絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 178:狩りをするディアナと戦士たち

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《磁界星雲》マグネティックアーツを駆使する際に、技術の土台となる磁界領域。指向未定磁界を支えるピクシーパウダー由来の技術支持物質が滞留しており、そこにメスメル野の作用が加わることで、様々なアーツを実現する。










 
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 あれ見て! とソーニャの分かりやすい指摘を受けて自警軍の隊員たちの目は、雷光のおりに封じられた巨体へと釘付けとなる。だが、やはり今まで見てきた鮮烈な光しか理解できず、代り映えしない景色に対し、自警軍の面々の目の奥ではまぶしさによる苦悩が続く。
 何も変わってないぞ? と誰かが答える。
 巨体をめ回す雷光の姿に注視していた眼差しは、しかし、次第に驚愕の色を浮かべた。
 おい何かおかしいぞ? と目敏めざとい隊員も気が付く。
 光によって明るみになるウォールマッシャーの甲殻の亀裂から暗い気体が噴き出す。それを視認し、やったんじゃないのか? と誰かが声を上げるとそこに歓声が加わった。肩を抱き合う者まで現れる。しかし、部隊を預かる立場のフレデリック、そして、マスクを外したソーニャは浮かない表情になる。
 光と混ざろうとする闇に眼を細めた少女は。

「あれはいったい何? 内部の物質が気化した? それとも……」

「あれは、たぶん磁界星雲じかいせいうんだ」

 フレデリックの言葉に反応するイサクは、目の前に広がる薄桃色の湖面と記憶にある薄紅色の雲を想起する。

「それって、マグネティストが操ってるあの煙のことか?」

「ああ、その証拠に挙動がおかしいだろ? 煙というか、まるで粘土みたいだ」

 ソーニャは雷撃を汚す暗雲を凝視する。確かに煙のように拡散することなく、全体の濃度を保ったまま、雷光へとからみつき、蛇か虫の大軍を思わせる動きをする。おかげで雷光の激しさを覆い隠し、放つ光を遮断して、状況そのものは見え易くなったが、あまりにも顕著けんちょな異変を前にして自警軍の浮かれていた気分は一掃され、人々の胃のを重々しい不安が満たし始める。
 マグネティストの繰り出す技によって雷撃の檻に閉じ込められたウォールマッシャーの変化に対し、隊員の1人は指差し、縋るような声色で尋ねた。

「あの黒いのって味方の攻撃、ですよね?」

 震えが混じる仲間の声には気後れと期待の薄さを感じ、それに呼応したのかフレデリックも険しい表情に落とす影を暗雲ほどに濃くする。
 やがて、雷光は精彩を失って細くしなびてくびれて途切れて、最後は霧散する。
 あらわになる巨体からにじみ出す暗雲は、内部に鈍色にびいろの光を宿して、甲殻の亀裂を埋める泥か、あるいはこぶか別の生き物の群体じみた挙動で膨れると、一部が拍動する心臓のような活動を繰り返す。それは一種の波にも見えたが、内部にわだかまる稲光を送り出すための所作にも思えた。
 新たな姿を晒す巨体を見せつけられた自警軍の面々はソーニャを含めて凍り付く。それどころか、不安が顕在化して骨に冷気と痛みが走る気さえする。
 直後、どこからか走行音が聞こえてきた。そちらに目を向けると仲間がバイクを走らせており、止まったと同時に、後ろの席に乗る年嵩としかさのマグネティストのカネロスが、手を振って注目を集めてから、声を張り上げる。

「失敗した! いったんさがって体勢を立て直す!」

 言葉を裏付けるように巨体が叫ぶ。マグネティストの宣言は撤退の合図となるが、擲弾筒てきだんとうTRPGを抱える隊員は、射撃の許可を! と上官に訴えた。
 フレデリックは目配せしたマグネティストにうなずかれ、発射せよ! と命じる。
 擲弾はついに飛翔し、着弾した。見慣れた爆発の効果判定など目もくれない射手は、仲間が乗るバイクに相乗りすると、その場をすぐに去った。
 バイクを発進させたイサクの後ろに居座るソーニャは、マスクを額に挙げて巨体を凝視した。
 近辺の炭化した樹木や地表が放つ煙によって見難くなっていたが。

「止まって!」

 と告げるだけの判断材料はあった。
 言われたとおりにするイサクの顔には緊張があるが、しかし、決してひるむことも狼狽ろうばいもない。ただ少女の見据える巨体の動静をうかがう。
 ウォールマッシャーはダインスレイブが離脱した後、断面からぶら下げていた部位を震わせる。最初それはただ萎びているとしか言えなかったが、密着していた節同士が粘着質な糸を引いて離れると、虫特有の脚として左右に伸び、地面を踏み締める。うずくまっていた巨体は、新たに形成した脚で自重を支える。
 ソーニャは壮絶で険しい顔となる。

「まじか! 変態形成へんたいけいせいまで持ってたの!?」

 なんだって? と身構えていたイサクも少女の声にてられて質問が上ずった。
 ソーニャが指さすと同時に、ウォールマッシャーが歩き出す。しかし、ついさっきまでの前傾姿勢ではない。上体を持ち上げ、蟷螂かまきりの前脚を支えにし、そして、人腕は持ち上がったままだ。
 行くぞ、とイサクは一言留意してからバイクを走らせる。ソーニャは手を引っ込め、前を見た。
 バイクを走らせてそれ程経たず、仲間が集まっているところに合流し、そこに若いマグネティストを後ろに乗せたバイクも加わる。
 自分たちを無視する巨体にどこからか放たれた爆破物が命中する。それを耳で察したフレデリックは有識者にたずねた。

「いったい何があったのか教えてくれカネロス」

 カネロスは、いったん伏せた目を皆に戻す。

「私の誤謬ごびゅうが原因だ。あの機体にほどこされていたマグネティックアーツを見逃していた」

 それって、とソーニャが口走るがすぐに答えが返ってくる。

「相手のマグネティストが我々のアーツを阻害する防御機能を隠して、それによってこちらの攻撃がはじかれた。面目ない」

 それに! と声を上げるソーニャに皆が注目し、束の間訪れた沈黙は少女の言葉が切り裂く。

「ウォールマッシャーの下半身が部分復活した!」

「わかりやすく言うと! 新しい後ろ足ができたんだ。今あいつは人腕が自由になってる」

 イサクの補足を聞いて、去っていく巨体に皆が振り返る。
 まだ見えるということは、動きそのものは早くないのかもしれない。しかし、確かに頭が樹木の上から覗いていたため、立ち上がっているのは判断できた。
 フレデリックはマグネティスト2人に尋ねる。

「さっきの攻撃を再開して、今度こそ仕留められないか?」

「できるかやってみよう。ただ、あの星雲の機能が防御一択の場合、もしかすると物理的な制御……つまり実弾の火力も必要になるかもしれない」

「そもそも、あの捕まってるSmを無視して最大出力を出せていれば……」

 後輩が口出しするのを、やめろ、の一言でカネロスがいさめた。

「相手の技術を甘く見積もって布陣を引いた私の責任だ。そもそも、あの機体、スロウスに助けられたのは事実だし、今後を考えれば奪還は必須事項だった」

 若い同僚は不満気な顔になるが、カネロスの視線を辿たどり、目を下げる少女の深い絶望を感じる顔を見て、自身の迂闊うかつさを恥じるようにうつむいた。
 イサクは少女の頭を掴む。ソーニャはいきなりのことでうめきをこぼし、顔を上げる。

「もし、自分の責任だと思うなら、全力で挽回するぞ。俺たちでな」

 イサクの言葉を受けて、ソーニャは改めてその場の隊員の顔を見るが、決して怒りや不快感を示す人はいなかった。フレデリックも。

「おいお前ら! まだ子供にケツ拭いてもらうほど耄碌もうろくしてないだろ!?」

 一同はうなずき、勿論! という声も出る。
 同じ思いを示すフレデリックは命じた。

「補給担当は全力で弾丸を持ってこい。後の連中は俺についてこい。それと、ソーニャ」

 命じられた隊員がすぐさま出発する。そして、少女に見上げられたフレデリックは険しい顔で語る。

「ますます危険が高まった気がするんだが? あの虫野郎、魔法も使っておまけに足まで取り戻した。付いてくるなら全力でお守りするが、正直、命の保証はできないぞ?」

 ソーニャの表情が変わる。しかし、それは怖気づいた、なんて微塵みじんも感じさせない、強い意志を放つある種、厚顔な笑みだ。

「ここまで来て逃げられない。マイラだって……」

 途中で思い悩むように口をつぐんだ少女に代わり、イサクが述べる。

「そういえば、こっちの援軍のマグネティストも敵のマグネティストと交戦してるそうだ」

 イサクからの情報に皆表情を変えるが。
 カネロスだけは、道理で杖が震えるわけだ……、とつぶき手中の得物つえを見る。

「すまない。もっと早く情報を伝えていれば対策できてただろう……」

 謝罪するイサクが視線を下げるが、カネロスは。

「いや……マグネティストから情報を引き出せるわけじゃないなら。例えその情報を知っていたとしても結局、仕込まれた敵のアーツを探るためにトライアンドエラーを必要とした。良くて、もう少し長く巨体をあの場に拘束するだけに終わっていただろう。今は早くあいつを止めることが先決だ。そうしなければ、こっちも、もう一度アーツを繰り出せない」

「放電じゃなくて、大砲みたいな一撃ならどう? それなら今すぐに効果を発揮するんじゃ。表面もだいぶ傷ついているし」

 少女の提案にカネロスは悩む。

「物理的ストレスを与える、ということか? しかし、あいつの装甲は固い。その上、あの耐性アーツだ」

「けど、今まで使ってなかったってことは、実はあまり有用じゃないんじゃ……」

 ソーニャは上目遣いで瞬きをする。
 カネロスは悩んだ顔になる。

「きっと、無駄な損耗を控えるために今まで隠してたか、あるいは機体にある程度負荷をかけるからこそ使わなかったのか。どちらにせよ、ダム接近までの時間稼ぎには十分だろうし、生半可なアーツじゃかすり傷すらつけられない。さっきの接触でおおよそそう判断できた」

 頷くフレデリックは皆に告げた。

「少しでも、あの巨体を追いかけよう」

 その言葉に納得して、発進するバイクとバギーは状況を見ながら加速する。
 それぞれ方向を違えることなく密集は避けつつ、うち1名の隊員が巨体に近づいた。
 すると、ウォールマッシャーが首を曲げ、発達した複眼の中心に小さな敵を補足する。危険を察した隊員が遠ざかると、ウォールマッシャーは再びダムがある西へ目を向けた。
 下半身は1つで十分だろ無駄に生やしやがって、とイサクは愚痴ぐちをこぼす。
 ソーニャは告げた。

「正確には下半身が生えたんじゃなくて“元の形状に戻った”といったほうが正しいね。今まで柔らかくして格納していた部品を内部で揃え直して、必要な素材を体内の導管経由で集めて、最後は、組織から不要な水分を抜き取って元に戻した。下半身の破損、いや離脱を考慮して用意していたんだろうね。Smの技術に関しちゃ、専門的な技能を持った集団だ」

「褒めたい気持ちは分かるが解決策はないのか?」

「そうだね。まだ、下半身の組織間の結合が完了していなかったら他よりも攻撃が通るかもしれない。けど、あれを見る限り、少なくとも関節とか筋肉は十分に組織同士の結合が完了していると思う。それを支える外骨格も少なくとも、形状を維持するだけの強度はあるみたい」

「つまり振出ふりだしに戻った、ということか? いや、若干やつの速度が上がってる気がする。ということはもっと最悪か?」

「多分、これからあと一段階は速度が上がるよ。動くたびに脚全体に液体が循環して栄養を受け取った組織がより骨格形成を促し、筋肉も仕上がってパフォーマンスが向上すれば、強い力で地面を蹴ることができるようになる」

「なら、先回りしたほうがよさそうだッ」

 前のめりでバイクのアクセルをふかすイサクは、快速で木々の合間を駆け抜け、それに仲間も追従する。そんな中、バギーの運転手が、進路が開けたことをいいことにイサクの隣に並ぶ。

「なあ少しいいか? 荷物についてなんだが!」

 振り向く2人にバギーの運転手は端的に説明し、背後に積んだ包みを親指で示して説明した。

「……ということで、お嬢ちゃんのSmへの土産なんだが、それなりに重いから適当な場所で下ろしたいんだ。そうすれば重さと面積を省いた分、迅速に補給できるようになる。いいだろうか?」

 イサクはつつみ一瞥いちべつすると、前をよく見てバギーの隣に近づく。

「それを俺に貸してくれ!」

 イサクの言葉にバギーの運転手とソーニャは、目を丸くした。 











※作者の言葉※
次の投稿は8月30日の金曜日に予定変更いたします。




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