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第02章――帰着脳幹編
Phase 183:森の中の戦闘
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《〈ブラーデット・ビジョン〉》マグネティックアーツの一種。柔軟性を高くした変質磁界星雲を意図的に滞留させることで、煙幕の効果を発揮する。工学的な視界不良を引き起こす効能をもつが、構造としては単純な部類で、その分、解体は容易でもある。しかし、応用の幅も広く、熟練の使い手であれば、戦術級の価値を生む。
Now Loading……
薄紅色の煙がウォールマッシャーを包み込もうとして広がる。それを阻むのは色味の悪い暗雲であった。
二色がぶつかり合い混ざり合うことなく、拒絶を視覚化する火花を生み出す。
それらを観察する若いマグネティスト2人は掲げる杖から送り出す稲光を薄紅の煙へと届けた。
薄紅の煙に体を覆われそうになるウォールマッシャーは、しかし、まだ視界が保たれており、マグネティストへ正面を向く。そこへフレデリックが仲間を引き連れてきた。彼らは攻撃の準備をすでに整えており、擲弾筒TRPGで砲撃する。
「TRPGで足を爆破し機動力を削げ! 銃弾で頭を攻撃しろ!」
よく狙った擲弾の威力は細い脚に十分な効果を発揮する、と思われたがウォールマッシャーの動き自体は健在で、標的となった脚も機敏に動き、上体の位置を前後左右上下に移し、前進して擲弾を回避する。
粘着質の煙は巨体から外れないが、自由の弊害にもなりはしない。
それどころか、ウォールマッシャーは突如反転し、同時に地面に突き刺した蟷螂の前脚が円を描き、掻き揚げられた土煙、土砂、石が飛ぶ。地面由来の攻撃は威力はなくても人間相手の牽制となり、逃亡の一助となる。
小さな脅威の横を駆け抜けるウォールマッシャーは、目的地のダムへと突き進む。
追ってくれ! と若いマグネティストがバギーの後ろに飛び乗り訴える。
運転手は、言われなくとも! とすぐさま発進した。
2台のバギーに乗る4人の意思は1つになる。
2人のマグネティストによる稲光の射撃は継続され、時に一方が杖頭に構成した星雲の塊を巨体が背負う煙幕へと飛ばし、煙を濃くする。
ウォールマッシャーの目は増大する薄紅の煙に覆われ始めたが、全身の感覚を働かせて、いつの間にか、自身を追い抜いていたマグネティストを前脚で襲う。
バギーの運転手の技量が足りなければ今頃、4人の人体とバギーの部材がミックスしていただろう。しかし、ハンドリングで攻撃を回避し、彼我の間に時折、樹木を介在させることで、追撃も躱す。
一旦大きく距離を開き、新参のマグネティストを乗せるバギーは、走るウォールマッシャーの左に陣取り、同じ要領で同輩が乗るバギーが巨体の右側に並走する。
並ぶ樹木が繰り出される稲光の障害となる一方で前脚の接近を阻む盾となる。
追従する自警軍の攻撃も継続した。
「早く戻ってきてくれ、みんな……」
部隊長の噛み締める呟きは、誰に届くこともない。しかし。
「よっしゃー! とっとと敵をぶちのめして、みんなで帰るぞーッ!」
イサクの背後でソーニャが声を荒げて奮起すると、並走するスロウスは削げた鼻から蒸気を噴出し、自警軍の面々も同調して声を上げる。
イサクは鋭い目で周囲を警戒する。
「もし、敵が近くに居たら、今ので位置がばれただろうな」
「その時はスロウスに片づけさせる! というか、そもそも、そんな戦力がいるんだったらマイラのところに行ってるんじゃ……」
いたぞ! と先導を務める隊員が指さすほうへ皆の注目が集中した。すると、周辺の景観に変化が生まれる。
まるで嵐が来たように枝葉が散乱し、そして、樹皮を削り水気のある白い木目を晒す木々が出迎え、表土を抉られた地面が見えてきた。
戦慄する面々の頬を異質な風が撫でる。不自然な現場を作った元凶はすぐに判明する。
色味の混濁した雷雲で作る竜巻は、表面に鉛を溶かしたような濃淡が蜷局を巻き、内部から発せられる緑色の雷光が吠え立てていた。
周囲を逆巻く風が強まると、それ以上は散乱する木々の残骸が行く手を閉ざし、バイクでも容易に突破できず、自警軍は立ち止まる。
イサクはあまりの光景に口と目の閉じ方を忘れたような顔になる。
「あんなのがすぐ近くに隠れてたのか?」
「隠れてたわけじゃなさそうだけど……さっきから風が強いと思っていたら、あれのせいだったんだね」
そう語るソーニャを呼ぶ声が轟く。
皆が振り返ると、声の主であるミゲルが、バイクで段差を飛び降りてやってきた。
少女に名前を呼び返えされたミゲルはスロウスのすぐ近くで止まった。
「援軍だと思ったら……助けられたんだなスロウスを!」
イサクが大活躍だったよ! とソーニャは誇らし気に運転手の両肩を叩いて提示するが。
叩かれたイサクは表情を苦悶に歪め、堪える面持ちで歯を食い縛る。
仲間の傷だらけの顔を見てミゲルは笑った。
「そいつはよかった。ということはあのデカ物も……」
イサクは首を横に振って、まだだ、と端的に言う。
終始表情が冷静なミゲルは雷雲の竜巻に目を戻す。
「そういうことか。てっきり全部丸く収まると思ったが、そっちも手を貸してほしいってか」
ああ、と告げるイサク。
ソーニャは前のめりになり。
「それでマイラはどこにいるの?」
それなら……、と切り出したミゲルの声は、木々の合間を埋める暗雲から発せられた雷撃の放散に掻き消される。
大気を手厳しく占領する騒音に誘われ、集団はイサクとミゲルを先頭に動き出し、残骸の合間を縫って、地面の余白を進んだ。すると、陰に隠れていた仲間が続々と合流する。現場の隊員は、敵の急襲による一網打尽を恐れて散会し、ほぼ散り散りになる手前だった。
しかし、竜巻を目印に互いの距離を一定に保ち、仲間を見失わずに済んだ。
彼らの意思を一つにする脅威は、惜しみなく破壊の力を衆目に開示する。
雷雲の竜巻から生み出される激流の爪は雷を纏い、触れる樹木を木っ端に変える。吹き飛ぶ木片は玉虫色の星雲に退けられ、遅れてやってきた激流の爪は、星雲の薄膜が生み出す稲光に動きを止められるが、すぐに突き破った。しかしその遅延は、本来の標的であるマイラの跳躍を許す。
常人ならざる脚力で飛距離を瞬く間に稼ぐ彼女は、木が生やす太い枝に着地を果たす。それを認めない雷雲の竜巻は表面に隆起する流動を尖らせ、形成した爪を差し向け、高所の枝を払った。
足場を奪われても、そのあとも跳躍を繰り返すマイラは星屑の軌跡を残し、猛威から遠ざかると、振り返り、頭の中で逃亡劇の経路を思い出して、現状と照らし合わせた。
点在する破壊の痕跡は、熊が爪を研ぐために樹皮を削った、なんて話で済まないほど壮絶である。しかし、あまり被害を受けていない樹木も散見された。
危ない! と少女の声に誘われ前を向くマイラは、迫る影と風圧を浴び、間一髪、傾げる雷雲の竜巻から逃れた。
雷雲の竜巻はこうして定期的に先端を傾けて頂上の台風の目といえる空洞から左右を見渡す。
マイラは考察した。
――敵は竜巻から周囲に散布した微細な稲光で私やその他の立体物を把握している。けど私が遠くなるとその探知ができなくなる。それは構造上かリソースの配分の問題かもしれないけど、おおかた稲光による探知を下手に拡大すれば取得した情報解析に時間がかかる上、解析結果を間違ったり、ノイズが発生して逆に惑わされるから。そのため遠ざかる目標を視認するために竜巻を傾ける。本体を見られたとしても、個別の小さな盾で守れば、毒ガスや火炎放射でも使われない限り。防御もできる。
思い出されるのは、雷で造形した鳥を差し向けた時のこと。台風の目の奥に敵を見出したが、結局、暗雲の盾によって攻撃は防がれた。
もしかすると毒ガスも火炎も防ぐ機能があったりして、と考えを巡らせるマイラは、後ろ歩きで雷雲の竜巻から離れる。その最中、新たな疑念が去来し、眉を盛大に顰めて、体を左に傾けると、雷雲の背後を遠望し。
「ソーニャッ!?」
と声を荒げた。
よ! などと手を挙げて存在感を発揮する少女に、マイラは混乱を禁じ得なかった。
誰もが居るべきではない現場に最も安全な場所に居てほしい相手を見つけてしまったマイラは硬直するが、襲い来る雷雲の猛威に意識が戻る。
イサクを始めとする増援組が、加勢するぞ! と宣言するが。
ミゲルが手を突き出す。
「待て! あのトルネードの威力と速度は半端じゃない! 下手に接近したら返り討ちに遭うぞ! 最悪車両ともどもああなっちまう」
ミゲルが指さした先には、樹木が薙ぎ払われて生まれた空間があり、その中心では、風化したような見た目のバイクが打ち捨てられていた。ハンドルのゴムやその他樹脂パーツがすでに砕け、金属部は錆こそないが、溶けていると形容できるほど腐食に似た損傷に蝕まれていた。
ミゲル曰く。
「それに、爆弾や銃撃を加えても、あのトルネードの中にいる本体には何の効果もない」
じゃあどうすればいいの? とソーニャは当然の疑問を口走る。
ミゲルは、結局雷雲を睨む。
「実は、ちょくちょくマイラと話せてな、面白い作戦を実行しようと思ってたんだが……」
雷雲の竜巻であるキャンサー・キャンサーは表面に巻き付けた雷をマイラへ放つ。しかし、彼女は猛威の予備動作を察して既に回避し、あるいは彼女に代わって稲光の網が防ぐ。
その間にミゲルは猛威へ近づきつつ説明した。
「第一の作戦は時間経過だ。あのトルネードが魔法を放つのに必要とする燃料を使い尽くして消えた後、姿を見せた敵のマグネティストを取り押さえる。ただ……」
降りしきる落雷を掻い潜ってマイラは全速力で雷雲から離脱した。
追いかけるモーティマーは渦の中で全身に雷撃を纏い、滞留する暗雲を足場に浮かんでいた。
「逃げられると思うなよ? お前には、我々がさらなる発展を遂げる糧となってもらう。でなければ邪魔立てできぬように、退場してもらう!」
突き出した蟹爪の方向へ雷雲は傾げた。その先にいたマイラは踵を返し、杖に巻き付けた星雲を振りかざした。何らかのアーツを繰り出すつもりなのか、彼女の表情は勝気で片手を添えられた星雲は稲光を放つ。
「ショックアーツ……威力87000〈ラムベ……」
宣言の途中でマイラは目を見開き、側転する勢いで横へ逃れる。彼女が広げる星屑の残像を突き破ったのは、正面から飛んできた燃えるような雷撃をまとう暗雲の砲弾。砲撃の軌跡を空間に転写する稲光と火花を辿れば、傾げる雷雲の口の奥に通じ、蟹爪を突き付けるモーティマーがいた。
マイラが雷雲の口の正面に戻ると、体を守る稲光の網目が異質な閃光と触れ合って火花を作る。
ラムベイゴッ! の宣言とともにテニスのスマッシュの要領でマイラが振るった杖から、遠心力に乗って星雲の塊が投じられる。星雲の球は後ろから微細な銀色の稲光を炎のように放出する。
モーティマーが傾けた蟹爪に合わせて雷雲の口が移動し、その逆巻く渦の縁でもって、彗星と見紛う星雲の反撃を受け止める。
砕かれた星雲の反撃は、星屑をバラまき、空間を光の帳で覆い隠す。
星々の垂れ幕によって敵と仕切られたマイラは追撃の準備を整える。しかし、隠れられたのも束の間で、星屑の垂れ幕も前進する竜巻に突破されて、ほとんどを雷雲に飲まれ、モーティマーと再び対面することになる。
マイラは攻撃を放つそぶりを見せたが、腕を掲げたところで止まる。
「さてと、そろそろロッドに補給しないとな?」
そう言ってモーティマーは見せつけるように外套から引っ張り出した管を蟹爪の鋏の間に突き刺した。
管の先端にあったイソギンチャクめいた器官は、周囲の形状を探るためか忙しなく蠢き、やがて暗い穴へ先端を揃えると、持ち主の手から飛び出すほど積極的に蟹爪の奥へと突入する。
Now Loading……
薄紅色の煙がウォールマッシャーを包み込もうとして広がる。それを阻むのは色味の悪い暗雲であった。
二色がぶつかり合い混ざり合うことなく、拒絶を視覚化する火花を生み出す。
それらを観察する若いマグネティスト2人は掲げる杖から送り出す稲光を薄紅の煙へと届けた。
薄紅の煙に体を覆われそうになるウォールマッシャーは、しかし、まだ視界が保たれており、マグネティストへ正面を向く。そこへフレデリックが仲間を引き連れてきた。彼らは攻撃の準備をすでに整えており、擲弾筒TRPGで砲撃する。
「TRPGで足を爆破し機動力を削げ! 銃弾で頭を攻撃しろ!」
よく狙った擲弾の威力は細い脚に十分な効果を発揮する、と思われたがウォールマッシャーの動き自体は健在で、標的となった脚も機敏に動き、上体の位置を前後左右上下に移し、前進して擲弾を回避する。
粘着質の煙は巨体から外れないが、自由の弊害にもなりはしない。
それどころか、ウォールマッシャーは突如反転し、同時に地面に突き刺した蟷螂の前脚が円を描き、掻き揚げられた土煙、土砂、石が飛ぶ。地面由来の攻撃は威力はなくても人間相手の牽制となり、逃亡の一助となる。
小さな脅威の横を駆け抜けるウォールマッシャーは、目的地のダムへと突き進む。
追ってくれ! と若いマグネティストがバギーの後ろに飛び乗り訴える。
運転手は、言われなくとも! とすぐさま発進した。
2台のバギーに乗る4人の意思は1つになる。
2人のマグネティストによる稲光の射撃は継続され、時に一方が杖頭に構成した星雲の塊を巨体が背負う煙幕へと飛ばし、煙を濃くする。
ウォールマッシャーの目は増大する薄紅の煙に覆われ始めたが、全身の感覚を働かせて、いつの間にか、自身を追い抜いていたマグネティストを前脚で襲う。
バギーの運転手の技量が足りなければ今頃、4人の人体とバギーの部材がミックスしていただろう。しかし、ハンドリングで攻撃を回避し、彼我の間に時折、樹木を介在させることで、追撃も躱す。
一旦大きく距離を開き、新参のマグネティストを乗せるバギーは、走るウォールマッシャーの左に陣取り、同じ要領で同輩が乗るバギーが巨体の右側に並走する。
並ぶ樹木が繰り出される稲光の障害となる一方で前脚の接近を阻む盾となる。
追従する自警軍の攻撃も継続した。
「早く戻ってきてくれ、みんな……」
部隊長の噛み締める呟きは、誰に届くこともない。しかし。
「よっしゃー! とっとと敵をぶちのめして、みんなで帰るぞーッ!」
イサクの背後でソーニャが声を荒げて奮起すると、並走するスロウスは削げた鼻から蒸気を噴出し、自警軍の面々も同調して声を上げる。
イサクは鋭い目で周囲を警戒する。
「もし、敵が近くに居たら、今ので位置がばれただろうな」
「その時はスロウスに片づけさせる! というか、そもそも、そんな戦力がいるんだったらマイラのところに行ってるんじゃ……」
いたぞ! と先導を務める隊員が指さすほうへ皆の注目が集中した。すると、周辺の景観に変化が生まれる。
まるで嵐が来たように枝葉が散乱し、そして、樹皮を削り水気のある白い木目を晒す木々が出迎え、表土を抉られた地面が見えてきた。
戦慄する面々の頬を異質な風が撫でる。不自然な現場を作った元凶はすぐに判明する。
色味の混濁した雷雲で作る竜巻は、表面に鉛を溶かしたような濃淡が蜷局を巻き、内部から発せられる緑色の雷光が吠え立てていた。
周囲を逆巻く風が強まると、それ以上は散乱する木々の残骸が行く手を閉ざし、バイクでも容易に突破できず、自警軍は立ち止まる。
イサクはあまりの光景に口と目の閉じ方を忘れたような顔になる。
「あんなのがすぐ近くに隠れてたのか?」
「隠れてたわけじゃなさそうだけど……さっきから風が強いと思っていたら、あれのせいだったんだね」
そう語るソーニャを呼ぶ声が轟く。
皆が振り返ると、声の主であるミゲルが、バイクで段差を飛び降りてやってきた。
少女に名前を呼び返えされたミゲルはスロウスのすぐ近くで止まった。
「援軍だと思ったら……助けられたんだなスロウスを!」
イサクが大活躍だったよ! とソーニャは誇らし気に運転手の両肩を叩いて提示するが。
叩かれたイサクは表情を苦悶に歪め、堪える面持ちで歯を食い縛る。
仲間の傷だらけの顔を見てミゲルは笑った。
「そいつはよかった。ということはあのデカ物も……」
イサクは首を横に振って、まだだ、と端的に言う。
終始表情が冷静なミゲルは雷雲の竜巻に目を戻す。
「そういうことか。てっきり全部丸く収まると思ったが、そっちも手を貸してほしいってか」
ああ、と告げるイサク。
ソーニャは前のめりになり。
「それでマイラはどこにいるの?」
それなら……、と切り出したミゲルの声は、木々の合間を埋める暗雲から発せられた雷撃の放散に掻き消される。
大気を手厳しく占領する騒音に誘われ、集団はイサクとミゲルを先頭に動き出し、残骸の合間を縫って、地面の余白を進んだ。すると、陰に隠れていた仲間が続々と合流する。現場の隊員は、敵の急襲による一網打尽を恐れて散会し、ほぼ散り散りになる手前だった。
しかし、竜巻を目印に互いの距離を一定に保ち、仲間を見失わずに済んだ。
彼らの意思を一つにする脅威は、惜しみなく破壊の力を衆目に開示する。
雷雲の竜巻から生み出される激流の爪は雷を纏い、触れる樹木を木っ端に変える。吹き飛ぶ木片は玉虫色の星雲に退けられ、遅れてやってきた激流の爪は、星雲の薄膜が生み出す稲光に動きを止められるが、すぐに突き破った。しかしその遅延は、本来の標的であるマイラの跳躍を許す。
常人ならざる脚力で飛距離を瞬く間に稼ぐ彼女は、木が生やす太い枝に着地を果たす。それを認めない雷雲の竜巻は表面に隆起する流動を尖らせ、形成した爪を差し向け、高所の枝を払った。
足場を奪われても、そのあとも跳躍を繰り返すマイラは星屑の軌跡を残し、猛威から遠ざかると、振り返り、頭の中で逃亡劇の経路を思い出して、現状と照らし合わせた。
点在する破壊の痕跡は、熊が爪を研ぐために樹皮を削った、なんて話で済まないほど壮絶である。しかし、あまり被害を受けていない樹木も散見された。
危ない! と少女の声に誘われ前を向くマイラは、迫る影と風圧を浴び、間一髪、傾げる雷雲の竜巻から逃れた。
雷雲の竜巻はこうして定期的に先端を傾けて頂上の台風の目といえる空洞から左右を見渡す。
マイラは考察した。
――敵は竜巻から周囲に散布した微細な稲光で私やその他の立体物を把握している。けど私が遠くなるとその探知ができなくなる。それは構造上かリソースの配分の問題かもしれないけど、おおかた稲光による探知を下手に拡大すれば取得した情報解析に時間がかかる上、解析結果を間違ったり、ノイズが発生して逆に惑わされるから。そのため遠ざかる目標を視認するために竜巻を傾ける。本体を見られたとしても、個別の小さな盾で守れば、毒ガスや火炎放射でも使われない限り。防御もできる。
思い出されるのは、雷で造形した鳥を差し向けた時のこと。台風の目の奥に敵を見出したが、結局、暗雲の盾によって攻撃は防がれた。
もしかすると毒ガスも火炎も防ぐ機能があったりして、と考えを巡らせるマイラは、後ろ歩きで雷雲の竜巻から離れる。その最中、新たな疑念が去来し、眉を盛大に顰めて、体を左に傾けると、雷雲の背後を遠望し。
「ソーニャッ!?」
と声を荒げた。
よ! などと手を挙げて存在感を発揮する少女に、マイラは混乱を禁じ得なかった。
誰もが居るべきではない現場に最も安全な場所に居てほしい相手を見つけてしまったマイラは硬直するが、襲い来る雷雲の猛威に意識が戻る。
イサクを始めとする増援組が、加勢するぞ! と宣言するが。
ミゲルが手を突き出す。
「待て! あのトルネードの威力と速度は半端じゃない! 下手に接近したら返り討ちに遭うぞ! 最悪車両ともどもああなっちまう」
ミゲルが指さした先には、樹木が薙ぎ払われて生まれた空間があり、その中心では、風化したような見た目のバイクが打ち捨てられていた。ハンドルのゴムやその他樹脂パーツがすでに砕け、金属部は錆こそないが、溶けていると形容できるほど腐食に似た損傷に蝕まれていた。
ミゲル曰く。
「それに、爆弾や銃撃を加えても、あのトルネードの中にいる本体には何の効果もない」
じゃあどうすればいいの? とソーニャは当然の疑問を口走る。
ミゲルは、結局雷雲を睨む。
「実は、ちょくちょくマイラと話せてな、面白い作戦を実行しようと思ってたんだが……」
雷雲の竜巻であるキャンサー・キャンサーは表面に巻き付けた雷をマイラへ放つ。しかし、彼女は猛威の予備動作を察して既に回避し、あるいは彼女に代わって稲光の網が防ぐ。
その間にミゲルは猛威へ近づきつつ説明した。
「第一の作戦は時間経過だ。あのトルネードが魔法を放つのに必要とする燃料を使い尽くして消えた後、姿を見せた敵のマグネティストを取り押さえる。ただ……」
降りしきる落雷を掻い潜ってマイラは全速力で雷雲から離脱した。
追いかけるモーティマーは渦の中で全身に雷撃を纏い、滞留する暗雲を足場に浮かんでいた。
「逃げられると思うなよ? お前には、我々がさらなる発展を遂げる糧となってもらう。でなければ邪魔立てできぬように、退場してもらう!」
突き出した蟹爪の方向へ雷雲は傾げた。その先にいたマイラは踵を返し、杖に巻き付けた星雲を振りかざした。何らかのアーツを繰り出すつもりなのか、彼女の表情は勝気で片手を添えられた星雲は稲光を放つ。
「ショックアーツ……威力87000〈ラムベ……」
宣言の途中でマイラは目を見開き、側転する勢いで横へ逃れる。彼女が広げる星屑の残像を突き破ったのは、正面から飛んできた燃えるような雷撃をまとう暗雲の砲弾。砲撃の軌跡を空間に転写する稲光と火花を辿れば、傾げる雷雲の口の奥に通じ、蟹爪を突き付けるモーティマーがいた。
マイラが雷雲の口の正面に戻ると、体を守る稲光の網目が異質な閃光と触れ合って火花を作る。
ラムベイゴッ! の宣言とともにテニスのスマッシュの要領でマイラが振るった杖から、遠心力に乗って星雲の塊が投じられる。星雲の球は後ろから微細な銀色の稲光を炎のように放出する。
モーティマーが傾けた蟹爪に合わせて雷雲の口が移動し、その逆巻く渦の縁でもって、彗星と見紛う星雲の反撃を受け止める。
砕かれた星雲の反撃は、星屑をバラまき、空間を光の帳で覆い隠す。
星々の垂れ幕によって敵と仕切られたマイラは追撃の準備を整える。しかし、隠れられたのも束の間で、星屑の垂れ幕も前進する竜巻に突破されて、ほとんどを雷雲に飲まれ、モーティマーと再び対面することになる。
マイラは攻撃を放つそぶりを見せたが、腕を掲げたところで止まる。
「さてと、そろそろロッドに補給しないとな?」
そう言ってモーティマーは見せつけるように外套から引っ張り出した管を蟹爪の鋏の間に突き刺した。
管の先端にあったイソギンチャクめいた器官は、周囲の形状を探るためか忙しなく蠢き、やがて暗い穴へ先端を揃えると、持ち主の手から飛び出すほど積極的に蟹爪の奥へと突入する。
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