すなよ?」

 その時はお金で何とか、と少女は悪い笑みを見せる。
 マシューは鼻で笑いながらメスでチビロックの組織を採取し、用意したシャーレに入れる。

「子供の時のウェンディを思い出すな。まあ、お前さんほどしっかりしてなかったが」

 ソーニャはスロウスを座らせて、モニターを持ってくると内視鏡の準備を進める。

「でも今のウェンディは立派な現場監督だから、ソーニャのほうこそかなわないよ。すごいねぇ、一国一城の主ってやつだ」

「まあ、あいつは自分の王国をもっと大きくしたいと思ってるらしいがな」

 もうあんなに大きいのに? とソーニャは驚く。思い出すのはさっきまでお世話になった工場という名の空港だ。
 マシューは肩をすくめ、解剖を続ける。

「下手に賢いと常人には見えないビジョンが見えるのさ。まあ、親父である俺が言える立場じゃないがな。あんなでかい空港を工場にして大型Smの整備場を作った張本人も俺だし……。血は争えないってことか。けど、うまくいったら俺の老後はますます安泰だ」

「と言いつつ、本当にお爺ちゃんになっても仕事を続ける気がする」

 ばれたか、とマシューは笑って誤魔化した。

「ソーニャのおじいちゃんもそうだからね。そう言えば、冷蔵庫の中身を確認するように言われてたんだけど、見ていいかな?」
 
 施術台から離れたソーニャはマスクをとると、冷めたコーヒーを飲み干し、渋面する。
 ああ、勝手にしてくれ、とマシューは開腑かいふに熱中して生返事をした。
 それじゃあ、とソーニャは周囲に目を凝らす。一応、屋内は人が通るほどの幅くらいには、物を退かし、道が整備されている。ただし、座らせたばかりの巨躯きょくが邪魔だ。
 主に押されたスロウスは蟹歩きで当たり障りのない空間に押し込まれた。
 ソーニャは話し続ける。

「でもさウェンディに工場を任せるのはわかるけど。マシューも全然現役だよね? こっちの工場では仕事は引き受けてないの? あるいは、カスタム機体とか作ってたりするの?」

「見ての通り今は休業中だ。といっても、知り合いの修理を月に1、2回の頻度でしてた。ボスマートが来て、それもなくなった。もっと大きな仕事もウェンディに城を明け渡してからは、そっちに送ってた……」

 なるほど、と言ってソーニャは光を漏らす冷蔵庫にたどり着き、中を見た。

「一週間以上前の料理は捨てるように言われてるんだけど」

「いや、後で食べるからそのままにしてくれ! そんで帰った時に言ってくれ! 食べてほしいならもっと味を濃くしろ、ってな!」

 ソーニャは逡巡しゅんじゅんし、分かった と答えて冷蔵庫を完全に閉じる、と思ったがもう一度開けて中から黒く艶やかな背中を持つ生物を取り出し、森へお帰り、とささやき解放してあげた。
 ゴム手袋の両手を叩き合わせ、今度こそ冷蔵庫の扉を閉ざし、再び機材を見渡す。

「それにしても、分析機械が沢山あるね。それと、Sm組織のバイオリアクターも。もしかして、Smを発生させようとしてるの?」

 ああそうだ、と述べるマシューは顔を上げた。
 興味あるのか? と質問を返されたソーニャは、今度は機材や諸々の部品を眺めつつ頷く。

「まあね。ソーニャが扱ってる品を一から製造する技術だし。知り合いにも新しいSmを作ろうとしてる人がいる。成功してないけど。作成できたSmNAがどれも既に特許取得されてるそうだよ」

 だろうな、とマシューは触手の分解に着手した。

「お前の家族も職人なんだよな?」

「うん、お父さんもそうだったし。お爺ちゃんは今も現役」

「そうか爺さんもか……。親父おやじさんとは仲いいのか?」

「ううん。小さいころに目の前でスロウスに惨殺されて、そのあと現場が火事になって骨も残らなかったから」

 マシューは手が止まったし返す言葉も見つからず、そうか、と答えた。

「けど、おじいちゃんとマイラがいたからね。楽しかったよ」

「なら、よかったな。そんじゃ爺さんは整備に専念してるのか?」

「うん。新Smの作成なんて博打みたいなもんだ! って言ってたから。多分発生分野には手を出さないと思うな」

「堅実な判断だな。現存のSmNAを一つの組織として形にするのだって大変なわけだから無理もない」

「マシューはそれでも目指してるんでしょ?」

 マシューはまたしても手を止めた。

「まあ、そうだが。少し違う。俺が目指してるのは、Smの発生を手伝う装置だ」

 Smリアクターってこと? とソーニャが当たりをつける。
 しかしマシューは側に置いてあった計測器の数値を見てから、マスクを取ると首を横に振る。

「そうじゃない。いや、そう見えるかもしれないが、もっとすごいものを作ろうと思ってる」

 マシューは突然、道具の間隙を縫っていき、こっち来てみろ、と気前よく手招きした。
 素直に追従するソーニャは、業務用冷蔵庫からマシューが取り出した容器に注目する。ソーニャは容器の中で揺らされる薄紅色の液体に小首を傾げ、これは? と。
 マシューは容器を自分の顔の高さに持ってきて、ヘッドライトで照らす。

「こいつは、俺が独自に作ったもので。Smの細胞同士をくっ付ける接着細胞を分解して再利用できる形に変える溶剤だ」

 それは興味深い、とソーニャは容器への注目を強める。 









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