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第02章――帰着脳幹編
Phase 205:ふらっと来て勝利
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《GH8-78マッシブコントロールシステム》ブッシュダンサーに搭載されているニューロジャンク操縦システム。ボスマートのオリジナルの相互感覚共有システムを組み込んで作成しており、ハードウェアとしての完成度は高い反面、操縦者自身にも脳に直接機材を埋め込む外科手術を施す必要があり、簡便とは言えない。一方で、コストを抑えて短期間の訓練で新型の機体に優秀な人員を搭乗できる上、人を直接支配できるメリットもあり、同じシステムを使った系列機体であれば、パイロットを選ばなくて済む。
Now Loading……
工場めいた建屋が軒を連ねる通りにおいて。
片脚を損なったアグリーフットの銃撃は、1人を追いかけた結果、障害物となる車に被弾する。
弾丸は車体の下を潜って地上すれすれを直進し、背後に隠れていたマーキュリーはステップを強要されるが、荷台に片手の武器を投じ、荷台の縁を掴み、タイヤに足を乗せて地面から離れる。
これで、車体の陰に完全に隠れたが、口径の大きな弾薬は車に優しくなく、貫通しなくとも振動を起こす。
射撃と当時並行で撤退を始めるアグリーフットに対し、塀から飛び出すレントンを筆頭に自警軍による反撃が始まる。
狙われたアグリーフットは急速に体の向きを変え、隠れる射手たちへ狙いを変更し、塀の向こうへ追い返す。
援護に感謝する! とマーキュリーが謝辞を述べる。
対するレントンは、切るなら左を切れバカ! と怒鳴って敵機のバランスを崩すことを迂遠に推奨する。
しかしマーキュリーは。
「お前が俺を巻き込んで攻撃しなかったら立ち位置からしてそれが可能だったんだ!」
「立ち位置1つで仕事ができなくなるなら、いっそのことずっと敵の真ん中に立ってろ!」
「だったら今すぐお前の真正面に立って俺の技前披露してやろうか!? それならお前も巻き込めて、無駄口叩かなくしてやれるし! 少しは世界も静かになるだろうよ!」
「は! よく言いやがる! 子供の危機に現場に現れもしなかった奴が!」
「出発の準備を全部丸投げしたのはどこの馬鹿で! それをこなした救い主は誰だった?」
2人の喧嘩に味方も敵も唖然とするが、決して攻防は止まない。
自警軍の面々は射撃を続け。
アグリーフットも牽制射撃をしばらく続行し、マーキュリーの隠れるトラックの片面のタイヤを潰し、車体に穴をあけ、フロントガラスを粉砕し、燃料タンクから燃料を漏洩させる。
隠れるマーキュリーは足元を見て、引火すんなよ、と言いつつ荷台から武装を回収し、車体から離れ、アグリーフットが射撃対象をレントンたちに変えたところで、建物を隔てる塀に躍進する。
アグリーフットは鼻先の左右に開いた扉から機関銃の砲身を出して新たな射撃を始めた。
本命の機関銃よりも小さな武装は、対人用だろう。
レントンは車に隠れるが、口径の大きな弾丸によって車体は見る間に破壊され、このままでは貫通する弾薬に自身が襲われかねないと思い、小さな工場の敷地に入り、結局、頑丈な塀を遮蔽物とする。
アグリーフットは後ろ歩きから、踵を返して走り出した。
「こちらG35! 機体を損傷した! 離脱する!」
「この次を左に曲がったら目的地だ!」
とバイクのサイドカーからイサクは告げた。
了解! と応じたソーニャが スロウスGO! と行き先を指さす。執拗に頭を叩かれるスロウスは黙って猛進。短距離走者のフォームは重たい肉体を加速へ導きバイクを追い越す。
待てソーニャ! とイサクの制止も無駄になり、バイクの運転手の後ろに座るマイラが青ざめる。
「逃げるんなら、慰謝料払ってから逃げな!」
そう呼びかけるマーキュリーは通りに飛び出し、敵機を追跡する。
まさかSmの足に追いつけると思っているのか? と震えた声で嘲るG35は、サイドモニターに映るマーキュリーを確認する。
映像自体はヘッドギアのディスプレイで見ていたとはいえ、意識が前方からしばし外れたG35。結果、交差点の右から飛び出す巨躯に気付くのがほんの一瞬遅れる。
その一瞬が結果を招く。
スロウスの肩に乗っていたソーニャとアグリーフットに乗るG35は図らずも、あ……、と声を揃えた。
スロウスは迷いなく持ち上げた片足でアグリーフットの鼻先を足蹴にして衝突を回避する。
踏ん張るための前脚を欠損していたアグリーフットにできたのは、残る4本の脚で胴体の回転を耐え抜くことだけだった。それすら満足にできず、結局、曲がり角の電柱に激突し、掲げられていた信号機が衝撃で脱落。
アグリーフットの装甲にて、蹴られた箇所は大きなくぼみが出来上がっていた。
走り出していたマーキュリーは徐々に足を止め、静かに得物の引き金を離し、光熱の刃を鎮めた。
ソーニャは、さっそく目についた包帯の人物の名を呼ぶ。
遅れてやってきたレントンも少女に呼ばれて笑みを作った。
「ソーニャ! 無事だったみたいだな! それに……合流できたんだな」
そう言ってレントンの視線は角を曲がってきたバイクに向かう。乗っていた黒人女性は、記憶に残る老人とは似ても似つかないが、どうしても眼差しが重なった。
ソーニャは強く頷いた。
「二人のおかげだよ! それで、これから帰るつもり、だったんだけど……」
マーキュリーとレントンは顔を見合わせた。
「まずはアレを何とかしないとな」
そう切り出すマーキュリーが振り返った先では、衝突事故に巻き込まれたアグリーフットが生まれたての小鹿のように脚を震わせながら、立ち上がる。
と同時に、通信が飛んできた。
『聞こえるかG35! 応答願う! こちらG37! 応答を願う!』
繰り返される通信に対し、呻くG35は頭を振るって違和感を誤魔化し、こちらG35、と返答する。
しかしその瞬間、機体を衝撃が襲った。
なんだ? とG35が口走って顔を上げれば、ヘッドギアのレンズでキャノピーに覆いかぶさる髑髏の面相を視認した。
見たくもない悪夢に脳障害を一瞬疑うが、それは現実逃避でしかない。急ぎ機体を発進させようと試みる。
だが、骨を張り合わせた拳がキャノピーを殴打すると、抵抗の意思が削られ、操作手順が抑制される。さらには前進を開始した機体そのものが急速に底面を地に墜落し、引きずる振動に骨の髄まで揺すられた。
外ではマーキュリーが再び得物の刃を消し、左側の脚3本を全部切られた敵機に背を向け、同僚であるレントンに尋ねた。
「満足か口だけ野郎」
「よくやった包帯星人。そのまま故郷の星に帰って太陽に飲み込まれやがれ」
同じ飛行機を共有する2人は真正面から向き合い、それぞれ持っている武器の感触を手で確かめた。
あの2人は何者だ? とミゲルがソーニャに尋ねる。
「あっちはレントン、あっちの包帯人間はマーキュリー。2人で飛行機を使った運送業をしてる。以上」
「へえ、仲がよさそうだな。ちなみに俺は包帯野郎が勝つ方に1ザル」
ミゲルの掛け金を合図にしたのか、先に動き出したのはレントン。構えた小銃の引き金を引き、迷わず弾丸を発射した。
身を翻して同僚へ跳躍するマーキュリーは、飛び掛かる陰を二振りの得物で貫き断絶する。
半分になったウェイバーは断面から沸騰した水分を放って、レントンの背後の地面に転がり。
もう一機は持ち上げていた尻をマーキュリーの背中に向けていたが、粘着物の発射口を弾丸に射抜かれて痙攣していた。
仲良しだね、とソーニャはニンマリ笑顔を見せつける。
真顔のミゲルは。
「実際、勝利したのは包帯さんだったから賭けは俺の勝ちだよな?」
男の主張は誰も取り合わず、必要な行動に移る。
レントンとイサクは周囲の警戒。マーキュリーとマイラは機体へと近づく。ソーニャは。
「スロウス! 中にいる人間をできる限り命を保ったまま取り出して」
主が望むままに起動するスロウスは自身が跨る機体に乗せられた樹脂製のキャノピーを斧の背中で打ち砕き、暴いた操縦席から拳銃による発砲を受けると、返礼に拳をお見舞いする。惨めな悲鳴は短く終わり、掴み出されたG35はヘッドギアのケーブルを強引に壮絶な音を鳴らして引っこ抜かれ、動くこともせず、道路に投棄された。
「んで、この粗大ゴミどうするんだ?」
などとミゲルは、もはや動けそうもないアグリーフットの操縦席と操縦者を覗き込む。
ソーニャは地に倒れる敵G35を棒で突きながら。
「念のため、脚を全部スロウスの斧で断ち切ろう。あ、マーキュリーのエナジーエッジでもいいよ」
イサクは思わず少女の横顔と地面に伸びる操縦者を見比べる。
相手の驚く顔に気づいたソーニャは、立ち上がると棒でアグリーフットを指し示し、あっちのことだよ! と余分な訂正をした。
安堵するイサクをよそにミゲルは、鹵獲のために保全しないのか? と尋ねる。
マイラは転がる操縦者と機体を見比べて言った。
「きっとこの機体もニューロジャンクを介した脳制御だから。ハンドルで運転するみたいに乗り回すのは無理だろうし。強引にニューロジャンクを使える人間を引っ張ってきても……」
ソーニャが補足する。
「内部に仕込まれたトラップシンドロームが作動して急性精神疾患が引き起こされたりするからね。一旦クッションとして操縦者を接続して外部入力でブラッシングするか仲介させないと……コロンビーナの時みたいにはいかないようだ」
「それに、機材も壊れたし」
G35の頭を覆うヘッドギアの後ろからは、垂れ下がる管が裂断面から、黄緑色の液体を漏出させていた。
ミゲルは訳知り顔で頷いた。
「なるほど、ボスマートが送り込んでくるだけあって、どれも使い物にならないな」
そして、じっとこちらを見てくる人物にも目が行く。相手はたぶん見ているのだろうが、包帯で人相はわからない。作り愛想笑いになるミゲルは、ミゲルだ、と名を明かし握手を求めた。
しかし相手は、マーキュリーだ、と帽子の鍔を摘まんで会釈するにとどめる。
口を結ぶミゲルは同じことをレントンに繰り返し、今度は、フルネームと握手を返してもらう。
イサクもそれに習い挨拶を交わし。最後はマイラが。
「マイラ・ラヴォーです。妹を、ソーニャを連れてきてくれてありがとう」
しかし、彼女の表情は喜びよりも硬さがうかがえた。
心情を察するレントンは若干消沈した面持ちとなる。
「すまなかったな。あんたには」
握手を終えたマイラは首を横に振る。
「むしろ、家族のことに巻き込んでこちらこそ申し訳ありません」
レントンも首を横に振った。
「いいや、俺たちはあんたに恨まれこそすれ、謝られるような被害はない。それで、合流したからには、帰るのか?」
「はい、その前にお2人にお会いしたく。その……願わくば、帰宅の手伝いをしてほしいと思って」
レントンは目を丸くしたが、すぐに表情を正し頷いた。
「そうか。そうだよな。けど、すまない。こっちは今すぐ送り帰してやれそうにない」
「ソーニャに話を伺いました。確か機体を損傷したとか。まだ治ってないのは当然、でしょうが。その……新しい飛行機を用立てることとか……」
マーキュリーが2人の間に立った。
「話をするならいったん場所を移動しないか? ここに居たんじゃ狙ってくださいと言ってるようなもんだ」
「確かに。拠点に案内する。ついてきてくれ」
先導するレントンに連れられて一行がたどり着いたのは、円柱を半分に切ったような巨大な建屋で、裏手には飛行場もあった。
レントン曰く。
「マッシュルーム・ガレージ。ここが俺たちの拠点で、Smの整備工場兼空港にもなってる」
最初に目に入ったのは表門のわきに立つ看板で、地球の割れ目から飛び出したマッシュールームが傘に埋め込んだ目で、厳つい視線を贈ってくる。
閉ざされた門の前には鉄骨のハリネズミや一般車両がバリケードを担い。門番は機関銃を握るスネイルマンだ。
レントン曰く。
「ここは飛行機体の整備場で、現状、町に残ってる物資と人員はほとんどここに集約されている状況だ。ただし、金属整備の技術者は、今は数が少ないらしい」
半円柱の建屋は、外観こそ大きいが、いざ中に入ると広い空間は人と整備を待つ機体で溢れ返って狭苦しい印象だ。クレートや家庭用品の籠、買い物籠には、新品から破損機体の区別なく、取り出した有機部品を詰め、作業員が絶えず出し入れして、使い道と品質を吟味していた。
Now Loading……
工場めいた建屋が軒を連ねる通りにおいて。
片脚を損なったアグリーフットの銃撃は、1人を追いかけた結果、障害物となる車に被弾する。
弾丸は車体の下を潜って地上すれすれを直進し、背後に隠れていたマーキュリーはステップを強要されるが、荷台に片手の武器を投じ、荷台の縁を掴み、タイヤに足を乗せて地面から離れる。
これで、車体の陰に完全に隠れたが、口径の大きな弾薬は車に優しくなく、貫通しなくとも振動を起こす。
射撃と当時並行で撤退を始めるアグリーフットに対し、塀から飛び出すレントンを筆頭に自警軍による反撃が始まる。
狙われたアグリーフットは急速に体の向きを変え、隠れる射手たちへ狙いを変更し、塀の向こうへ追い返す。
援護に感謝する! とマーキュリーが謝辞を述べる。
対するレントンは、切るなら左を切れバカ! と怒鳴って敵機のバランスを崩すことを迂遠に推奨する。
しかしマーキュリーは。
「お前が俺を巻き込んで攻撃しなかったら立ち位置からしてそれが可能だったんだ!」
「立ち位置1つで仕事ができなくなるなら、いっそのことずっと敵の真ん中に立ってろ!」
「だったら今すぐお前の真正面に立って俺の技前披露してやろうか!? それならお前も巻き込めて、無駄口叩かなくしてやれるし! 少しは世界も静かになるだろうよ!」
「は! よく言いやがる! 子供の危機に現場に現れもしなかった奴が!」
「出発の準備を全部丸投げしたのはどこの馬鹿で! それをこなした救い主は誰だった?」
2人の喧嘩に味方も敵も唖然とするが、決して攻防は止まない。
自警軍の面々は射撃を続け。
アグリーフットも牽制射撃をしばらく続行し、マーキュリーの隠れるトラックの片面のタイヤを潰し、車体に穴をあけ、フロントガラスを粉砕し、燃料タンクから燃料を漏洩させる。
隠れるマーキュリーは足元を見て、引火すんなよ、と言いつつ荷台から武装を回収し、車体から離れ、アグリーフットが射撃対象をレントンたちに変えたところで、建物を隔てる塀に躍進する。
アグリーフットは鼻先の左右に開いた扉から機関銃の砲身を出して新たな射撃を始めた。
本命の機関銃よりも小さな武装は、対人用だろう。
レントンは車に隠れるが、口径の大きな弾丸によって車体は見る間に破壊され、このままでは貫通する弾薬に自身が襲われかねないと思い、小さな工場の敷地に入り、結局、頑丈な塀を遮蔽物とする。
アグリーフットは後ろ歩きから、踵を返して走り出した。
「こちらG35! 機体を損傷した! 離脱する!」
「この次を左に曲がったら目的地だ!」
とバイクのサイドカーからイサクは告げた。
了解! と応じたソーニャが スロウスGO! と行き先を指さす。執拗に頭を叩かれるスロウスは黙って猛進。短距離走者のフォームは重たい肉体を加速へ導きバイクを追い越す。
待てソーニャ! とイサクの制止も無駄になり、バイクの運転手の後ろに座るマイラが青ざめる。
「逃げるんなら、慰謝料払ってから逃げな!」
そう呼びかけるマーキュリーは通りに飛び出し、敵機を追跡する。
まさかSmの足に追いつけると思っているのか? と震えた声で嘲るG35は、サイドモニターに映るマーキュリーを確認する。
映像自体はヘッドギアのディスプレイで見ていたとはいえ、意識が前方からしばし外れたG35。結果、交差点の右から飛び出す巨躯に気付くのがほんの一瞬遅れる。
その一瞬が結果を招く。
スロウスの肩に乗っていたソーニャとアグリーフットに乗るG35は図らずも、あ……、と声を揃えた。
スロウスは迷いなく持ち上げた片足でアグリーフットの鼻先を足蹴にして衝突を回避する。
踏ん張るための前脚を欠損していたアグリーフットにできたのは、残る4本の脚で胴体の回転を耐え抜くことだけだった。それすら満足にできず、結局、曲がり角の電柱に激突し、掲げられていた信号機が衝撃で脱落。
アグリーフットの装甲にて、蹴られた箇所は大きなくぼみが出来上がっていた。
走り出していたマーキュリーは徐々に足を止め、静かに得物の引き金を離し、光熱の刃を鎮めた。
ソーニャは、さっそく目についた包帯の人物の名を呼ぶ。
遅れてやってきたレントンも少女に呼ばれて笑みを作った。
「ソーニャ! 無事だったみたいだな! それに……合流できたんだな」
そう言ってレントンの視線は角を曲がってきたバイクに向かう。乗っていた黒人女性は、記憶に残る老人とは似ても似つかないが、どうしても眼差しが重なった。
ソーニャは強く頷いた。
「二人のおかげだよ! それで、これから帰るつもり、だったんだけど……」
マーキュリーとレントンは顔を見合わせた。
「まずはアレを何とかしないとな」
そう切り出すマーキュリーが振り返った先では、衝突事故に巻き込まれたアグリーフットが生まれたての小鹿のように脚を震わせながら、立ち上がる。
と同時に、通信が飛んできた。
『聞こえるかG35! 応答願う! こちらG37! 応答を願う!』
繰り返される通信に対し、呻くG35は頭を振るって違和感を誤魔化し、こちらG35、と返答する。
しかしその瞬間、機体を衝撃が襲った。
なんだ? とG35が口走って顔を上げれば、ヘッドギアのレンズでキャノピーに覆いかぶさる髑髏の面相を視認した。
見たくもない悪夢に脳障害を一瞬疑うが、それは現実逃避でしかない。急ぎ機体を発進させようと試みる。
だが、骨を張り合わせた拳がキャノピーを殴打すると、抵抗の意思が削られ、操作手順が抑制される。さらには前進を開始した機体そのものが急速に底面を地に墜落し、引きずる振動に骨の髄まで揺すられた。
外ではマーキュリーが再び得物の刃を消し、左側の脚3本を全部切られた敵機に背を向け、同僚であるレントンに尋ねた。
「満足か口だけ野郎」
「よくやった包帯星人。そのまま故郷の星に帰って太陽に飲み込まれやがれ」
同じ飛行機を共有する2人は真正面から向き合い、それぞれ持っている武器の感触を手で確かめた。
あの2人は何者だ? とミゲルがソーニャに尋ねる。
「あっちはレントン、あっちの包帯人間はマーキュリー。2人で飛行機を使った運送業をしてる。以上」
「へえ、仲がよさそうだな。ちなみに俺は包帯野郎が勝つ方に1ザル」
ミゲルの掛け金を合図にしたのか、先に動き出したのはレントン。構えた小銃の引き金を引き、迷わず弾丸を発射した。
身を翻して同僚へ跳躍するマーキュリーは、飛び掛かる陰を二振りの得物で貫き断絶する。
半分になったウェイバーは断面から沸騰した水分を放って、レントンの背後の地面に転がり。
もう一機は持ち上げていた尻をマーキュリーの背中に向けていたが、粘着物の発射口を弾丸に射抜かれて痙攣していた。
仲良しだね、とソーニャはニンマリ笑顔を見せつける。
真顔のミゲルは。
「実際、勝利したのは包帯さんだったから賭けは俺の勝ちだよな?」
男の主張は誰も取り合わず、必要な行動に移る。
レントンとイサクは周囲の警戒。マーキュリーとマイラは機体へと近づく。ソーニャは。
「スロウス! 中にいる人間をできる限り命を保ったまま取り出して」
主が望むままに起動するスロウスは自身が跨る機体に乗せられた樹脂製のキャノピーを斧の背中で打ち砕き、暴いた操縦席から拳銃による発砲を受けると、返礼に拳をお見舞いする。惨めな悲鳴は短く終わり、掴み出されたG35はヘッドギアのケーブルを強引に壮絶な音を鳴らして引っこ抜かれ、動くこともせず、道路に投棄された。
「んで、この粗大ゴミどうするんだ?」
などとミゲルは、もはや動けそうもないアグリーフットの操縦席と操縦者を覗き込む。
ソーニャは地に倒れる敵G35を棒で突きながら。
「念のため、脚を全部スロウスの斧で断ち切ろう。あ、マーキュリーのエナジーエッジでもいいよ」
イサクは思わず少女の横顔と地面に伸びる操縦者を見比べる。
相手の驚く顔に気づいたソーニャは、立ち上がると棒でアグリーフットを指し示し、あっちのことだよ! と余分な訂正をした。
安堵するイサクをよそにミゲルは、鹵獲のために保全しないのか? と尋ねる。
マイラは転がる操縦者と機体を見比べて言った。
「きっとこの機体もニューロジャンクを介した脳制御だから。ハンドルで運転するみたいに乗り回すのは無理だろうし。強引にニューロジャンクを使える人間を引っ張ってきても……」
ソーニャが補足する。
「内部に仕込まれたトラップシンドロームが作動して急性精神疾患が引き起こされたりするからね。一旦クッションとして操縦者を接続して外部入力でブラッシングするか仲介させないと……コロンビーナの時みたいにはいかないようだ」
「それに、機材も壊れたし」
G35の頭を覆うヘッドギアの後ろからは、垂れ下がる管が裂断面から、黄緑色の液体を漏出させていた。
ミゲルは訳知り顔で頷いた。
「なるほど、ボスマートが送り込んでくるだけあって、どれも使い物にならないな」
そして、じっとこちらを見てくる人物にも目が行く。相手はたぶん見ているのだろうが、包帯で人相はわからない。作り愛想笑いになるミゲルは、ミゲルだ、と名を明かし握手を求めた。
しかし相手は、マーキュリーだ、と帽子の鍔を摘まんで会釈するにとどめる。
口を結ぶミゲルは同じことをレントンに繰り返し、今度は、フルネームと握手を返してもらう。
イサクもそれに習い挨拶を交わし。最後はマイラが。
「マイラ・ラヴォーです。妹を、ソーニャを連れてきてくれてありがとう」
しかし、彼女の表情は喜びよりも硬さがうかがえた。
心情を察するレントンは若干消沈した面持ちとなる。
「すまなかったな。あんたには」
握手を終えたマイラは首を横に振る。
「むしろ、家族のことに巻き込んでこちらこそ申し訳ありません」
レントンも首を横に振った。
「いいや、俺たちはあんたに恨まれこそすれ、謝られるような被害はない。それで、合流したからには、帰るのか?」
「はい、その前にお2人にお会いしたく。その……願わくば、帰宅の手伝いをしてほしいと思って」
レントンは目を丸くしたが、すぐに表情を正し頷いた。
「そうか。そうだよな。けど、すまない。こっちは今すぐ送り帰してやれそうにない」
「ソーニャに話を伺いました。確か機体を損傷したとか。まだ治ってないのは当然、でしょうが。その……新しい飛行機を用立てることとか……」
マーキュリーが2人の間に立った。
「話をするならいったん場所を移動しないか? ここに居たんじゃ狙ってくださいと言ってるようなもんだ」
「確かに。拠点に案内する。ついてきてくれ」
先導するレントンに連れられて一行がたどり着いたのは、円柱を半分に切ったような巨大な建屋で、裏手には飛行場もあった。
レントン曰く。
「マッシュルーム・ガレージ。ここが俺たちの拠点で、Smの整備工場兼空港にもなってる」
最初に目に入ったのは表門のわきに立つ看板で、地球の割れ目から飛び出したマッシュールームが傘に埋め込んだ目で、厳つい視線を贈ってくる。
閉ざされた門の前には鉄骨のハリネズミや一般車両がバリケードを担い。門番は機関銃を握るスネイルマンだ。
レントン曰く。
「ここは飛行機体の整備場で、現状、町に残ってる物資と人員はほとんどここに集約されている状況だ。ただし、金属整備の技術者は、今は数が少ないらしい」
半円柱の建屋は、外観こそ大きいが、いざ中に入ると広い空間は人と整備を待つ機体で溢れ返って狭苦しい印象だ。クレートや家庭用品の籠、買い物籠には、新品から破損機体の区別なく、取り出した有機部品を詰め、作業員が絶えず出し入れして、使い道と品質を吟味していた。
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