絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 208:手を打つ当然

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《寄生型Sm》文字通り、Smの体内に寄生するSm。意図的に制作されたものから、偶然誕生し、誤作動の原因となるものも存在する。どちらもおおよそが軍事利用されてきたが、敵味方、果ては一般の区別なく多大なる被害をもたらし、負債として地雷のように残るため、国際的に禁止する動きがある。ちなみに普通の寄生生物もごくまれにSmに宿る場合があるが、Smの細胞内の毒素や化合物によって死滅するので、生物の影響で心配すべきはむしろ真菌などの発生である。





 






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 スロウスののどから溢れる化け物。その触手の1本を羽交はがめにするソーニャ。
 彼女の意思をくみ取り文字通り支えるイサクは。

「ゲンショセイタイと言ったか? それがその触手の正体か?」

 実際に触手を抱えるソーニャは述べる。

「どうだろうね! わかんない!」

 少女の脳裏によぎるのは、筋肉を無節操に追加した心臓の塊と形容できる球根めいた存在。枝状に伸ばした突起で動くものに張り付く習性があり、今回は動きの多いスロウスの腕や胴体に巻き付いている。

「普通は投薬とSmNAの書き換えの工程を経て生まれるものだけど……ッ! もしかすると、デスタルトの事件に使われた薬は、初めからこれを期待して製造されたってことかな」

 少女と一緒になって触手に掴み掛るレントンが口を挟む。

「考えるのは後だ! もう1本が近づいてくるぞ!」

 スロウスとソーニャの中間で日和見ひよりみを決めていた触手が人間たちに目標を定め、傾く。
 離れて! と少女に言われてイサクとレントンは従う。
 イサクは右足に巻きつけていたさやからナイフを引き抜き、少女に迫る触手を断ち切った。
 転がる触手の断面にある穴からは、赤紫の液体と蛍光色を呈する半透明の液体が流れ出る。
 せっかく捕縛した触手を開放したソーニャは、撤退してから語る。

「原初生体は破損に対して過敏だから! もし嗅覚受容体でもあったら、取り込もうとして襲い掛かってくるよ!」

 言葉通り、触手はイサクのほうへと向かう。しかし、たけを切り詰められて全力で伸びてもあと少しのところで届かない。触手は宿主から離れられず、結果イサクを取り逃がす。
 スロウスの口から出て顔半分を覆うのは、球根と芋虫を足してグロテスクを掛け算した化け物であり、レントンは顔色を悪くした。

「どこに鼻がついてやがるってんだ?」

 ソーニャ曰く。

「鼻の穴なんて関係ない。触手の表面に嗅覚受容体がある可能性もある」

 うらやましくないなそれ、とレントンが答えた。そこへ。
 おーい! 持ってきたぞー! とウェンディが使い古された買い物カートを押して戻ってきた。
 
「何が必要か判らないからヒプノイシンにケリュケホルム、その他、麻酔弛緩剤を持ってきた。それと……」

 買い物カートにある薬剤瓶の間からバケツを取り、そこから洗剤めいた容器を掴み出す。

「これが潤滑剤だよ! もう1人が黒色ガソリンを持ってくる。それを混ぜれば粘度を変えられるし、最悪外部に拡散する前に焼却できる」

 早速ウェンディはバケツに容器の中身を注ぎだす。内容物はワセリンよりもずっと柔らかいが木工用ボンドより硬い。
 遅れて到着したミゲルの手にある金属容器を奪い取ったウェンディは、あんがとさん、と言って金属容器から黒い液体を注ぐ。
 二人の盾となって事態に対峙するイサクとレントン。
 手持無沙汰ぶさたになるミゲルは、何してんの? と女性陣の作業を伺い、ウェンディが答える。

「俗にいう嚥下酒えんげざけだよ。Smの胃袋の洗浄に役立つんだ。これで、不要になったものを絡めて吐き出す」

 ひまし油みたいなもんかウゲェ、とミゲルは顔色を悪くした。
 ウェンディはカートの上に乗せたややノズルが長い器具を示す。

「もう一つのガンスプレーには麻酔が入ってる。あれで触手の活動を鈍らせる」

 ソーニャは悩ましく語る。

「問題は、酒と薬を使うために、どうやって近づくか……」

 触手はすでにスロウスの口を封殺している。
 ウェンディは銃とスプレーを足して二で割った器具、ガンスプレーの口に長細いノズルを装着した。

「早くしないと窒息する可能性も出てくる」

「え、スロウスって呼吸してるの?」

 驚くミゲルに呆れたウェンディは、当たり前でしょ? と告げる。
 ソーニャは、内容物を注いだボトルをウェンディに渡し、ボトルは長いノズルのガンスプレーに装着され、接続部を覆うハンドルを締めると、布巾で表面の溶液を拭ってから、その場で容器を振るった。

「OK漏れなし、接続確認、これで薬剤の準備完了」

 予備も万全だぜ! とソーニャはバケツの中で、追加の嚥下酒を造っていた。
 頷くウェンディはガンスプレーの上部のハンドルを上下に出し入れしつつ。

「そんじゃ、誰が注入するの?」

 男たちの顔を見るが、彼らの視線は1人の少女に向かう。
 戸惑うウェンディ。

「まさか、この子にあの化けものへ突撃しろって言うわけ? クズかお前ら!」

 男たちはしかめ面で呻く。
 しかし、ソーニャは。

「大丈夫ソーニャならできる!」

 そう言ってはばからない。だんだんと固くなるピストンに渋面するウェンディは、交代、と言ってミゲルに仕事を押し付け、少女の説得に乗り出す。

「そんなこと言わないで。何ならあたしが……突撃、しても、反撃を食らう未来しか見えないけど」

 レントンがやや長いノズルのガンスプレーを目にして、提案する。

「麻酔とかで動きを止めるにしても、接近するのは必然だ……」

 ウェンディの表情は鈍くなる。
 2人の会話に頷くイサクは。

「試しに突撃してみよう。おいミゲル! 行け!」

 ピストンを全力で作動させていた男は渾身の力を発揮する顔のまま言い返す。

「ふざけんな! 俺は自分より強力なSmに突撃して玉砕する恐ろしさをスロウスと敵から教わってるんだ! お前が接近しておとりになった隙に、お前の背中ぶっ刺すぞ!」

 お前の手足をしばって餌にするってのはどうだ? とイサクが提案を繰り返す。
 お前が餌になれ! とミゲルが反論する間に。
 考え込んでいたレントンが。

「みんなで一斉に突撃するのはどうだ? 正直、機関銃で始末をつけたいが……」

 それだとスロウスにも被害が及ぶね、とどこか平然と言ってのけるソーニャ。
 頷くレントン。

「なら、ここは白兵戦で根元を切断して、その薬を突っ込むしかない。雑な作戦だが、どう考えても今すぐ打てる手立てはそれくらいだ」
 
 ソーニャは着ていたエプロンを一瞥いちべつしてから険しい表情になる。

「だったら生身で近づくのはやめたほうがいい。あの触手の内容物でスロウスは勿論、周りが汚染される危険もある。あとは、表にあるスネイルマンを使うか」

 彼女の言葉で直立二足歩行のナメクジが思い出される大人たち。だが、ウェンディがいう。

「あれは繊細な動きをするのには向いてない。最悪、軽い接触でスロウスを傷つけるかも。なら人の力を発揮しよう。防護服も用意してる。ただ、子供用のものはない」

「それなら俺が預かったソーニャの荷物の中にあるはずだ」

 とレントンがいうので。ああ、とソーニャが声を上げる。
 今どこにあるの? と聞かれたレントンは。

「俺の部屋に置いてある。取ってこよう」

「お願いします! ソーニャはスロウスを見張ってます!」

 レントンはその場を離れ、ソーニャは有事の際にスロウスへ命令する心構えをする。
 残った大人3人は買い物カートに集い、それぞれ防護服を身に着ける。
 そして大きな鞄を抱えて戻ってきたレントンとソーニャも装備を身に着けた。
 ミゲルは。

「そんじゃ大人たち全員で突撃な。ソーニャは援護を頼む。それとスロウスに動かないように命じてくれ。そして、できる限り触手を抑える手伝いを頼む」

「わかった。ただ、スロウスには刃は使わせないよ。角度的にも触手は勿論、周りの状況を目視できてなさそうだから」

 そいつはある意味朗報だな、と語ってミゲルはマスクを装着した。
 スロウスは触手に腕を縛られ、さらには顔を覆われていた。
 確かにその状態で無思慮と思える存在に刃は振るわせたくない。
 イサクはマスクを着用する前に。

「なら、腕と顔に巻き付く触手を優先して断ち切るぞ」

「そうだな。できる限りな……。まずはスロウスの顔に巻き付くヤツをみんなではぎ取ろう」

 レントンの提案に他2人も納得して、カートから鈎爪状の先端を持つなたを手にした。
 イサクは自前のナイフである。
 レントンは。

「他の触手もあるから、まずは俺が行く。ソーニャは……マー、しまった、アイツは巡回してるからな」

「マーキュリーのこと? 探そうか?」
 
 とソーニャは答えて門から駆け出る構えを見せるが、レントンは首を横に振る。

「安易に外に出るな。それだったら傍受とハッキングの危険があってもセマフォで呼んだほうが安全だ」

 ミゲルは情けない面持ちでレントンに尋ねる。

「あの人、人付き合い苦手そうなのになんで他人のために仕事熱心なの? 有難くて困っちゃう」

「人付き合いが苦手だから、1人でできる仕事をしてるんだろうよ」

 大人のうちで最も重厚で安全そうで潜水服じみた装備をまとうウェンディが、ガンスプレーを持つ。
 男たちは、女性の防護服と突けば破けそうな我が身の装備を見比べてしまう。
 それをよそにウェンディはソーニャに振り向き、それじゃあ命令お願い、と呼びかける。
 了解、と応じたソーニャは。

「スロウス! 前屈みになって! 触手以外は攻撃しちゃダメ! あ、目が見えてないから、人の腕掴んじゃうかも」

「そこは野郎どもの責任だよ。ね?」

 ウェンディのお言葉に代表してミゲルが挙手をする。

「ああ、やる気も責任もあるつもりだが。あんたほど装備が充実してないのが不安なんですよ」

 ウェンディの装備の背後には空気を取り込む口のついたタンクがあり、肩から頭を覆う楕円形のフードには樹脂製の窓が鉄枠ではめ込まれて、広い視界を確保していた。
 それに比べて男たちの装備は、視界の狭い防毒マスク、薄っぺらい防護服は、人の腕力でも破壊可能で、何なら、ダクトテープの補強もうかがえる。
 ちなみに、ソーニャの防護服は自前のものだけあって、体にフィットし、男たちと比べると新品に近い。
 腰に手を当てて呆れを顔に出すウェンディ。

「細かいこと気にすんな。それより手袋もつけろ」

 彼女に投げつけられた黒いゴム手袋を装着する男たち。
 ミゲルが、中がヌルヌルする、と訴えるも誰も助けない。
 ソーニャは反応の薄い機体に声をかける。

「スロウス! 聞こえるか!? 聞こえるなら左右に体を揺さぶれ!」

 主の命令にスロウスは前屈みの状態で、ある種、楽しそうな動きを見せる。しかし、触手は球根じみた胴体も相まってスロウスの視界を圧迫して、喜んでいられない状況だった。
 まずは誰から行く? とレントンは尻込みを見せる。
 ミゲルはすかさず。

「あの包帯マンの相棒なんだろ? だったら、おっさんが最初に突撃して俺らに華麗なる美技を披露してくれ!」

「おっさんに期待すんな。あっちのオッサンと違ってこっちのオッサンは腰痛抱えてるんだ。若いヤツこそ年長者に負けない気概を見せろ!」

「こう言う危機的状況の時こそ年長者が率先して立ち向かうもんじゃないのかよ!?」

 言い合う2人を差し置いてイサクが前に出てナイフを構えた。

「俺が行く! お前らは援護しろ!」

 ウェンディがガンスプレーを構えて、あたしも隙を見て投薬する! と宣言した。
 ソーニャはカートの下段に置いてある器具を指さし、マシンガンシリンジは使わないの!? と尋ねる。
 指定された器具は、確かにマシンガンのような物々しさを披露している。
 首を横に振るウェンディ。

「一応持ってきたけど。的が小さすぎるしスロウスに当てかねない。だからここは……」

 その間にも意思を固めたイサクが皆と目配せしてから、行くぞッ、と告げて飛び出す。
 背後に追従する男2人は左右に分かれた。
 迷いなく肉薄したイサクは、雑に振り回される触手の合間を掻い潜り、繰り出す一刀は、スロウスの口から飛び出た触手の付け根である太い膨らみに突き刺さる。刃の切れ味を証明するのは瞬く間に生まれた深い裂け目。
 ソーニャは声を張り上げた。

「あまり太い根っこを切らないで! 引っ張り出すとき手掛かりがなくなっちゃう!」

 了解! とイサクは声を荒げて触手だけをねじ切ろうとする。しかし、触手も黙っておらす、その先端を迅速に振るい、危害を加える相手へ集結させる。日和見だった触手も加わり、イサクの頭の包囲を狭めた。しかし、その包囲に割り込むミゲルとレントンが鉈じみた得物を盾にして、防御し、触手の先端を切り飛ばす。
 ソーニャは何かを思いつき、そうだ! ちょっと待っててぇ! と言って工場へ走り出す。
 ウェンディだけが名を呼び制止を試みるが、すぐ戻るから~! という返事だけが置いて行かれた。

「スロウスが暴れませんように……」

 とウェンディは祈った。
 スロウスの口を飾る触手は鞭のように快速で振るわれ、それを男たちは刃で断ち切っていく。
 しかし、その最中、イサクの左手首に叩きつけられた触手が、添え木を見つけたつる植物のように彼の腕に巻き付く。
 防御に使っていた左腕が引っ張られる前に、イサクは右手のナイフで突き刺そうとするが、今度は右肩に触れた触手が絡んでくる。
 歯止めの利かない拘束にミゲルとレントンも翻弄ほんろうされるが、まずはイサクを襲う触手を断ち切り、いったん離れよう! とレントンの指示に従い総員距離をとるものの、向けた背中を中心に体をひたすら殴打された。









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