絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 176:豆鉄砲を食らう大物

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《週刊あなたのSm》最新のソリドゥスマトンの技術や次世代機種、個人の改造や、あるいはSm関連の歴史から事故に至るまで多くの情報を読者に届けることをコンセプトにした雑誌。時折、企業や軍の機密情報がリークされ、編集に携わった人間が逮捕されることもあるが、部数を伸ばし続けている。














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 ソーニャは声を張り上げた。

「首の付け根を爆発して! そこにグレーボックスがあるはず!」

「させるか! ダインスレイブを救出するのだ!」

 少女の声に続いた宣言は、シェルズが同胞に聞こえる音量で発した声であった。それを合図に茂みからシェルズ自身が飛び出す。彼らは自警軍はおろか、自軍の機体であるダインスレイブと比較しても、だいぶ離れた位置で今まで身を潜めていた。というのも、彼らと同じくらい渦中から遠い地点に、自警軍が控えており、ダインスレイブの援護に向かえば、挟み撃ちもありえた。
 だから早く出ればよかったんだ! と訴える同胞も含めて6人ほどのシェルズが自警軍へと銃撃を開始した。しかし、数の上で不利なのは明らかだ。自警軍の援軍も直ぐに駆けつけるだろう。
 ミゲルが、逃げろ! と告げる前に。ダインスレイブを襲撃した自警軍の面々は散会して、弾丸を回避する。その内の一人は、木の陰に潜むことで敵歩兵の射線に隠れ、擲弾筒てきだんとうのTRPGを構えて飛び出し、放った擲弾てきだんは、頭を持ち上げたダインスレイブへ飛翔する。
 シェルズ達が気付いた時にはすでに爆発していた。
 爆音と窮屈な叫び声がダインスレイブから吹き上がり、3人のシェルズが同胞の援護射撃と1人の掲げる盾を傘に銃撃を掻い潜って倒れる巨体へと向かう。
 薄っすらと舞う粉塵を突破するシェルズを出迎えたのは、表面に亀裂を作った甲殻。ダインスレイブが緩やかに動かすムカデの背中だった。
 自警軍の活躍によって動きをなくしたダインスレイブは、背中を上にしており、見かけ上、浅い亀裂くらいしか伺えない。直前の砲撃に対しては、ムカデの体を雑な切り株の間から手繰り寄せ、硬い背中を盾にして防いだことが、甲殻の煙から類推できた。
 遠方から双眼鏡でそれらを観察していたソーニャは、どうだ? とイサクに問われるが。硬い表情で告げるしかない。

「直撃したけど。背中の甲殻で守った。お腹は破壊できたけど背中の筋肉は生きてたんだね。そして、あの甲殻……亀裂によって威力を分散し、内部の軟組織が衝撃を受け止めたんだ」

「よく分かるなそんな細かいこと……」

 イサクも裸眼で状況をにらむ。
 ソーニャいわく。

「去年読んだ『週刊あなたのSm』6月号の記事に、従軍Sm特集で書いてあった技術だよ」

 そうか、としか言えないイサクはバイクのハンドルを握り締め、俺たちも仲間と合流しよう、と告げた。
 畜生失敗したか? と自警軍の隊員は木に隠れ敵の弾丸をやり過ごし、TRPGの次弾装填を急ぐ。
 シェルズは2名が応戦し、2名が甲羅の盾を運んで敵からダインスレイブを隠し、残り2名で巨体に組み付く。

「畜生! 腹の状態が見えない」

 そう言って大きなクレートを背負うシェルズは、ダインスレイブの体をひっくり返そうと持ち上げるが結局断念した。
 動くのを待ったほうがいいんじゃ、と同じ装備の同胞が提案する。
 悠長なこと言ってられるか、などと反論が飛ぶ。
 提案を棄却された同胞は。

「なら、誰かが餌役になって引き寄せるとか? そしたら移動できるし、患部も確認できるかも」

 冗談言ってる場合かッ、の叱責をするシェルズは背中からクレートを下す。そして、敵から見て自分が木に遮られていると信じ、巨体を撫で、声を悲哀に震わせる。

「こんなに傷ついて! ああ願わくばその痛みを俺が代わってやりたい!」

 工業製品に感情移入した心優しいシェルズ。その頭から上半身をダインスレイブの口が包み込んだ。

「あ……」

 乾いた声は敵味方を問わず漏れる。
 餌による牽引けんいん策を提案した同胞は盛大に叫び、機関銃でダインスレイブを襲うが逆に無造作に振るわれた頭の直撃を受けてね飛ばされる。ダインスレイブは口腔にて藻掻もがくシェルズの足もすすって、最後は細い喉を口から胴体に向かって膨らませた。
 工長! と1人のシェルズが叫んで友軍機に銃撃を始める。しかし、爆発物すら耐え抜く体には弾丸の効果は乏しく、甲殻のない頭でさえも虫刺され程度の傷しか作れない。それどころか、さっきまで弱った素振りだった巨体が立ち上がり、鎌首をもたげて銃撃するシェルズに口を広げた。慌てふためくシェルズの戦士は、さらなる銃撃を口腔こうくうにばら撒くが、効果がないと見るや、射撃を止めてきびすを返す。一世一代の逃亡は一歩目から失敗に終わり、突き出された口に上半身が包み込まれ、すぐさま足先も飲まれる。
 それを双眼鏡で見ていたソーニャは、あぁああ、と呆れたように舌を鳴らして首を横に振る。

「駄目だよ。誤飲行動に対するマニュアルを読んでないからそうやって飲みこまれる」

 お前は読んだことがあるのか? とイサクが静かに伺う。

「まあね。実際に飲み込まれたのは一度や二度にとどまらないし。その分知見を得てる。それに『機体危険対応マニュアル』ってのがあって、その中のワームの項目は研修済み。正しい経験をしっかり覚えていたからこそ、実際に起こった時、即座に行動に移せるんだよ」

 得意気に言う少女にイサクは、確かに、とまじめに答えた。
 しかし凄惨せいさんを極める事故現場では、1人のシェルズが、なんてこった! どうすればいいんだ! と同胞に叫ぶだけで明確な解決策は導き出せないでいた。それどころか詰問するシェルズへ巨体が迫った。シェルズは反撃せず逃亡を選び、振り返ったところで、進路上に割り込む同胞が担ぐ盾に激突する。反動で押し返されるシェルズは、同じく、逃げるつもりの同胞を迂回うかいしようとしたが、胴体を雄蕊舌ゆうずいぜつに絡めとられ掲げられる。絶叫は直ぐに止むが、きっと大きな口の中で今でも叫んでいるのだろう。 
 すると少女の声がとどろく。

「今すぐにお腹に潜って腹部を裂いて!」

 ソーニャ! とイサクは、声を張り上げる少女をいさめる。
 しかし、ソーニャはなおも敵への上杉印の塩対応を続ける。

「早くしないと中に入った人が窒息しちゃう! 今すぐ対処すれば胃酸の影響も少ないはずだから早くして!」

 言われて残りのシェルズが顔を見合わせるが、まずは巨体から逃げることが先決だった。しかし、ダインスレイブも動き出す。移動能力は明らかに低下している。それでも走る人間に追従することはできた。
 ついてくるぞ! と1人が叫ぶ。先頭を行くシェルズは。

「同胞たちに合流だ! 全員で中の3人を助けるぞ!」

 すると、その真横に敵が運転するバイクが追いつく。
 壮絶な不満の形相を隠さない運転手の後ろにいたソーニャは、戦慄するシェルズたちに告げる。

「このままずっと走っていったら! もしかすると地面に擦れた腹部が削れて、内臓が破れて中の人が出られるかもしれない」

 振り返ると、今ダインスレイブは長い胴を支えるための脚を複数なくして、損傷した下腹を地面にこすっていた。
 シェルズは。

「本当に? でも、途中で痛がったりして腹を引っ込めないか?」

 ソーニャは首を横に振る。

「痛みを感じるなら、もうとっくの前から動けなくなってるよ。そういった痛覚反応で突発的な挙動をしないようにSmは調整されてる……はず。だから、もっと固い地面が露出した岩場を目指してね。それじゃあね!」

 最後の一言を合図にイサクはアクセルをふかし、敵からも巨体からも離れて行った。次いで文句を口に出す。

「ソーニャ! 今度は敵なんかのために命を張らないからな!」

 宣言したイサクの顔を左右から引っ張るソーニャ。

「そんなこと言わないの! もしソーニャが何らかの事情で敵に回ったらどうするの? 危機的状況の時に同じこと言われたらどう思う?」

「……その時は、降参する」

 運転手の難しい顔がより煮詰まったところで、2人は仲間に合流した。

「お二人さん! 無事だったか? なんだか敵と話してたようだけど。もしかして裏切ったのか?」

 笑顔で出迎えたミゲルは不遜なことを口走り、減速したバイクに激突される。ゆっくりと回転するタイヤにすねをこすられ、痛い! を連呼した。
 イサクは厳しい目つきで。

「そんなわけないだろ。今現在味方だろうと始末するぞ。それより」

「マイラは!?」

 ぐっと顔を近づけてくるソーニャに詰問され、ミゲルは一瞬たじろぐが気を取り直す。

「マイラのことだから大丈夫、だけどやっぱり応援は必要だ! こいつらを連れていく」

 そういってミゲルが親指で示すのは背後に控える仲間たち。ついさっき、ダインスレイブを襲撃した一同は行く準備が整っていると表情からして分かる。装備も万全だし。
 マグネティスト相手に戦力になるのか? とイサクが声を落としてたずねた。
 ミゲルは肩をすくめる。

「分からない。けど、子供1人守れないどっかの間抜けに比べれば十分頼れる」

「口だけしか取り柄のない能無しと比較したら、落ちてる石ころだって役に立つだろうしな」

 とイサクが即座に言い返す。
 一触即発、になりかけたところでソーニャが声を上げた。

「安心しろ! きっとマイラと合流したら、マイラが全員守っちゃる! マイラに任せんしゃい!」

 自信満々にソーニャが全力でうなずく。
 表情が微妙になるミゲルが、お前も行くか? と聞いた。
 もう一度頷く、かに思われたソーニャだったが、持ち上げたあごを下げきる前に硬直した。
 男2人が目を細める中、少女は目を泳がせると、遠くから響いてきた騒音に視線を定めた。皆、忘れていたが巨体はまだ残っている。
 少女は辛そうに口を開く。

「……ソーニャは……まだ行かない」

 でも、と口走ったミゲルだったが直ぐに表情を変えて頷いた。

「分かった。それじゃあ、2人とも気をつけ……お前もソーニャと一緒だよな?」

 当然、頷くイサク。

「もちろんだ。お前はくれぐれもマイラや仲間の足を引っ張るなよ」

「おお、お前の足をここで引きずり回して地獄の底に引きずり込んでやろうか? ああ?」

 怒りの返答を鼻であしらったイサクは、バイクの向きを木々の合間から立ち上る粉塵へひるがえす。
 ソーニャは振り返り、みんな怪我しないでね! と言い残した。
 バイクにまたがったミゲルは手を振って少女に応えてから、仲間に告げる。

「それじゃあ、お前らついてこい!」

 おお! と声を揃えて進発する勇士たち。
 彼らよりも先に己の目標に到着したのはソーニャたちで、現場に先着していた仲間が少し緊張を解いて迎え入れる。
 どうなってるの? とソーニャが問いただすのと同時に、騒々しい音が鳴り響いた。木々の上から巨体が飛び出し、その姿の一端を見せつける。
 爆発が聞こえるが同時に叫び声も聞こえた。自警軍の面々が果敢に立ち向かっているのだ。しかし、近づこうにも、土煙が阻む。
 後ろ脚はなくなったんじゃなかったか? とイサクが詰問した。
 同じく土煙に立ち往生していた仲間が近づいてきて返答する。

「どうやら、身軽になったらしくて、もっと動きが素早くなったんだ」

 信じられない、といった面持ちをイサクは少女に向けた。
 大人たちの視線にソーニャは状況を察して考え込む。

「機体が分裂して機能が向上するのはありえないことじゃない。けど、ダインスレイブの存在は間違いなく、機動力を確保するためにあったはず……。だけど……」

「機動力なんで今のほうが高いぞ。このままダムに飛んでいくんじゃないかって勢いだ!」

 イサクは白眼を剥く。

「そんなに? さっきは、分裂して動きにくそうにしてたが」

「あのカマキリの腕だよ。お前らも見れば分かる……。いや、近づくことはますます難しいか」

 別の仲間も口を出す。

「けど、こっちの援軍も到着して、なんとか直進することは阻んでいる」

「ああそうだな。敵の動きも、だいぶ単調になって、おかげで動きも予想できてるのは感じるよ」

 動きが単調に? とソーニャはつぶやくが別のことに意識を戻す。

「スロウス……掴まってるSmがどうなったか知ってる?」

 ソーニャに言われて隊員は渋面をより顕著にした。

「ああ、それならまだ解放されてない。敵が執着してるのか、それとも……」

 ソーニャが考えを述べる。

「もしかしたら、神経機能不全で、握った状態を解除できなくなった可能性がある。あるいは、Smや機体の一部に現れる仮死硬直っていうのがあって、破損を受けた部位の組織を固くし、筋肉の動きを抑制して、稼働による断裂や、関節の損耗を防ぎ、組織の柔軟性を失う代わりに硬さを増して、外圧の破壊を抑制しようとするの」

 そうか、と隊員の反応は薄く、面持ちは勝利の可否に対する懸念でいっぱいだ。












※作者の言葉※
次の投稿は8月25日の日曜日に予定変更いたします。








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