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第02章――帰着脳幹編

Phase 180:勇ましき犠牲

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《合一性自己放棄障害》UNITY IDENTITY ADANDONMENT DISORDER。ニューロジャンク操縦をしている中で、機体の持つ高度認知情報に曝された人の脳内に疑似的な記憶が形成され、それがあたかもその人自身の意思による産物だと誤認する症状。また、それに伴って発生する体の不随意運動も含める場合もある。まだ全容は解明されていないが、ニューロジャンク技術が一般化し、年々症状報告が増え続けている。


 







 
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 星雲によって目隠しを施されたウォールマッシャーの動きは、速度こそ落ちたものの精彩を欠くことはなく、たやすく障害物である木々を避ける。
 自警軍の部隊長フレデリックが運転するバイク。その後ろに乗せてもらったソーニャが告げた。

「あれを見る限り、粗大触覚の受容閾値いきちを拡大してるのかもしれない。もともと機体が持っている触覚センサーのシグナルを操縦士がダイレクトで受け取って脳で処理して空間把握能力を高めている可能性もある。そしてそれを自在に迅速に機体の動きにフィードバックしている。普通なら機体の脊髄反射を利用していることも考えられるけど……ここまで目的に沿って動いている限りSmの勝手な振る舞いを排除した手動制御のはず。ということは運転してるのは熟練のパイロット、だと思う」

 なんでそう言い切れる? とフレデリックが聞いた。

「馬に乗ったことある? ソーニャは本当に小さいころあるけど」

「俺も何度かある。サラブレットだ」

「なら、もし馬に乗るとして目隠しをして馬を操れって言われたらどうする?」

「ああ、その時は馬に任せるしかないな。ただ、目的地は分からないが」

「そういうこと。もし目的地がないなら機体に任せて襲ってくる敵に反応するだけに終始する。けど、これだけ大きくて目的地があるのにそれをしたら、いずれ大きく道を外れる」

「さらに周りは敵ばかり。誘導される可能性も高い」

「けど、ウォールマッシャーは今も着実にダムに向かってるでしょ?」

「ああ、腹立たしいが、その通りだ」

「だから目隠しされても、機体の反応に頼らず操縦者がを頼りにして制御してるのは明白。もし、今までも機体の反応を許容してくれていたら、こっちも苦戦しなかったはずだし。あるいは……」

 何かあるのか? とフレデリックが伺ったのは少女が不意に声の調子を落としたからだ。
 ソーニャは。
 
「あるいは、というより一番あり得るんだけど。直接機体と接続してニューロジャンクで操縦していれば、機体の感覚受容器をダイレクトで活用できる。その代わり、操縦者への情報量も機体の大きさに合わせて多くなるし、合一性自己放棄障害を引き起こす」

「合一性自己放棄障害? それってUIADってやつだな? 確か機体の身体的特徴や習性、それと形状に合わせて操縦者の思考や行動が変化するっていう」

「そう! よく知ってるね」

「友人が同じ症状を患ったことがあってな。プーカSN-87をニューロジャンク接続で遊んでたら、ややしばらく頭を振る動作を繰り返したり腕を胸より高い位置に持ち上げられなくなった」

「そう言ったリスクがニューロジャンクを使った直結操作にはあるんだよ。直結操作を念頭に置いたデュラハンタイプや中型小型機体のブレミュアエとかならともかく。あれだけ大きくて、しかも複数種類の機体をくっつけてるとなると、ますます感覚負荷は増大するし、グレーボックスの応答頻度、つまり、機体それぞれの部位との対話が多くなって、必要な情報量の強度も密度も増大する。もしニューロジャンク操縦なら、1人じゃなくて複数人、最低でも3人で役割を分担しないと。もしそれが正しいなら、ああして目隠しされても、操縦者が進路調整に専念し、他が外部からのシグナルをモニタリングして的確に対応できる、はず……」

「事前に目隠しを過信しないよう伝えてよかったな」

 その甲斐もあって、ウォールマッシャーの差し向ける前脚に対し、自警軍の面々は一定の距離を意識し、逃げる行動がとれた。樹木の枝葉や抉られた土砂が飛んでくることはあったが人的被害にはつながらない。反撃できないほどの怪我を負う者はない。しかし、恐ろしさは増した。少なくとも巨体はダムをまだ目指している。何を手掛かりにしているのかは判断できないが、一方で、行動を予測できた。
 星雲の目隠しを施されたウォールマッシャーの進路に先んじていたバギーから、隊員が飛び出し、これでも喰らえ! と擲弾筒てきだんとうTRPGを使う。真っ直ぐ飛んでいく擲弾は蟷螂かまきりの前脚がすかさず盾となって防ぐ。
 見えてるのか? と射手は白目を剥くが。頬に触れる静電気に顔をしかめ、直ぐにバギーに戻ると運転手の肩を叩いて離脱を催促した。
 自警軍の攻勢は止まず、巨体の先々に待機していた射手が続々と火砲の発射を始める。弾込め担当と補給担当の隊員たちは、大忙しで射手へ万全な武装を届ける。
 だが、前脚を巧みに防御に回すウォールマッシャーに決定的なダメージを与えられない。
 カネロスは肌にあたる静電気に目を細め、そして、いきなり目を大きくし、巨体を振り返る。
 やっぱりか、とつぶやくカネロスは。

「目隠しされても防御できる方法が分かった!」

 運転手が、なんなんです!? と呼びかける。
 まあ見ててくれ、とカネロスは杖に巻き付く星雲を指で連打し、規則的に星々を光らせ、稲光を引き起こすと、一塊にまとまっていた星雲が薄く広がった。
 先んじていたバギーが止まると、乗っていたカネロスは声を大にして告げた。

「みんな! 星雲を広く散布する! 少し視界は悪くなると思うが我慢してくれ!」

 そう告げると、言葉通りに星雲が広がるが、決して空間を塗り潰すようなことはなく、路面と前方を確認するには十分だった。
 フレデリックが速度を速めてカネロスに近づき、何をしたんだ? とたずねた。

「恐らく、あのウォールマッシャーは予め仕込んでいた星雲が発散する静電気でもって周囲の情報を獲得していたんだ」

「それってサメのロレンチーニ器官やカモノハシとかが持ってる機械感覚みたいなもの? いや、もしかして、デンキナマズのように電場を発して周囲を探索するのに近いのかな?」

 部隊長の後ろに乗る少女の例えに、カネロスはうなずいた。

蝙蝠こうもりやイルカのエコーロケーションを例えに説明するつもりだったが、一番分かってほしい人間が理解してくれているならOKだ。今、その静電気の働きを阻害し、察知を妨げる星雲を散布した。反撃や静電気の威力が低い当たり、予め規定した出力と動きを持続させるだけだと思う。それこそ、トータルポーンのような技術で発動しているのだろう。おかげでこちらも過大な労力を必要とせず、星雲の濃度も低く抑えられた。とりあえず深呼吸しなければ体に問題はないから安心して攻撃に転じてくれ」

 その説明を聞いたのか、巨体の前を行く隊員が距離を開いてから停車して、TRPGを発射すると、見事巨体の頭部に直撃し、目隠しが一部剥げた。
 まだ頭を狙うな! とフレデリックが忠告する。
 しかし失敗とは言えず、現にウォールマッシャーは被弾を恐れ頭を下げ、腹を隠すように身を低くした。すると、自然と腕の高さも下がる。
 ソーニャが、行って! と指さし。バイクを運転するフレデリックが、仰せのままに! と答えイサクのもとに駆け寄った。一瞬、仲間と目配せしてイサクは速度を落とす。彼とその後ろにいる巨体を阻むものはない。
 少女が叫ぶ。

「雷を鳴らして!」

 するとマグネティストがより一層杖を掲げた。持ち主の側頭部から発せられる稲光を杖頭を経由して贈られる星雲は、緩やかな帯となってウォールマッシャーの頭を覆い、その表面から放たれた稲光の弦が激しく震えて発揮される音により、バギーや巨体の出す音は一掃された。
 効果があるといいなぁ、などとソーニャは騒音の効能を切望する。 
 お守りと耳栓の代わりにはなったはずだ、とフレデリックは信じる。
 巨体の新路上には、配置された隊員たちが、武装を担いで待ち構えており、ついに見えてきた巨体に砲火を浴びせる。
 擲弾を断続的に被るウォールマッシャーは頭を上げられない。その顎下へバギーの速度を落としたイサクが近づき、後部に乗せた包を紐解き、布をはがして赤く塗られた鋼鉄の一部を見せつける。刃と一体となる柄にはゴム質のバンテージが巻き付いている。
 雷鳴も構わず、飛んでくる擲弾も仲間の狙いを信じて恐れず、声を上げるイサク。 

「スロウス! 聞こえてるか!? お前にお土産だ!」

 女性的な造形の巨大な手に拘束されるスロウス。頭ほど太い指が作る闇に顔は隠されているが左腕は指の間からはみ出している。
 イサクは少女の名を叫んだ。
 ソーニャはトランシーバーに告げる。

「スロウス! 差し出された柄を掴んで! それを使って脱出して!」

 スロウスが手を伸ばして柄に触れる、かに思われたとき巨体が身を起こした。
 前方に布陣していた擲弾の射手たちは仲間に次弾を求めたが、弾切れだ! との返答が来る。遅ればせながら補給担当が接近する。
 爆撃が止んだ束の間、気兼ねなくウォールマッシャーは頭を上げ、腕の位置も上向き、スロウスも連座して引き上げられる。助ける相手が離れ始めるとイサクは戦慄する。あと一歩のところで成就しそうだった希望が途切れる。そんな現実を否定するため、イサクは装備のポケットに手を入れ、先ほどフレデリックから受け取った手榴弾のピンをハンドルの端に引っ掛けて引き抜き、レバーを開放し、爆発のタイミングを整える合間に、危険を承知でスロウスに振り返る。

「期待してるからなッ! 絶対にソーニャを助けて家族と一緒に家に帰すんだぞ!」
 
 ウォールマッシャーが交差する指の間では、わだかまる闇の奥で赤い光が灯った。
 イサクが捨てた手榴弾は彼の手に余るが、巨体と比べてあまりにも小さく、軽やかに地面をはずんだ。そして、その上を巨体が通過し。内包していた破壊力を解き放つ。下から腹を突き上げられるウォールマッシャーは脚がもつれ、そして粉塵を塗られた腹部を地面にこする。
 イサクはバギーの速度を下げ、失速が確定した巨体に肉薄し、自らを大きな影に委ねる。その瞬間に彼が見せるひきつった顔は歪な笑みと冷えた汗を貼り付けていた。
 少女がイサクを呼ぶが返事はない。
 イサクのバギーは段差を弾む。
 スロウスが手を伸ばす。
 ウォールマッシャーは何とか前脚で体を支えるが、腹で地面を耕し、押し退けられた土砂の波が顎の真下に控えるバギーを叩いた。
 バギーは横に傾げるもイサクのハンドルで急速な方向転換を果たすと、巨体から離脱して次なる段差につまづき横転する。
 事前に速度を下げていたフレデリックが反転して急行したが、傍らを過ぎ去る巨体に停車を余儀なくされる。しかし、少女は止められない。
 運転手に名を呼ばれてもなお、ソーニャは飛び出してしまう。
 稲光と星雲の目隠しをされた巨体は、体を支えるために容赦なく前脚を振りまわし、地面を殴打する。それ
にとどまらず、下肢に生えた脚をうごめかせ、横倒しになりそうなところで体の向きを変えて転倒を免れた。巨体にしては小さな駆動は周囲の人間たちにとって一撃必殺の技となる。
 だが、ソーニャの小さな体は、振り回される鎌を潜り抜け、巨体によって大地から削り飛ばされる砂利の弾幕を突破する。
 イサク! と言って呼んだ相手は、即座に反応し、小さな窪地くぼちから身を起こした。

「ソーニャ! 何やってんだ!」

 以外にも元気なイサクは少女を引っ張り寄せ、バギーの陰に押し込むと覆い被さり、巨体が足踏みで吹き飛ばした岩から守る。少女が背負う盾も音を立てて、土砂除けには役立つことを示した。
 どうやら星雲に目を覆われたウォールマッシャーは、真っすぐ目的地を目指していたのに、それを妨害されて方向を見失った様子だ。
 巨体が過ぎ去ると、二人は頭を上げ、横並びになって巨体を見送る。
 失敗しちまったかもなッ、とイサクが呟くが、最後の一音には痛みを堪える力みが宿る。
 怪我したの? と恐れるソーニャはイサクが手でかばう脇腹に注目するが、彼の頬にある擦過傷にも気が散った。
 しかし、イサクは苦悶の表情で首を横に振る。

「俺よりスロウスの心配をしたほうがいい。がっちり捕まえられてたからな」

 突然叫び声が巨体からとどろく。巨体は目指していた方角を再び定め、勝ち誇ったように声を上げた。
 巨体の行進が始まり、誰もが悲嘆にくれた。
 振り返るフレデリックだが、もはや通用する弾丸はない。

「攻撃中止! 攻撃するな!」 

 部隊長の命令は遅きに失し、血気に逸った仲間が弾丸を浴びせる。だが、それが位置を知らせることとなり、前脚が雑多に地面からこそぎ取った土砂による苛烈な報復を受けた。









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