絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 190:奥義を持つ女性

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《刻むものサン・パンチョ》カレイジ・シェルズ所属のマグネティスト、モーティマーが所持するゾンビロッド。外装はSm由来の有機組織が大部分を占めており、強度も十分にある。ただし、所属組織内での規格品すらほぼ排した独自設計のため、互換性に乏しく、破損した場合は、応急処置にも事欠く。納めているメスメル野は、小脳由来であり、動きのあるアーツの制御を得意とする。







 





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 スロウスが丸太の杭で貫いた暗黒のドームは、襲撃者の巨躯きょくをわずかに押し返すが、やがて動きを止める。
 その光景にミゲルが喜色満面で声を上げた。

「おお大成功! けど、マグネティスト2人でも敵わなかった、というより面倒だった奴に、あんな攻撃が効くのか? 嘘でもいいから効いてるって言ってくれ!」

 たぶんね、と答えたマイラの顔には半信半疑の色が浮かび、杖頭つえがしらから噴出する星雲は、樹上を覆い始め、ひるがえる彼女の手は星屑を舞い上げて、空へ送り出す。
 と同時に口も動く。

「さっきから見てたけど、きっとあの実体アーツ……。”暗雲ドーム車“は、ショック系アーツを防ぐけど物理的な圧迫には形状が変化してる。ということは……」

 結果発表の前に現場に到着したソーニャの口から次なる指示が飛んだ。

「そのまま杭を振り回してその塊をぶっ壊して!」

 スロウスは熱く抱擁ほうようした杭を左右へ強引に振り回し、串刺しにした暗雲のドームを近くの木々に叩きつける。
 その度に黒雲の車輪が樹皮を削る音も騒々しいが、暗雲のドームが衝突する音もがたい。
 幾度となくへこまされるドームの中では、胎児のような体勢を強いられるモーティマーが、舐めやがって! と怒鳴り、空間を満たす暗雲に手をえた。
 次の瞬間、男の天地が逆転する。
 スロウスが高々と掲げた杭が半回転し、天蓋が逆さから墜落ついらくした。
 モーティマーを守る暗雲のエアバッグと甲殻のヘルメットでも、すべての衝撃は受け止めきれず、より窮屈に体を丸めることを強要され、腹から押し出された気体が無様な声となって漏れ出る。それを最後に動きが止んだ。
 逆さでうずくまるモーティマーは呼吸をする猶予ゆうよを得て、体の位置を横にする。

「おのれッ……よくも……ッ。許さんぞ!」

 雷雲を巻き付けたかにの爪を天に掲げて立ち上がり、上を向くドームの底から頭を出す。
 外を見て早速、目に映るのは醜い怪物と、その後ろにいる少女。

「食らえ! 我が最強創作ショックアーツ〈トラウマティック・フル……」

 モーティマーの怒りの声に呼応して、蟹爪を中心に広がる雷雲の渦。それが彼を覆う前に気付くべきだった。すでに、頭上には巨大な星雲の天蓋てんがいが広がり、その中心に星々を集約し、銀河を形成していたことを。
 現場に到着していたカネロスがマイラと同じ作業を完了させ、連携する。
 2人のマグネティストが掲げる杖は、銀河へとアクセスする稲光をまとい、声が揃う。

「〈フルミナント・ドクトリン〉」

 双方の杖から発生する稲光は脈打つように激しく星雲へと注がれ、銀河の中心が内部からあふれる白銀の光で染まる。そして、まぶしき白銀の光が滝のごとく放出され、直下にいたモーティマーを包み込んだ。
 騒がしく焼き焦がすような音が発生し、ソーニャは口をすぼめ、額のマスクを顔に下げる。
 ミゲルとイサクは事態を直視できず、腕をサンバイザーの代わりにする。その間に滞空していた星雲と銀河は光の滝へと流れていき、それに合わせて滝自体も収束する。
 薄目に刺す光が遠ざかると、ゆっくりと顔を上げるイサクとミゲルは、光の滝が糸となって費える様を見届けた。
 後に残った現場は以外にも穏やかさを取り戻す。
 蒸気が立ち上り、光の滝に打たれた暗雲の造形物は、各所から母材である黒雲をこぼして崩れ、中にいたモーティマーが倒れ伏した。
 マイラの零した吐息が、死力を尽くしたことを物語る。
 隣に並んだカネロスは、独り言を杖に語る。

「よく知られた汎用アーツだって十分使える」

「時間が許せば、参加できますしね……」

 と聞き逃さなかったマイラが肯定し、お互い笑みを交わした。
 ソーニャが振り向き、終わったの? とたずねる。
 マイラとカネロスは雷撃を巻き付けた杖を見せつけるようにして、倒れる相手に近づいた。
 その瞬間。

「スロウス! そいつから蟹の爪を奪って!」

 モーティマーが動きだす。
 しかし、それよりも早くスロウスの突撃が早かった。
 モーティマーは胸倉を掴まれ、軽々と振り回され、杖を奪われる。
 返せ! と手を伸ばすが横から放たれた雷撃が手の甲を打ち据え思わずひっこめる。
 鋭い眼で横やりの下手人をにらむモーティマーだが、星雲立ち上る杖の猫の髑髏どくろと、それを手中に収めるマイラに、射貫く視線を返される。

「スロウス! それを、その蟹のハサミ、じゃなくてをこっちに渡して!」

 マイラの命令をソーニャが、スロウス! と呼びかけ橋渡し。
 スロウスは蟹爪を放る。
 それは俺のだ! と分かりきった事実を声高に主張するモーティマーが突き出す手は、マイラが受け取った蟹爪と稲光で接続する。そこへ。
 衝突事故のお返しだ! とカネロスが杖のサーブで発射した星雲が、モーティマーの顔面に飛び込んだ。
 ぐああ目がぁああ! 苦悶の声を発するモーティマーは地味な火花を散らす星雲を顔からがそうと躍起になったが、不定形の異物はよく噛んだガムほどに柔軟で粘着質だった。
 マイラは、収奪する? と一言尋ねるが。
 カネロスは、お先にお好きにどうぞ! とモーティマーへと向かう。
 なら遠慮なく、とマイラは地面に落とした蟹爪を踏みつけ、猫の髑髏を押し付け、雷撃を放った。
 発火と見紛うほどの激しい雷撃が杖同士を取り巻き、双方が杖頭からそれぞれの扱う雲を出す。
 蟹爪の袋と爪の接着部の間から溢れる暗雲と、猫の上顎から溢れる星雲は混ざり合い、内部で鮮明な雷雲を生み出す。その反応の表面を滞留する星雲は、より能動的に色が混濁する雷雲の領域を乗り越えて暗雲へと流動し、深く侵入し、表面に清光を放つ星々を輝かせ、その一つ一つをマイラの指が爪弾き、配置を変える。
 マイラ自身の額からも発生する細い稲光が星雲へと送られた。

「表在防御領域への浸透開始……。抵抗値は8000オーバー。乖離性相対距離は2万4000パーセク。表在素子解体。総体密集度を俯瞰ふかん……。抵抗値に対する解には78REの第四式を参照する……」

 モーティマーは全力で顔にまとわり付く星雲を引き千切り、その度に溢れる火花に指先を熱することも構わず、片目の視界を確保すると、充血した眼で女を見つけ、飛び掛かる。
 見張っていたカネロスが行動するよりも先に。

「スロウス! その男性を取り押さえて」

 少女の無慈悲な下知げちが飛ぶ。
 モーティマーは横から襲い来る太い腕に腹を殴打され、元居た地面に送り返される。
 放せ! とわめくがうつ伏せにされた挙句、背中に腕を引っ張られてより一層抵抗できなくなる。そして、膝裏にスロウスが馬乗りとなって、いよいよ逃げる手立ても封殺された。
 ミゲルが駆けつけ、モーティマーの外套がいとうを翻すと、露わになったのはカルドロン。今まで隠されていた小窓の奥では、光を放つ濁った液体の中で、イソギンチャクが揺らめいていた。雑多だが強固に革紐が巻き付いて持ち主から離れない。
 なんだこれ? と革袋で作った水槽に息を飲むミゲルに対し。カネロスが答えた。

「カルドロンだ。ピクシーパウダーを調合し保管する装置だよ」

「あのでっかいやつ? それのちっさいバージョン?」

 ああ、と生返事のカネロスは杖から発した火花でカルドロンの革紐を溶断し奪い取る。
 返せ! と言われたが敵の要求など構わない。
 ソーニャは近づいて、蛍光色の体表を緩やかに揺らすイソギンチャクを見つめ、顎を撫でつつうなずいた。

「ほほぉ、実に発達した”メディアハンド“ですなぁ……。うちにもあるけど、もっと小振りなんすよぉ」

「そうだねぇ。ただこれはメディアハンドではなく、スラーヴァ製のババヤガーだね。恐らく、一種類のピクシーパウダーを製造するのに特化させている。代謝は遅いが、その分、原料の品質を保持し、使う直前に材料を代謝し、出来立て新鮮なピクシーパウダーを保管するつもりだったのだろう」

 カネロスの説明にソーニャは口をへの字にして頷き、よりカルドロンに近づいて呟く。

「マグネティックは門外漢なもんで……」

 その間にミゲルはモーティマーの外套を徹底的に漁り、財布やゴムカバーで覆ったセマフォ、磁器容器、そして。分厚いゴム製の袋を閉じる樹脂製の蓋を捻り、中を覗くと。

「あった!」

 ひっくり返した袋から出てきたのは重厚な注射器で、アイスピックと言われても納得してしまう形状だった。
 それが薬? とソーニャが駆け寄る。
 モーティマーが激しく身をよじり、スロウスから逃れようとしたことが、重要性を物語った。
 ミゲルはソーニャに差し出し、これを注射したら勝利だ、と確信を口にする。
 カネロスは傍目から見て懐疑的な面持ちだ。

「だといいがな……あの巨体がこれ一つでどうこうなるなんて信じられないが」

 モーティマーは顔を下げ、そして粗野な笑みを隠した。
 一方でソーニャは表情を曇らせた。

「確かにこの分量はあの体格に比べて少なすぎる。となると、的確な場所に注射しないと効力が得られないどころか、分解される懸念もある。だとすると、投薬の手順があるかも……。投与するための組織を露出させたり、別の薬と併用したり」

 どうなんだおっさん? とミゲルが尋ねるが。
 モーティマーは横へ唾を飛ばし、教えるわけねぇだろ! と答えた。
 だよなー、と軽い口調で落胆を表明するミゲルは別の人物に目を向け、眉を傾げた。

「それはそうとマイラちゃんはなにしとんの?」

 瞑目めいもくするマイラは飛び交う稲光に囲われ、暗雲を飲み込む星雲に片手を突っ込み、鍵盤を叩く動作で細い指を波打たせて、星雲から浮かぶ星々を軽く叩く。蟹爪と杖からあふれる雲は、暗い色彩を別の色にくつがえし、鮮やかな緑の色彩を放つ蛍火ほたるび顕著けんちょになる。
 やがて、蟹爪に収めた袋状の構造と爪の間にある暗雲の出口に、マイラが今まで扱っていた鮮やかな星雲が流れていった。
 すると蟹爪がにわかに震えだし、表面から激しく火花が発せられる。より一層腰を落としたマイラは目を開いた。

「中心論理体系への接続。疑似脳神経辺縁系の部分的統合を確認。表裏反転執行! 電場核に接続、アーツコード接収開始!」

 冷静なカネロスを除き、皆が目を見張る中。
 やめろおおお! とモーティマーが慟哭どうこくするが、スロウスが地面に顔を押し付けて黙らせる。
 そんなことを意に介さないマイラの脳裏にあるのは、闇を染め上げる銀河の渦で、その中心へと意識が向かう。
 過ぎ去る星々は駆け巡る雷撃によってつながり合い。進み続ける意識の加速に追いつけない光は、間延びし、雷と融合して光の壁となった。意識が向かう先もすでに真っ白に染まる。
 マイラの視界が次第に現実へと戻る。しばしまばたきを繰り返し、目を覗き込んでくる少女に、大丈夫? と尋ねられたマイラは、頷いて見せる。
 
「うん、大丈夫。アーツ電脳の部分切除と杖の初期化に成功した。これで、この男が今すぐに何かをしでかすのは、難しいと思う」

「それって、どういうこと?」

 ソーニャの純粋な追及にマイラは。

「ええっと……、ゾンビロッドに入ってる脳みその情報を直接引っ張り出して、一部を奪って。さらには、こちらからも情報を注ぎ込んで、高次機能障害を引き起こしったって感じ」
 
 深く頷くソーニャは、なるほど、と分かっているのかいないのか分からない。
 絶対に悪さできなくなったんじゃないのか? とミゲルは追及するが。
 カネロスいわく。

「拘束を続ければ問題ないだろうが。最近では、大型な装置に入ることでロッドを使わずにマグネティックアーツを発動できると聞くからな。油断はできない」

 マイラは蟹爪を持ち上げ補足する。

「時間をかければ、杖の内部にあるメスメル野にもっと情報を送り込んでさらにひどい障害を引き起こせる……。あるいは、プレス機に入れるか……。その、一緒に戦ってくれたのに勝手にアーツを引き出してごめんなさい」

 謝罪するマイラから蟹爪を受け取ったカネロスは首を横に振る。

「かまわない。むしろ、引き抜いたものが役立ってくれれば、こちらが支払える報酬の一つになったと思えて気が楽になる」

 うんうん、といった具合に頷いたソーニャは、しかし大きくした瞳に理解が伺えない。
 三者三様見比べたミゲルは。

「落ち着いてるとこ申し訳ないが、まだ厄介な奴が残ってるぞ?」

 言われて全員が、今は見えない巨体へと思いをはせて視線を遠くへ向けた。










※作者の言葉※
次の投稿は10月02日水曜日に変更する予定です。



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